カーネーション あこがれ

再放送が始まりましたね。
新設された朝ドラ再放送枠の第1弾が「カーネーション」というのが何より嬉しい。
また地上波で大勢の人たちとこの作品を見ていけるが楽しい。
久々にTwitterのタイムラインにあがってくる#カーネーションの感想を数々を楽しんで読みながら、
そーいえば「カーネーション」の感想ってさんざん書いていたけれど、
後半ばっかりだったよなあと思い出して。
せっかくだから前半の感想も書いておこうかなあ・・・と。
でも最近のペースで果たして毎週の感想が書けるのかは不安なのですが
それでも書かずにはいられない気持ちにさせるのが「カーネーション」クオリティ。
物語の展開としては、たぶん、前半の方が取っつきやすくて面白い。
わかりやすい成長物語であり、出世物語であり、家族のエピソードも多い。
そして前半で描かれたことが後半様々な形で蘇るようになっているんですよね・・・。
第1週は子役週だったわけですが、この1週の中にもたくさんちりばめられていました。
糸子が初めて作ったアッパッパーを着て「はーるよ来い♪ はーやく来い♪」
と踊るシーン、
おばあちゃんが煮るいわし。
糸子の朝寝坊、そして目が覚めると・・・のシーン。
こんなにも、こんなにも詰まっていたんだと改めて再確認。
そして、久々に見て驚いたのが
初回のだんじりのシーン、こんなに長かったんだ!という驚き。
こんなにじっくりと見せていたんですねえ。
男たちの力強さとだんじりの勢い、
それから家の中で繰り広げられる祭りの夜の風景。
このドラマの終わりにはほぼ現代の町並みに変わるので、
スタートはこんなに世界観が違ったんだ・・・という驚き。
一人の女性の人生の始まりと終わりで
これだけ町が変わり世相が変わったんだ。
まだみんな着物を着ていて、女性は髷を結っていて・・・
まるでずっとずっと昔の日本の風景を見ている気分なのに、
ほんの100年ほど前のことなんですね。
繰り返される「女は女らしく男をたてて従っておればよい」
ああ、こういう時代だったのだなあと改めて思う。
それが悪いとかいいとかではなくて、そういう時代だったんだ。
そういう時代の中で自分の才能を活かす道を見つけだして貫いたのが
小原糸子という人物だったんだなあって思う。
このドラマではそういう時代による女性の役割の押しつけをしっかりと描いているけど
決してそれを単純に否定するものとしては描いていないんですよね。
あくまでもこの時代はこうだったんだという描き方をしている。
これは戦争も同じ。
そこから何を感じるかは視聴者に委ねられている。
その時代背景との距離のとり方がこのドラマではとても上手いと思う。
ジェンダーの問題に偏りすぎず、あくまでも糸子の個性として描いる。
事実、第1週を見ていても、この時代に息苦しさを感じているのは糸子だけで
奈津もおかあちゃんも妹たちも誰もそんなこと感じていないんですよね。
おかあちゃんなんかは自分の意志で運命を切り開け!なんて言われたら
逆に困っちゃいそうですよね。
糸子のような個性をもった人が自分の個性を活かして生きていける時代になった。
それは決してお母ちゃんやあの頃の多くの女性の生き方を否定しているわけじゃない。
そんなことを改めて感じた第1週でした。

それにしても、1週間だったんですね。
ちび糸子の話は。
男の子とけんかしておとうちゃんになぐられたことも、
集金が成功してぎゅぎゅぎゅっとされたのも、
おじいちゃんちでドレスにであったのも、
全部ぜーんぶぎゅっとつまった1週間。
おとうちゃんは最初からおとうちゃんで
内弁慶で家ではいばりんぼですぐ怒る。時には殴る。
でも愛情たっぷりのお父ちゃん。
お母ちゃんはのちのおっとりという要素だけじゃなくて
お嬢さん育ちで天然? という要素が強くでていて面白い。
そういえば初見の時はこのお母ちゃんの人物造形が面白いなあって思って見ていたんだっけ。
おばあちゃんもまだまだ元気で上手に鰯を煮てる。
