地方都市のメメント・モリ(ライブ)

2018年のamazarashiのライブツアーは「地方都市のメメント・モリ」というタイトル。
初めてamazarashiのライブで同じツアーに2回参加しました。
今までは行こうにも遠征は難しかったんですよね。
でも今回は初めて大阪でも追加公演があって、2回参加することができました。
ありがたや、ありがたや。
最初参加したZeppOsakaBaysideはスタンディング席でした。
amazarashiのライブチケット入手方法は
アポロジーズ(有料ファンサイト)1次先行
アポロジーズ2次先行
ホームページ先行
(時々会場先行やCDやDVDに封入された先行などがある)
そして一般販売となるんだけど、
今までは2次先行でも座席指定の席が取れていたんですよね。
アポロジーズ1次先行は2枚までで、同行者もアポロジーズ会員でないとダメなので
アポロジーズ会員でない次男を連れていく私はどうしても2次先行からになってしまう。
働き始めてから自力でアポロジーズに入った長男はさっさと1次先行で申し込んだので
2階の座席指定の席がとれたんだけれど、
2次先行で申し込んだ私はスタンディング席しか取れませんでした。
ZeppOsakaBaysideの座席指定がZeppNambaより少ないとはいえ、
ちょっとショックで・・・。
気になって一般販売を見守っていたら、
あっという間にソールドアウトになっていました。
人気があがっているのを肌身で感じました。
スタンディングは初参戦以来ですが、
あの時はライブに行く勇気がなかなか出なくて逡巡を繰り返し、
たしか一般販売でも発売日から日がたってから申し込んだはず・・・。
それでもソールドアウトにはなっておらず、当日券が出てたっけ。
それが2次先行とはいえアポロジーズ会員でも第一希望の席種が取れず、
一般販売がすぐに完売・・・とは・・・。
いずれ、アポロジーズ会員でもチケット取れない日がくるのかもなあ・・・
それはamazarashiファンとしては喜ぶべきことだけど、大変だなあ・・・、覚悟しとかねば。
でもでも、この勢いで売り切れたということは、
もしかして追加公演の可能性があるかも!
今までは東京でしか行われなかった追加公演。
追加公演はなんか特別で、セトリが大きく変わったりしてうらやましかったのですが、
こうなったら大阪でもやるんちゃうか?
そんでもって、追加公演はスタンディング中心のライブハウスじゃなく
全席座席指定のホールでやることが多いから、
大阪でもそうならないかなあ・・・って思っていたら、
案の定追加公演の案内が!!
しかも予想通り会場がNHK大阪ホールということで全席指定。
いやあ、嬉しかったです。
長男はやっぱり一人でアポロジーズ1次選考に申し込んで早々にチケット確保していたんですが、
なんと2次先行の申し込み開始はZeppOsakaBayside公演当日のライブ終わり。
ライブに興奮しきった状態でチケットを申し込みました。
このときやたら寂しそうな様子だったChiChiの分も一緒に申し込んで
家族そろってのライブとなったというのは前のブログに書いた通り。

さて、ZeppOsakaBaysideではamazarashi初ライブ以来のスタンディング席。
初めて行った時はもちろん番号もずいぶん遅い番号だったんですけど、
(確か1000番台)
ソールドアウトしていないこともあって、後ろは余裕があったんですよね。
ちょっと見えにくいなと場所を移動できるくらいには。
それ以後はアポロージーズに入ったこともあって、
2次先行でもずっと座席指定がとれていたので、
スタンディングは経験していなかったのですが、
2階席から見ていて1階のフロアが回を追うごとにぎゅうぎゅう詰めになっていて、
メッセージボトルツアーでは「真ん中にお詰めください」と終始係りの人が叫ばなければならないほどでした。
やばい、あの混みようでは前のような気楽な感じではなく
きっと一回入ったら身動き取れないくらいぎゅうぎゅうなんだ・・・
とちょっとビビっていて・・・。
それほどぎゅうぎゅうではなかった「夕日信仰ヒガシズム」の時でも
足が痛くて痛くて辛かったのに、
果たして最後までちゃんと立ってられるかしらん・・・と超不安になりながら参戦しました。

行く前にググりにググって大型ライブハウス参加の豆知識を仕入れました。
とにかく靴は楽な靴で。
荷物はロッカーに入れておき、最低限の手荷物で。
バーが取れるならバーをとったほうが楽。
場所取り優先なので飲み物は後の方がいい。
と頭にたたき込んで行きました。
結果的には300番台後半だったこともあって、
センター左寄りの前過ぎず後ろ過ぎない場所のバーを確保でき、
入場のテンポが序盤はゆっくりだったこともあって、
次男に場所取りさせてドリンクも開演前にゲットできました。
バーがあると断然楽ですね。
入場から退場までほとんど3時間近く立ちっぱなしになるのですが、
それでも足の疲労は思ったほどではありませんでした。
ただ残念だったのは、最後の最後で、
「入りきらないので真ん中に詰めてください」という指示が入って
全体的に真ん中に移動したら、目の前がでっかい人になってしまったこと。
常に右半分のスクリーンが見えなかった・・・。
私もでっかいほうなんですけど、
それでも全然かなわないかなりでっかい人だった・・・orz
そうかスタンディングではこういうこともあるんだな・・・と一つ学習しました。
でも、それでもスタンディングは没入感がすごかった。
2階席は後ろにあるので、こんなに近くに寄れたのは初めて。
ステージに近いとライトがガンガンあたるんですね。
2階席の遠くから見ているとライティングはスクリーンを彩る額縁なんだけれど、
近づくとその光の中に入り込むので
歌の世界に入り込んだ感がものすごい。
思ったほどギュウギュウでもなく、自分の空間は確保されている感じ。
(最前列正面はわかんないけど)
少なくとも満員電車のようなことは無かったので、それもよかった。
でも席があるよりは他のお客さんに近いので、気配はより濃く感じられて
一体感もすごい。
みんなで拳をそろえて腕を振り上げるとか
決まったノリ方があって・・・というライブではないのですが
息をのんでいる気配とか、地味にリズム取ってる人がいたりだとか
拍手や歓声とか、そういうのをすぐそばに感じてよけい気分が盛り上がったりしたので
スタンディングもいいなあと思いました。
なんと言っても視界いっぱいのスクリーンは圧巻。

