メッセージボトル~Zepp Namba

行って来ました~! amazarashiライブ。

いつもは長男と行っているんですけど、今回は次男と。

別に長男がamazarashiに興味がなくなったとか、そういうことでは全然なくて

長男は一足先に名古屋で参戦してきました。

なんでこんなややこしいことになったかというと、

amazarashiのライブツアーが発表されたときは3枚チケットを取るつもりでいたんです。

今回は中三の次男も連れていきたかったので。

で、その話をしていると、ChiChiが

「ウッキー、4月はライブ2本やな」

と、話に入ってきました。

ChiChi(つまり主人)は大の高橋優ファン。

高橋優もこのちょっと前にライブツアーを発表していました。

で、ChiChiは勢いで2枚のチケットを押さえました。

誰かと行く約束をしたわけではなかったのですが、ボッチ参戦は避けたかったようです。

でも一緒に行ってくれるかもしれなかった友人は息子さんと行くそうで、

余った1枚を無駄にしないために、必死で家族を誘いました。

その誘いに唯一乗ったのが長男。

大阪城ホールに一度入ってみたかったそうです。

だから前述の言葉になったわけなのですが、

「うわーすごいなあ、1月で2回のライブ? で、いつ頃?」

「えーっと、中ごろやったと思うで」

「え? amazarashiも中ごろやで。もしかして二日連続?」

とか言いながら日にちを調べてみると、な、な、なんと! 

日にちがかぶってるじゃあーりませんか!!

なんで…orz

amazarashiってそんなに年がら年中ライブやっているわけじゃないし、

高橋優だって全国を回っているライブで、なんで大阪公演の日程がダブルかなあ…。

長男はかなり「amazarashiに行く~」ってごねたのですが、

その時点ですでに高橋優のチケットは押さえてあったので無理やり高橋優の方に行くことに。

必然的にamazarashiのライブには私と次男が行くことになりました。

代わりに長男はツアー初日、名古屋のチケットを取ってなんとか納得しました。

当日まで「そっちに行きたい」「当日券買いたい」と言ってたけどね。

あ、別に高橋優が悪いわけじゃないんです。

ライブさえ重なっていなければ、長男ももっと高橋優のライブを楽しみにしていたはず・・・。

ほんと、なんの呪いだ?

とまあ、当日までにすったもんだがあったわけですが、

なんとかChiChiと長男は大阪城ホールへ、

私と次男はZepp Nambaへ行くことになりました。

ここで次の困った問題が…。

我が家で一番の方向音痴が次男で、二番目が私…。

前回Zeppn Namba に行ったときは長男についていったので難波の地理が全くわからない…。

たどり着けるのか…とドキドキしながら、

とりあえず携帯のナビを頼りにあっちいったり、こっち行ったり…。

なんとかたどり着けました。

無事にグッズもゲットして、次男が行きたがったアニメイトにも行って、

予定通り入場することができました。

2階席だったせいもあってか、入場はすごくスムーズでした。

集合時間にちょっと遅れていったらすでに300番台の入場が始まっていて、

ほどなく2階の列も動き始めました。

前に来たときはやたらと入場で待った気がしたので

スムーズな誘導にびっくりしながらも中へ。

と、まあ、私たちはスムーズだったんだけど、

大変だったのは1階の後ろの方の番号の人たちだったんじゃないかな。

ずいぶん長い間、本当に開園間際まで、

「すみません、もう一歩、半歩でいいですから中に詰めてください」

ってマイクの音が響いていました。

下を見るともう人がギュウギュウ詰め。

私が初めてライブに来たときはなんばHutchで

結構後ろの方はゆるゆるで、簡単に移動ができるくらいだったんだけど

もう真ん中の人はトイレにも行けなさそうなくらいぎっちりで。

そんでもって笑ったのが、

「前の方があいていまーす。できるだけ前に行ってください」

と入場する人を前の方に誘導していたこと。

いやいやいや、普通は前から詰まるもんでしょ?

でもamazarashiはあんまり前に行き過ぎると映像見にくいから(;^ω^)

この間どっかのバンドのライブではファンが前に行こうとして将棋倒しになった

っていうニュースもあったっていうのに

amazarashiファンは後ろの方が好きなんだね( *´艸`)

ってほのぼのしている場合じゃなく、上から見ていると心配になるくらい人がギッチリで。

amazarashiさーん、これだけ人が入るんだから、もうホールでコンサートしようよお。

最初に入場した人は3時間くらい、身動きも取れないような状態で立っているしかないわけで

なんか危険な感じがする。

ZeppNambaがソールドアウトするんだから、大阪のホールだって埋まるよ。

…という切実なお願い。

席が2階席の最後列だったので、音は大丈夫かな・・・と心配していたんだけど

そこは問題なくいい音でした。

基本20代30代がメイン層のバンドなので私たち親子は多少場違いなのですが

たまたま前の席がどうも中学生くらいの女の子とお母さんの二人組。

女の子がファンで、心配してお母さんがついてきているパターンかと思いきや、

お母さんが常連さんで、初めてお子さんを連れてきたらしく

ライブのあれこれを女の子に説明しているのがほほえましい。

密かに心の中で「仲間だ」認定をして、ほっとしておりました。



さて、ライブの中身はというと、とてもよかった。

秋田さんの声もすごくよく出ていたし、演奏もばっちり。

いつもは秋田さんの歌声ばかりに気を取られていたんだけど、

この日は演奏を聞く余裕もできて、

当たり前のことなんだけど、演奏上手いなあと思って聞いていました。

演奏がしっかりしているからこそ、秋田さんの声があんなに映えるんですよね。

それから豊川さんのコーラスの声がよく聞こえた!

長男は「名古屋ではあんまり聞こえんかったで」と言っていたのですが

大阪ではかなりはっきり聞こえていましたねえ。

今回大阪では秋田さんの歌詞とびが多かったんですけど、

秋田さんが抜けちゃった部分も豊川さんがしっかり歌ってカバーしてたり。

歌詞とびに関しては確かに回数は多かったんですけど、復活も早くてすごいなあ…と思ってました。

なにせあの歌詞量ですよ!

「メーデーメーデー」なんて、生で歌おうとするのがまずすごいのに。

あ、「メーデーメーデー」の最後のサビの歌詞抜けはきっと息継ぎですよね。

そこ以外は本当に完ぺきで、背筋がぞくっとするくらいかっこよかった。

カラオケでamazarashiを歌うと、歌詞がちゃんと画面に出ているのに

息継ぎ失敗したり、歌詞を見失ったり、かんじゃったりして飛んじゃうと

しばらく復活できないですからね。

あわあわ言ってる間にどんどん曲が進んじゃって。

それを、次のフレーズはもう立ち直っている感じで、

そっちのほうに感心してしまっていました。

生だもの、そういうハプニングも醍醐味の一つ。

ハプニングとしてもう一つ面白かったのは、

大阪ではMCがぐだぐだになっちゃったってとこ。

今回、いつも少ないMCが輪をかけて少なくて、

「ありがとう」以外のMCは「たられば」の前のMCくらいだったんだけど、

秋田さん、話している途中で自分の話の方向性を見失っちゃった。

たぶん、amazarashiという思いもしなかったバンドの形で今ここに居るっていうことを

言いたかったんだろうなあって思うんだけど、

amazarashiを「変なバンド」って言っちゃって、

そこを言い直して言葉を探しているうちに

なんかしどろもどろになっちゃって、「何言ってんだろ」なんて自分で言っちゃうところがかわいい。

かわいいって失礼かもしれないけど、秋田さんってきっと私よりも年下だから、いいよね(なにが(;^ω^))