このおばあちゃんの立ち姿と、おばあちゃんの話す岸和田弁が大好きだったんだよなあ。
退蔵にいちゃんもかっこよくて、
奈津がいて勘助がいて、
なんだか時代を巻き戻してもう一度行き直している気持ちで
映し出される一場面一場面が愛おしく切ない。
そんな「カーネーション」再再放送第1週でした。

anone

今期面白かったもう一つのドラマ。
坂元裕二さんのドラマは会話でクスリと笑えたりする部分も多いんだけど
現実世界の切り取り方というか、捉え方がとてもシビアな部分があって、
それゆえに・・・かどうかは分かんないんだけど、
ラストがハッピーエンドにならない作品も多い。
無事に元のサヤに収まったかなあと思えた「最高の離婚」も
珍しくスペシャル版が作られて、そのエンドで主役夫婦が別れることになったし。
あ、でも「カルテット」では比較的明るめのエンドだったか。
今回も不幸を抱えた人たちがいっぱい出てきて、
しかもやっていることは偽札製造で、
これはハッピーなエンドは難しいかな・・・と思いながら見ていました。
ただ、登場人物がみんな魅力的で、一生懸命生きていて、
この人たちができるだけ幸せになれたらいいなと祈りながら見ていたような気がします。
最終的にはある意味意外なほど収まるところに収まって、
ハッピーエンドに混ざれる余地がないように思えた持本さんさえも
ちゃっかり参加できる秀逸な終わり方。
青羽さんが幽霊を普通に見える設定がこんなとこに活きたんだ!
でも、このドラマ、視聴率が悪かったんですよねえ。
もともと坂本さんの書くドラマはドラマ好き受けするけど
一般受けはあんまりしないかなあというものが多いんだけど、
今回はとくにその傾向が強く出たかなあと言う感じ。
仕方がない面もあるにはあるかなあという気もするんです。
1話、2話でどこを焦点に見ていいのか分かりにくかった。
ドラマ好きの人なら、ハリカちゃんの加工された記憶の描き方や
彦星くんのファンタジックな佇まい、
小林聡美さんと阿部サダオさんの軽妙かつ味のあるやりとり、
そして何より田中裕子さんの存在感だけで
もうワクワクが押さえられないんですけど、
ドラマ好きじゃないライトな視聴者層にとっては
これがなんのドラマなのかわからないまま離れていったんじゃないかな。
職場でドラマの話題が出た時に、
ピンと来ないっていっている人、とても多かったんですよね。
その人たちが面白いっていうドラマって
いわゆる視聴率を取る系のドラマで、
良くも悪くも、分かりやすくて考えなくても筋が追える、
もしくははっと目を引くエキセントリックなものなんだなあって実感した。
それは悪いことではないんだけれど、
「anone」のようなタイプのドラマ大好きなので作り続けてほしいんですよね。
というより、このタイプのドラマを楽しむには
ある種のリテラシーが必要なんだと思うので
根気よく作り続けることで視聴者を育てる(もしくは掘り起こす)ことができると思うので
日テレさんには是非作り続けてほしいなと思います。
でも、坂元さん自身はこれでしばらくテレビドラマはお休み宣言をしちゃったんですよね。
ここ数年、結構定期的に作品を書かれていたので、ちょっと休憩なのかな。
それとも映画を書かれるのかな。
何にしろ、また坂元さんのドラマをテレビで見たいです。
1×10(もしくは11)時間という民法テレビドラマのフォーマットに
とてもあう作家さんだと思うんですよね。
坂元さんの作風は映画の2時間の枠じゃ活かしきれない気がする。

坂元作品って日本テレビ系では
「Mother」「Woman」に続いての「Anone」
この3作はどこかテーマが続いている感じがします。
スタッフもほぼ同じみたいなので、映画のような情感豊かな映像も共通している。
そしてこの3作ともに出演しているのが田中裕子さん。
「Mother」では松雪さん演じるヒロインのお母さん、
「Woman」では満島ひかりさん演じるヒロインのお母さん。
でも、「Mother」「Woman」でもメインの親子はヒロインとその子供で
