日本アカデミー賞

久々に最初から最後までじっくり見ました。

前に同じタイトルで感想を書いたのは3年前…かな?

あの時は新人賞だったなあ…。

その時、いつか助演男優か主演男優の本賞で

この場に立っている綾野くんを見たいって書いたんですよね。

3年たって、それが叶いました。

最優秀賞はね、それはまあ、しょうがない。

それはまたいつかの楽しみに…。

前回新人賞だった時は、対象作品がどれも他の賞にはひっかかっていなかったので

他の出演者や監督が同席していなくって少し寂しかったのですが、

今回は仲間がたくさんいて楽しそうだったな。

厳密に言うと、主演男優の対象となった作品「日本で一番悪い奴ら」からは一人だったんですけど、

今年は参加した作品「リップヴァンウィンクルの花嫁」「64」「怒り」が

他の賞を受賞していたため、それらの作品が紹介されるたびに綾野くんが映る映る…。

例えば主演女優賞で黒木華ちゃんが紹介されるときや

主演男優で佐藤浩一さんが紹介されるときに映っていたし、

「怒り」に関してはいっぱい優秀賞とってましたから

なんか紹介される作品、紹介される作品に出ている感じ。

それだけ話題作に出演した年だったんだなあと改めて思いました。

これってすごいことですよね。

一方ご自身が優秀賞をとった「日本で…」に関しては

他の賞の対象にはならず…。

正直、他の映画賞で賞に絡めるのではないかと思っていたので少し残念でした。

こういう作品って結構評価されたりするんだけどなあ…。

特に通好みっぽい映画賞では。

今年は良い作品が多くって、

特にアニメや特撮で従来の流れを変えてしまうような大ヒットがあったので

実写の邦画が目立たなくなっちゃったかなあという感じ。

だからこそ、なんとなく一番似合わなさそうな日本アカデミー賞で、

この作品で主演男優優秀賞ということが

すごくびっくりしたし、うれしかった。

やっぱり日本アカデミー賞といえば王道で大作有利という感じがしますからね。

まあ、主演男優で最優秀賞とったのが「64」の佐藤さんというのが

すごくこの映画賞らしいなあという気がします。

それでも、「64」にも出演しているから、佐藤さんに決まったとき

純粋にうれしかったもんなあ…。

妻夫木くんが助演男優の最優秀賞とったときもうれしかった。

妻夫木君が席に帰るとき、抱き合っていたのがすごくよかったなあ。

この映画関連で助演男優をとるのが妻夫木君でも、綾野くんでも

なんかどっちでも同じというか、二人でとった賞だという感じがして好き。

「怒り」はたくさんノミネートされていて、作品賞でもノミネートされていたんだけど

実際に賞をとれたのが少なくて、そこは残念…。

役者関係の賞に関しては上手く適当にばらけた感じがしたけれど、

作品の裏方に関する賞や、作品賞は「シンゴジラ」に集中しましたね。

考えてみれば、東宝が全力で制作した看板タイトルなんだから

大手の大作が賞を取りやすい日本アカデミー賞らしいといえばらしいのですが

やはり特撮(特撮というよりはCGなんだけど)で作品賞はどうかなあ…って思っていたら

そこはすいすい乗り越えていきましたね。

作品の出来栄えといい、興行収入といい、世間の盛り上がりといい

「シンゴジラ」でなんの異議もないんですけど。

これ、長編アニメーション部門と別れていなかったら

「この世界の片隅に」と「君の名は。」も加わって、

もっとややこしい賞レースになっていただろうな…。

アニメーション部門は上手く「この世界の…」と「君の名は。」に賞を配分しましたね。

作品賞は「この世界の…」で脚本賞と音楽賞が「君の名は。」

日本アカデミー賞はアニメーション部門が分かれていましたが

特にアニメーション部門がない映画賞はかなり「この世界の…」が持っていきましたねえ。

本来はそこのいくつかに「怒り」が食い込んでいってるはずだったのになあ…

という残念な気持ちがないわけではありませんが、

「この世界…」がアニメーションという枠を超えて評価される理由もわかるので

今年は本当に邦画の当たり年だったというしかありません。

本当に運なんでしょうねえ。

「そこのみにて…」の時は結構目立ったライバル作品が少なくて

かなり賞を独占できましたけど、

あの作品も2016年公開だったらあれだけ注目されたかどうか…。

やはり賞レースは水物ですから、

一生懸命やった結果のご褒美くらいに思っているのがいいんでしょうね。

それでも、こういう晴れがましい舞台で、綾野くんを見られるのは本当にうれしい。

これほどかかわった作品が賞に絡むのも珍しい。

それだけ2016年はたくさんの映画に出演したっていうことなんでしょう。

それも、それぞれ違った役柄で…。

日本アカデミー賞、何が一番うれしいかって、

テレビでがっつり放送してくれる唯一の映画賞なんですよね。

また、この番組を楽しみに見られる年が来ますように。

そして、いつか最優秀賞がとれるようないい作品に出合えますように…

陰ながらお祈りしています。

posted by HaHa at 01:29Comment(0)映画

新宿スワンⅡ

そろそろ公開も落ち着いたかな。
あんまり評価する方向の感想ではないので、
公開が落ち着いた頃にそっと書こうと思っていた感想です。

私「新宿スワン」は2回見たんですよね。
決して好きなジャンルではない映画でした。
でも、綾野君が主役だからという応援の意味ではなく
本当に面白いと思ったからもう一回劇場に行こうと思ったんですよね。
性と暴力が絡まり合って混沌とした新宿という街。
私が知らない世界が確実にそこにはあって、
そこで必死で生きている若者達がいる。
その青春譚として純粋に面白いと思ったから、
好きなジャンルではないけれど、好きな映画でした。
そのとき私が面白いな・・・と思っていた要素が
「Ⅱ」ではきれいさっぱりと抜け落ちてしまった。