名古屋に参加した長男の話によれば、ここのMCは

「ベストを出したことでこれからのAmazarashiを心配している人もいると思うけど、

そういう人たちのために新曲を持ってきました」

という感じの内容だったらしい。

大阪ではそこまでいきつけなかった感じ。

でも、秋田さんがしどろもどろになっちゃった時に

「ひろむーっ、がんばれーっ」

なんて掛け声が飛んだりして、あったかい空気に包まれたのがすごくよかった。

「メッセージボトル」に同封された小説では、

MCの後の観客の冷たい反応にいらついている描写があったけれど、

それから流れ流れて、今、Zepp Namba満杯のお客さんが

秋田さんの言葉を心待ちにしていて、

秋田さんの言わんとすることを一生懸命受け止めようとしていて、

何年もかけてAmazarashiはこれだけの味方を手に入れたんだなあって思った。

何年もかけて秋田さんの歌が、これだけの味方を連れてきたんだなあって思った。

秋田さん、誰かに届けと大海に投げ入れた貴方の歌は、

確かにこれだけの人に届いたんだよ。


セトリはベストアルバム「メッセージボトル」の流れを受けて、

ベスト的なものでした。

「夕日信仰ヒガシズム」ライブから参加しだした私でも

ライブで一度は聞いたことがある曲がたくさん。

でも、ここ最近のライブの定番になっていた

「季節は次々死んでいく」や「スターライト」

また知名度が高いと思われる「スピードと摩擦」「僕が死のうと思ったのは」がなかったので

完全に初めてのお客さん向け…というわけではなかった気がします。

もちろん今旬の「命にふさわしい」や「ヒーロー」は入っていたんだけど

今までのamazarashiの核を作ってきた曲たちが丁寧に集められた感じ。

「メッセージボトル」に収められた曲たちの中でも

ルサンチマン的要素…というか、「誰か認めてくれ」というニュアンスが強い曲を中心に

セトリが組まれていたような気がします。

まさにデビュー前、青森でライブイベントを企画して

そのイベント名に「メッセージボトル」と名付けて希望を託した

秋田さんの思いが詰まったような曲たち。

amazarashiの曲の中には、その時々の秋田さんの心境によって

ふっとすべてを悟ったような、いろんな苦悩を乗り越えた後のような

晴れ晴れとした美しい人生賛歌的な歌もたくさんあって

「メッセージボトル」にも収められているんだけど

(例えば「終わりで始まり」や「ライフイズビューティフル」)

そういう曲よりは負の感情に支配されている曲が多かった気がします。

「虚無病」のミニアルバムからは「僕が死のうと思ったのは」じゃなくて

「メーデーメーデー」が歌われたのもそういう流れだったからかなあと思いました。

「メーデーメーデー」は救難信号のことなので、

まさにメッセージボトルという名のライブにふさわしい。

「メーデーメーデー」は「虚無病」のライブビューイングの時の

本番後に会場に流されていたくらいで、ライブで演奏されるのはこれが最初だと思います。

その時から一度生で聞いてみたいと思い続けていた曲。

でも同時に生で歌うには難しいんじゃないかとも思っていたので

今回ライブで聞けてとてもうれしかった。

この曲の映像もすばらしくて、電波がきちんと入っていないTVのような

ノイズだらけの映像に時折ふっと映像が映るといった趣向のもので、

この曲が流れると感じる不安感を掻き立てられる感じが

見事に映像で再現されていました。

今回初めて見た映像はこの曲と「たられば」かな。

「たられば」は歌詞メインの映像だった気がする。

後は「命にふさわしい」はWOWWOWで放送されたCDJの映像と同じだったので

なんとなくなじみ深かったし、

「ヒーロー」は公開されているMVの映像でした。

実は「風に流離い」の映像も見覚えがなくて、

おおーっ、秋田さんがいっぱい映ってる!

この上手くはないけど雰囲気のある字は秋田さんの字かなあ

と一人で興奮していたのですが、帰ってから長男に言うと

「「ヒガシズム」ん時もあの映像やったで」

とさらっと言われてしまった(>_<)

