渡辺あやさんのツイート

夜遅くにパソコンを触っていると、私のツイッターのタイムラインに
渡辺あやさんがとある記事にツイッターで反論されている・・・っていう内容のリツイートが流れてきて
ん? と思って見に行ってみると、
ご本人が終盤の主役交代について書かれていました。
とても筋の通った、そして心の通った渡辺さんらしい文章でした。
文章には書く人の人柄が表れると言いますが、
本当に渡辺さんの人柄と品格がにじみ出たツイート。
この渡辺さんが反論された原因となった記事は私も読んでいて、
読んだ時、むかついていました( ̄へ  ̄ 凸
憶測でしかないことを、もっともらしく書いてあって、
またかあ?((o(-゛-;)・・・と。
というのも去年くらいからこのサイトであがる綾野君の記事がひどいもので・・・( ̄_ ̄ i)
推測と嘘の上にどんどん新しい推測と嘘を塗り重ねていって
時にはその記事を他の雑誌が後追いするようなことがあったので、
とにかく頭に来ていました。
少なくとももう少し取材して書けよ・・・と。
でも悲しいかな一般の人間には、じゃあそれが本当に完全に嘘なのか、
それとも少しは事実も含んでいるのかを検証する手立てはないんですよね。
綾野君の記事にしても、「カーネーション」の記事にしても、
ファンだったら「そんなことはないはず」と思うんだけど、
それを証明する証拠なんてなくて・・・。
特にドラマの制作現場の実情なんて知るよしもないから
どこかから横やりがあった・・・って言われたら、
そういうもんなのかな・・・って思ってしまう部分もある。
(中には見ていて本当に横やりが入ったんじゃないかって思ってしまうドラマもあるし( ̄ー ̄;)
「カーネーション」の場合はちゃんとドラマを見ていたら
「カーネーション」というドラマを完成させるためには主役交代は当然って思えるんだけど・・・。
その自分の感覚が本当に正しいのかどうかは正解はなく・・・
今回の渡辺あやさんの一連のツイートは、そういう状況に答えを与えてもらった気分でした。
ああ、やっぱりそうだったんだね・・・と安心しました。
ドラマを見ながら感じていたことは、あながち的外れじゃなかったんだなあ・・・。
と、同時に改めてああいう心ない記事を書く人がいることに怒りが・・・(-""-;)
私は、基本的に、一度発表された作品はあらゆる批評を受けるものだと思います。
ただし、それはきちんと作品を読むなり見るなりした結果のこと。
ちゃんと作品を見ていない批評、ちゃんと取材して裏付けを取っていない記事は
それはもう正当な表現ではなくて誹謗中傷と同じ類。
同じように文章を書くことで対価を得ているのに、
渡辺さんとそのいい加減な記事を書いた記者の姿勢の違い、文章の品格の差はもう歴然。
そういう記事が出るのは話題になっている証しだから
いちいち反論するのはどうか・・・という意見もありますが、
私はそうは思わない。
自分の愛する作品が不当な記事で間違った認識を持たれてしまった時、
正しい情報を世に出すことで守ろうとするのは当たり前のこと。
ことにドラマは大勢のスタッフ・キャストで作り上げるもので、
ドラマに関わった人達すべての思いが踏みにじられることが許せなかったんだろうな。
それを感情的にならず、筋を通して、無駄に相手を批判せず、
しかも、作品に対する深い愛情をも感じさせる文章でツイートされたことに
ただただ心を打たれました。
改めてこういう人が書かれたから「カーネーション」のような傑作ドラマが生まれたんだなあと思います。


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周防さんのこと その3

BBさんからお題をいただきまして、もう一度周防さんについての記事を。
周防さん側からの考察は今まで以上に私の妄想部分が多くなりますから、
ああそういう周防さん像もあるのかなあ・・・程度に思っていただければ幸いです(*v.v)。