田中さん演じるお母さんはその外側から母として娘とその子供を見守る
(もしくは娘をひどく嫌う)人物でした。
時には自己犠牲をも厭わない深い深い愛で、
時には母と言えども、必ずしも子に対する愛を素直に持てるわけではないことに対する苦悩で
母親とはなんなのだろうと深く考えさせてくれる存在でした。
そして今作では、主役は広瀬すずちゃん演じるハリカちゃんだったけど
タイトルロールは田中裕子さんの亜乃音さんだったんですよね。
亜乃音さんは作品の中でお母さん的存在。
一度も血のつながった我が子を持ったことがないにも関わらず、
疑似的に集まった家族のお母さんだった。
本来は青羽さんもお母さんなのだけど、
そして、回想シーンや息子と別れるシーンではちゃんと母親の顔を見せているんだけれど、
あの家では娘もしくは近しい親戚(兄弟の娘とか?)として存在していて
母親の顔は封じ込められていました。
本来ならばハリカちゃんのお母さんは青羽さんが母親の方がいろいろすっきりしますよね。
だけど田中さんが母親でないといけなかったんじゃないかなあと思うんです。
「Mother」での田中さんの役が母性本能の固まりのような女性。
娘の幸せのみを望んで、娘の幸せの為ならば罪を背負ってもかまわない。
そういう、ある種理想像としてのお母さん。
田中裕子さんはこの役を押さえた演技で、けれども確かな愛情を感じさせて演じられていました。
一転「Woman」では実の娘なのに上手く娘を愛せない母親。
母親とは子供を産めば誰でも子に対する無条件の愛情を持てるものではないということを見せつけるような役でした。
その上での「anone」のあの、血のつながらない娘を愛し抜く母親。
「Woman」とは逆の向きから母性の由来は血のつながりだけではないということを証明するような母親でした。
母としての愛情を惜しげなく発揮する母親でした。
「anone」は日テレのドラマで坂元さんが書き続けた母性をテーマにした一連の作品のまとめとして
田中さんに母親を演じさせるためのドラマだったんじゃないかなあと思います。
だからなのか、亜乃音さんには恋愛要素は許されていない。
年齢的なものではなく、意図的に。
亜乃音さんの側にも勤め先の弁護士事務所の花房万平という男性が配されていて
万平さんはずっと亜乃音さんに対してアプローチを続けている。
火野正平さんが演じられていたんだけど、いい感じで色気があってすごく素敵でした。
年取ってからこんな人にアプローチされるなんて、亜乃音さん女として捨てたもんじゃないんだなって思えて。
旦那さんも亡くなっているんだし、
あんまり儲かってはなさそうだけど弁護士さんだし
これからの生活を考えたら、万平さんとこ行くのが一番でしょ?
って思うのに、亜乃音さんの選択肢にそれは全くない様子。
ハリカちゃんや青羽さん持元さんが転がり込んできてからは尚更。
劇中、母親として存在している亜乃音さんに女であってほしくなかったのかな。
だからこそ恋愛要素を封じ込めたのかな。
それも、はなから恋愛要素はないと描くのではなくて、
彼女自身に選ばせないとする強い形で。
代わりに恋愛要素を担うのはハリカちゃん、そして青羽さん。
亜乃音さんの家族をつくる物語が縦糸とすれば、
横糸はハリカちゃんと青羽さんの恋の物語。
ハリカちゃんも青羽さんも、どちらも大切な人は余命わずかという宣告を受けている。
でも、実は私、この二人の恋が対として描かれていることに気がつかなかったんです、途中までは。
年齢が大きく違うし、
途中までは青羽さんと持本さん腐れ縁みたいな関係で
中の人の印象もあいまって恋愛関係って風に見えていなかったし、
何より持本さんが元気でガンっていうこと忘れていたし・・・。
ラスト2週くらいになって、ハリカちゃんが彦星くんの病室に訪れた回くらいで
ようやくこの二組のカップルが対として構成されていたんだと気がつきました(遅いっちゅうねん)
彦星君の為を思って、顔も見ずに、カーテン越しに嘘をついて別れを切り出すハリカちゃんと、