覚えてない・・・。

確かに調べてみたら「ヒガシズム」で歌われているのでこの映像見ていたはず・・・。

同じく「後期衝動」の「一体全体誰だお前は?」の後に

バーンとスクリーンいっぱいに映し出される「Amazarashi」の文字がかっこいいなあ

って思っていたんだけど、きっとこの映像も見ているんですよね、私。

「後期衝動」は「ヒガシズム」の時の一意版最初の曲ということはすごく覚えているんだけど

映像の記憶はすっぽりと抜け落ちていました。

記憶がちゃんとあって、今回もう一度見られてうれしかったのは「少年少女」かな。

降ってくるカタカナの色がふっと変わって言葉を形作る趣向のこの映像、すごく好き。

「しらふ」から「美しき思いで」の流れは、もう鉄板ですね。

何度聞いても胸に迫るものがある。

「たられば」は先に聴いた長男から「素晴らしいで」と散々聞いていて

秋田日記で先に歌詞を読んでいたせいもあって、

ああ、こういう曲なんだ…という確認的な気分で聞いてしまった。

ちょっと失敗。

でも、この曲が新しい方向性を感じさせるものだっていうのはちゃんと伝わりました。

「認められたい」という強烈な思いに裏打ちされたAmazarashiの今までの方向性は

少しずつでも実際に知名度が上がってファンも増えて、チャートも上がり始めている今、

いつかは歌手としてやっていくためのモチベーションとして

燃料ぎれを起こすんだろうなと思っていたので。

Amazarashiのことを考えるとき、よく中島みゆきさんを思いだすんですけど、

みゆきさんも世に出始めた頃は別れ歌うたいの異名を持っていました。

同時期に人気があった松任谷由美さんが

恋愛賛歌の明るくキュンとする歌を多く歌っているのと対比されて

失恋ソングばかりを歌っているというレッテルをはられていました。

確かに初期の頃の歌は、ベースに「どんなに好きになっても選んでもらえないあたし」

という思いがあって、その思いに共感する者が彼女の歌にはまっていくという感じでした。

でも、みゆきさんは次第に「選んでもらえないあたし」だけの世界観から脱却していくんですよね。

90年代、2000年代以降にヒットした彼女の歌はもはや失恋ソングじゃなくて

幅広い世代に受け入れられるような広い不変的なテーマ性を持った歌。

「時代」とか「地上の星」とか。

スケールが大きいものだけじゃなくて、女の生き方を歌い上げる歌、

物語性の強い歌、世情に切り込むような歌…いろんな歌を生み出して

テーマがどんどん広く深くなっていったんですよね。

だからAmazarashiもそんな風に、世界を広げていくことは可能なんだろうと

ぼんやりと思っていました。

そういう自分勝手な希望が、秋田さんによって証明されたようで嬉しい。

「命にふさわしい」あたりからその萌芽が見え始めた気がするんですけど、

「命にふさわしい」や「たられば」のような、

「認められたい」じゃない方向で深く人間や人生を見つめるような曲、

秋田さんならではの視点で今の社会を切り取るような方向に向かうことができたらいいな。

いまだに青森に住んでいるということが、強みになると思うんですよね。

そんなAmazarashiの新しい方向性もちょっこし見せてもらえたライブでした。


ライブ終わりの1曲は、「未来づくり」

大好きな曲の一つです。

音源はインディーズ時代に青森で発売された時のもの。

「未来づくり」はその後「千年幸福論」というアルバムに再録されていて

私はもちろんそちらで知っていたのですが、

あまざらし時代の「未来づくり」(というか「光、再考」に収録された曲は全部)は

今よりもずっと力強くてエモーショナルな歌い方。

表現としてはきっと「千年幸福論」バージョンの方が洗練されていて安定感があって

歌詞が紡ぎだす世界をしっかりと伝えているんだろうと思うんだけど、

勢いというか青さみたいなものがいい意味で表現の力になっているんですよね。

「千年幸福論」で聞いていたとき、歌詞の中にある感謝すべき自分を認めてくれた「あなた」は

恋人(もしくは豊川さん)かなあって思っていたんですけど、

「ROCKIN'ON JAPAN」のロングインタビューを読んでからは

売れなかった時に支えてくれた人たちのことだったんだなあ・・・って思って、

ライブでラストに流れたこの曲を聴いたとき、

これ、私たちファンのことでもあるのかなあ・・・って思えました。

この音源を録音した頃の秋田さんは、

そりゃ売れたい、売れてほしいとは思っていただろうけど

実際問題として大阪という青森から遠く離れた街で

二千人を軽く超える人たちがいる大きなライブハウスの空間を自分の声が埋めることを

想像してなかったろうと思うんですよね。

見えない誰かに向かって力いっぱい歌ったメッセージが、

今、十年弱の年月を経て私たちに届いた。

まさにメッセージボトルとして。

秋田さんのメッセージボトルを確かに受け取った…

そんな幸せな気分で家路につきました。

とても、とても、いいライブでした。

posted by HaHa at 08:34Comment(0)音楽

命にふさわしい

ここんとこ、amazarashi関係の情報が動いています。

楽しみにしていた「命にふさわしい」がいよいよ発売されました。

オリコンウィークリーランキングで5位までいったそうで、

よかったよかった。

「季節・・・」と比べてどうだったのかなあ。

シングル売り上げで勝負しているバンドではないとはいえ、

やはりヒットチャートに名前が出るのは単純にうれしい。

今回はゲームとのコラボレーションということで、

アニメやドラマのタイアップと比べてどうなのかなあと思っていたのですが

かなりの反響があるみたいですね。

なにより秋田さんが大好きなゲームとのコラボを喜んでいるのが一番嬉しい。

去年の暮れごろから心なしか秋田日記のトーンが低めで、

秋田さん元気ないなあ……って心配していたんですが、

この日記はうれしそうで、本当によかった。

曲もすごくいい。

去年、COUNTDOWN JAPANで初披露されたんですよね。

ツイッターで感想を漁っていたら、この曲の感想も続々とあがっていて

早く聞きたくてむずむず(みぞみぞ?)していました。

年が明けてから恒例の24時間視聴があって、MVが公開されて。

正直いって、MVは苦手です・・・。

「季節・・・」と同じで見ていて気持ち悪くなるんですよね・・・。

いや、映像そのものは美しいなあと思うんです。

色とか構図とか、かっこいいなあって。

でも、人形たちが残酷に破壊されていく様は正視できなくて…・

ニーアの世界観にシンクロさせてあるのはわかるんだけど

あそこまで残酷に破壊の様子を繰り返し見せるのはなあ…ってどうしても思ってしまう。

長男も私と同じような感想で、でも次男は全然平気って言っているので

本当に感覚的なものなんだと思う。

なんでも心理学の先生に監修も受けているとか…。

なんかのネット記事で読んだ気がする。

このMVの感想で心理テストもできるそうな。

CDが発売されるまでは、映像を見ないようにしてひたすら音楽聞いてました(;^ω^)

 

発売日直前、フラゲ日にはニコ生ライブもありました。

ニコ生ライブって楽しいんですよね。

実際のライブではほとんどファン間の交流はないのですが、

ニコ生だとコメントがあるからどんどんやり取りが生まれる。

曲終わりには「888888」っていう文字が画面いっぱいに広がって

「割れんばかりの拍手」が可視化されている感じがするし、

サビの歌詞がみんなで合唱するように歌に合わせて流れるし。

ニーア関係で興味を持った人が

「この曲なんていう曲ですか?」

と尋ねたら、ちゃんと答えてあげたり。

途中、なぜか年齢の暴露合戦になったり、

トイレに行きたい人がひたすら「トイレ行きたい」ってつぶやいていたり…

と、なんかいろいろで面白かった。

本当にみーんなで秋田さんの歌を聴いているっていう連帯感がすごい。

だから映画館でのライブビューイングで大勢の人たちと無言で聞くよりも

ニコ生のライブの方が活気が感じられて好き。

今回の生ライブも結構曲数歌ってくれたんですよね。

「光、再考~季節は次々死んでいく」はちょっとびっくりした。

最初曲名が「季節は次々死んでいく」って出たのに

どう聞いても「光、再考」で、あれ? って思っていたら

光、再考はワンフレーズだけで、そのまま「季節…」につながっていく構成。

「光、再考」は初期の代表曲で

「季節…」はおそらく現時点で一番多くの人に認知されているamazarashiの曲。

曲の雰囲気も、トーンも全然違って、全く違う曲なんだけど、

弾き語りでこうしてつなげられると、なにかしらつながりを感じられる。

つまりは「光、再考」も「季節…」も同じことを歌っているんだ…

従来のファンからはamazarashiは変わったって言われるけど、

本質的には変わっていないんだ…ってことか。

そんな秋田さんからのメッセージとも挨拶ともとれる曲から始まった生ライブ。

次に「この街で生きてる」っていうのもちょっとびっくりしたけれど、

もっとびっくりしたのはその次の曲「ヒーロー」。

「ヒーロー」は今放送中のテレビドラマ「銀と金」の主題歌で

amazarashiにしてはわかりやすくキャッチーな曲だなあ…

でも、逆に耳あたりが良すぎてなんかちょっと物足りないな、

amazarashiっぽさがないな、

やっぱりタイアップとなるとカラーを薄めなくちゃならなくなるのかな…

なんて勝手なことを思っていたのですが、そうじゃなかった!!

ドラマのOPで流されているのは1番…って思っていたんですが

1番もフルじゃなくて、かなり切り刻まれていたんですね。

いわばわかりやすくトリミングされた曲を聴いて勝手な感想を抱いていたんだけど

フルで聞くと、これはいかにもamazarashiの世界観。

ヒーローになりたいと願いながらもみっともない自分を歌った

とっても魅力的な曲でした。

ああ、早くCDに入らないかな…って思っていたら今度のベストアルバムに入るんですね。

深夜帯とはいえ、ドラマの主題歌なんだからシングルで発売するんだろうと思っていたんだけど

もうシングル発売はないのかな?