まず、周防さんは糸子のどこに惚れたのか。
これは糸子とある意味一緒だと思っています。
職人としての感性の共有と共感。
おそらく周防さんにとって糸子は自分の原点を思い起こさせる人物なのではないかと思います。
この辺は全くの想像なんですけど、
周防少年が紳士服職人という職業を志した時、
その職業に対して持っていた純粋な憧れや情熱を、
糸子は体現しているんじゃないかと思います。
周防さんが職人としての技術を身につけたらすぐ戦争は激化して、
周防さんは年齢的にきっと徴兵されていたでしょう。
職人として力をほとんど発揮する間もなく戦争が始まって、
ようやく戦争が終わったと思ったら、
今度はふるさとが壊滅状態で、おそらくそこで服飾職人として働く場を失ってしまった。
かすかなつてを辿って大阪に来てもなかなか服を作る仕事にはつけず・・・。
周防さんの職人人生は本当に綱渡りのような状態で。
ようやく職人として働けると思ったら、
量産量産できっと品質や客の要望は二の次。
仕事って言うのは憧れや理想だけでやっていけるわけじゃない。
お金をもらうためには雇い主の言うことは絶対で、
家族を養うためにもひたすら機械のような作業を繰り返すしかない。
そういう妥協は仕事をしている人間なら多かれ少なかれみんな持っているもの・・・。
でも、糸子は違います。
この時期、まだ世間の流行と自分の感性との乖離に悩むことなく、
ただまっすぐに客の要望を聞いていいものを作ることに邁進している・・・。
一番象徴的だと思うのは、
北村の開店準備をしているときにサンプルができあがったシーン。
その直前までドアの外で頬をベチベチ叩いて
「勘違いすな!」
と、周防さんの言葉にのぼせている自分に活を入れていた糸子が、
できあがったサンプルを見てすっと職人の顔に戻る。
「いやあ、ええですねえ、これ、こないしてワンピースみたいにして着てもええし、
上と下をバラしてブラウスみたいにしてもええし」
子供のように目を輝かせる糸子に周防さんが
北村は生地代がかかりすぎているから気に入らないんじゃないかと伝えます。
おそらく周防さんもできあがったサンプル品を見ていいもんができたって思っていたはず。
でも原価の管理も周防さんの仕事で、
単純に商品の善し悪しだけに一喜一憂できない。
案の情、生地代がかかりすぎていることに北村は大激怒。
でも、糸子はここでひるまない。
北村に婦人服の商売はどんなものかを教えるために自分の店に引っ張って行きます。
糸子の店で何があったか、
あの夜北村と小原家の女性達との間でどんな会話が交わされたのかは周防さんに知るよしもないでしょうが、
翌朝にはあの北村が糸子のいいなりになってしまっていた・・・という事実。
糸子にとって(この時期)売れるものを作るというのはいい商品を作ると同義です。
心からええもんができたと素直に喜んでいる糸子の姿は、
きっと周防さんにすごく魅力的に映ったと思います。
職人としての原点を見ているような思いだったんではないでしょうか。
そして、その上で、糸子は自分の信念を叶えるために前に突き進んでいく強さを持っています。
そういうものに周防さんは憧れ、惹かれていったのではないかと思います。

ただ、糸子が自分の気持ちに気づいてから持ったような葛藤を、
周防さんはほとんど持たなかったんじゃないかと思います。
というか、自分が糸子に惹かれているとはっきりと認識すらしていなかったかも・・・。
店の開店日、早朝の工場で糸子に告白された時は、
糸子から「好き」と言われて、ほとんど反射敵に
「おいも、好いとった」
って答えたんではないでしょうか。
当時読んだ綾野さんのインタビューで綾野さんが周防さんを「素直な男」って表現しているものがあって、
(今あわててさがしたら、公式HPやネットステラにはなかったので、
もしかしたらテレビのデータ放送のインタビューだったかも・・・)
それを読んだ時にこれかなあ・・・って思いました。
周防さんの基本的な性格って「素直」ですよね。
糸子が作った水玉のワンピースを見て「きれか」と言う。
なぜ工場長の仕事を引き受けたのか聞かれて「小原さんが指導にくると聞いたから」と答える。
初めて洋服を着た糸子に
「ようにおうとりますよ」と言う。
あの時代の日本男児としては珍しく(「カーネーション」の中の男性陣でも珍しい)思ったことを素直に口にする。
そこにはなんの計算もないと思うんですよね。
そして、自分が口にしたその言葉がどういう印象を与えるかというところは非常に鈍感。
(こういうところが天然のタラシと言われるゆえんだと思うのですが・・・(;^_^A)
その周防さんの性格がそのままあの告白シーンにも当てはまるのではないかと・・・。
糸子に思いがけなく「好きだ」と言われた。
そこでそれまで自分の中で形になっていなかった思いが一気にまとまって、
思わず去ろうとする糸子の手をとって抱き寄せ
「おいも、好いとった」
と答えてしまった・・・。
糸子の気持ちを受け入れようとか、
これからこの関係をどうしていこうとか、
そういうことはいっさいなしで、
素直にその時の自分の感情を吐露してしまった・・・。
そしてやっぱり大切なのは、この告白、過去形なんですよね。
糸子も「好きでした」と過去形で言っていますが、
周防さんもまた「好いとっと」じゃなく「好いとった」と過去形で答えている。
二人ともはじめから未来を指向した告白ではないわけです。
ただ周防さん、自分の思いはそれほど自覚していなかったと思うんですけど、
北村の気持ちは気づいていたと思うんですよね・・・。
(そりゃ、あれだけ糸子に従順になったら気づくわな・・・(^▽^;))
だから、北村に見られたと分かった時に、糸子以上に青ざめた様子だったんだろうし、
その後理不尽な言いがかりでクビになってしまっても、
粛々とその運命を受け入れたんだと思います。