一方NHK大阪ホールでは全席指定席。
L席だったので端っこで、私の席からはスピーカーが邪魔をしてスクリーンの左がちょっと見えなかった。
つまりキーボードの鮎京くんがほとんど見えなかったんだけど、
やっぱり座って見られるといろいろ落ち着いて見られるので、
これはこれでいいなと思いました。
つまりamazarashiのライブは立って見ても座って見てもよいということやね。
私は年齢的、体力的に、できれば座って見たいとは思うのですが、
これからもスタンディングに必要以上にビビらずに参加しようと思いました。
それにしても客層は広がったなあ・・・。
BaysideでもNHK大阪ホールでも、小学生連れの親子がいてびっくりしました。
最初は高校生の長男を連れて行くと、あれ? この子が最年少か?
って感じだったのに。
もちろん、私と同世代も本当に少なくて、
物販や入場の列に並んでいるときはきょろきょろしながら
自分より年齢が上そうな人を探すのが恒例だったのに・・・。
次男と行くようになってからも、やっぱり当時中学生だった次男が最年少っぽくて、
でも見回すと大人しそうな中学生が親同伴で来てる・・・っていうのがちらほら見えて。
その時も、年齢層広がったなあ。
やっぱりアニメとのタイアップはすごいなあと思っていたのに、
小学生とは・・・。
「ヒロアカ」では「季節・・・」の時ほど広がらなかったかなって思ってたけど、
やっぱり「ヒロアカ」の力ってすごいですね。
小学生の目に生のamazarashiがどう映ったのかなあ。
小学生にamazarashiの世界観が理解できるのか? という気がしなくもないですが、
でも、音楽って結構背伸びして好きになるってとこあるじゃないですか。
今はなんかよく分からんけどかっこええ!って思ってくれて、
いつか大きくなったときに、あの曲ってこんなこと歌ってたんだなって思ってくれたらいいな。
そんでもって、秋田さんの歌に、ギターに憧れて
音楽を始めた・・・なんて子が出てきたら、
きっと秋田さん嬉しいだろうなあって思います。

今回のライブはアルバム「地方都市のメメント・モリ」を中心に構成されていました。
とにかく驚いたのが紗幕に映る映像が一新されていたこと。
「命にふさわしい」と「空に歌えば」はそのままだったけど、
定番曲で、定番の映像がついていた「スターライト」や「多数決」「ラブソング」(この曲は追加公演のみ)も
全く違う映像になってた!!
プロモーションビデオがそのまま流れたかに思えた「空に歌えば」も
青森でのライブ映像の部分がその会場の生映像が映るというサプライズ。
実はBaysideの時は今その会場が映っていることに気付いてなかったんだけど、
NHK大阪でははっきりそれが分かって感動しました。
「月曜日」と「フィロソフィー」はベースがMVなんだけど、
ライブ用に一部変更されていてこれもよかった。
でも、なんと言っても今回新たに作られた映像の文字表現の豊かさよ!
自由自在に文字が動き変化しつながって、
日本語の文字ってなんてきれいで、なんて豊かなんだろうとしみじみ思いました。
リリックスピーカーの制作者さんたちと知り合ってから、
特に文字表現に広がりがうまれましたよね。
そして、最近の紗幕映像は透過の効果がとても上手に使われている。
なにせ薄いとはいえ、スクリーンなものですから、
ベタっと映像を流すと、演奏者があんまり見えないんですよ。
内側でライトを当てるので見えると言えば見えるんですけど、
壁感が強いんですよね。
映像の後ろで演奏しているなあって感じ。
でも、最近の映像は透過の効果を巧くつかっているので、
隔たった感じがあんまりしない。
いやむしろ幕がはってあるということすらほとんど感じない。
ステージと観客席の間に言葉が、風景が浮かんでいる感じ。
だから映像と実際の演奏姿との一体感がものすごい(今で言うハンパない?)
映像をライブの効果に使うアーティストは多いけれど、
その多くは演奏している後ろで、もしくは横で映像を流しているから
あくまで映像は舞台装置であり演奏者の背景なんだけど、
amazarashiでは映像と演奏が融合する。
演奏者と観客の間(文字通りの空間的な間)でイメージを共有している感じ。
幕は隔てるためにあるんじゃなくて繋ぐためにあるんだな。
この不思議な感覚は体感しないとわからないと思うので、
興味がある方は是非一度体験してみてください。
ちょっと他では感じられない感覚です。
今回の映像は若手?の映像クリエーターさんが多く参加されていたみたいですね。
何人かの方がライブ終わりにツイートされていました。
何人かで作られていた割には、今までにないくらい統一感があって素敵でした。
でもそれぞれの映像ではっとさせられる面白い表現があって。
一人で考えていたら、あれほどの広がりはなかったかもしれない。
シンプルに線描きされた電柱と電線が映し出されたのはなんの曲だっけ?
どんどん後ろに流れていく電柱。つながる電線。
「未来づくり」だったっけかな・・・。
「リタ」(これは追加公演のみの演奏)にも一部入っていましたね。
あの映像がとても好きで・・・。
私は小さい頃車に乗ってどこかに行くの嫌いだったんですよね。
すぐに酔うから。
車に酔い始めると母の膝に頭を乗せて、早く目的地に着かないかなあって祈ってました。
その時に車の窓から見ていた景色があのスクリーンに映し出されたようで
ふっと感覚が時間をさかのぼったんです。
そのノスタルジックな思いが曲調と妙にマッチしていて、なんか泣けた。
「リタ」の決してかみ合うことのない二つの大きな歯車と
シンプルな時計の針の表現もよかったな。
「ワードプロセッサー」の文字がどんどんこちらに迫ってくるような表現もすごいなと思ったし、
「ムカデ」のムカデが文字でできて蠢いている感じもすごかった。
「ほら後一歩だ そうだ 夢がぶら下がる最果ての絞首台」というところで
丸いロープのように連なった文字がだんだん迫ってくる感じにぞわっとしたり。
「たられば」では秋田さんの自筆と思われる文字が使われていましたね。
秋田さんの文字使うパターンは時々あるんですけど(「風に流離い」とか)
なんかいいですよね、人間味と暖かみがあって。
タイポグラフィーでしっかりとデザインされた文字たちの中で
「生」の感じがすごくする。
「たられば」という曲によくあっている気がします。
秋田さんの文字は決して上手ではないけど、味があって好き。
秋田さんのアイデア帳(そんなのがあるかどうかは知らないけど)は
あの文字で埋まっているのかな。
今回のツアー何度も足を運ばれたファンの方の大長編のレポに、
途中まで誤字があったと指摘されていました。
(途中から訂正されたとか)
たぶん1回目のZeppOsakaBaysideの時は誤字の状態で見たんだろうけど、
全然気付かなかった・・・。
よく見ているなあ・・・と感心しきり。
かと思えば映像だけでなく演奏の様子もしっかり見られているし。
私は気が付くとどっちかに偏ってしまって
(たぶんどちらかというと映像に引っ張られることが多いかな)
せっかくライブに行っているのに、後から感想聞いたり読んだりして
「ええーーーっ! あの時そんなことがーーーっ!」
って驚くことばっかりなので、なんか悔しい。
最近はレポ書こうにも覚えていられないし・・・残念。
今もいろんな人の感想を読みつつ、セトリ見返しつつ、
なんとか覚えていることを書いているのですが・・・。