PGの指定を外すことを重視したんですかねえ・・・。
「新宿スワン」の時に確実に映画に「におい」をつけていたものが
なくなってしまっていたんです。
新宿の「におい」がしない「新宿スワン」って、
なんの意味があるんだろう・・・
映画の中盤からずっとそんなことを考えていました。
力と金と義理人情を描く任侠者映画の一亜種として、
もしくはクローズなどに象徴されるような暴力によって階層化され闘争劇の変形として企画されたのなら
やはりスカウトという題材は古いと思う。
ヤクザが時代と共にあり方を変えていき映画の題材にしにくくなったように
かつてはどこの町にもいた不良がいつの間にかその絶対数を減らしたように
法律の改正によって街から姿を消したスカウトという職業も
本来は今の時代の映画の題材としてはすでに時代遅れのものなのだと思う。
それでも「新宿スワン」を見た時は、
スカウトという切り口でしか見せられない物語があるのだなあと思ったんです。
ホストでもチンピラでもなくスカウトという職業でしか描けない物語・・・。
それを映画としてちゃんと映像作品に落とし込んでいるからこそ面白いと思ったのに、
「Ⅱ」ではそれが感じられなくなってた。
もちろん今回はメインのストーリーが横浜で進むので
新宿感があまりないのは当然だというということは重々承知です。
けれども、「新宿スワン」とタイトルに「新宿」を冠する以上、
また作中でも主人公達が「俺たちは新宿の番人」と名乗り
新宿の代表として行動している以上、
舞台が横浜だから新宿色が薄いというのは言い訳にはならないと思うのです。
これは明らかに脚本が散漫になっているせいだと思うんです。
途中何回も絶望的な気持ちで
「社長・・・orz」
って思いましたもん。
「TAJOMARU」を見たときのイメージに近いな。
面白い要素がいっぱい散らばっているのはわかるんだけど
それが有機的につながっていかない。
エピソードをシナリオ作法のセオリー的に組み立ててあるのはわかるんだけど
それに気持ちがのっかっていかない。
例えばヒロイン。
死と生の境目でふらふらさまよっている彼女にも一つ心を寄せられなかったんですよね。
彼女の感性が特殊だから、というわけではなくて
彼女を描写する要素で大事な部分が決定的に欠落してる。
それっぽいことを臭わすシーンをいれておけば、ほらわかるだろ?的な描写。
洋介もそう。
前作で龍彦とじゃれ合っていた洋介が
今作ではいきなり横浜にいて、薬物中毒になっていて、
敵の頭の女とできている・・・って唐突すぎない?
もちろん台詞として説明されている部分はあるんだけど
洋介がそこまで落ちてしまったところに本当のドラマがあるはず。
そこをはしょっておいて終盤でそれっぽく盛り上げるシーンを作っても
感情移入もできないんだよなあ。
今回のメインストーリーが新宿対横浜ということで
滝と関の関係性が大きく描かれるので
龍彦はなかなかそこには関わっていけない。
(アクションではかなり絡んでいくけど)
龍彦サイドのエピソードであるマユミや洋介の話が面白くないと
龍彦の魅力が死んでしまう。
そこはスター映画として主役がひっぱっていかなくちゃ・・・というのなら
そりゃ、酷過ぎると思います。
スター映画って、その看板役者の特性を活かして作るもんでしょ。
主役のキャラを役者に寄せるじゃないですか。
でも、この映画はそうじゃないですからね。
演技の幅が広いから、ちゃんと龍彦も演じられているんですけど
綾野剛の魅力を最大限に発揮するキャラクターかというと
決してそうではないのだと思う。
前作の魅力をそいじゃうことでアクをなくすことには成功したかもしれないけど、
この映画、何を目指して作られたのかわかんなくしちゃった気がする。
もともと前作の段階で社長が目指しているものがズレてるんじゃないのかなあ
と思っていた部分があったんだけど、
それを出演者の熱演とか園監督のカラーとかでカバーしていたんですよね。
今回はその園監督のカラーが本当に抜け落ちちゃってた気がする。
前作は商業用の映画でも自分なりの爪跡をのこしてやろう
みたいな気概があちこちに見えていたような気がするんだけど
なんか引っかかりがなにもない絵になってた。
もちろんこれは私の勝手な主観です。
見る人が見ればちゃんと園監督らしい所があったのかもしれない。
でも個人的な感想としては、脚本がエピソードが巧く一つにまとまっていかずにバラバラで
監督の熱意も伝わってこなくて、
なんだか途中で見ていて腹がたってきたんです。
出演者はがんばって身体をはってアクションしてて
そこの熱量は伝わってくる。
なのになんなんだろう、このちぐはぐ感は・・・。
綾野君が前作の時と同じように一生懸命番宣していることもあわせて
腹が立って腹が立って・・・。
というわけでこの作品に対して「面白かった」という感想は書けません。
それはすごく残念なんですけど。
今までも綾野君の出演作でう~ん・・・これは・・・
という作品はもちろん何作かあったんだけど、
綾野君が演じていたのが脇だったから、作品そのものの評価はおいておいて、
綾野くんが演じたキャラクターが面白ければいいやとか
一部分だけ取り上げて面白い部分があればよしとしていたんですが、
「新宿スワンⅡ」はがっつり主演。
当たり前のことなんですが、作品が面白くないと主演も沈んじゃうんですよね。
返す返すも残念というか、悔しいというか・・・。
綾野君がこの作品を大切にしているのはわかる。
もう一作は取りたいと思っているのも、わかる。
実際、次作に繋がる布石はいっぱい打ってあったし。
私も真虎さんの野望の行き着く先も知りたいし、
秀吉が本当は誰に殺されたのかも知りたい。
でも、難しいかなあ・・・。
もし、もし、「Ⅲ」の制作が可能なのならば、
脚本はもっともっと練って欲しいと思うし、
制作側にはもっと作品に思い入れを持って作って欲しいと思う。
社長が作る作品ってこういう感じの作品多いから、
社長のカラーなのかもしれないんだけど。