周防さんには「奥さん(家族)」か「糸子」かっていう選択枝はなかったんじゃないかと思っています。
周防さんに家族を捨てるという発想は全くなかった。
組合長は糸子に奥さんのことを「重荷」という言葉で説明されていましたが、
周防さんが組合長に奥さんのことをそんな言葉で語ったとは思えないんですよね。
だから私の中では組合長が周防さんの話を聞いて自分で解釈した言葉だと思っているのですが、
一生背負っていかなければならない重荷とかそういうんじゃなくて、
周防さんはちゃんと奥さんのことも愛していたんだと思います。
糸子に対するのとは違う心の部分で。
そういう心の作用って、男女差・・・って言ってしまうと語弊がある気がします。
個人差・・・かな。
女性でも複数の恋愛を同時に成立させる人もいますから。
でも周防さんのこういうある種ずるい部分を考えるとき、
いつも思い出すのは田原総一郎さんなんですよね・・・f^_^;
ちょうどこの周防さんパートが放送されるちょっと前に、
田原総一郎さんと誰だったか若いタレントさんが対談されている番組をたまたま見まして、
田原さんがご自身の体験を語られていました。
田原さんは前の奥様がご存命の時、浮気をされていたのだそうです。
奥様が嫌いになったとかそういうんじゃないんだけど、
どうしようもなくそのもう一人の女性に惹かれてしまった・・・と。
そして奥様もそのことをご存じだったそうです。
その矢先に奥様のご病気が発覚して、田原さんは必死に看病されたそうです。
その後、奥さんを最期まで看取られて、
浮気相手の方とは結婚する気はなかったんだけれども、
最終的にはずいぶんたってからその方と再婚されたそうです。
田原さんは社会的地位も見識もおありになるかただし、
自分がそういう行動を取ればどうなるのかということを十分考えられるはず・・・。
それでも、どうしようもない思いに駆られて人を突き動かしてしまうのが
「人を好きになる」という感情なのだなあ・・・と、
その番組を見て強烈に感じて・・・。
その直後に「カーネーション」で不倫騒動が出てきたので、
ああ、これだ!! 田原さんと一緒だ!!
って、自分の中ですごくすんなり周防さんの行動が納得できたんですよね(^_^;)
周防さんは糸子に「小原さんとこで働かせて下さい」って言った時から、
すごくがんばってバランスをとろうとしていたんだと思います。
人の道を外れないための・・・。
本当の意味で奥さんを裏切ってしまわないための・・・。
それが、二人で居るときも、大勢で居るときも、決して必要以上に糸子に近づかない・・・
っていう行動だったんだと思います。
その彼なりのバランスは噂が流れてしまってからは大きく崩れてしまうわけなんですけれども・・・(ノ_・。)