閑話休題

「たられば」は絵本のようなアニメーションがとてもかわいいMVだったので
これがそのまま流れるかなあと思っていたのですが、
新しい映像を作ってきましたね。
そして私の頭の中では勝手に「バケモノ」は
「たられば」のMVのイメージで再生されていたされていたのですが
(絵本作って欲しいなあとずっと思っていた)
ライブの映像は全く違いました。
「空っぽの空につぶされる」から始まるコンテンポナリーダンスの系統ですね。
そして踊り手をモーションキャプチャーでとらえて絵にしてしまうのは
「虚無病」の手法かな。
「虚無病」ライブの時は色味こそ少なかったけれど
それぞれのキャラクターは描き分けられていたのに、
「バケモノ」ではべたっとした白塗りで、より抽象度が増していました。
amazarashiのコンテンンポラリーダンス系の映像では、
一番完成度が高い気がする。
そして、この映像作品がダンスが一番曲との親和度が高い気がする。

今回は文字表現以外ではシンプルな線描の絵が多かった気がします。
抽象的なその表現は、自在に動き変化する文字とも親和度が高くて、
軽やかに曲の世界を表現していました。
がっつり映像が流れるのは「バケモノ」のコンテンポナリーダンス以外だと
「空に歌えば」のMV、それから「月曜日」のMVかな。
「月曜日」のMVは映像的・・・というよりは、
マンガのコマを大スクリーンで映す感じで、
これはまた普通の映像と違った感じで面白かった。
マンガのコマをあんなにでっかくばーんと見ることって少ないですもんね。
「フィロソフィー」もほぼMVだったんだけど、
走る女の子がカットされて、簡略化して描かれたスマホの画面と秋田さんのシルエットが強調されて
よりライブ向けになっていた気がします。
こうしたパターン以外では、風景がスライドショーのように映し出されるのもいくつかあって、
それも青森と思しき景色がいっぱい使われていて、よかった。
とくに「この町で生きてる」では青森の郊外の景色とともに
秋田少年と思しき男の子の後ろ姿が・・・。
秋田さんが当たり前のように見てきた景色なのかなあと思いながら聞く
「この町で生きてる」はまた格別でした。
いかにも青森という景色ではなく、どこにでもありそうな地方都市の
(それもかなり自然が豊かな地方都市の)風景。
私が生まれ育った町でも同じような景色あるなあ・・・って思いながら、
歌を聴いていました。
私はこの曲を聞いた時はもっと都会をイメージしていたんですよね。
でも、そうか、もっと地方の町で生きていくことを決心した歌だったんだ。
まさに「地方都市のメメント・モリ」というツアーにふさわしい曲だなあ。

今回のライブはそのツアータイトルの通り、
「地位方都市のメメント・モリ」のアルバムからの曲を中心に構成しているんだけど
間、間に挟み込まれる過去の曲が意外なものが多くて、
特に前半に歌われた「この街で生きている」「未来づくり」「ムカデ」「冬が来る前に」は
まさかこのツアーで聞けるとは思っていなかった曲たち。
Twitterでライブに参加した人たちが今まで以上にセトリに触れる感想を控えていたのは
こうした曲たちをあのセトリの流れの中で聴けた衝撃を
少しでも多くの人に体験して欲しかったからだと思います。
「地方都市」というキーワードを念頭に考えてみれば、
「この街で生きてる」はまさにそのままテーマに当てはまるし、
「冬が来る前に」も三保野公園という青森の地名がでてくるから
やはり青森という土地にちなんだポエトリーなんだな。
「三保野公園で草滑りしよう」の時に映った公園、
あれが三保野公園なのかな。
壁やガードレールに落書きされた歌詞たちの画像。
春から初夏にかけて行われたツアーで、
どうして「冬を待っている」なんだろうという気はしましたが、
地方で、これから来るべき衰退や荒廃の季節を、
覚悟を決めながらただ待つことしかできないことを表しているとすれば、
やっぱりこのポエトリーも「地方都市のメメント・モリ」というタイトルのツアーにふさわしい曲だったのだなと思います。

「ムカデ」は「地方都市」というキーワードと言うより「バケモノ」とのつながりですね。
amazarashiのライブは1曲終わると次の曲までの空白の時間が結構あるんだけど、
この2曲は完全につなげられて演奏されていました。
「地方都市のメメント・モリ」のアルバムの中では比較的物語性が強くて
歌詞全体が一つの流れを持っているので意味がとりやすい曲なんですよね「バケモノ」って。
世の中となんとか折り合いをつけて生きていくために嘘を食べるバケモノと共存して生きているという歌。
でも本音を叫んだらバケモノは消えてしまう。
自分にはまだまだ嘘が残っているのに。
とめどなく嘘を抱える僕と嘘を食らって肥大化するバケモノは表裏一体の存在だと歌うこの曲。
「ムカデ」は嘘をため込んで肥大化してしまった側から歌ったうたなのではないか。
もしくは、「バケモノ」に嘘を渡すことができず全て抱え込んでしまった僕。
作られた時期も曲調も全く違う二つの曲が、表裏の関係にあることに気付かせてくれた。
曲順の妙ですね。

そういう意味では「未来づくり」はちょっと異色で。
「メッセージボトル」の時は、ラストに会場に流す音源として使われた曲で、
この曲を生で聴けるとは夢にも思っていなかったので、それはそれはうれしかったんですが、
「地方」色、薄いですよね・・・。
いろいろ考えてはみたんです。
前曲「月曜日」からのつながりで、
「月曜日」が中学生の恋の始まりのような淡い気持ちを歌った曲なので、
その未来の話というか、結実の一つの形としてこの曲が入ったのか・・・とか、
きっとこの曲は秋田さんが青森に帰ってからの気持ちを歌った曲で、
青森で秋田さんはこの曲のような、一緒に歩いていく人と出会ったので
秋田さんにとっては地方(地元)の曲の意識が強いのかな・・・とか。
でもまあ、古い曲の選曲については秋田さんが秋田日記で答えを開かしてくれました。
このツアーで秋田さんは苦手な曲に挑戦してみようという思いがあったそうです。
・・・なんだ、聞いてみればあっけない気もしますが、
それでもやはりこの曲が選ばれたことと、この曲順にはなんらかの意味があるはずで・・・。
セトリ全体の流れとしては、比較的明るめの曲調で思春期の初々しい悩みを歌った「月曜日」に続いて
この優しいラブソングである「未来づくり」が来るのは、
緊張感のある歌が多いamazarashiのライブの中で
ちょっとした箸休め的な感じなのかなあという気はします。
緩急の「緩」の部分ですよね。
ただこの曲、追加公演では「リタ」に差し替えられてしまいます。
「リタ」はツアーでアルバムの中で唯一生演奏されなかった曲。
ラストに音源で会場に流れるんですけどね。
アルバムの中でも好きな曲だったので、生で聴けなかったのは残念だったんですが
追加公演で聴けてラッキーでした。
その分「未来づくり」が音源になっちゃったけど。
ただ、幸せ色が強い「未来づくり」から、
はっきりしたラブソングとはいえ別れの曲である「リタ」への変更は
セトリの印象を大きく変えた感じはします。
全体的に哀切なトーンで統一されたような・・・。
ただ、ラストの音源も含めた流れで考えると、
別れの切なさを歌った曲で終えるよりも、
あなたと出会ったここが一つの到達点で出発点として終わる方が
ツアーのラストを飾るという意味では似合っていた気もします。
なんにしろここでラブソングは2曲もいらなかったということなのでしょう。