考えてみれば前にドラマとタイアップした「アノミー」もシングルではなく

ミニアルバムとして発売したのだから

シングルカットしないというのはamazarashiっぽいといえばamazarashiっぽい。

同時期にタイアップが二つ重なって、

一方をシングル、一方をベストの中の1曲にしたのも、

なんか欲がない感じがして好きです。

売り込み攻勢をかけたいバンドだったら、2週連続発売! なんて感じで売りそうなものなのに。

そんでもって、シングルにしたのがゲームとタイアップした方の曲…

というのも、なんか秋田さんっぽくて面白いですね。

とはいえ、今年に入ってシングル発売、翌月に初のベストアルバム発売、そしてLIVEツアーへ

という流れは、ここを一つの正念場として勝負をかけてきているような気がします。

ゲームからamazarashiを知った人が、

amazarashiの入門編として聴くためのベストアルバムを出して

できればライブへ…という流れを作りたいのかな。

確かにさかのぼって聞くには、かなりアルバムの数も増えてきたから

ベストアルバムがある方がとっつきやすいかもしれない。

そして、限定版のみとはいえ、従来からのファンにはありがたい過去の音源。

メジャーデビュー前に青森で限定発売されたという幻のアルバムですよね、これ。

このアルバム、ヤフオクとかではすごい金額で取引されているらしいです。

以前、秋田さんが日記で質問を募集したりしてファンと交流を図った時期がありまして

その時に過去の(メジャーデビュー前の)音源が聞きたいって要望が多かったらしく

秋田さんが持っている古い音源を公開してくれたことがあるんですよね。

あっという間に消されちゃいましたけど。

消した時の日記がとても印象的でした。

自分は音楽を無償で消費していいとは思っていないこと。

無名だったあまざらしにお金を出してCDを買ってくれた青森の500人の人たちがいたからこそ

今自分たちがここにいること。

そのことは心に留めておいてほしい…

だいぶん意訳していますが、こんな感じの日記でした。

たぶん、過去の音源をネットにアップしたことでいろんな意見が秋田さんに届いたんでしょう。

インディーズ時代の音源が不当な高値で取引されていることには

納得いかない思いがあったのではないかと思います。

とはいえ、それを抑えるために無償で公開してしまうと、

今度は当時自分たちを応援してくれた人たちの思いを無にすることになる・・・。

そんな葛藤の一つのアンサーとして、

初のベストアルバムに、過去の音源を付けた…ということなんでしょう。

すごく秋田さんらしくて、うれしくなってしまいました。

何よりも楽しみなのが、詩集がつくこと。

amazarashiの歌には、ポエトリー以外、必ず詩が添えられています。

歌詞とは違った角度から表現された詩。

でも、CDでは歌詞カードに歌詞の隣に併記されているので、

・・・・・・・字がちっちゃいんですよね・・・orz

私、まだほとんど老眼はでてないんですけど、

それでも読むのいやになるくらいフォントが小さい。

買ったときに聴きながら一通りは読むんですけど、

読み返す気力がわかないくらい字が小さい。

今回は大きい文字でお願いします。

ま、対象とされているファン層が、私の年代よりもずっと下なんで

そんなこと考慮する必要もないのかもしれませんが・・・。

 

閑話休題

ニコ生ライブに話を戻しますと、

続いての曲は「僕が死のうと思ったのは」。

これもコアなファン以外の人に認知度が高い曲なのではないかと思います。

中島美加さんに提供した曲ですから、中島さんの曲として知っている人も多いかも。

この曲は本当に弾き語りが合うんですよねえ…。

最初「季節は…」の時にはちょっと声が出にくいのかな…って思っていたのですが

このころになるとずいぶん安定して、迫力のある弾き語りに。

そして「夏を待っていました」

この曲は認知度が高いというわけではないんでしょうが、

かなり早い時期の楽曲で、

YOUTUBEでMVが見られることもあってファンにもファン以外にも人気のある曲。

ストーリー性の強い曲の一つで、映画「スタンドバイミー」を彷彿させる名曲。

最後に「命にふさわしい」というセトリ。

全般的にファン以外に強くアピールしながらも

従来のファンをも満足させるとてもいいセトリだった気がします。

歌われた曲はどれも弾き語りが生える曲たちだったのですが、

特に「命にふさわしい」は魂のこもった歌でした。

出羽さんがアレンジした「命にふさわしい」もスケール感があって大好きなんですけど

弾き語りのシンプルな「命にふさわしい」も力強くって好き。

あ、あとLIVEバージョンの「命にふさわしい」はラストの「命さえ」と「光と影」の部分に

豊川さんの力強いコーラスが加わって、このバージョンも好き。

CDJのWOWWOW放送、去年は有名アーティストをピックアップしての放送だったので

amazarashiはなかったんですけど、

今年は出演アーティストをすべて見せてくれたのでamazarashiも1曲分だけ流れました。

選ばれた曲は「命にふさわしい」

歌詞が大きな紗幕に自由自在に動き回るパターンの映像でした。

これ、次のライブでもやってくれますよね、きっと。

生で見られるのとても楽しみ!!

WOWWOWの番組、他のアーティストさんもちらちら見ていたんだけど、

いわゆる盛り上げる系のバンドが多い中で、

やっぱりamazarashiはかなり特異でした^_^;

いわゆるファン以外の観客も多数いるはずなのに

大半の観客が棒立ちになってる・・・。

あれ、スタイルとしてやってるわけじゃなくて、

思わず聞き入っちゃうから思わずそうなっちゃうんですよね。

でも、観客をあおり盛り上げるのがデフォルトで、観客もノリに行っているフェスの中では

やはり、かなり独特のムード。

歌詞をスクリーンに映すというバンドは他にもありましたが

なんせ、舞台面全面に紗幕を張って、その面いっぱいに文字を映すので

文字の大きさというか迫力が違うんですよね。

ニコ生にしろ、紗幕を張ったステージにしろ、

私はメンバーが顔を隠すことに慣れてしまって、

あのスタイルが普通になってしまっているんだけど、

普通の人が見たらまずそこにも強い違和感を感じるのかなあ。

ニコ生でも、生ライブが始まったときに

顔が見えないことに違和感を感じた感想流れていましたもん。

ちなみにニコ生の顔の隠し方、最高に上手かったです。

顔の部分が完全にシルエットになっていて。

黒いスナフキンとかいろいろ言われていましたが、

私は「銀河鉄道999」の車掌さんが歌を歌ったらこんな感じ? と思っていました。

もう、私にとって秋田さんはあのシルエットの顔なんですよね…^_^;

そんなスタイルのライブが多くのそうそうたるアーティストたちのライブと一緒に

WOWWOWで流れたのがうれしかった。

WOWWOWさん、CDJ再放送してくれないかな。

できればもう少したくさんの曲を放送してくれないかな。

 