青羽さんを思って嘘をついて離れようとした持本さんの嘘に気づいて、最期まで一緒にいる青羽さん。
その結果、手術を受け命を長らえた彦星君と、
青羽さんの側で最後の時間を過ごし死んでいった持本さん。
彦星くんは一度ハリカちゃんに会いに来てくれたけれど、
きっとこの二人がこれから近づくことはない。
持本さんは死んでしまって、肉体を伴った存在としてはこの世にいないけれど
幽霊が見える体質の青羽さんにはいつも持本さんが見えていて
これからもずっと一緒にいるのだと感じながら生きていくことができる。
青羽さんの心が求め続ける限り。
見事な対比ですよね。
坂元さんの作品って、勝手な印象なんですけど、
最初にシチュエーションをどんと提示して、
個性的な登場人物を配して、
そのキャラクターの過去を上手く織り込みながら
物語が転がるに任せて書いているような印象があるんですけど、
この「anone」に関しては事前に構成を作り込んで書いたんじゃないかなあという気がします。
綿密に配置された主要人物の中で、唯一書き込みが薄かったのが瑛太が演じた中世古くんでした。
偽札づくりに関わった5人のうちで
過去をきちんと語られなかったのって彼だけな気がする。
ハリカちゃんは「ためがい学舎」での日々を
持本さんはカレー屋をつぶすに至った過程を
青羽さんは失った子供と分かれた子供の話を
そして亜乃音さんは育てた娘との確執を
それぞれ時間をかけて描いたのに、
中世古くんだけはそういう丁寧な描写はありませんでした。
台詞の端々で、過去IT企業を立ち上げて稼いでいた時期があったこと
それが失敗して服役している時間があったこと、
弟さんを助けられなかった過去があること・・・
等々、断片的には語られるんですけど、
他の主要メンバーほど掘り下げて描かれることはなかった。
中世古君は登場も最初は意味ありげに数シーンだけといった感じだったし
中盤の物語を牽引する役割ではあるものの、
亜乃音さんが作り上げた疑似家族の一員とはならず
ずっとアウトサイダーを貫き通した人だったので
そのバックボーンが語られなかったのは当然かなあとも思ったのですが
でも、最終回で弟の話がちらっと出てきたときに、
ああ、この人の過去の話をきちんと見てみたかったなあ・・・と思いました。
中世古くんの抱えているルサンチマン、
世の中に一矢報いたい、世間に認められたいという強い承認欲求・・・
それはIT業界でいったんは成功を収めてけれども
そこからはじき出されたことから生まれているのかと思っていたんだけれど
実はもっともっと幼い頃から、彼はずっと戦っていたのかもしれないな。
もしこのドラマが11話なり12話で語られたら、描かれたのかな、
中世古くんの過去の物語・・・。
見たかった思いは残るものの、
あれほど断片の情報しかない中で、
でも、中世古という人間の抱えている何かを十分に感じさせる演技をした瑛太ってすごいな。
瑛太はこういう、表面は感情を表さずフラットなんだけど
内面に複雑な思いを抱えているような繊細な人物を演じるのがとても上手い。
中世古くんが最後に陽人くんの記憶を塗り替えてくれたのは嬉しかった。
陽人くんの周囲に馴染まない感じは見ていてとても切なかったから。
お母さんの少し戸惑いながら子育てしている感じも。
あの感じはとても覚えがあるから。
ハリカちゃんも幼少期は陽人くんに近い感じの子供だったんでしょうね。
ハリカちゃんはその個性を両親から疎まれて施設に送られた。
けれども、陽人くんはお母さんや亜乃音さん、そしてハリカちゃんたちみんなで
その個性を大切に守り育てようとしていた。
みんなで陽人くんを見守るその優しい空気がすごく好きでした。
坂元裕二さんは結構えげつない人間の醜い部分も臆さず描いたり、
社会のシビアさを作品に反映させたりするので
所謂優しいだけの作風の作家さんではないのですが、
陽人くんのような、ちょっと「ふつう」からはみ出してしまう子供を
こういう風にすくい上げて包み込むように描くさまを見ていると、