追加公演でラブソング2曲は入れられなかったのですが、
「ラブソング」という曲が追加されました。
これは何かの曲と差し替えというわけではなく、単純に追加。
この曲は「ラブソング」というタイトルの割にはいわゆるラブソングではなく、
社会風刺色の強い曲。
「地方都市」というキーワードにも引っかからないし、
もちろんツアータイトルのアルバム曲でもない。
今回比較的ミディアムテンポの多いアルバム、ツアーなので、
後半に向けて向けて盛り上げようとしたのかな。
ライブで歌われることの多い定番曲だし、盛り上がるし。
歌われている内容から考えると、
1番のAメロ部分で歌われているの中東と思しき国。
地方という存在を世界単位で考えてみれば、
中東もまた一つの地方と言えるかもしれない。
今現在もそこで争いが起こっていて、いくつもの命が理不尽に失われていても
先進国に生きるものたちはその現実を見ようとしない。
「死を思え」という意味を持つ「メメント・モリ」という言葉は
このディストピアのような世界にこそふさわしいということなのかな。

続いてアップテンポで疾走感のある曲「空に歌えば」
このツアーでは始める前に豊川さんが体調不良で参加できないことが発表されていたので
コーラス部分は打ち込み。
それは残念だったのだけれど、鮎京くんがサポートメンバーとしてがんばってくれました。
豊川さんの代役は精神的にも大変だったと思います。
amazarzshiとして男5人がずらっと横に並んで演奏しているシーンは
ある意味貴重で壮観でした。
そして、とてもかっこよかった!!
サポートメンバーのみなさんが仲良さそうで、
真さん中心に積極的にツイッターで情報発信してくれて楽しかったです。
ヒロアカから入った人はなじみ深い曲で嬉しかったのではないかな。

「水槽」は水の泡が印象的な映像。
「だれかエアーポンプを止めてくれないか」
からの爆発的な演奏の盛り上がりがすごい。
家で聞いているときには静かなポエトリーという印象しかなかったのが、
一転、こんな激しい曲だったなんて。
ライブで生で聞いて印象が変わる曲でした。

そしてその激しさを受けての「ぼくら対世界」
この曲と「水槽」そして「悲しみ一つも残さないで」は
「理論武装解除」のDVDの特典映像として納められています。
Aimerさんとのアジアツアーの際の映像。
紗幕の映像としては一緒なので、
この3曲だけでも家で見られてよかったなあとつくづく思います。
ライブの感動を思い出すことができる!!
何かを成し遂げた栄光のその後を生きることを哀切に歌い上げたこの曲。
「過去 未来」と「ぼくら 対 世界」
二項対立がひたすら繰り返されるラスト。
秋田さんの振り絞るような歌い声が胸に刺さります。

そのまま二項対立つながりで「多数決」
最初聞いたときは、ライブも後半になって、
盛り上げるためのアップテンポの曲として選ばれたのかなと思っていたのですが、
よくよく歌詞を聴いたら、これも地方都市の曲なんですよね。
「都会は田舎をゴミ捨て場だと思ってる」はまさに地方の思いだし
「この町は忘れさられた」もそう。
地方から世界を描き直すのを虎視眈々と狙っている歌。
そうか、この曲もまた地方の歌だったんだと気づかされた曲でした。

そして、最近の定番とも言える「命にふさわしい」
最後の「こころを~なくすのに値したその喪失は~」の部分の
演奏の盛り上がりが大好き。
何回聞いてもぞくぞくする。
生で聞けばなおさら。
この曲最近では「季節はつぎつぎ死んでいく」に変わる定番曲になったなあ
と思ったのですがリリースは去年なんですね。
なんかもっと昔からある曲な気がする・・・。
それだけこの曲がamazarashiの一面を象徴しているっていうことなんでしょうね。

ここで後2曲と告げられて、ZeppOsakaBaysideでは「えー」と歓声があがったんですよね。
普通の(他の人の)ライブでは当たり前の反応なんだけど、
amazarashiのライブでは珍しい。
なにせ観客からのかけ声もあまりないので。
でも大阪は比較的そういうの出やすい土地柄なので、
このフランクさがとても大阪らしいと思いました。
「えー」という声にも負けずに自分のペースでMCを続ける秋田さん・・・。
それも、好き。

最後の2曲に選ばれた「悲しみ一つも残さないで」
このアルバムを買って初めて車でかけた時に、
ChiChiが「応援歌か?」って言ったんです。
それまで歌詞のフレーズばかりを気にしていて、
この曲を応援歌だっていうようにはあまり思っていなかったんですけど、
確かにリズムを一つ一つ踏みしめるように歌う感じは応援歌だなあ。
この土地を去っていく者たちへの優しいエール。
この映像がまたすてきなんです。
点が線の上をゆっくり辿っていくんですけど、
それがなんか線路を進む汽車のようだな・・・
なにがっていうわけじゃないけど、どこか列車みを感じさせるなあって思っていたら
次の曲が「スターライト」
列車でつながった!! と、自分で勝手に盛り上がっていました。
「千分の一夜」公演以来ライブのラストの定番となったこの曲。
amazarashiの曲の中では圧倒的にテンポがよくて、そして明るい曲。
それぞれの公演で、ツアーで、様々な意味を持たせられてきたこの曲。
「千分の一夜」ではこの曲の下敷きとなった「銀河鉄道の夜」の色が強かったし、
「虚無病」公演では、友との新たな旅立ちという意味合いを強調されていました。
「地方都市のメメント・モリ」ツアーでは、この部分じゃないかなと思うんです。

     屑みたいな ゴミみたいな 小さな僕だって光るから
     見つけて欲しいんだよ この声を 今すぐ空に投げるよ

故郷から旅立っていく人たちを「悲しみ一つも残さないで」で見送ったamazarashiが
その人たちに向けて投げかけた歌。

いつもなら最後の曲終わりに、せいぜい
「ありがとうっ」
っていうか言わないかで、すっと終わるのに、
このツアーでは歌終わりの最後の演奏の中で次のようなMCが入りました。
あんまり素敵だったので、ここに引用。
といっても、私は2回聞いたぐらいでこの量の言葉覚えるなんて絶対無理なので、
ファンの方のブログから引用させていただきます。
「Maria」さんという方の「未来づくり」というブログで、
長大で愛情のこもったライブレポが読めます。
ライブの映像、演奏両面からの充実した考察と、
各地でのMCの比較など、盛りだくさんで、
読んでいるだけでライブ見た気分になれます。
記憶の整理にも最適。
URLはこちら

ではここから引用。

後ろ向き 逃げたがり 死にたがり
不安抱えて不満抱えて
やむにやまれず逃げ込んだこの夜の向こうに答えはあるのか
限られた時間の中、この旅路は距離にして
11000km 時間にしたら11年分
費やした言葉は11109文字
死にたい夜を越えて今ここに立っています
日々は続く
人生は続く
このライブが終わればわいもあなたもまた日々の暮らしの中へと戻ります
その日常の濁流に埋没しそうになった時
今日の言葉たちが輝きをもって何かしらのひらめきになってくれたら
これ以上の幸いはありません
またこの街で、もしくはこの世界のどこかで必ず生きて会いましょう
言いたいことはこれで全部
amazarashiのライブは終了です
だけど最後に一つだけ・・・
ありがとうございました!!!