シングルそのものの感想に戻りますと、

「命にふさわしい」は決して派手でもないし、

キャッチーな曲でもないんじゃないかなと思います。

だけど印象に残る曲。耳に残る曲。

それで聴きこんでいくと泥沼のようにはまっていく曲。

ニーアのゲームはしたことがないんだけど、

ゲームの世界観を反映しているのかな。

ゲームをやり終わったら、今とはまた違った感覚で聞けるのかな…

って思うと、ちょっと楽しみ。

今、ふっと心に空白ができると

「こころうぉーなくすのにぃ~」

と力強い秋田さんの声が浮かんでくる…かなり重症です。

シングルでも必ず1曲はポエトリーリーディングが入るのがお約束。

今回のポエトリィはちょっと懐かしい感じの穏やかな語り口。

ここんとこ結構切羽詰まった語り口のポエトリィが多かったものですから…。

最後の部分だけはメロディがついて、

で、このメロディも耳に残る…。

ひたすら同じフレーズが繰り返されるせいもあるんだけどね。

そしてカップリング曲は「数え歌」

この曲、実はとても楽しみにしておりました。

「命にふさわしい」と同じくらいに。

この曲、曲自体は先に聴いて知っています。

この曲はこの間発売された「虚無病」のアナザーストーリー

「nothingness」に特典としてついてきたのです。

もっと言えば、歌詞は秋田日記で発表されていました。

「虚無病」ライブの後、絵本の発売発表があって、

でも、最初はもういいかなあ…って思っていました。

絵本だけど、アルバム1枚分くらいの値段なんですもん…。

ライブビューイングで「虚無病」ライブを見て

もう十分に「虚無病」の世界を味わった気分になっていたし。

だからナンバーがついているものには間に合わず。

実際に発売されて、絵本を手にした人たちが

特典に「数え歌」の音源がついていると言っていたので

思わず勢いでぽちっとしてしまいました。

ストーリーに関係がある音源がおまけにつくとは書いてあったのですが

実際にその音源が何かまでは明かされていなかったものですから

なんとなく躊躇していたんですよね。

結果的に買ってよかったです。

一気に「虚無病」の世界観が広がった。

もしくは、すごく安定した場所に落ち着いた気がしたから。

「虚無病」という話は面白いなあと思ったけれど、

なんとなく、ほんとうになんとなく、違和感があったんです。

今まで、「虚無」というのはamazarashiのいろんな局面で出てきていて

「虚無主義に抗え」というキャッチフレームもありました。

つまりは「虚無」の沼にはまりそうなのは自分たち

(歌の主体であり、聞き手)であったはずなのに

「虚無病」の世界では周りの人たちが虚無病に罹患し、

主人公たちだけが病から免れている…という設定だったから。

なんとなく「あれ?」っていう違和感があったんです。

でも、絵本を読んでその違和感が解決しました。

このお話は「しらふ」と同じだったんですね。

世間の人たちこそ現実世界に酔っているよっぱらいのようなもので、

社会の枠組みに上手くはまれず、世間の人たちを離れた場所から見ている自分こそが

しらふの状態…と歌う「しらふ」と一緒。

「nothingness」のもう一つの視点を得て初めてこの物語は完成する。

すっきりした気分で聞いた、搭乗人物サラが歌う「数え歌」

つまり、特典の「数え歌」は女性ボーカルだったんです。

たいていは秋田さんの歌は秋田さんが歌っているバージョンが好きなんですけど

ごめんなさい、この歌だけはサラバージョンが好き。

それくらい、サラの声がいいんです。

キンキンしすぎないあったかい声音、けれどもきれいに伸びて透明感がある。

何より表現力がものすごい。

歌詞の言葉一つ一つの意味を声でしっかりと表現している気がする。

あんまり好きなので歌い手さんが誰だか知りたいのですが

なにせダウンロード音源なので、絵本には書いてないんですよね。

私が見落としているだけなのかしら・・・。

最初、豊川さんの声? って思ったけど、

コーラスで入っている声とはちょっと違う気がする。

それにもし豊川さんがこれだけ歌えるのならば、

amazarashiは秋田さんとツインボーカルでやっていくべきだと思う。

それくらいよかったんですよねえ。

これ、ダウンロード音源なので、ダウンロードしたアプリでしか聞けないんだけど

将来スマホを買い替えた時もちゃんと移せるのかな。

それが今から心配。

 

とまあ、これこらいがここしばらくのamazarashiの活動に対する感想です。

来月からは名古屋を皮切りにライブツアーがスタートするし、

私が行くのは4月だけど、今から楽しみで楽しみで…。

なんでも、秋田さんはとてもつらい撮影を終えられたとか?

ということはまた新たな映像が公開されるはず。

なんのMVかなあ…

やっぱり「ヒーロー」かなあ…と楽しみは尽きません。

こんなに忙しそうに思えるのに、かっちりゲームもやっているのって秋田さんらしい^_^;

私も次はニーアやらなくちゃなあ…

(やるのは息子だけど)

虚無病~ライブビューイング

amazarashiの虚無病ライブビューイングに行って来ました。

今までDVDのライブビューイングには2回行っていて、

2回とも数曲のアコースティックライブがついていたので

ライブビューイング自体は全くの初体験ではなかったのですが

リアルに今演奏されているライブのライブビューイングは初めて。

幕張で360°ライブをするって発表されたときには、

行きたいなあ…でも遠征は無理だよなあ…ってあれこれ考えて。

いろいろ考えてもやっぱり千葉遠征は出費が多すぎる…無理とあきらめていたんです。

結構長い間売り出していたんで、途中何回も考えていたんですけどね。

基本的に、私がいろんな趣味活動をする時のモットーが「無理をしない」なんで、

今回も逸る気持ちを抑えて泣く泣く諦めました。

「今しかない」「これを見なければ○○」と突き進んじゃうと

結果的に大好きなことが長続きしなくなっちゃうんで。

ところが、夏頃、幕張のライブを全国27カ所でライブビューイングできることがわかり

即刻申し込みました。

なんて、なんてありがたい企画なんだ!!

そして、ライブビューイングということで、今回は上の息子だけじゃなく

下の息子(現在中2)も連れて行くことにしました。

もともと下の息子もamazarashiが好きだったんです。

でも、まだライブには早いかなあって思って連れて行っていなかったんですよね。

長男ですら、一緒に入場の列に並んでいると、最年少かなあって感じだったので

身体だけは大きいものの明らかに中坊の下の息子はちょっと連れて行きにくかった。

でも、ライブビューイングなら、映画館だし、そんなに目立たないだろう・・・ということで

今回は母子三人で参加してきました。

ChiChiは・・・というと、我が家でChiChiだけはamazarashi聞かない人で

きっぱりと高橋優ファンなので・・・。

さすがにファンじゃない人を無理に連れて行くのもアレなんでお留守番。



 

 

と言うわけで、初のライブそのもののライブビューイング。

気になっていた音は、全然問題ありませんでした。

前回「世界分岐二〇一六」のライブビューイングは音がイマイチだったんですよね。

音量も低かったし、その割にちょっと割れていたりしていて

今回もそんなんだったらいやだなあ・・・と思っていたのですが、とてもよかったです。

もちろんライブならではの音圧を感じられるような迫力はなかったのですが

その分ものすごく聞きやすかったかな。

そんでもって、amazarashiってもともと視覚的にはスクリーンを見ている感覚に近いから

映画館のスクリーンで見ることに、まっっっったく違和感がなかった(^_^;)

カメラワークとかあるから、もっと映像を見たいのに・・・って思うシーンで

メンバーが映ったりするからそこはちょっとフラストレーションがあったかな。

それはライブDVD見てても思うことなんですけどね。

逆に言えば、会場に行ったらおそらく見られない(そんなにいい席とれないので)

秋田さんを初めとするメンバーの様子がしっかりと見られたわけで、いいとこもある・・・かな。

ただやっぱり映像を通してではわかり得なかった会場ならではの演出、効果があったみたいで

帰ってからツイッターで感想を見ていてびっくりすることがいくつかありました。

例えば、今回はいつものスクリーンではなく、透過性のLEDを使ったそうで、

幕張イベントホールのアリーナ中央に網目状のLEDを四方に組んでその中で演奏したのですが

どうも朗読の間にそのステージ回転していたみたいですね。

ライブビューイングでは演奏者を映すときは常に正面だし、

時々後ろ姿が映っても、それは単に後ろから狙ったカメラで写しているのかなって

思っていましたから。

でも、確かに向きが固定していたら後ろとか横に人は寂しいし、

360°と謳いながらなんだか不公平ですもんね。

それでも、あの檻のようなスクリーンの中で回転していたと思うとなんだか面白いですね。

それから、今回はレーザーなのかな? それとも投射しただけ?

天井に文字を描いたり、幾何学的な文様を描いたり・・・という演出があって、

それがすごく面白かったんですけど、

「スターライト」ではそのライトで星空を描いて、流れ星もあったとか。

ライブビューイングでも映っていたのかなあ・・・気が付かなかったなあ。

スクリーンで映し出される映像と、ライティングと、天井に映し出される映像・・・

という、立体的に作り上げられた演出効果は

その場にいないと本当の意味では分からないものなので、

やっぱりライブは生が一番だよなあ・・・としみじみ思います。

ライブビューイングは、本来なら見られないものを

遠くからちょっとのぞき見させてもらっている・・・

くらいの感覚で見るのが正解なんだと思います。

とは言え、今回のセトリは本当に素晴らしくて、

今までライブで聞きたくて聞けていなかった曲がかなり入っていました。

映像演出も、概要を知るという意味では十分堪能できたし、

これ、見られないまま、ツイッター等の感想でセトリや演出を知ったとしたら

すごくくやしい思いをしたと思う。

本当にライブビューイングに行けてよかったです。


 

 

では、内容の感想。

記憶力がないのでざっとしたものなんですが・・・(^_^;)

今回のライブは直前に発売されたミニアルバム「虚無病」に封入された小説に沿って

構成されていました。

まずはクニヨシによる宗教団体「涅槃原則」の原理の教え。

いきなり大きなスクリーン一面にいかにも宗教的な画像が浮かび

加工された聞き取りにくい声で宗教的な文言が連ねられてびっくりしました。

下の息子はなんか変な宗教団体の勧誘に入り込んでしまったのかと思ったそう(^_^;)