どうなんだろうなあ。
私はもともとこういうジャンルの映画が苦手なので
こういう感想しか抱けなかったんだけど、
アクションが好きとか
こういうジャンルの映画が好きな人は楽しめたのかな。
例えば、私はクローズシリーズも苦手で
漆原のキャラクターが面白いからそれなりに見たんだけど、
それ以外の要素では全くピンとくる部分がなかったんです。
でも、あの映画、好きな人はものすごく好きですよね。
だから、クローズが好きな層が「Ⅱ」を見たら
案外面白かったって言ってくれたりしないかな・・・
なんて勝手なことを思ったりして・・・。


そんなこんなでちょっと気落ちしていたんだけど、
ここんとこ立て続けに発表された作品はとても面白そうなものが多くて
そこはとっても楽しみ。
特に「フランケンシュタインの恋」は楽しみで仕方がない。
ここんとこ、共演者も続々と発表されていますけど、
みんな一癖ありそうな実力者。
作品自体はリアル路線と言うよりも、
ふわっとしたファンタジーよりのドラマになるんだろううなあ
と思っているんんですが、どうなんだろう・・・。
それから「亜人」での悪役も面白そう。
なんといってもアクションでもう一度佐藤健くんとガッツリ対決する役なんて
楽しみすぎる。
最近悪役の割合がぐっと減りましたが、
悪役に徹する時の綾野君もとても魅力的なので
そういう意味でも楽しみです。




はあ、書けた。
好きな人が出ていたり、作っている作品の感想は
できるなら思いっきり賞賛の感想を書きたいんですけど、
自分の中でどっちから見ても評価するポイントが見つからない時って
本当に感想が書きづらい・・・。
この感想も、書いては止まり、またちびちび書いて・・・と
2週間もかかってしまった。

あ、一個、見ていてここはいいなあと思った箇所思い出した!
音楽は挿入歌も主題歌も、作品のイメージにとてもあっていてよかったと思いました。
かっこいいですよね。
うん、それはとってもよかったです。

続きを読む

posted by HaHa at 00:34Comment(0)映画

この世界の片隅に

結構早くに見に行っていたんだけど、感想まだでした(^^;)