糸子と分かれてからの周防さんは、やっぱり糸子の思い出を抱えて生きたんだと思います。
糸子があれから直面した流行と自分の感性との乖離、
既製服の台頭による商売の転換・・・っていう問題は、
周防さんも直面したんだと思います。
婦人服ほど紳士服は大きくデザインが変わらなかったろうから、
どちらかというと既製服の台頭が商売を圧迫したんじゃないかな。
いくら技術があっても時代の流れにうまく乗れなければ商売はなりたたない。
糸子が商売のことで悩んだように、周防さんもまた悩んでいたはず・・・。
時には目先の仕事に追われて、
職人の誇りを見失ってしまうようなこともあったはず・・・。
でもきっとそんな時に
「ええもん作って下さい」
って微笑んだ糸子の顔が浮かんだんじゃないかと思うんです。
思うような服ができあがって、子供のようにはしゃぐ糸子の姿が浮かんだんじゃないかって思うんです。
そしてその記憶はきっと周防さんに力を与えただろうと・・・。
しんどいけど、がんばって前に進もうという勇気になったと思うんです。
周防さん、あんまり商売上手そうじゃないのに、
ちゃんと糸子にローンを完済して、
奥さんがなくなるまで店を続けたんですものね。
ただ、周防さんの心の奥底に隠されたその思いは、生涯奥さんを傷つけ続けたとも思うんです。
(ここからは完全に妄想の世界ですが)
奥さんにしてみれば、
たった一夜そういう関係があったかどうか・・・っていうことより、
生涯、自分が立ち入れない領域で夫の心に住み続けている女性がいる・・・っていうことのほうが、
ずっとずっとつらいことのような気がするのです。
しかも自分には病気があるという負い目がある。
一方相手は自分の商売をばりばりやっていて、
夫に夫らしく生きる道(店)を用意してくれた・・・。
どうやったって叶わない相手です。
叶わない相手の影を感じ続けなければならないつらさ、
それでも糸子を憎むわけにはいかない苦しさ・・・
奥さんはそんな思いを生涯抱えて生きたんじゃないか・・・って想像します。
で、もしかしたら、周防さんはそういう奥さんの思いを、
最期の最期に知ってしまったんじゃないかと・・・。
自分が上手く隠していたつもりだった思いに奥さんが感づいていて、
ずっとそのことが奥さんを苦しめ続けていたことに気づいた・・・。
その結果が「長崎に帰る」という選択だったんじゃないのかな・・・。
人とつながることが好きで、人との関係を大切にする周防さんが、
人生の半分近く(1/3強?)の年月を過ごし、
商売を通じて、生活を通じて、つながっていた人たちとの縁をすっぱり切ってまで、
なぜ長崎に帰ろうとしたのか・・・。
しかも長崎ではもう紳士服の仕事はしないという・・・。
長い間自分のせいで苦しめてしまった奥さんへの贖罪の意識が
周防さんをそういう方向に駆り立てたような気がしてなりません。
ただ単に長崎に帰る・・・というだけならば、
ふるさとに帰りたかったのかな・・・という気もしますが、
洋裁の道を捨てて農業でもする・・・という選択が、
かすかにつながって居た糸子との接点を自ら断ち切ろうとしたような気がしてならないのです。

・・・とまあ、ここまで書いてきて、
そろそろ妄想が過ぎるかな・・・と(^▽^;)
(周防さんの奥さん部分は全くの私の妄想だし・・・)
周防さんのことを考えているといろいろ妄想は膨らむんですけれど、
どんどんとりとめもなくなって行きそうなのでこの辺でやめておきます(;^_^A
ただ、こういう周防さん像の解釈って多分に女目線かな? って気がして・・・。
(少女漫画的?)
男性の方が見て違和感があるんじゃないのかな・・・ってちょっと心配(・・;)