続いて新聞記事などの抜粋から始まる、小説の第1章を秋田さんの朗読で。

「スターライト~千分の一夜」の時は秋田さんの朗読だけだったのですが

今回はスクリーンをフルに使って映像的な説明が付け加えられていて

とても内容が分かりやすかったです。

朗読の内容も文字として出ていましたし。

第1章の前半はメディアに報じられた「虚無病」の概要の数々が羅列されるので

様々な記事(もちろん作り物)が映し出されるのですが、

後半はいよいよ登場人物が出てきます。

登場人物はすでにビジュアルデザインが公開されていて、

アルバムのジャケットになっていたり、今回のライブの様々なグッズになっていたりします。

そのキャラクターがそのまま出てきて・・・踊ります。

いわゆるコンテンポラリィダンスというのでしょうか。

俳優の森山未來くんがやっているようなダンスです。

登場人物達が、物語の進行に合わせてコンテンポラリィダンスを踊ります。

これ、感想を見ている限り賛否両論みたいですね。

受け入れられないって人と・・・あ、でもこっちのほうが多かったかな、

面白かったっていう人と。

私は面白いなあと思って見ていました。

動きがすごくよかったんです。

この微妙で複雑な動きはモーションキャプチャーかなあって思いながら見ていました。

いかにも2次元的なキャラクターが、とてもアニメの動きではない動きで

物語の進行に合わせて動く不思議さ。

曲の構成に物語性を持たせてそこに物語自身を組み込むとき、

いろんな方法があるんだと思います。

中島みゆきさんの「歌会」なんかは演劇を組み込むことで物語を組み込んでいました。

初期はもっと朗読劇に近かったですけどね。

みゆきさんは自身が演じて、演技の中で歌うことで

ミュージカルとコンサートを融合して独自の世界観を作り上げました。

松任谷由実さんも同じような試みをされていましたね、そういえば。

松任谷さんは役者の方に演じてもらいその合間にご自身が歌うというスタイル。

もちろん、スターライトの時のように朗読だけもありなのだと思います。

いろんな方法がある中で、今回のはとても新しいですよね。

これ、生の人間が踊っていたらもう少しイメージしやすいと思うのです。

語りが物語を語る横で、鍛えられた肉体を自在に操りながらその動きで物語を表現する舞台

・・・ありだと思いませんか。

きっとほとんど舞台セットがない舞台でも、朗読の声と、舞踏者の踊りで

物語を立体敵に魅せていくことができると思うんですよね。

それを映像でやろうとしたんでしょう。

それも二次元のキャラクターで。

生身の人間だと生々しくなりすぎてしまうんだと思います。

amazarashiは今までのMVで踊りと楽曲を組み合わせていますが、

(「空っぽの空に潰される」と「スピードと摩擦」)

私個人的には上手くいっているという感じがしないんです。

おそらく、amazarashiは最初の頃は

一定のイメージに統一したアニメーションのMVを作り続けていて、

そっちのイメージが強かったせいもあると思います。

では、二次元のキャラクターに演技をさせればいいじゃないか・・・

という考えもあるかと思いますが、

もしモーションキャプチャーを使ったとしても

セリフがなく動きだけの演技でどれだけの表現ができるかと思うと

ちょっとイメージがわかない。

この映像は作り込んではダメだと思うのです。

あくまでも主は朗読であり、歌なので。

だから背景も描かれない、小道具も最低限のものしかない、

そんな中であの大きなスクリーンの空間をアニメーションの演技が埋めるのは難しい。

でも、ダンスにしてしまえばシンプルに動きだけでイメージを伝えることができる。

なによりあくまでも音楽が主であるコンサートにおいて

ダンスは相性がいいはずですし。

朗読の映像的な補助をダンスで表現する、それもアニメーションで、

と2段階のひねりを加えてできあがった映像は、

初めて体験する映像で、確かに違和感がある。

でもその違和感が「虚無病」という病気に苛まれた架空の世界を歌うこのライブに

とても似つかわしいものに思えました。

彩色もされないモノトーンで描かれたシンプルな人物達が

とても繊細な動きでくねくね動く。

想像を助けながら、イメージを広げる邪魔にはならない。

とてもいいバランスだったと思います。


 

そして、第1章の朗読に続いて歌われた1曲目「虚無病」

このライブのタイトルチューンであり、

ライブの直前に発表されたミニアルバムのタイトルチューンでもあるこの曲。

アルバムの曲紹介で秋田さんはこの曲を

「虚無病」という物語の主題歌のつもりで作ったと言っていました。

内心ラストかその近くで、まとめ的に歌われるのだろうと思っていたので

冒頭で歌われたことにちょっとびっくりしました。

主題歌は主題歌らしく、この曲から始めようということなのでしょうか。

この後、「季節は次々死んでいく」「タクシードライバー」と続きます。

この2曲は前のツアー「世界分岐二〇一六」と似ていたので、

「世界分岐」に近いセトリなのかな・・・とちらっと思ったのですが、

次が「光、再考」で、ここからがらっと流れが変わりました。

スクリーンの映写方法が変わったせいなのか、

今回は1曲も従来の映像と同じものはありませんでした。

「季節・・・」は立体的に書かれた文字が曲に会わせて自在に動くのが印象的だったのですが

今回は文字がスクリーンを飛び出てレーザー(だと思う)で天井に描かれました。

「タクシードライバー」では第1章の流れを受けて、

新聞記事が次々と映し出され、その一節が歌われている歌詞に変わって行くという趣向。

「光、再考」は大きなスクリーンを活かして、光を強く意識させるものになっていました。

ただ、ここまでは大きなスクリーン(たぶん現地で見たら映画館のスクリーンの何倍もある)を

全体的に光らせる映像、演出が多かったので、眩しかった・・・。

今までの紗幕に映像を投射する手法だったら、映画と一緒ですから

そんなに眩しいと思ったことはなかったんですよね。

ライトが眩しかったことはあったけど。

でもLEDだと、スクリーン自体が光を発しているので、

画面全体、もしくは大きな面積で白を表現すると、めちゃくちゃまぶしいんです。

イメージ的には真っ暗な部屋でTVを見ている感じ。

それがものすごい広い面積で、結構短い間隔で明滅するので、非常に辛かった。

これ、現地で、アリーナの前の方の人とか大丈夫だったんだろうか。

ライブビューイングで見ているだけで結構しんどかったんだけど。

ただ、この後はあんまり気にならなくなりました。

大きな画面全体を光らせるような場面がぐっと減ったからかな。

 

第2章の朗読があって、

「穴を掘っている」

第2章がちょうど虚無病にかかったお父さんを埋めるシーンで終わったんですよ。

で、始まった曲が「穴を掘っている」で、

こうきたかあ・・・と思いました。

ツイッターで話題になっていた穴掘りダンスが見られた曲です。

ここくらいから朗読の時に出ていたキャラクター達が歌の映像にも登場し始めて

(全部に・・・という訳では無い)

物語とのつながり具合が面白かった。

この曲くらいから秋田さんの声がどんどんのびやかになっていった気がする。

聞いていてぞくっとするくらいに。

そして「生きる意味とはなんだ・・・」と始まる「吐きそうだ」

生でどうしても聴きたかった曲で、聞けて嬉しかったです。

この曲は映像で歌詞が出るタイプで、

スクリーンの上部に歌詞が、下部に秋田さんの顔(もちろんシルエット)が出ます。

シルエットだけど、ちゃんと歌っているのがわかります。

事前に歌っている姿を撮って加工したのかな。

普通のコンサートって、スクリーンはこんな前方にどんと置いてあるわけじゃなくて

サブ的な演出のために横とか後ろとかに置いてあって、

大きな会場ではアーティストが見えないから

アーティストの姿を大写しにするために使われますよね。

そういう感じなのかなあ・・・演出意図は。

大写しになってもシルエットじゃ、なんの意味があるんだかわかんないけど。

でも、それでも秋田さんが映るとなんか嬉しいんですよね。

この曲は顔だったんですけど、なんの曲か忘れたんですけどもう一曲

シルエットでスクリーンに大写しになった曲があって、それは全身像でした。

これもなんか嬉しかったなあ。

ライブビューイングだと時折秋田さんの映像も流れますから、

スクリーンに大写しになっている秋田さんと、

歌っている(でも顔は見えない)秋田を見比べるのも面白かった。

そして「ジュブナイル」「ヨクト」へと続きます。

「ジュブナイル」はライブで聞いたことあったのですが、

子供達が大好きな曲なので今回聞けてよかった。

「ヨクト」は聞いたことがなかったので、これまた聞けてよかった。

「穴を掘っている」から続くこの4曲は少年少女が迷い苦しむ歌ですね。

まさに劇中の登場人物達とシンクロしているなあと思って聞いていました。


 