この作品、クラウドファウンディングしていたのは知っていました。

ツイッターでフォローしている映画評論家さんや映画好きの方の何人かがつぶやいてらしたので。でも、出資までには至らず・・・。

原作者のこうの史代さんは映画の「夕凪の街 桜の国」で知っていたけれど

監督さんのお名前は知らず・・・。

でも、「夕凪の・・・」の映画好きだったので、

あの雰囲気のアニメができるならいいなあと思っていました。

公開前になって主役の声をのんさんが当てられると言うことで

再び私のタイムラインでは話題沸騰。

「カーネーション」の時にフォローした人が多いので

朝ドラに関心がある人がとっても多いんですよね。

「あまちゃん」で主役をされていたのんさんの芸能界での立場に心を痛めてらっしゃる方が多く

この作品で主役をされるということで応援ツイートがずらり。

というわけで公開前から気にはなっていたんですけど、

去年はやたらとアニメ映画を見ていた気分だったので

うーん・・・様子見かなあ・・・と思っていたところ、

中学時代の友達(私に「夕凪の街・・・」を勧めてくれた友達)が

何年ぶりかで「一緒に行かへん?」と誘ってくれました。

それなら行く行く! と見に行ったのが1回目。

それがあんまりにもよくて、これは是非ChiChiも見るべきだと誘った所

長男もなんとなく気になっていたから・・・と一緒に行くことに。

次男は食いつかず・・・。

じゃあ次の週末にね・・・と言っていたら、

長男が監督の舞台挨拶がある事に気付いて速攻で席を確保。

期せずして地元で監督の舞台挨拶を見ることができました。

とは言え、監督が実に精力的に舞台挨拶していらっしゃるんですよね。

監督のアカウントをフォローしていたら、

連日どこかで舞台挨拶していらっしゃる感じ。

京都でも1月末の土曜に立誠シネマと京都みなみ会館で監督の舞台挨拶がありました。

京都みなみ会館なんて、「この世界の片隅に」上映していないのに挨拶があるという・・・。

(その後2月半ば頃から上映されることが発表されましたあ)

でも、オールナイトで監督の作品を上映したそうです。

監督が関わられた「名探偵ホームズ」(TV版)数話と

「アリーテ姫」「マイマイ新子と千年の魔法」の上映という

監督ファンには垂涎モノのラインナップ。

みなみ会館さんは面白い企画が多い映画館ですね。


ツイッター上では立誠シネマさんが中心になって

京都の映画館が力を合わせてこの作品を盛り上げている感じが微笑ましい。

立誠シネマさんがある意味ライバル館であるみなみ会館さんの

オールナイト上映の告知してオススメしていたり、

立誠シネマさんが連日満席で、入場できない~とつぶやいていたお客さんに

今から移動して桂川イオンシネマの次回上映に間に合うか調べてあげていたり

それに対するそれぞれの映画館さんのお返事やあれやこれやのやり取りを見ていると

映画ってやっぱり上映する劇場に支えられている部分も大きいなあと思います。

そして、劇場の関係者が本気で応援すれば、

ちゃんとその思いは観客に届くんだなと思いました。

この映画、本当に小規模で上映が始まって、

クチコミで広がって、どんどん上映館も増えて・・・と今までに無い経緯で盛り上がっていて

なんだかすごく面白い。

「君の名は。」の大ヒットの経緯も面白かったけれど、

「シンゴジラ」の盛り上がりもすごかったけれど、

それらとはまた違ったムーブメントが起こっていて

その時代を自分が生きて体感している感じがものすごく楽しくてワクワクする。

それぞれの作品の力がしっかりとあることが大前提であるんだけど、

どれもクチコミが大きな要因になって巻き起こっているブームですよね。


ちなみに京都みなみ会館でオールナイト上映をしたその日、

立誠シネマさんでは監督のトークショーがあって、

こちらは細馬宏道さんと監督とのトークになります。

この方滋賀県立大学の先生みたいなんですが、

数ある「この世界の片隅に」評とか感想の中で、

ずば抜けて面白かった記事を書いていらっしゃいます。

細馬先生の記事はこちらから→マンバ通信

有料の評論や紙媒体のものはほとんど見てないのですが

ネットでぱっと目についたり、監督がツイートで触れられているようなものは目を通しました。

その中でこの先生の視点が一番細かくてうならされました。

これほど精密に映画から情報を読み取り、それを適切に原作と比較し、

そこから読み取れる映画の意図

(もしくは映像との比較によって浮かび上がる原作の意図)