一番根本的なところで人を優しい目で見ている人なんだな、と感じます。
だからこの人の書く作品は信じられるんだな、きっと。
陽人くんを、そして陽人くんを大切に思うその思いを利用して
自分の偽札づくりという犯罪に亜乃音さんたちを引っ張り込んだ中世古くんのやり口は許せないんだけれど
でも、その中世古くんさえも、最後の最後に陽人くんを守ったというのが嬉しくて。
それも含めて、全てが収まるべき所に収まってきれいにまとまった最終回。
坂元作品としては意外なほど平穏な終わり方で、
ちょっと拍子抜けしてしまった面もあるのですが、
このドラマの登場人物たち、その世界観を愛する視聴者としては
この上なく幸せな終わり方で、これはこれでとてもよかったと思いました。

このドラマは全ての回の演出が水田伸生さんという珍しい作り方でした。
たいていの連続ドラマは3~4人の演出家で分担して撮るそうです。
前に脚本家の野木さんがつぶやかれていました。
事前に十分世界観のスリ合わせは行われているとはいえ、
やはり演出家によって多少作品の風合いが変わるのは否めない。
逆にそれを楽しむのも連続ドラマの醍醐味だったりするのだけれど、
このドラマでは一人で演出されたということで、びっくり・・・。
時間的な制約もあるだろうし、作品の形態によってはこれが必ずしもベストではないこともあるのでしょうが
「anone」という作品に関しては、この制作方法は本当にありがたかった。
映画のような情感たっぷりの映像が、この作品の大きな魅力の一つだったから。
1話1話の独立性が強い1話完結ではなく、
1時間を10回積み上げて描かれた、1本のお話をじっくり見られました。
とても楽しい3ヶ月でした。
これでしばらくTVドラマで坂元さんの作品が見られないのはさみしいな。



続きを読む

アンナチュラル

面白かったあ。
今期一番楽しみに見ているのは、このドラマと「anone」なんですけど、
「anone」が坂元裕二さん独特の既存のパターンにはまらないドラマなのに対して、
この「アンナチュラル」はドラマによくある1話完結のフォーマットを使った
最上品質のドラマだった気がします。
1話1話としても何度も予想をひっくり返される練りに練られた展開がありました。
第1話見たとき、これは面白くなるぞって強く思いましたもん。
病死だと思われていた遺体が、実は同時期に身近な人が同じような症状で亡くなっていることが分かって
もしかして病死ではないんじゃないか、不審死では? と思わせて
実は伝染病による死だったというところに導いただけでも
思いもしなかった展開に驚いたんだけど、
この段階ではとても後味が悪かったんですよね。
でも、物語を死因がわかったところで終わらさずに、
最初に感染させたのは誰だというところまで追いかけて、
死因は病院が院内感染を隠蔽していたために、検査に着た人にまで感染を広めた
というもう一段突っ込んだ展開があったのがすごいなあと。
ともすれば死因究明に終始しがちな法医学もの。
主人公は原因究明を続けたたくても、
法医学者の仕事が死因を遺体から探ることであるために、
その先に進めることはとても難しい。
だから法医学系のドラマは主人公にその先を探らせることにとても腐心していますよね。
「きらきらひかる」でも主人公が何度も注意されていました。
法医学の域を出るな、と。
それでも新人であるが故の情熱と正義感でもって
何度も職域を越えて真相究明に走り回っていました。
けれどもこのドラマではその辺がとても上手く処理されていました。
一つには架空の組織を作ったということが大きいかな。
現実の制約から少しはずれることができるから。
けれどもそれだけではなくて、主人公が真相究明に動ける枠組みを
上手に作られていたんだと思います。
たとえば1話だったら、一番初めの感染源はどこかを探ることは
法医学の意味から考えてそう大きくははずれない。
亡くなったご遺体から死因を究明する意味を考えたとき、
