コウノドリ2 10話

放送はもう最終回を迎えましたが、感想はまだ10話です。
10話はとにかくすごくて・・・
なにがすごいって、難しい問題に真正面から向き合ってドラマを作っている
ということが本当にしみじみと伝わったから。
出生前診断・・・難しい問題ですよね。
私自身は妊娠中にこの検査のことを知り・・・
といってもまだそんなには普及していなかったんじゃないのかな。
読んでいた妊娠情報雑誌に羊水をとらなくても
血液で検査できるようになると書いてあって、
血液だけで検査できるんだ・・・と驚いた覚えがある。
羊水検査は多少なりとも流産の危険性があるから怖いけど
採血だけなんて、そんなに簡単な検査なら・・・と
一瞬思って、でも、もし陽性って出た時に
自分がしなければならない判断の重さにおののいて、
すぐに検査を受けるという選択肢を消しました。
私の中ではその時で出生前診断についての考えは思考停止していました。
だから、もしドラマを見るまでの私に
「出生前診断についてどう思いますか」
って聞かれたら、
「障害の有無によって命を選別するなんてできないから、自分は受けない」
って正論で答えたと思う。
幸いその後の私の人生で、その答えを打ち消すようなことは起きなかったから。
でも、もし、「コウノドリ」が私のような考えで作られていたなら、
命の選別をする事は悪であると言ったような正論が貫かれていたら、
きっとそれは残酷で独りよがりな物語になったろうと思う。
そして、私はそんなドラマは見たくない。
「コウノドリ」のすごさは、作り手が考える一つの正解を押しつけるのではなく、
様々な立ち場の様々な意見や思いをきちんとすくい上げて、
それぞれの思いに寄り添いながら、優しい物語としてまとめるところ。
これは1期の頃から貫かれていて、
だから1期の放送時は脚本家の山本むつみさんの個性も大きいのかと思っていたのですが
2期になって複数体制の脚本になっても全くぶれずに、
もっともっと踏み込んで難しい問題に立ち向かっていました。
これはもう脚本とかキャストとかの個々の個性だけではなく
チーム「コウノドリ」全体の姿勢であり作品に取り組む覚悟の強さなんだな。
この出生前診断は原作にはないエピソードなのだそうです。
原作者の鈴ノ木先生がつぶやかれていました。
まだこのテーマでは書けないと。
それだけ難しいテーマ。
出生前診断をよしとするのも、否定するのも
診断結果によって産むのも産まないのも、
どこに肩入れしても、どの道を選ぶのも、
問題の本質を覆い隠してしまう可能性がある。
ドラマではそこを丁寧に丁寧に描いていましたよね。
出生前診断の理論的な主張は、医局で医師たちに率直に語らせていました。
現代の出生前診断の問題点を四宮先生に、
出生前診断の意義と利点、そして赤ちゃんの情報を知りたいと願う母親の思いを
自身も子供を産んだばかりの倉橋先生に話させ、
そこに現場からの率直な思いを小松さんにはさませる。
そして、命の選別を言うのであれば、
他に様々な理由で行われている中絶についても同じ俎上で語られるべきだと
メディカルソーシャルワーカーの向井さんが問題を広げる。
そんな難しい選択に向き合うのが辻夫婦と高山夫婦。
この二組の夫婦の思い悩む姿を通じていろいろと考えられるような物語の運びになっていました。
おそらくちゃんといろんなことを考えた上で出生前検査を受けたであろう辻夫婦。
赤ちゃんに何らかの障害があればあきらめる、という結論を早々に出していました。
その理由もしみじみと納得がいく。
私も実家が商売をやっていたので、
自営でやっているなかで、働き手が一人いなくなることがどういうことを意味するのか
感覚としてすごくわかる。
そして、病院では語らなかったけれど、
自分たちがいなくなった後、お姉ちゃんに苦労を背負わせられない
と思う気持ちも、すごくわかる。
同じ状況だったら私もきっとそう考えるだろうと思う。
だから結論は揺るぎないんだけれど、
お姉ちゃんの元気に遊ぶ姿を見て、お腹の胎動を感じて
その都度心を揺らす母親の思いを、りょうさんが繊細に演じられていて、泣けた。
そしてそんな奥さんをそっと支える旦那さんの優しさにも、泣けた。
きっとこの夫婦はずっとこのつらい思いを抱えて生きていくんだろう。
命の重さとはそういうことだ。
でも、痛みは痛みとして心の奥に隠しながらも、