を論理的に読み解いていく。

これほどの分析力、すごいなあ・・・と思うと同時に、

これほどの精密な分析に耐えうるほど密度の高い表現だったのだと

改めて「この世界の片隅に」の作品のすごさを思い知りました。

そんな評論を書いた先生と監督との対話。

さぞ内容の濃いものになったんだろうなあ・・・行きかったなあ・・・。


この映画とにかくすごいのですが、

ネタバレあるなしに関わらず、ものすごくオススメのしにくい作品です。

戦争物なんだけど、戦争の悲劇を強く訴える作品ではない。

だから戦争ものとしてオススメしたくはない。

かといって、戦争の中の日常を描いているからすごい・・・という訳でもない。

いや、そういう視点で戦争の時代を描き、

ストレートに戦争反対を訴えるよりもずっと効果的に

戦争の残酷さを伝えることに成功している・・・という意味では

画期的な映画ではあるんですけど、

それって、いわゆる戦争物が好きな人にも

逆に戦争物が苦手だわ・・・と思っている人にも

ススメにくいっちゃあススメにくい。

笑えるシーンもすごく多いので、笑えるよ・・・と言いたいところなのですが

あくまでも戦争物であるという前提があるから思いの外面白いシーンが多いのであって、

それをを取り払うと、爆笑が連発するようなギャグ映画ではない。

絵がすごくきれいなんですよ。

動きも日本のアニメには少ない柔らかな動き。

これは日本のアニメが得意とする

動きの中間を省くことでスピード感を出す・・・という手法をとらず

省略されてしまう中間の動きもきちんと絵にすることで出る柔らかさで、

私はこの動きすごく好きなんですけど、

でもそれって「君の名は。」の風景のきれいさほどキャッチーじゃないんですよね。

だから予告を見せてもうちの次男は食いついてくれなかったわけだし。

ここ最近、キネマ旬報で作品賞を取ったりしているおかげで

かなりテレビに取り上げられる機会が増えたのですが、

その際によく焦点を当てられるのが、監督の詳細な考証を踏まえての作画。

これはネットでも公開直後よく取り上げられていました。

とにかく細かい。

劇中の天気は全て当時の天気だそうです。

広島の街を歩いているモブの一人一人は実在した人で、

実際の写真をもとに描かれたそう。

それは広島という街だからこそできたことらしく、

広島が原爆の悲劇をきちんと後世に残そうと

当時の写真を積極的に収集していたおかげで

爆発の被害を免れて現存している写真が散逸せず残ったそうで

でもそれを映画に取り込もうという発想がすごいですよね。

それからすずさんが見ている対空砲火はどこの砲台から撃たれたモノか

きちんと実在の砲台のありかから計算して描かれているとか

とにかく一つ一つあげていったらきりがないほど細かい。

こういう制作秘話は本当にすごいことで、話を聞くと感動するんだけど

そういう細かさがあるから、つまりは調べたモノをそのまま描いたからと言って

映画として素晴らしいものになるとは限らない。

こうした点はどれも間違いなくこの映画の素晴らしいところなんだけど

だからといってこの映画の素晴らしさを代表するものではないんですよね。

だから誰かに勧めるときにこうした特徴をいちいち言いつのっては

ああ、言い足りない、この映画の素晴らしい所はきっとこれじゃないんだ

という思いに苛まれる。

そんな作品です。

ただ、最近、一言で言うとしたらこれかなあという言葉が自分の中で見つかったんです。

(だからこの記事書いているんですけど)