最後に、BBさんがあげて下さった名場面。
2つとも私も大好きな場面です。
特に(1)の方はその後思い出すことがあって、
すごく心に残っている場面です。
というのも、このシーン、あとで響いてきますよね。
今急いで「カーネーション」のあらすじをまとめていらっしゃるかたのHPで調べたら、
第84回のシーンでした。
このシーンがあるから第96回の糸子が周防さんの腰に抱きつくシーンが生きるんですよね。
第96回で糸子は周防さんの仕事部屋に入って無言で窓を閉めます。
この行動、84回のシーンがあるからこそ、なんの説明もされないんですよね。
あの窓は外界と家の中をつなぐ装置です。
周防さんがそこから外の世界を垣間見て情報を得られることを、
84回のあのシーンで見せているからこそ、
96回で糸子が窓を閉める意味が明確になる。
糸子は周防さんに外の様子を知られたくなかった。
周防さんを外の世界から切り離したかった。
もうしばらくこの関係を続けるために・・・。
テレビドラマで十数回前のシーンをちゃんと前振りにしているすごさ・・・。
(一週間以上前の話になるのに・・・)
「カーネーション」がテレビドラマ的ではないといわれる所以ですよね。
テレビドラマを作り慣れている人ならこんな心許ないことできないと思います。
もちろんこの84回のシーンを想起しないでも、
糸子の行動の意味を取ることは出来ますが、
それはそれで台詞で一切説明されないので
「窓を閉める」という単純な動作に秘められた意味を取るにはちゃんと見ていろいろ考えないといけなくなる。
少なくともながら見をしている人でもわかる・・・というレベルの表現ではありません。
84回のあのシーンは
「カーネーション」がテレビ的な表現の枠を越えて挑戦的な立場で作られた・・・っていうことを、
改めて感じた時に思い出したシーンでしたから、
なんか嬉しかったです。

私が一番好きなのは、北村の店の開店準備に追われている時です。
まだ、3人がそれぞれ胸の内に思いを抱えながらも一緒にいられた時期。
だれも背徳感を感じずに、笑っていられた時ですね。
北村と糸子が丁々発止でやり合っている横で、
それを楽しそうに眺めている周防さんが好きです。

周防さんのこと その2

続きです。

とりあえず、ツイッターで拾った情報・・・。
「GINZA」って雑誌に綾野君が出ているそうです。
「カーディガン男子」・・・なんですって・・・(・・;)
なんでも「男子」つけりゃいいってもんでもないやろ・・・。
で、ふと思い出したのですが、
周防さんってずっとベストだったのに、最後の一日(土曜放送分)だけカーディガン着ていましたね。
もちろんこの時の季節は真冬だったし、
ベストじゃ寒いので季節的な意味あいが強いのだとは思いますが、
白いシャツにベスト姿ってなんか紳士服職人ってイメージが強かったんですよね。
確か勝さんもよくこういう格好していたような・・・。
職人の象徴のようだったベスト・・・。
周防さん登場の最終日に、そのベストじゃなく、
周防さんの衣装としては馴染みが薄いカーディガンを着ていたっていうのは、
なんか意味ありげな感じがしてしまいます。
今手元に周防さん登場回全てを確認できる術がないので、確認はできないのですが・・・。
(他の場面でカーディガン着てたらごめんなさいm(_ _ )m)
とりあえず公式HPのあらすじにあがっていた画像はほぼベスト姿でした。
組合長と話すシーン(怪我して相談に行った時)は白シャツ(汚れたやつ)だけだったのもちょっと意味ありげ。
(穿ちすぎ?)
ま、上着着てたりもするから一概には言えないんですけどね(;^_^A

ちなみにこのツイッターの記事は「GINZA」という雑誌の公式ツイッターからつぶやかれたものみたいなのですが、
文末が「おいも、好いとっと・・・キャアァ」・・・だって(^▽^;)
つぶやいている人も見てましたね・・・「カーネーション」
ついでに今綾野君が出ている
ユニクロの CMは
「カーネーション」のOPを撮影された方がCMも撮影されたそうなのだそうですが、
その人もツイッターで「周防さん!」と思いながら撮影しました的なことをつぶやかれていました。
そう言えば、スタジオパークに綾野くんが出るのが決まったときの近田アナのツイートも面白かった。
いきなり「周防さん降臨です」だもの・・・(@_@)
ちゃんと近田アナのツイートを追っかけているわけではありませんが、
あまりこういう言葉遣いをいきなりされる人じゃないような・・・。
ニコ生での宇野さんといい、
みんなどんだけ周防さんのこと好きやねん・・・(・Θ・;)
私も人のこと言われへんけど・・・(;^_^A
それだけ世間を周防さんの魅力に引き込んだって言うことですよね。
で、前回の冒頭に戻るわけです・・・。