第3章は衝撃的なところで終わります。

最初小説を読んだときにびっくりしましたもん。

こんなに簡単に主要人物が死んでしまうことに。

そして歌われる「アノミー」

無規律状態を表すタイトルを持つこの曲は、

まさに現代社会を風刺しながら日常に潜むアノミーな状況を歌い上げます。

映像は都会の情景・・・

歌詞に歌われるような場末の猥雑な感じではなく、

大勢の人が行き交い高いビルが達ならぶ情景。

歌詞と映像のギャップがこの曲の本質を突いているなあと思いました。

日常の都会の風景から、アノミーに描かれたような景色を見つけるのが

秋田さんの視点なんですよね。

この曲から私はamazarashiを知ったので、私にとっては特別な曲なのです。

今まで参加したライブでは聞いたことがなかったので、聞けてとても嬉しかったです。

続けてこの「アノミー」と表裏一体の曲「性善説」

「アノミー」と対になるように作られたこの曲、

けれども今まで一緒に歌われたことはなかったんですよね。

そしてまさか今回のライブで聴けるとは思っていなかった「冷凍睡眠」

長い長いポエトリィリーディングで、

死の淵にいる恋人を見とることに耐えきれず冷凍睡眠で60年も眠り続ける男の物語。

このポエトリィ自体が強い物語性を持っているので

一つの物語を軸に展開する「虚無病」の中ではまさか歌わないだろうと思っていたんです。

この歌の前半は従来の映像と同じような雰囲気で、

リーディングに合わせて歌詞が映し出されていく。

(文字の配置が工夫されているので見ていて楽しいのも前の映像と一緒)

けれど後半は物語の登場人物であるナツキとサラが歌詞の内容に合わせて踊る。

60年眠り続けた男が目覚めた後、昔恋人だった女性に似た少女に出会う。

その詩に合わせて、ついさっき殺されたサラがナツキの前に現れる。

ここだけ抜き出せば、なるほど、サラを失ってしまったナツキが夢の中で

サラを再び抱きしめる場面になり得る。

「虚無病」の物語には直接描かれなかったシーンを

「冷凍睡眠」という全く違った物語の一部を借りて見ている不思議な感覚。

次の「カルマ」は「どうかあの娘を救って」で歌い始める。

第3章で歌われた4曲は、

前半2曲で「虚無病」という病が流行った世界の無規律状態を嘆き悲しみ、

後半2曲でサラを失った悲しみを歌ったんだろうなあと思う。

 

第4章の朗読の後「逃避行」

これもずっとずっと聴きたかった曲。

全く個人的な思いなのですが、この曲は私の中で綾野君のイメージだったんですよね。

それも、今の綾野君じゃなくて、

長髪の頃、今の事務所に移るか移らないか・・・くらいの時期の綾野君のイメージで

何度も何度もきいていました。

この曲も映像が秀逸で、物語の登場人物が出てくるパターンの映像。

一番印象に残っているのが「たまらずに人混みを走った・・・」の辺りで、

漢字が世間の風のようにナツキに襲いかかるのを、

それを振り切るように必死で駆け抜ける映像。

転んでも転んでも・・・。

ちょっとぞわっとしてしまった。

思い描いていたイメージにあまりにピッタリで。

通常ステージ四方に配置されたスクリーンには同じ映像が映るんだけど

この時はナツキが四方を回って行くんですよね。

つまり、ナツキがいるのは一面だけで、その1面が変わって行く。

360°ライブならではの演出。

第4章はクニヨシに捕らえられたナツキとヒカルがクニヨシの元から逃げ出す場面。

まさに逃避行のその場面でテンポのよいこの曲はまさにぴったり。

そして、ナツキとヒカルが逃げ出すのは、単にクニヨシの宗教集団というだけでなく

彼らを取り囲みがんじがらめにしている世界そのものだということが伝わって来る。

続く「多数決」も「夜の歌」もそういう曲ですよね。

「多数決」は大勢が決める正義は本当に正しいのかを問う歌だし、

「夜の歌」は頼りない光でも自分の信じる道を行こうと思う歌。

そして、自分たちの力で逃げ出そうという流れの中で歌われる

「つじつま合わせに生まれた僕ら」

この曲は映像が秀逸で、連想ゲームのように次々展開していく歌詞を

上手く文字で表していました。

最初は単純に歌詞が縦書きで表れていくんですよね。

でも歌われた途端、整列していた文字が小さくふるふると震え始める。

なんとなく居心地悪そうに、すこし居場所をずらしたりする。

文字一つ一つに意志があるみたいに。

そして文字が歌詞に合わせて動き始める。

「5ヶ月ぶりの雨を降らせた」では「雨」という字の点が雨粒のように落ちる。

「そこにそだった大きな木が」で「木」という字が大きく伸びて、切り倒される。

そして登場するナツキ。

「選ばれなかった少年はナイフを握りしめて」の歌詞そのままに

ナイフを握りしめて呆然と立っている。

歌が再び物語と大きくシンクロし始める。

 

 

そして、最終章、第6章で

ナツキはヒカルを守る為に、ここから逃げ出すために

タダノリをバットでぶん殴る。

宗教集団から逃げ出すことに成功する二人。

けれどもこれからどこに向かうというあてもない。

何の為に生きているのかわからない。

ただ腹が空いたから何かを食べようとするだけ。

そして歌われる「僕が死のうと思ったのは」

「僕が死のうと思ったのは・・・」と、死のうと思った理由をいくつもいくつも

数え上げるように歌うこの歌。

でも最後の最後で、あなたに出会ったから「世界に期待するよ」で終わる。

一人称が「僕」であるし、「あなた」という呼称から、

秋田さんの思いを色濃く反映した歌と思っていました。

ラストが「あなた」のおかげで「死にたい」から「世界に期待する」と心境が変化しているので

これは一種のラブソングなのだと思っていました。

けれども「虚無病」のライブの中では「あなた」は「ヒカル」であり、

きっとヒカルにとってもあなたは「ナツキ」なのだと思う。

誰かがいることで生きようと思う。

どうしたらいいか、何の為に生きているのかわからないような閉塞的な状況は変わらない。

でも「あなた」がいれば生きて行ける。

そう力強く歌い上げて、この物語は終わる。

画面全体に涅槃原則のマークのようなものが浮かび上がって、

スタッフロールが流れる。

秋田さんに始まって、バンドのメンバーから今回のライブに関わった多くの人たち。

amazarashiはライブでメンバー紹介もほとんどないし(初期の頃は知らない)

ライブでこんな風にスタッフロールがながれるのは「スターライト」以来。

あのライブも物語仕立てだったことを考えると、

物語仕立てのライブにはこういうエンドロールが用意されているらしい。

思いがけない役職も多くって、今回のamazarashiのステージの特殊さを思う。

こんなに大勢の人が関わっていたんだ・・・。

・・・・・・でも、でも、これで終わり?

もう?