それは、「表現の豊かさとはこういうことなんだと体感できるよ」ということです。


先ほど紹介した細馬先生の論考を読んでいた時に、

学生時代に学んだ「ごんぎつね」を思い出しました。

「ごんぎつね」は小学校中学年くらいに習う国語の代表的な教材で

習ったって言う人も多いんじゃないのかな。

私は教育学部だったので教科書に載っている教材を分析する機会が多かったのですが

これが一番印象に残っている作品です。

まだ文学の勉強を初めて間もない頃で、一著前に作品を読めている気になっていたのですが

先生と一緒にゼミの仲間と表現ひとつひとつ事細かに読んでいくと

びっくりするぐらい豊かな作品世界が目の前に広がった。

特に冒頭の2ページ分くらい、

内容で言えばごんがいたずらをしてウナギを逃がし、兵十に追いかけられて逃げる所くらいまで。

すっと流して読めば、ごんの紹介といたずらの様子を描いたなんでもない冒頭部分に思えるんですけど

一つ一つの表現を丁寧に読み解いていけば見えていなかった風景が事細かに見え

書かれているとは思わなかったごんの孤独な境遇がしっかりと書き込まれていました。

文学を読む(解釈する)とはこういうことなんだよ、と実感を伴って教えて貰った作品。

力のある豊かな表現は目を凝らして探し続ければ、

どんどん奥深い世界を見せてくれるものだと思います。

「この世界の片隅に」はまさにそういう作品。

目を凝らしてじっと作品を見つめれば見つめるほど、

そこに埋め込まれた意味を見いだすことが出来る。

映像作品は文字よりもずっと情報量が多いものですが、

感覚や情感に偏りすぎていて、分かる人には分かる的なものが多い気がする。

けれども「この世界の片隅に」はもっと論理的に表現が組み立てられてるから

細馬先生のような分析が成り立つんですよね。

どんな作品でもこれほどの密度で分析できるわけではないんです。

そういう表現の豊かさを持つ作品だからこそ、

見る他人ごとに感想が違う。

戦時中の普通の生活描写に古い記憶を揺さぶられる人もいれば

体験したことがない戦争を我がことのように感じる人もいる。

作品から読み取れることが多いから、

それぞれの受け手の感性でいかようにも光輝く。

そういう作品なんだと思います。


この映画を始めて見た時、この戦争の描き方は「カーネーション」だなあと思いました。

あくまでも市井に生きる一人の人間の目から見た戦争。

戦況も見通しも全くわからず、ただ日常の変化の中でのみ戦争を感じている。

彼女たちにとって戦争とは、食べ物がなくなることであり、

空襲に脅かされることであり、男達がいなくなっていくことであり・・・。

大阪で商売をばりばりやっている糸子と、

呉で新婚生活を始めるすずさんの戦争の見え方は違う。

それは、当たり前のこと。

あの時代にはたくさんの糸子が、たくさんのすずさんが生きていて、

それぞれの土地でそれぞれの戦争を体験した。

戦争を語り継ぐと言うことは、

一つでも多くのそうした当たり前の生活を掘り起こしていくことなんじゃないかと思う。

戦争反対と声高に叫ぶのではなく、

戦争を美化してしまうこともなく、

ただ当たり前の人たちの幾通りもの人生を認め語りついでいく。

それは難しい事ではあるけれど、

戦争を風化させない一つの方法だと思う。

そして、それが可能だと言うことをこの作品は証明して見せてくれました。

監督は軍事にも造形が深くて、呉に止まっている艦隊も兵器も敵の戦闘機も

全て把握した上で映画を作っておられますが、

映画の中でそれを過度にアピールしたりはしない。

すずさんが生きる世界を精密に彩るために集めた知識や情報を使っても

それを前面に出さず、あくまでも一人の女性の視点を貫いた。

その作品に対する姿勢は本当にあっぱれだと思います。


人によって様々な受け取り方があると先に書きましたが、

私は、この作品を一人の女性が新しい居場所を見つけるまでの物語だと思いました。

この要素が私にとって一番響く部分だったんだろうと思います。

たまたますずさんが生きた時代が戦争の時代で、

たまたますずさんがお嫁に行った時代が食糧難で生活が一気に変わる時代だっただけ。

不幸なことに、世の中に食べ物がなくなっていく時代と

すずさんの新婚時代が見事に一致してしまった・・・。

ただでさえ、新しい環境で、新しい台所で、新しい生活リズムで

嫁として新しい家に馴染まなければならない時に、

世の中の仕組みそのものも大きく変わってしまう。

第二次世界大戦は、勃発時期から考えるとずいぶん長い戦争で

戦後生まれの私からすればその期間ずっと厳しい戦時下での生活だったと思いがちなんですが

本当に配給が滞って、食べ物がなくって・・・っていう時期は

まさにすずさんが嫁に来てからの1年くらいなんですよね。

お義母さんはきっと、そんなに厳しい食料事情の中で食事を考えてこなかったろうし

隣組とのつきあいも、防空訓練みたいなものはそれほどなかったんだろうと思います。

北條家自体の暮らしも変わって行く中でのすずさんのがんばり。

すずさんはぼーっとしているから、深く考えていなかっただろうけど

婚家に馴染む苦労と、戦争激化に伴う生活の苦労が重なって

普通に結婚する以上の辛い日々を過ごしていたはず。

でも、一回目に見た時はそれほど嫁ぐ苦労に思い至らなかったのです。

すずさんはのほほんとしていて、

頭に円形脱毛症を患っちゃうことはあったにせよ、

旦那さまは優しくて素敵な人だし、

お義父さんもお義母さんもどんくさいすずさんのことを受け入れ、

温かく見守ってくれる。

お姉さんはいじわるなところもあるけれど、

基本的にはずばずば思ったことを言うというタイプの人で

よくあるような露骨ないじめなんてしない人。

時には不器用な優しさを見せてくれることもある。

親同士の勝手な縁組や見合いが主流だったこの時代、

結婚した相手と上手く馴染めず不幸な暮らしを続けている人も多かった中で

すずさんは幸せだったよなあ・・・なんて、呑気に思っていました。

そんなだったからすすさんが爆弾にやられたとき、

夢うつつの中で、空襲で家が焼かれて呆然と立ち尽くす知らない女の人の後ろ姿に

「あの人はいいなあ、家から開放されて」(みたいなセリフ、うろ覚え)

とつぶやいたことにびっくりしてしまった。

不発弾にやられる前、通りすがりに見た知らない女の人の背中。

あの時すずさんはこんなこと思っていたんだ!