死因を究明することによって新たな感染を防ぐというのはとても理にかなっている。
つまりは「死因を究明する」ことの意味を丁寧に考え描いた作品だったんですよね。
そしてそれは、ほとんどご遺体の解剖は行われない日本の現状に対して
問題提起をし続けた作品であったということ。
ミコトが初回に中堂さんに言った言葉はそれを端的に示していますよね。
「何と戦うんだ」という中堂さんの問いに対して
「不可解な死」(うろ覚えです)
とはっきりと答えていました。
徹底的に死因を究明する人たちを描く、
そして死因を究明することでどんなことがわかるか、
社会にどう影響するかを描く。
その一本通った筋をきっちりともったドラマであったからこそ、
安定感があったのなだなあと思います。
そして、社会問題の取り込み方もとても上手かった。
女性差別、ブラック企業、いじめ・・・様々な社会問題が題材として取り上げられていました。
どれもリアルに社会が抱えている問題だけに、
このネット全盛の時代には描き方次第では炎上しかねない面もあったかと思いますが
社会問題とエンタメのバランス感覚が絶妙に巧かった。
「逃げ恥」の時も感じていましたが、
このバランスの取り方は脚本家の野木さんならではなんだろうな。
どの問題に対してもきちんと勉強して誠実に向き合った結果の描き方だと感じられる。
脚本の野木さんはキュンキュンのシチュエーション、シーンを描くのも巧いのですが
一番の魅力はこの誠実さとバランス感覚なのではないかなと思います。
特にすごいなあと思ったのは、3話の法廷回。
法廷の場で意見をひっくり返したみことは
(でもこれは法医学者としては誠実な態度だったんだけど)
検察官から執拗に責められます。
女性だからとバイアスをかけられ、聞く耳を持ってもらえない悔しさ。
挙げ句の果てには被告人からさえも女性だからと言う理由で話を聞いてもらえなくなる。
こういう展開だと、女性でもここまでできると見事に証明して見せて
最後の最後に華々しく法廷で大演説をぶちかまし
皆ぐうの音も出なくなって傾聴する・・・という流れを期待したのに、
みことは女性でも男性と同じようにできる! と片意地を張らずに
法廷の証言は中堂さんにあっさりと渡してしまう。
みことが主張しても聞いてもらえないことでも
中堂さんが言えばすんなり通ってしまうんですよね。
それはある意味では女性蔑視を受け入れることで悔しくはあるんですが
法廷の場で真実を伝えると言う点では目的を達成している。
みことの柔軟な、けれども本質の部分は決して譲らない考えが
とても見事に描き出された回で、すごく感心したんですよね。
こういう柔軟な描き方ができる作家さんなんだ!と思って。
でも、これだけでは終わらなかった。
最終回、もう一度法廷のシーンが出てきます。
今度は中堂さんの彼女を殺した連続殺人鬼の裁判として。
担当は3話でみことを女だからとバカにしていた検事。
でも今度はみことが法廷に立つしかないのです。
中堂さんは事件の関係者なので、法医学者として証言することはできないから。
みことは法廷の場で鑑定結果を証言し、
それに加えて、個人的な思いと断った上で、
犯人の心を逆なでし自白を誘導しました。
これはきっと女性であるみことでしかできなかったことだと思うのです。
母親との関係から、女性にゆがんだ感情を持っている犯人。
その女性から母親との関係を言及され、同情された(見下されたと感じたかな)ことで
犯人の理性のタガがはずれた。
男性が同じことを言っても、これだけ見事にひっかかったかどうか・・・。
女性であるから法廷に立てず中堂さんに変わってもらった3話から、
中堂さんの為に自分が法廷に立ち、女であることを利用しつつ
犯人から自供を引き出した10話。
この流れは本当に見事でした。
10話は本当に見事な最終回で、巧く過去の回を取り込んでいく内容でした。
特に1話は重なるところが多かった。
中堂さんが宍戸を追いつめる時に使った毒に関するやりとり。
これは1話で丁寧に毒について語らせていたから
話がテンポよく進んだんですよね。