だって新アルバムからまだ2曲しか演奏してないよ。

それに、小説を読んでなんとなく中途半端な終わり方だな・・・って思った感じが

そのまま残ってしまっていて、

エンドロールをながめながら、うそ・・・うそ・・・って思っていました(^_^;)

エンドロールが終わると秋田さんが間髪を入れす叫んだ。

「ありがとう、幕張メッセ。最後の曲です」

(だったと思う。だいたいこんな感じのこと)

そしてエンドロールが終わったあとのスクリーンに大きく

「僕らはここにいちゃだめだ」の文字。

今日は秋田さんは朗読以外は一言も喋らず、

物語形式なので仕方ないなあとは思いつつも、恒例の

「青森から来たamazarashiです」が聞けなかったので寂しいなあって思っていたので

まず、秋田さんがしゃべったあ! と嬉しくなって、

でも「え? あと1曲?! スターライト? このライブのラストが?

『虚無病』の中の曲じゃなく?」

と一瞬思ったのだけど、

それよりもテンポのいい「スターライト」のイントロと

「ぼくらはここにいちゃだめだ」の言葉にガツンとやられた。

そうだ! そうなんだ! ここにいちゃだめなんだ。

考えてみれば「スターライト」はライブ終わり定番の曲でもあるけれど

それ以上に大切な友達と夜の向こうに行こうとする歌じゃないか!

まさにこの「虚無病」のラストにふさわしい曲じゃないか!

そして画面に映し出される夜の道を疾走する車の車窓。

一瞬「世界分岐」の時の「タクシードライバー」の映像がここに来たのかって思ったけど

撮り直したのかな。

途中からだんだんと空が白んできて、最後には助手席側の窓から朝日が見えました。

ナツキとヒカルが二人で、まさに夜の向こうに辿り着いた朝。

小説で何となく終わりきっていなかった物語が、ライブできっちりと昇華できた

と思えるライブでした。

画面にはいつものamazarashiのロゴが誇らしげに映り、

そして流れる「メーデーメーデー」

これも意外な1曲でした。

新しいアルバムの中からくるかな・・・とは思っていたけれど、

この曲は半分ポエトリィなので、ないかなと思っていたんですよね。

ポエトリィじゃない曲で演奏していないのは「星々の葬列」なので、

「星々の葬列」がくるかなあと思っていたんですけど。

「メーデーメーデー」は今回のアルバムの中で一番気に入った曲でした。

ある意味一番「虚無病」の世界観にマッチしていたので、

絶対に本編で歌われると思っていたんですよね。

でも、なくて。

半分ポエトリィというのは、基本はポエトリィリーディングなんです。

ただ、最近のポエトリーはリーディングというよりは

ラップに近いものが多くてこの曲もそういう感じ。

ただ、ラップと言うよりはお経に近いかな(^_^;)

で、さびに急にメロディがつく。

宗派によって違うのでしょうが、私の実家のお坊さんがあげられるお経が

いかにもお経の「なむなむなむなむ・・・」みたいなテンポでずーと続いた後、

時折急にリズムが変わって歌?て思うようなメロディがついたりするんですけど

それにとても似ているなあと思っていたので、

「涅槃原則」の教典から始まったこのライブのラストっぽいなあ・・・と思いました。

まあこれはすごく個人的な感想だったんだけど

もともと「メーデー」って助けてという意味なんですね。

無線電話の国際救難信号。

本当は誤用を避けるため3回くりかえすそうなんですけど。

「助けて、助けて」と歌うこの曲は、

ある意味とてもこのライブの終わりに似つかわしかったのかもしれません。

「スターライト」できれいにまとまった物語のおまけみたいなもので

こういう話だったでしょ?っていうまとめっていう感じで。

アンコールがないamazarashiのライブは必ず(あ、初期は知りませんが)

ラスト、amazarashiのロゴが出てから音源で1曲流すのが恒例になっていて

みんなそれを知っているから、最後までじっと会場に流れる曲に耳を傾けます。

アスリートがクールダウンするように、

溢れそうになるライブの感動を上手く家に持って帰れるように胸にパッキングする時間。

今回も最後の最後まで素晴らしいライブでした。

 

 

今回導入された新しい試みLEDによる映像は面白かったです。

正直映像的には紗幕に投射した方が表現が豊かというか、映像の自由度が高いのかな

という感じがしました。

ただ今回の映像の色数が少なかったのは(モノトーンのものが多かった)

スクリーンの差ではなく演出の差だったのかな。

ちゃんと色がついた映像もありましたもんね。

ただ、最初の辺にも書きましたが、スクリーン自体が発光しているようなので

光の刺激がとても強い気がします。

こういうのってたぶん個人差だとは思いますが、

私は強い光の点滅に弱いほうなので、ちょっと途中しんどい部分がありました。

ライブビューイングで映画館に映し出された映像でこうだったのですから

もし会場で体験していたら・・・と思うと、ちょっと怖い・・・かな。

あれだけ大きなスクリーンが白く光ると、かなり光量がありますから。

中盤映像や字がメインの演出になってからは大丈夫だったんですけど、

画面自体を光らせたり、幾何学的な模様を明滅させるような演出はしんどかった。

ライブビューイングでは、めちゃ引いた映像から、

メンバーの姿を狙う接近した映像までいろんな視点から見られたので、

一つ一つの光源がはっきり見えるなあ・・・とか、

画像が粗いのかなあ・・・っていう部分もあったのですが、

でもまあ、引いた画面ではきれいに見えていたので

会場にいたら映像としてきれいに見えていたのでしょうか。

そこはちょっと気になる所。

とはいえ、amazarashiってスクリーンの演出をするために、

演奏のチャンスを限られているのは事実だと思うんですよね。

今回のLEDもスクリーンと言えばそうなんですけど、

投射の形での映像表現が難しい場面でも、

LEDならできるということもあるんだと思うんです。

この新しい表現手法を使って、amazarashiの活動できる場所が

もっと増えるといいなと思います。

今回のセットを流用して、今度はツアーで、各地の体育館クラスを回る・・・

(アリーナを回れとは言いません(^_^;))

なんてことないかなあ。


 

今回のライブは構成も素晴らしかったし、

表現も新しくて面白い体験ができたし、

何と言ってもセトリが過去作をバランスよく混ぜてあって、

それぞれの曲が「虚無病」というフィルターを通して違った輝きをもっていて

本当に素晴らしいライブでした。

バンドの演奏は相変わらず素晴らしいし、

秋田さんの声は伸びやかで力強くって、

もう、本当に、あの声の説得力ってなんなんだろう・・・。

レコーディングされたものより数倍伝わるものがあるんですよね・・・。

今回初めて連れて行った次男も興奮覚めやらず・・・で、

ライブ終わりから、晩ご飯食べて家に帰るまで

いや、家に帰ってからも、ずっと感想をしゃべっていました。

たぶん、彼には秋田さんが歌っている世界は実感としてはないんだろうけど、

彼なりのアンテナで心を揺さぶられて惹かれているんですよね。

子供って背伸びして自分より上の世代向けのカルチャーに

むしょうに惹かれることってあるじゃないですか。

そうやって大人なっていくもんなんだろうし。

いつか大人になって、自分でいっぱい挫折を体験して、しんどいことも体験して

ふと、amazarashiの曲を思い出すことがあるかもしれない。

その時にはきっと今感じているのと全然違う深みで曲が響くんだろうと思う。

だから、今、彼は彼の感性でamazarashiの音楽がかっこいいと思い、

秋田さんの声がかっこいいと思っているのならば、それはそれでいいんだと思う。

「次、ライブツアーがあって、大阪でライブあったら行く?」

って聞いたら、速攻で

「行く!」

と言ったので、次のライブがあったらきっと次男も連れて行くと思います。

もし会場でいかにも中坊っていう子がいても、

温かい目でそっと見守ってやってくださいね。



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