そうまでして守ろうとした家族を、生活を
大切に生きていって欲しいと願わずにいられない。
辻夫妻の選択に対しては医師側の感情的な反応を全く挟まずに
丁寧に辻夫妻の様子を描いていました。
それだけで、辻夫妻の選んだ選択の辛さを表現していた。
でも、最後に、一言、サクラ先生に
「僕は赤ちゃんが好きだから・・・」
と本音を言わせた。
頭では理解していても、感情がついて行かないこともある。
医者も人間だから・・・。
そして、高山夫妻の決断について話し合う場で
サクラ先生の長台詞。
吾郎先生が口火を切るんですよね。
「え?」
って。吾郎先生のこの無神経な「え?」うまかったなあ。
自分の不用意な言葉に場が静まりかえっちゃったことに気づいて、
すぐに口をつぐむんだけど、下屋先生に
「聞きたいことがあるんなら聞いた方がいいよ」と。
これがチームペルソナの素晴らしいところですよね。
若手の解っていない質問にも全員がちゃんと向き合って答えようとする。
吾郎先生は「中絶を希望しているのに、赤ちゃんを抱きたいなんて・・・」
と、素直な感想を口にします。
あまりに素直な感想に、四宮先生があきれて
「おまえなあ」
と口を挟むんだけど、
サクラ先生が続きを促すんですよね。
そして吾郎先生の口から問われる本質的な問い。
「このまま出生前診断が当メジャーになっていった時に、
医師としてどう向き合っていったほうがいいんでしょうか」
それはその場にいたみんなが胸に抱えている問題で・・・。
下屋、小松さん、四宮先生、今橋先生・・・とカメラは追い、
その誰もがすぐには答えられない中
サクラ先生が答える。
「その質問の答えは僕にはわからない」
と。そしてゆっくりと、言葉を探すように、自分が発した言葉をかみしめるように、
サクラ先生は続ける。
命は尊い。平等であるべき命を選別することは間違っている。
でもその「命の選別」という言葉に捕らわれすぎてはいないか。
命はそれぞれの事情の上に生まれてくる。
悩みに悩んだ上でその選択をして助けを求めてくる人たちの手を払いのけることはできない。
その葛藤に寄り添い、どの選択を選んでもその選択は間違ってなかったと思えるように
産科医として家族に寄り添っていく・・・
(かなり要約しています)
今まで、1期2期を通して(特に2期)描いてきた
患者に寄り添う医療の集大成ですよね。
本来中絶は通常の医療行為とは真逆の行為。
お医者さんは医療の知識と技術を駆使して毎日必死で命を救おうとしている。
今橋先生のいる新生児科や下屋のいる救命なんて特にそうですよね。
命の選別なんて入り込む余地がない。
でも、産科では本来生きられる命が誰かの選択によって失われていく現実がある。
産科医はそこをどう折り合いをつけていくかという大きな課題を背負っている。
事務的に割り切る方法もあるんだろうと思う。
もしくは自分の見つけた解で押し切っていく方法もあるんだと思う。
医師だって人間だから、職業として医者を続けるために
割り切っちゃう人もいると思う。
でも、サクラ先生をはじめとして、ペルソナの先生たちはそうはしない。
割り切るんじゃなくて、寄り添う。
患者に「寄り添う」というのは覚悟の問題なんですね。
これは制作の姿勢にも言えて、
この話、辻夫妻の描き方をもっと極端にしてしまえば楽なんですよね。
もっと気楽な感じで中絶を選ぶタイプの人物として設定してしまったら。
最後に赤ちゃんを産む決心をする高山夫妻との違いも明確になるし
高山夫妻の選択もドラマチックに盛り上げられるかもしれない。
もっと視聴者に「こんな親はだめだ」と思わせるような人物にしてしまったら
ある意味見ている方も楽です。
こんな覚悟で子供を作ってはだめだ。
安易に出生前診断を選ぶのは考えものだな・・・と思わせるような話の展開だと
視聴者も簡単に辻夫妻を悪者にして自分は高見の見物で正論を振りかざせるから
心は楽ですよね。
でも、それでは考える余地がなくなってしまう。
このドラマのすごいところは、安易にドラマ的な展開を求めずに、
丁寧な調査を活かしながら、綿密に場面を台詞を組み立てながら
視聴者に自分で考える余地をきちんと残しているところだと思います。
だからこそ、毎回泣けるという反応が多いにも関わらず
単純なお涙ちょうだい感動ドラマには陥っていない。
このさじ加減が絶妙なんでよね。