視聴者にもなんとなく毒に関する基礎知識があるし、
六郎が正解に行き着く課程も納得できる。
日本は遺体をすぐに火葬してしまうけれど
アメリカは土葬。
だから法医学が発達しやすい土壌があった。
遺体は燃やしてしまうとなにも分からない・・・
というくだりも、1話でさんざんやっていました。
細かいところでは、
名前札を張り付けて解剖に向かうシーンや
ロッカー室で朝からどんぶりを食べるみこと、
六郎のバイクに乗るみこと・・・などなど
かなり初回をなぞって最終回が構成されていた気がします。
でも初回だけではなく、たとえば第5話で、
大切な人を理不尽な理由で亡くしてしまった男性が
中堂さんに犯人を教えられて、犯人を刺してしまうという話が描かれました。
あの場面で登場人物に「刺す」という選択肢を選ばせたことに驚いたのですが
(だって普通はナイフを振り上げたところで誰かが止めるか、
自分でやめるかして、刺すところまではいかないじゃないですか)
でも、最終回まで見て、あそこはやはり刺さなければならなかったんだろうなあと思います。。
相手を殺さずにいられない怒りや悲しみ・・・それは中堂さんのものでもあるから、
5話があったからこそ、10話の中堂さんの行動も納得できる。
宍戸を殺そうとしたことも、
けれどもみことに止められてとどめをささなかったことも、
犯人を自分の手で殺そうとせず司法に委ねたことも・・・。
すべては積み重ねなんですよね。
1話完結でありながら、ちゃんと毎回積み重ねられていく部分もちゃんとある。
1話完結形式って見やすいんだけど、ちょっと物足りないんですよね。
1時間ものの謎解き10回だったら、
2時間の映画や、2時間サスペンスよりも中身が薄く成ってしまうから。
でも、このドラマはそうではなくて、1話1話のクオリティも高く保ちつつ、
連続ドラマの面白さを十二分に味あわせてくれた1話完結形式のドラマでした。
去年に全ての脚本が完成していて撮影も済んでいたというのに、
まるで図ったように現実の事件とシンクロしていくのもすごかった。
集団自殺や仮想通貨、
最終回は官僚による書類改竄問題真っ盛りの中で、
検事がみことに鑑定書類の書き換えを迫っているし・・・。
最終回では所長がとってもかっこよくて、
上が責任を取るってこうことなんだなあと惚れ惚れしました。
こういう人がいれば、現実でもここまでの大問題に成らずにすんだのになあ
としみじみ思いました。
野木さんが描かれるドラマの職場は、本当にすてきだなあと思うことが多いです。
「空飛ぶ広報室」しかり、「重版出来」しかり・・・。
特にそこで描かれる上司が押しつけがましくない正義をしっかり持っている。
それで職場にしっかりとした仕事に対する筋が通るんですよね。
現実に奇妙にシンクロした…という点は、今のTBSではそんなことはないとは思うけれど、
TVの世界でも変な忖度がよく働くので、
通常のドラマのように書きながら放送する、撮影しながら放送する・・・
という形を今回は取らなかったのがよかったのかもなあ。
下手したら途中で内容の変更が入ったかもしれないもの。
そんなことになってしまっては興覚めですもんね。

このドラマには大好きな役者さんがいっぱい出ていて、
それぞれ一番好きな部分で演じて見せてくれたドラマでした。
そうそう! こういう石原さとみが見たかった!
こういう井浦新が見たかった!
こういう窪田正孝が見たかった! 以下同文・・・。
主題歌もよかったなあ・・・。
どの話でもドンピシャのタイミングで曲がかかって。
主題歌がドラマの一番盛り上がるタイミングでかかるの、やっぱりいいなあ。
とくにこの曲の歌い出し数節の歌詞と切ないメロディは
どの話でも誰かの心情にきっちり寄り添っているように聞こえたんですよね。
特に4話の花火のシーンと9話の中堂さんの回想のタイミングで流れたのがよかった。

この作品は改めて野木さんの書くドラマ好きだなあ・・・という思いを強くしたドラマでした。
次回作も楽しみです。