羨ましいと言うことは、すずさんは家から開放されたいと思ってるの? って。

1回目見た後、原作を読んで、2回目を見て、よくわかりました。

すずさんは、ずっとずっと、心のどこかで広島に帰りたかったんですね。

広島での生活は結婚した時点で止まっているから、

すずさんにとっては自分の家がある場所であり、馴染んだ生活の場所であり、

懐かしい言葉がある場所であり

(広島弁と呉弁はちょっと違うそうで、映画ではそれも上手く再現されているそうです)

そしてなにより空襲のない場所。

私達は歴史的事実として8月に広島で何が起こったか知っていて、

広島の戦時中を舞台にした作品を見たり読んだりするときは、

その日までのカウントダウンをしてしまうわけですが、

当たり前のことなんだけど、あの時代を生きているすずさんはそれを知らない。

そして、その運命の8月6日までは、確かに日本屈指の軍港であった呉の方が

たくさんたくさん空襲を受けて被害も出していた。

劇中、ラジオの広島局から「呉のみなさん、がんばってください」という放送が入ったり、

広島から救援物資のおにぎりが届きました・・・なんてシーンがありました。

近年の自然災害でこうした光景を見慣れているから、

この時代にも同じ事してたんだなあ・・・って思ったし、

広島が被害者でない描写にちょっとびっくりしてしまった。

どんだけ固定概念がすり込まれているんだ、自分・・・。

伏せっているときに妹が見舞いに来てくれて、

家に帰ってもいいよという選択肢をくれてから、

すずさんの気持ちは明らかに動揺し始めます。

結婚したんだから一生もとの家には帰れないと思っていたのが、

帰れるのかもしれない・・・と思い始める。

右手をなくした自分は嫁としての勤めを果たせない。

結婚して1年にもなるのに子供もできない。

大切な姪っ子も自分が守りきれずに死なせてしまった。

毎日毎日空襲警報が鳴る生活はもういやだ・・・

(原作ではこれにもう一つ大きな要因があるのだけれど)

そんな負の感情が一つの逃げ道を見つける。

父も母も妹も帰ってもいいと言ってくれている。

唯一反対しそうなお兄ちゃんは戦争で死んでしまった。

この家を捨てて、帰ってもいいのかもしれない・・・と、揺れ動く心。

それでも焼夷弾が家に堕ちてきた時、

一旦はこのままこの家が燃えてしまえば・・・という思いに駆られたものの、

やっぱり火を消そうとして不自由な身体で命がけで消火しようとしたすずさんの

腹の底から出た「うわああ」という声が忘れられない。

爆弾を落とした敵に対してなのか、戦争そのものに対してなのか、

自分を縛り付けるこの家に対してなのか、

いっそ燃えてしまえと思ってしまった自分に対してなのか・・・。

ぼーっとしたすずさんの心の底からわき上がった怒りに似た思い。

それがあの声に溢れていたように思う。

のんさん、すごい・・・。

必死で家は守りはしたけれど、やはり心は故郷の広島へと飛ぶ。

再び空襲警報が鳴り、ぼうっとしてしまっているすずさんの目の前に白鷺が降りてくる。

白鷺は広島ではよく飛んでいたけれど、

呉ではあまり見ないという描写がずっと前のシーンであって、

すずさんにとって鷺と故郷は切り離せないものだということは観客には分かっている。

鷺に対しては幼なじみの水原とのからみで描かれていて

先ほど触れた細馬先生の論考で細かく触れられていますが、

ここでは単に故郷と繋がる鳥ととってもいいのではないかと思います(特に映画は)