この難しい話作りを支えているのが、
実際に登場してくれている赤ちゃんや子供たち。
普段なかなか新生児を目にする機会がない中で
これでもかというくらい生まれたばかりの赤ちゃんを見せてくれます。
それこそ、本当に人によっては一生目にすることはないかもしれない
保育器に入ったちっちゃめ(かなりかなりちっちゃめ)赤ちゃんも。
彼らを見ていると、赤ちゃんって本当に命の塊なんだなあと思える。
今回はダウン症のお子さんも登場してくれました。
高山夫妻へのフォローは11話が中心になるので
この10話ではダウン症そのものの説明は少な目でした。
でもこの子が画面に出てくれるだけで、伝わってくることがいっぱいあった。
病院の廊下で今橋先生とお母さんが話しているときに
白川先生とハイタッチしたりしてわちゃわちゃしているの
とってもかわいかった。
そしてご自身もダウン症のお子さんを育てていることを明らかにしている
奥山さんの台詞には、台詞を越えた重みがありました。
これはキャスティングの勝利ですよね。
今回は物語としてはダウン症の子供を育てることについての言及は少なかったけど
この親子が画面に映るだけで育てるという選択肢の可能性を十分に見せてくれました。

最後に高山さんがやっぱり産むと決めたときの、
小松さんの顔!  そしてサクラ先生の顔!!
二人とも表情は動かしていないんだけど、
目から感情が溢れていました。
そして、その後の二人の会話・・・。
「小松さん、僕は冷静でしたか?」
ここで二人の生の人間としての声を聞けたような気がしました。
もう十分経験を積んだプロフェッショナルな二人なんだけど
それでも迷いながらやっているんだなあ、と。
そして、その不安は同時に、
あくまでも選択の決定は本人たちに・・・という
プロフェッショナルとしての姿勢を貫くという意志の表れでもあって・・・。
何かもう本当に見ていて背筋が伸びちゃうような気合いの入った回でした。

そして最終回・・・果たして年内に感想が書けるのか?


コウノドリ2 9話

今回は世代を越えた思いの交流が印象に残った回でした。

四宮→父  こんなところでよく産科医続けてきたな
父→四宮 まだまだお前には負けないぞ

四宮・サクラ→下屋 がんばってるな、負けてられないな
下屋→四宮・サクラ 二人を超えますから
という感じ。

きれいに対にはなっていなかったけど、
今橋先生の、自分はここしか知らないから
(新しい場所で挑戦しようとしている)白川先生がうらやましくもある
という思い。
一方、年が近い仕事仲間である小松さんに漏らしたのは、
いつまでもこのまま今の仕事を続けられる気がしない・・・
という正直な思い。
それでも、必要とされている実感が勝っているうちは続けたいという思い。
いろんな人から発せられる仕事を介した「思い」
それがいろんなベクトルで、いろんな人に届いて
それぞれの明日につながっていく感じがすごく好きでした。
大きなメインの話は不育症の話で、
そこに下屋の話が平行で描かれて、
四宮の話も入ってきて・・・。
といろんなエピソードを切り替えながら
それぞれバラバラの話にはならずに、貫通する「思い」を感じさせる
巧い脚本だったなあと思います。
脚本の構成的には「不育症」の篠原さんと下屋の話が対になるように描かれていましたね。
ナレーションで前半と終盤に2度繰り返されました。
「悲しみを繰り返す人」として篠原さん。
「くやしさを繰り返す人」として下屋。
患者さんどうしで対比的に対として描かれることは多かった気がするのですが
医師側のエピソードと患者さんのエピソードをこうやって並べて扱うというのは
今まであんまりなかった気がするので、ちょっと新鮮な感じがしました。
2期では医者側の物語も膨らませるということでしたので
同じ病院を舞台にして必死に毎日を足掻く様子を患者と医者をパラレルで見せることで、
周産期医療の現場を2期らしく立体的に見せようとしているのかなあと思いました。
下屋がんばっていましたねえ。
頭ごなしに怒られながらも、後輩の前でけちょんけちょんに言われながらも、
でもくじけない強さ。
下屋の頑張りは少しずつ救命の方でも認めてもらっているよう。
仙道先生の言葉が嬉しかったな。
仙道先生が言っていた方向に、きっと下屋が目指す道がある。
まずは仙道先生や加瀬先生に認めてもらえる救命医になることだね。
がんばれ下屋。
下屋が元気に動き回っている様子を見ていると、
なんか勇気や元気をもらえる気分になるんですよね。