ここのところただでさえ会社で憂鬱なことが多くて、
やめてやる! 絶対やめてやる!
と呪文のように口の中で唱えながらなんとか日々を乗り切っていて、
特に大阪追加公演までは・・・と思ってがんばっていた所だったので
このMCに泣きました。
「日々は続く
 人生は続く」
で現実にどっと押し戻されて
でも、
「このライブが終わればわいもあなたもまた日々のくらしの中に戻ります」
と、自分もその中に入れているのが秋田さんなんだよなあ。
決して上から目線でメッセージソングを歌うんじゃない。
自分もまた日々の生活の中でもがきながら生きているっていう立ち位置から歌っているからこそ
こんなにも心に染みるんだよな。
そして、そんな秋田さんの
「日常の濁流に埋没しそうになった時
 今日の言葉たちが輝きをもって何かしらのひらめきになってくれたら」
という思いは
「スターライト」の前述の歌詞の言い換えなんだろうと思う。
今までは銀河鉄道のイメージで作られた映像が多かった(除く「虚無病」)のですが
今回はスクリーンの中央、
つまり秋田さんの頭上に輝く一点の光と歌詞のタイポグラフィーが印象的な新しい映像に変わっていました。
まるで、私たちが目指している、もしくは目指したい場所を指し示すような光。
秋田さんが渾身の力を振り絞って紡いだ言葉たちの放つ力の象徴としての、光。

思えば冒頭の「ワードプロセッサー」もここにつながっていたのだな。
アルバムを聞いていたときには
 「骨をうずめるなら故郷に
  でも僕の言葉の死に場所ならここだ」
の「ここ」の意味が取りづらかったんですよね。
なんとなくそのまま青森と理解して流していたんですけど、
「でも」という逆説の接続詞がある以上、「故郷」と「ここ」は完全なイコールではないわけで。
だからなんかいびつな表現だな・・・と気になっていたんだけれど
ライブですごくしっくり来ました。
「ここ」はきっと言葉が届いた場所。
たとえばライブ会場だったり、歌を聴いた人の心だったり。
そこで言葉は一旦死んでも、「十年後、百年後 何かしら芽吹く種子」になる。
この死生観は「花は誰かの死体に咲く」と一緒ですね。
「地方都市のメメント・モリ」ツアーは、その種子を撒く旅路。

より歌詞の存在がクローズアップされるように作られた映像、
いつも以上に練られ、量も増やされたMC、
そして秋田さんの渾身の歌声によって命が吹き込まれた歌詞たち。
ツアー開始前、秋田さんが日記で「今回のテーマは言葉です」と書いていたとおり
言葉がどっしりと伝わったライブでした。
毎回ライブに参加する度に、このライブは最高だ。
もうこれ以上のセトリ、これ以上のライブはないんじゃないか・・・
って思うくらい感動するのですが、
今回もやっぱり最高のライブだと噛み締めながら家路につきました。
本当に素晴らしかった。


そしてツアー中に決定した武道館公演。
ついに、ついに、武道館・・・。
私のような新参のファンでも感慨もひとしお。
私は行けないのですが、長男は早々にチケットと宿を確保しました。
独身貴族め!!
1万人のamazarashiファンが一同に会するって壮観だろうなあ・・・。
ゆっくりと、でもしっかりとした足取りでここまで来たんですもんね。
武道館でどんなステージを作り上げるのか、楽しみで仕方ない。
幕張の時のようにライブビューイングしてくれないかなあ・・・。