自分と同じ故郷からやってきてここに迷い込んだ鳥。

お前は羽根があって、自由に空を飛べるのだから、

あの山を越えて、空襲のない故郷へお帰り・・・とすずさんは鷺を追い立てます。

だけど私達は知っている。

この先、広島こそが危ないのだと・・・。


結局すずさんは、周作さんとお姉さんの言葉で、

広島に帰る直前に自分の意志で呉に残ることを決心します。

その直後、呉にも閃光と少し遅れて爆風が・・・。

ここは、本当によかったなあと思いました。

もちろん、すずさんが助かったこともですが、

でも、その偶然以上に、原爆がおちたのは、

すずさんが自分の意志で呉に残ることを決めた後だったことに安堵しました。

もし、まだ迷っていた段階で原爆がおちていたら、

すずさんは自分の意志ではなく、運命が決まってしまう。

帰るべき故郷を失うという形で。

結局、すずさんは故郷を失ってしまうわけですから

結論としては同じになるのかもしれないのですが、

自分で呉で生きていこうと決意する時間の猶予が与えられたことは

とても大切なことのような気がしました。

自分の意志ではなく、人に言われるがまま結婚を決め、

新しい土地で暮らし始めたすずさん。

多くの人がそういう生き方をしていた時代ではあったのですが、

受け身で与えられた人生をそのまま受け入れてきたすずさんが

新しい生活の中でいろいろなことを感じ、

戦争という悲劇の中でたくさんのことを考えざるを得なくなって、

自分の意志で道を選ぶという流れは、

一人の女性のあり方としてとても興味深かったのです。


終戦を告げる玉音放送を聞いて、すずさんは

「うちも何も知らんまま死にたかったなあ」

と悔し泣きします。

戦争を始めます、はいそうですか。

と受け入れていた頃にはもう戻れません。

戦争に負けました、はいそうですかとはいかないのです。

その戦争のおかげで、晴美さんを失い、故郷を失いました。

それでも自分は負けない、日本は負けない、と、

無理に心を奮い立たせて生きようと決意した直後の敗戦の知らせでした。

もう、何も知らずぼーっと生きていた時代には戻れません。

人に決められた運命をそのまま受け入れていた自分には戻れないのです。

あまり負の感情を表に出さないすずさんが、

激しい感情の表出を見せた切ないシーンでした。


原作を読んで、残念だなあと思ったのは、

映画化に当たって原作の大事な要素を一個まるまるそぎ落としてしまったこと。

最初の脚本にはあったそうです。

ただそれを入れるとどうしても長くなってしまい、

予算が足りないということと、

上映する際に不利だと言うことで泣く泣くカットされたそう。

プロデューサーの方が興行収入が10億越えたら

カットした部分を製作して完全版を作りたいとおっしゃっていたので

もしかしたら製作されるかもしれません。

この作品、今、13億でしたっけ? すごいですよね。

これだけ小規模の作品なのに。

実は今の作品の中にもカットしきらずに(わざと)残っているセリフがあったりします。

原作知らなかったら意味がわからないんだけど。

そのカットされた要素があるのとないのではこの作品の印象が大きく変わります。

原作のすずさんはもっと「女」なんですよね。

広島に帰りたいと思う理由も、一番はこの部分だったりします。

そして、この要素が入ると、旦那さまの周作さんがもっと立体的な人物になります。

ただ優しいだけの人ではない、というか。

すずさんをちゃんと愛していて誠実な人という部分は変わらないんだけど。



私、周作さん、好きなんですよねえ・・・。

本当にすずさんを大切にしている感じが伝わってきて。

戦争もので旦那さんが比較的側に居てくれるというのも珍しいですよね。

周作さんは軍にいるんだけど文官で、戦場に出るわけではない。

途中何度か命令で家から離れる仕事につきますが、

基本戦争に取られて会えない・・・ということもなく

戦時下でそれなりにラブラブ時代を過ごす様子がなんか愛おしい。

周作さんって穏やかで、決して口数が多い方ではないんですが

日本人にしては愛情表現をきちんとする人で、それもなんか新鮮。

声を当てられている細谷佳正さんは、

すずさんの声を誰が担当するか知らないまま演技されたそうで、

このことを知ってびっくりしました。

最近のアフレコでは一人ずつ録音することもあることは知っていましたが、

相手役を知らないままだったとは!

(細谷さんが録音された時点ではまだキャスティングが決まっていなかったそうです)

それでもあの親密な雰囲気が出せるんですねえ! 

プロの仕事というのは本当に恐れ入ります。

も一つ驚いたのは、細谷さんが今風のかっこいい若者だったこと。

ありゃ!てっきりもう少し年のいった人が演じているんだと思っていました。

ま、今時周作さんタイプの人がそうそういるはずもないし、

声優さんだって演じてなんぼなんですけどね。


あそこがよかった、ここが好きというのは書いていてきりがないし、

この作品に関しては本当に秀逸なレビューが多いのでこの辺でやめておきます。

そういうレビューや論考を読んでいると、

また映画館に行って実際に見て確かめたくなるんですよね。

本当に「豊かな表現」という言葉にぴったりの作品です。

posted by HaHa at 09:17Comment(0)映画