綾野君に事前に会った上で、
綾野君のもっておられる要素を活かした上で
周防龍一という人物を書かれたはずの渡辺さんが、
「ハンサムすぎる」
っていうのは、やっぱり、綾野君が演じることで化学変化のようなものが起こって、
周防龍一という人物が確変してしまったんですね。
もともと綾野君って、彼が演じることで 役に深みが出たり独特の存在感が出たりするような役者さんだと思うんです。
演技の上手い下手じゃないところで、
(最近の作品では演技上手いなあ・・・って思うことが多いです、ちゃんと(・ω・)b)
彼が演じることによってその役に存在感が出るっていうか・・・。
「仮面ライダー555」の監督が言われていた「雰囲気」ですよね。
もちろん全ての役柄に当てはまるっていうわけじゃないけど
(この間「あぜ道のダンディ」を見たら本当にフツーのアルバイト店員の役で、
あまりの印象のなさに逆にびっくりした・・・(  ゚ ▽ ゚ ;))
かなりの確率で綾野君の持つ雰囲気が役の人物を魅力的にみせてくれる。
今回それが非常に際だった形で表れたんだろうなあ・・・と。

でも、何より周防龍一を素敵に見せたのはやっぱり尾野さんだったと思うんです。
尾野さん演じる糸子のエネルギーに引っ張られたところが大きかった。
糸子と一緒に、気分が糸子にシンクロして、周防さんにみんな恋してしまった。
今、関西では「もう一度カーネーション」という番組が週一で放送されていて、
1週間分を23分にまとめた番組が放送されているんですけど、
ほとんどあらすじのようなその番組を見ていても糸子に惹きつけられる。
特に若い頃の糸子って魅力的ですよね。
よく笑ってよく泣いて、何もかもに一生懸命で。
命の塊って感じ。
やっていることはかなりはちゃめちゃなんだけど、
尾野さんの演技の力もあって糸子の気持ちにぐっと引き込まれていく・・・。
その尾野さん演じる糸子のパワーが恋愛パートでも遺憾なく発揮されたんだと思います。
ただ、前回書いた糸子が周防さんに恋する理由のようなモノ・・・、
それは糸子は自覚していなかったと思います。
糸子ってそういうキャラじゃないじゃないですか。
あんまり頭とか理屈では考えない。
もっと本能的なところで動いている気がします。
糸子が1つのものに向かっていくエネルギーってすさまじいから
(ミシン、パッチ屋、百貨店の制服の時、サエのドレス、etc・・・)
想われる人の方にも受け止めるだけの度量がいる。
綾野君が演じた周防さんは見事に糸子のエネルギーを受け止め得たんだと思います。
そして現場全体が糸子の恋に巻き込まれたんではないかと・・・。
おそらく、脚本の段階ではそうでもなかったシーンに、
現場である種色めいた意味合いが過分に付加されてしまったっていうところが
結構あるのではないかと思います。
例えばミシン越しに見つめ合うシーンや
糸子が周防さんの腰に抱きつくシーン・・・など、
思わず深読みしたくなってしまうようないくつもの胸キュンシーンは、
脚本にはじめからそういう深い意味合いを持って仕組まれたものだったのかどうか・・・。
ぜひ全編のシナリオを出版して欲しい・・・。
この辺を確かめてみたいです。

綾野君がスタパで言っていた言葉で印象的だったのは
「わかったようにやらない」
っていう言葉でした。
スタパでは長崎弁の難しさの話の途中で出てきたのですが、
なんとなく演技全体について言っているような気がしました。
ステラのインタビューでも
「正直、周防は自分でもわからない部分が多い」
って言っていますもんね。
ステラのインタビューを読んだとき、ちょっと意外だったのを憶えています。
役者さんって自分が演じる役について自分なりに「わかって」演じるものだって思っていたからです。
でも、全話見終わって、今改めてこのインタビューを読んでみて思うのは、
分からないまま演じてくれてよかったなあ・・・ということ。
周防さんが実在の人物だったとして、
その時、どうしてその行動をとったのかと周防さんに直接聞けたとして、
きっと、周防さん自身答えられないんじゃないかと思うんです。
人って重大な局面に直面したとき、
自分でも自分の行動がうまく説明がつかないまま行動してしまうっていうことよくありますものね。
特に最後の2日間、綾野君はその「自分でもわからない感じ」をすごくうまく見せてくれたと思います。
糸子が胸に顔を埋めるのを受け止める時、
糸子が看板の持つ意味に気づいた時、
お別れの朝の、
戸惑いやずるさや優しさや切なさや・・・そんなもろもろの感情が入り交じった周防さんの表情・・・。
一言で説明がつかない表情は作品を解釈する余地を与えてくれます。
「カーネーション」は脚本が素晴らしくって、
多くの場面、シーンで、いろんな役者さんからこういう複雑なある種人間らしい表情をいっぱい引き出してくれました。
綾野君の場合も同じですね。
きっと、綾野君が自分で解釈を決めて演じてしまっていたら出てこなかった表情。
いつの場合でも成立するかどうかはわかりませんが、
「カーネーション」という作品では「わかったように演じない」と決めた演技が見事に成功していたのだと思います。
おかげで周防龍一という人物についていろいろ考える余地ができましたから。