posted by HaHa at 03:32Comment(0)音楽

月曜日 amazarashi

本当は「地方都市のメメント・モリ」の感想も書きたいのですが
上手くかけないまま数ヶ月・・・。
でもこのalbumは大好きなのでいつか感想をちゃんと書きたいと思っています。
とかなんとか言っているうちに、「月曜日」が配信されました。
Youtubeで検索してもらえればフルバージョンでMVが見られますので
少しでも気になった人は是非是非見てもらいたいなあと思います。
もともと、「メメント・モリ」のアルバムが出てまもなくの頃、
秋田日記で秋田さんが東京に行ってレコーディングをしたようなことを書かれていたので
とてもとても期待していたんですよね。
書きぶりからいって、アルバムやミニアルバムではなさそうな感じ。
レコーディング期間が短そうだったし。
それに「メメント・モリ」からすぐだったので
戦略的にもアルバムやミニアルバムはなさそう・・・。
とすれば、シングルか?
この時期のシングルレコーディングだとすれば、春から始まるドラマかアニメのタイアップ?
それとも映画なのかな。
何にしろ楽しみで楽しみで、ドキドキしながら公式の発表を待っていました。
で、発表されたのが、マンガ「月曜日の友達」とのタイアップ。
ほんと、申し訳ないのですが、ちょっとがっかりしたんですよね。
去年、ゲーム→ドラマ→アニメ→CMとタイアップがあって
それに引き続いてのタイアップと言うことで
ここで畳みかけるように仕掛けて認知度をあげようとしているのかなって思っていたので、
マンガ? マンガのタイアップって何?
アニメじゃないんだよね?
と頭の中をぐるぐる。
アニメ化されてのタイアップならわかるんだけど、
マンガのタイアップで曲を提供って聞いたことなくて・・・。
ドラマやアニメと比べたら拡散度はぐっと下がりますよね・・・。
そうかあ・・・ドラマやアニメじゃないんだ・・・とがっかり。
でも、いろいろググッて見たらマンガファンの中で評価が高い漫画家さんみたいだし、
とりあえずマンガそのものを読んでみることに。
そしたら、面白かったんですよ、このマンガ。
中学生の何気ない日常を描いているんだけれど、
もう忘れてしまっていたようなあの頃の日常の襞というか
空気観みたいなものを肌感覚としてリアルに思い出すようなマンガで。
なんといっても表現が小説っぽくてかなり言葉に重きを置いているタイプのマンガでした。
情景描写も絵に頼らずに言葉でも表現していたり、
心理描写の表現もどこか文学的で、
小説の地の文をマンガに入れ込んだようなタイプのマンガ。
そして、この言葉選びというか表現の感覚はとても秋田さんに近いなと思いました。
もともと作者の方がamazarashiが好きで、既存の楽曲を使わせてほしいという依頼だったそうなのですが
原作を読んだ秋田さんがいたく感動して、既存の曲ではなく
新しい曲を書き下ろす・・・ということになったそう。
そのせいなのか、この「月曜日」という曲はamazarashiには珍しく
タイアップ作品に完全に寄り添った曲になっている。
「季節・・・」にしろ「命にふさわしい」にしろ「空に歌えば」にしろ、
今までamazarashiがタイアップで歌ってきた曲はみんな
タイアップ先の作品の世界観に近かったり通じる何かがあったりはするものの、
タイアップ作品とは全く別物なんですよね。
MVで寄せていることはあっても、曲そのものは全く別物。
でも、「月曜日」は完全に「月曜日の友達」の世界なんです。
歌詞を構成するパーツの多くが原作から取られている。
これだけがっつり作品世界を取り込むというのは
秋田さんには珍しいこと。
でもちゃんと単独で聞けばamazarashiの曲になっている。
たぶんなにも知らずに初めてこの曲を聞いたら
amazarashiの曲として何の違和感も感じなかったと思う。
ちょと場面設定が若めかな・・・とは思うかもしれないけれど。
でも原作をしっていたらフレーズの多くが
マンガの場面に由来することがわかる。
原作との距離感が絶妙で驚いてしまった。
外から借りてきた要素でこれだけ自分の表現ができることに驚いたし
それが原作の解釈を決して狭めたり固定したりするような干渉はせずに
見事に膨らませていることにも驚いたんです。
でも、もっと驚いたのはMVです。
こちらも原作との距離感があまりにも絶妙で
音楽とマンガという全く畑違いの媒体を、
映像という枠の中で見事に融合させたなあとびっくりしてしまった。
見終わった後、曲のMVとしても秀逸だし、
マンガのプロモーションとしても、
よくできた映画の予告のようなわくわく感があるんですよね。
基本的にマンガの場面が切り取られ、
その中に歌詞の一部がデザイン的に挿入される。
この辺の文字表現の豊かさはamazarashiのMVならではだなあと思います。
曲を聞きながら、マンガのコマを追いながら、歌詞を目で追うという感じ。
そして時折原作のフレーズが挟み込まれる。
マンガだから音はないんですよ。
字だけ。
映画だったら台詞だから、音声だから、
その台詞の間一瞬音楽はバックに下がりますよね。
でも、文字だけだから音楽は変わらず前面に出たまま
頭の中で文字が台詞化される。
この音楽とマンガが一体となった不思議な感覚はMVを見てもらえばわかります。
2番からはシルエットで描かれた秋田さんがマンガの世界の中に入り込んで歌うんですよね。
これも面白い。
最初、マンガのタイアップ曲ってなんなん?
って思ってしまったけれど、このMVを見たらそれはすごく面白いチャレンジだったなあと思うのです。
タイアップのみを目的としたような、いまいち作品とシンクロしていない主題歌を歌うんだったら
こういう風に誰かから熱烈に恋われた作品に曲をつける方がよっぽど面白いよな、と思うし、
こういう仕事を選んでくるamazarashiもすごくamazarashiらしいなって思う。
マンガと音楽がお互いに豊かに作品世界を膨らませあう素敵なMVになっていますので
興味を持たれた方は是非YouTubeで「月曜日の友達」で検索してみてください。

posted by HaHa at 02:25Comment(0)音楽

空に歌えば

この1週間は怒濤の一週間でした。
まず月曜日に「亜人」の舞台挨拶があって、
もちろん参加できるわけもないんだけど
ありがたいことにLineLiveで中継してくれたので
それなりにリアルタイムで楽しめて。
でもってこの日にamazarashi公式さんから怒濤のお知らせ開始。
CMに楽曲が使われることが発表されるでしょ。
秋田さんの弾き語りライブが年末に行われるという発表でしょ。
秋田さんがラジオに生出演&弾き語りのお知らせでしょ。
まず仕事帰りにCMの件を知って、有頂天気分で帰宅。
なんとかぎりぎり間に合って「亜人」の中継を見ていたら
途中でピコンとamazarashiからのお知らせが!
え? なになに? と思うものの、中継も気になるから一生懸命見てて
終わったらあわてて情報見に行って・・・という感じ。
「亜人」の中継だけでも一大イベントなのに
普段そんなに情報こないamazarashi公式も
こんな日に限って大きなお知らせ三つも出してくるしで、
なんか気持ちがいっぱいいっぱい。
それぞれにわくわくどきどきで、かえってどう反応していいのかわかんない。
火曜はamazarashiのNewシングルフラゲ日で
そこからネットにインタビュー記事がどんどんあがってくるし、
その後も綾野君の久々バラエティ出演(まだ見られていない)や
朝のワイドショーでしょ?
それから「コウノドリ」の情報も上がり始めました。
いよいよ撮影開始したんですね。
仕事のほうもちょっと頭の痛い案件が持ち上がっているので
そっちではめちゃくちゃ落ち込むわ・・・で
なんかとっても気持ちが落ち着かない1週間でした。