ニコ生の討論番組で、宇野さんがしきりにあげられていた周防さんの魅力は、
聞いているとなんとなく周防さんというよりは綾野さんの魅力ちゃうん?
っていう部分が多かった気がします( ̄ー ̄;
ジェンダー的な観点から
父性(男性性)に虐げられていた糸子が、
職業を持って自立し、男性性を従わせるに至るという流れの中でこの恋愛関係を説明されていて、
糸子はあの部屋に周防さんを囲って視姦していた・・・っていう見方にはびっくりしましたが・・・。
いろいろな見方があるものです・・・(゚_゚i)
視姦って・・・( ̄_ ̄ i)
作品って言うのは文学だろうが美術だろうが映像作品であろうが
発表された瞬間からあらゆる批評の対象になりますから、
どんな意見を持ってもいいとは思うのですが、
私にはなんとなくしっくり来ませんでした。
二人の関係をあまりにも性的なものにとってしまうと、
後々それこそ何十年にもわたって長い間続いていく恋愛感情にうまく結びつかない気がします。
周防さんの外見や態度にキュンときた・・・という表面的な要素によって恋に落ちたなら、
あれだけ長い間変わらずに好きで居続けられないような気がするのです。
北村のプロポーズを無視し続けたのも同じ理屈で説明が出来ます。
糸子は周防さんと恋に落ちて普通に恋心を理解するようになったわけではありません。
その後も何度も恋愛音痴ぶりは描かれていましたから・・・。
糸子は周防さん以外の男性の対しては、
完全に恋愛回線がつながらないのです。
いくら北村が花束を持っていっても、
誰が見てもわかるやん! っていう状況になっても、
糸子は北村が自分に恋愛感情を抱いているというところに発想がいかない。
(自分でもあまりに感覚が鈍すぎると自覚したのか、
北村が花束を持ってきた時には精一杯頭を動かしてその意味を探してましたね。
結果が『優子とできてる』っていうとんでもない結論だったのですが・・・(;^_^A)
ニコ生では糸子は北村のプロポーズに気づいていたのか・・・っていうところでも盛り上がっていて、
気づいていて無視をしている・・・とかいろいろ言われていましたが、
糸子はわかっていて無視するようなひどい女じゃないと思います。
天然でボケてるんです(・・・それはそれでひどいかも・・・ヽ(;´ω`)ノ)
思えば放送中(1月)もずいぶんと大きな議論を巻き起こしていましたね。
ちょうどその頃からネットを見始めたので、
あまりの熱さにびっくりしたものです。
そんなこんなの議論も、きっと作者の意図を越えて周防さんが存在感を持ってしまったためですね。
あまりにも周防さんが強い存在感を持ってしまったが故に、
恋愛パートは作品中ちょっと異質な熱気を持ってしまった。
もしかしたら周到に計算されてできるだけ薄められていた不倫と言う要素が、
その分ちょっと前面に出てしまったかもしれないですね。
以前、周防さんの存在が大きくなったからこれだけいつまでも周防さんが名前だけでも登場するのかな・・・
というような感想を書きましたが、
きっとそうじゃないですね。
渡辺さんのなかではあらかじめ仕組まれていたんだろうと思います。
最終週の娘さんの登場まで、かっちりと。
どこでどれだけ周防さんの情報を作中に出すか。
ただ、あれだけ多くの視聴者が「周防さん」という名前だけの登場で
糸子と一緒に大きく心を揺さぶられるところまで想定されていたかどうか・・・。
「周防さん」の名前を聞くだけで、優しくて切なくてそしてチクリと痛い感情が胸の奥で蠢きます。
そうした想いもまた、「カーネーション」というドラマの味わいとなって深く心に残るのです。