とりあえずいよいよ発売されたamazarashiの4枚目のシングル「空に歌えば」
ずっと「ヒーローアカデミア」のオープニングでは聞いていて
いい曲だなあ・・・早くフルで聞きたいなあと思っていました。
スピード感があってドライブ感もあって力強くて聞きやすくていいなあ。
そんな中にも「必然」みたいな堅い言葉がいっぱい入れ込まれていたり
一番盛り上がる鼓舞する言葉として「足掻け」という単語を選んでくるあたりは
とってもamazarashiっぽいなあって思っていたんですけど、
やっぱりフルで聞きたい。
というのも前回ドラマの主題歌になった「ヒーロー」も
ドラマのオープニングで流れている部分は当たり障りのない耳障りのいい
悪く言えばそれほど特徴のない曲に聞こえていたんです。
どうしてもタイアップとなると毒気をぬかないといけなくなるのかなあ・・・
って思っていたら、フルバージョンを聞いてびっくり。
オープニングでは1番はまるまる流れているのかと思っていたら
1番でさえもかなりトリミングされていて、
ちゃんとフルで聞いたらいつものamazarashi!という感じの
毒も熱もあるとても力のある曲でした。
だから今回もそうなのかなあって期待していて。
それにアポロジーズのスタッフ日記でも
アニメで流れていない部分にamazarashiらしい仕掛けがあるって言ってましたもんね。
今年8月中旬に青森で行われた凱旋コンサートでは生で歌われて
その後サマソニでも披露されて、
後、関東では1回ラジオでフルが流れたんだっけ?
その辺りの先に聞いた人の感想で
「仕掛け」はポエトリィリーディングっていうのは分かっていたんだけど
やっぱり早く聞きたくて・・・。
いつもは1日限定で視聴公開みたいなのがあるんだけど
今回はそれがラジオだったのかな。
MVが8月下旬に公開されるっていうのは噂で聞いていて、
ずっと待っていたんだけど、ついに8月には公開されず・・・。
1日遅れで9月1日に公開されました。
このMVがすごくいいんです。
amazarashiのMVってアーティストが顔出ししないこともあって
映像作家さんが好き勝手に作る感じのものが多いんですよね。
amazarashiはシングル4枚しかだしていない割にMVはたくさんある方だと思うんですけど
(他のアーティストさんの実状を知らないのでなんともいえませんが)
その中で秋田さん出演のものってたぶん今回入れて4作くらいじゃないかな。
基本的にはYKBXさんの独創的なアニメ作品が多い。
最近は他の映像作家さんも増えましたが。
どっちにしても楽曲とつかず離れずで映像としての主張もものすごく強いものが多い。
タイアップの場合はタイアップ先のイメージを膨らませたものもあります。
「生肉を食べ続ける美少女」(季節は次々死んでいく)とか
「ドールが壊されるづける」(命にふさわしい)とか。
でも、amazarashiそのものを描こうとしているのは
この前発表されたMV「つじつまあわせに生まれた僕ら」と
この「空に歌えば」だけなんですよね。
「つじつま・・・」のMVもある意味とても秋田さんを表現していて
すごくお気に入りなんですけど
それ以上にこの「空に歌えば」は突き抜けた感じがしてすごく好き。
1番は青森、2番は東京で、
本来人が行き交う場所にだれもいない。
そこでアンプをつけてギターをかき鳴らし歌い始める秋田さん。
秋田さんの歌を聞く人は誰もいないのだけど、
秋田さんの声はまっすぐな光の筋となって空に届く。
そして空に「空に歌えば」という文字がかっこよくデザインされて描き出される。
秋田さんの歌に合わせて、デザインされた幾何学模様がリズミカルに描かれていくのもとてもきれい。
秋田さんが映っているとは言え、当然顔は映らない、
ということは必然的にバックショットや全身のショットが多くなって
それって映像的にはとてもいい感じなんですよね。
風景とのバランスがとてもいい。
特にラストなんかは青空の分量が大きくて
その真ん中の下の方で秋田さんのシルエットが小さめに映る。
たぶんアーティストをアピールすることが目的のMVならば
表情をとらえるためにもっと人物に寄るんだろうけど、
その辺は大胆に画面を構成できるのかな。
アーティストの顔(表情)を使えないというのは
ものすごく大きな制約なんだっろうけど、
逆にその制約を長所に変えているんですよね。
1番は昼(朝?)2番が夜のシーンで
間奏に入ると空に黒い雲が立ちこめてきて雨が降り始める。
そして叩きつけるように語られるポエトリーリーディング。
amazarashiファンは「ああとってもamazarashiらしいなあ」と思う箇所なのですが
ヒロアカで気になって始めてこの部分を聞いた人は
どういう感想をもつのかなあ・・・。
バンド名のamazarashiが「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、
僕らは雨ざらしだがそれでもという思いでつけられた」ので、
そのamazarashiが「その時、すでにもう雨はあがっていた」と歌うことは
とてつもなく大きな意味を持つんですよね。
映像はここから大きく切り替わってライブシーンへ。
驚いたことにここで音源も変わって、実際のライブの音源に。
始めてそのことに気づいたときぞわっと鳥肌が立ちそうになりました。
「雨があがっていた」という歌詞の後切り替わる映像、
それまで誰も聞いていない場所で必死に歌い続けてきた秋田さんの歌が
レコーディングされた音源より少し粗く、でも力強い音が
ライブ会場に集ったファンに届く。
このライブ会場は撮影用に集められたものじゃなくて、青森での凱旋講演。
撮影はライブがすべて終了した後、観客の協力を得て撮られたそう。
MVで映像として残されたライブがメジャーデビューして始めて行った青森でのライブ
というのが、何とも胸熱。
もう1番2番で出ていた光線のようなものは出なくて
秋田さんの声がそのまま観客に届いている感じがすごく好き。
ずっと認められない者の思いを歌ってきたamazarashiが
ジャンプの王道と言われるアニメのオープニング曲を歌う。
それも今までにない聞きやすい感じの曲で。
長さもamazarashiの曲としては短めだし、
MVも今までのアーティスティックなものから
ちょっとアーティスト寄りになった。
今回はラジオにも何回も出たし、
心なしかネットメディアでのインタビューも多い気がする。
ここらで勝負にでているのかなあという気がひしひしとします。
でもそれは売れにいっている、売れ線を狙っているというのではなく、
ちゃんと自分たちの路線を守りながら、
少し門戸を広げつつある・・・という感じ。
売れたらいいなあ。
決して万人受けするバンドとは思わないので
大ヒット・・・とまでは言わないけれど、
でも今よりももっと多くの人に届けば
きっとその何割かの人の心には大きく響くはず・・・。
それってなんか同志が増えていく感じがするのです。
本当に、売れたらいいなあ・・・。

で、カップリング曲の「たられば」は
この春から行われていたメッセージボトルツアーで初披露された曲。
優しいメロディに乗せて「もしもぼくが・・・」と繰り返される曲。
歌詞的には、構成の仕方が「僕が死のうと思ったのは」と同じかなあと思いました。
ずっと一つのお題を繰り返していって、
そこに続く言葉を展開させていきながら、
最後の最後にお題そのものをひっくり返す・・・っていう。
でも、そのお題にあたる部分が非常にネガティブな(ある意味amazarashiらしい)
「死にたい理由」という重いお題ではなくて
もっと一般的でライトなものに変わったというのが大きな変化。
歌詞そのものも「僕が・・・」のほうは言葉の選び方が叙情詩的な感じがします。
一方「たられば」はもっと平易な言葉で散文詩的。
曲調も明るい。
でも、ラストのオチが「たられば」は2段階あるんですよね。
いったん、ああなるほどな・・・って思わせておいて
ラストのワンフレーズでその一旦提示したラストに疑問を呈す。
このラストのワンフレーズがとてもamazarashiっぽいなと思うんです。
もちろん「たられば」で夢想される内容やその表現に
どこか悲観主義的な匂いがしてそれも秋田さんっぽいなとは思います。
ただ、もう「死にたい」というようなところから歌い起こさなくとも、
もっと日常的でささいな感情の動きからでも
amazarashiらしい掘り下げ方をして何かを語ることができるのだという意味で
この曲はこれからのamazarashiの行く末を示唆する曲なのだなあと思うのです。

この曲は大阪のFM802で1週間独占先行オンエアーされました。
こういう取り組みは私がファンになってから始めてでした。
ありがたいことに大阪のFM曲だったので聞くことができました。
(秋田さんが出演した東京のFMは聞けなかったけど)
毎日仕事が終わってから、今日はどの番組でオンエアしてくれたんだろう・・・
と探すのが楽しくて・・・。
本当にradikoさまさまです。
「たられば」をかけてくれた番組を1週間いろいろ聞きました。
DJの紹介の仕方を聞くのも面白かったし、リクエストハガキも楽しかった。
こうやってラジオで改めて聞くと、本当に「たられば」はある意味耳障りのいい曲で
でもがっつり歌詞を聞き込んだらやっぱり深いものがあるから、
こうやってラジオでオンエアーされることでこの曲に出会う人が一人でも増えて
amazarashiに興味を持ってくれるといいなあと思いました。
結構いろんな番組でかけてもらったみたいなんだけど、
特に一人、熱くamazarashiを語ってくれるDJさんがいて、
もしかしたらこのDJさんは以前秋田さんを大阪にまで呼んで
ラジオに出演させてくれた人かなあ・・・って思いました。
番組名とか覚えていないので定かではないのですが。
確かあの時もFM802だった気がするんですよね。
だとすると今回のFM802独占オンエアーも
もしかしたらそのDJさんの尽力があってのことなのかもなあ。

そう言えば、今までもシングルは必ず弾き語りバージョンが入るんですけど
表題曲ではなくてカップリング曲が弾き語り・・・というのは初めてですよね。
そういう意味でもとても大事な曲なんだなあという気がします。
今までシングルはカップリング曲もMVが作られているので
「たられば」でも作ってくれないかなあ・・・。

うちは初回生産限定版Aっていうのを買ったのですが、
Aの特典っていうのが、ラバーバンドとライブDVD。
3曲入っているのですが、これが6月に行われた中野サンプラザのライブ。
シングルの発売で一番心待ちにしていたのはこの特典DVDでした。
というのは、このライブ、途中で中断されたんですよね。
今度10月に振り替え公演があるんですけど。
amazarashiの今回のメッセージボトルライブツアーは本当にアクシデントが多くて、
まず札幌の公演がサポートメンバーの出羽さんの体調不良で中止。
アレンジからサウンドプロデューサー、そしてリードギターを担っていた人だったので
もう大ショック。
残念ながらまだ体調は完全じゃないらしく、
その後のライブは他のギターのサポートメンバーとなりました。
このころはライブの日になるとTwitterで検索かけて
無事ライブが行われているか確認していました。
新しいサポートメンバーでなんとか残りの日程乗り切れるかなって思った頃、
今度はドラムのサポートメンバーである橋谷田真さんが中野サンプラザでダウン。
それもライブの途中で中断されたと知った時には
もうどうなることやら・・・と心配で心配で・・・。
結局その後のライブはもう一人ドラムのサポートメンバーを入れて青森公演まで終了。
サマソニから真さんは復活されたようで、嬉しかったなあ・・・。
出羽さんも真さんもTwitterをされていてそれなりにつぶやかれていたんですけど、
ダウンされている間はお二人ともプツンとツイートが途絶えて
それもまた心配で心配で・・・。
幸いなことに、今はお二人ともポツポツとTwitterの方に戻ってきてらっしゃいます。
よかった・・・。
サポートメンバーとは言え、ライブは最初からこのメンバーで固定していたそうで
もうサポートメンバー以上の思いがあります。
それは秋田さんもインタビューで言ってましたね。
amazarashiはライブは5人のメンバーが真横に一列に並ぶんです。
それもそんな思いの現れなんだろうなと思います。
amazarashiに関わる以前からプロミュージシャンだったのは出羽さんと真さんだけで、
二人がamazarashiのサウンド面を引っ張ってくれたっていうインタビューも
どこかで読んだっけなあ。

というわけで、中野サンプラザは途中で中断してしまったライブだったので
まずDVDに入るとは思っていなかったんです。
もしかしたらここの映像を核にしてセル用のDVDを作ろうとしていたんだけど
中断によってできなくなったから3曲だけシングルの特典につけた
ということなのかもしれませんが・・・。
何にしろそのアクシデントがあった特別なライブが
一部とは言え形になって残ったのがすごい。
そして何よりも聞きたかったのが「命にふさわしい」
ライブ当日、必死で行かれた方のツイートを探してなにがあったのかを調べました。
なんとなくわかったのは
・真さんは最初から首にギプスを巻いていたこと
・「少年少女」(この曲は秋田さんと豊川さん二人で演奏された)の後
 秋田さんと豊川さんが舞台袖に引っ込んで舞台からだれもいなくなった。
・そのまましばらく時間があって、真さんの体調不良のため中断が発表された
・秋田さんが一人で舞台に出てきて弾き語りで「命にふさわしい」を歌った。渾身の歌だった。泣いているようだった。
という感じ。
だから特典映像に「命にふさわしい」中野サンプラザって見たときには
本当に驚いてしまったのです。
実際にDVDを見ているとたぶん慌てて録画の準備をしたんでしょうね。
出だしの画像がちょっと乱れている。
カメラの数も少ないのかな。
というより予定外の弾き語りだからカメラワークの打ち合わせがない中で
秋田さんの左右と正面と後ろ姿の映像だけなんとか押さえました
というようなシンプルな映し方で、
でも、だからこそ歌の力がストレートに伝わる。
一本の真上からのスポットライトに照らされて、
いつも通りつばが広い帽子をかぶっているから顔は見えないんだけど
声の感じから時折「ん? 泣いてるのかな」って思えるところもあって
いつものライブ映像よりもずっと生っぽい感じがしました。
本当によくぞこのライブ映像を記録したな、
そしてそれを特典映像として出してくれたな・・・。
あのライブの映像の説明はなにもなかったから、
もしも中野サンプラザのライブについて何も知らないまま
たまたま「空に歌えば」の曲が気に入って、限定版Aを買った人がいて
なんで「命にふさわしい」のライブ映像だけこんな粗いんだろう
って疑問に思う人もいるかもな。
あのライブ映像はこういう理由で他と違ったテイストになっていると思われます。
だからこそファンの方で、もしまだ買うのを躊躇している人がいたら、
このライブ映像は本当に必見の貴重な記録ですので
是非是非買ってもらいたいなあと思います。
ライブ映像1曲目の「ヨクト」は出羽さん不在ですが
代わりのサポートメンバーが入ったこれまた貴重な映像です。
幕にタイポグラフィで歌詞を映すスタイルではなく
照明で見せるタイプの演出でバンドスタイルの演奏が際だっています。
2曲目の「少年少女」は本来はバンドアレンジなのですが
このメッセージボトルツアーでは秋田さんと豊川さん二人の
最初のあまざらしスタイルで演奏されました。
これも映像としてはやはり貴重だと思います。
そして秋田さん絶唱の「命にふさわしい」
この三曲を特典映像にしたというのも
このシングルを一つの大きな勝負点としているのだなあと感じます。
どうか、結果がちゃんと付いてきますように・・・。

明日から(あ、もう今日か)はCMソングとしてamazarashiの歌が
テレビから流れるはず・・・。
世代を越えて受け入れられる音楽が生まれにくい昨今、
どうすれば広い層に音楽を聞いてもらえるか・・・と考えたら、
やっぱりCMというのはとてもいい場です。
アニメや映画やドラマよりも多くの人が触れる可能性がある。
一人でも多くの人にamazarashiの音楽が届くことを願ってやみません。

posted by HaHa at 01:35Comment(0)音楽