そして、この回のメインテーマであった不育症の話。
不育症の原因がわかって治療後に妊娠する可能性が85パーセント
原因不明で治療しなかった女性が妊娠する可能性が85パーセント
という話はびっくりしました。
本当に妊娠についてはわかっていないことが多いんだなあ。
妊娠して問題なく出産までいたる確率って
私が思っているよりもずっと低いんだろうなあ・・・
とはいえ、小松さんが言っていたように
何回も辛い思いをしている篠原さんにとって確率の話はなんの助けにもならなくて・・・。
(旦那さんには響いたみたいですけどね)
篠原さんに、医者として事実を伝えるだけでなく
「でも、つらいですよね・・・」
と、そっと心に寄り添うような言葉を続けられるサクラ先生は
本当にすごい。
篠原さんもその言葉でふっと構えて縮こまっていた心を解いて
本音を吐露し始めました。
たぶん、篠原さん自身、自分の気持ちをきちんと自覚していたわけじゃないんだろうな。
旦那さんに対する申し訳なさとか、
赤ちゃんをお腹の中で亡くす恐怖とか
そういう思いは自覚していたんだと思うんだけど、
それが高じてお腹に赤ちゃんが宿ること自体におびえていたなんて・・・。
でも篠原さんはその思いを自分で言葉にすることができた。
旦那さんもちゃんとその苦しみを受け止めてくれた。
だからこそ、サクラ先生は
「次はきっと大丈夫」
という言葉を言ったんですよね。
きっと医者としては言ってはいけない、言えない台詞。
だって、確率的に考えても大丈夫だなんて言い切れない。
だけど、一生懸命自分の恐怖と向き合って前に進もうとしている篠原さんの
背中を押してあげるにはこれ以上はない力強い言葉。
医師としてのリスクとか考えずにすっとこの言葉を言ってあげられるサクラ先生は
本当に優しくて、そして強い人だなあと思いました。
赤ちゃんの心音が確認できた時の、サクラ先生の嬉しそうなこと!
ドラマの中の話だけど、篠原さんの赤ちゃんがこのまま無事に育ちますようにと願わずにいられない。

そんな9話が終わってもう10話も放送されたんですけど、
これがまたすごい話で・・・。
見終わってしばらくぼーっとしてしまって
頭がそっちの話でいっぱいになっちゃって、
書き掛けていたこの感想ほっぽいて、10話の感想書こうかと思っちゃったくらい。
いかんいかんと思い直して、もう一度9話を見直して
気分を9話に戻してなんとかこの感想を書いたんだけど、
10話すげーーーっ。
今までも感動しながら見ていたんだけど、
改めて作り手側の真摯な思いに背筋が伸びる気持ちがしました。
でもそれはまた次の感想で。








コウノドリ2 8話

コウノドリはたいてい2回は見るんだけど
8話はなんだかちょっと見かえすのが辛かった。
何人かのお医者さんが自分も白川先生のような時期があったとツイートされていましたが
(ドラマの中でもサクラ先生がそういうこと言ってましたね)
命にかかわる仕事でなくても調子にのっちゃうことってあるもんなあ。
一人前になるということは、自分の仕事に対する自信と謙虚さのバランスが
巧くとれるようになることなのかもなあ・・・
とかいう私もつい最近仕事でやちまったことがあってかなり凹んでます。
だから尚更白川先生の言動が刺さる刺さる・・・。
自分の判断ミスが命に直結する仕事ならなおさら
未熟さがまさに命取りになる訳で・・・。
つくづくお医者さんって大変な仕事なんだなあと思います。
それでも、そんな白川先生を、危なっかしいなあ・・・
と思いつつも我慢強く見守り続けて、
自分の失敗から逃げようとした時には
ガツンと叱ってくれる先輩がそばにいるって素敵だなあ。
今回はあの優しい今橋先生が初めて怒ったというのも衝撃的な回でした。
1期から時々白川先生がやらかしてしるときも、
丁寧に何が悪かったか指摘して自覚を促してきたんだけど、
今回はビシッとしかっていました。
怒り方も何が悪かったかをしっかり伝えて、
でも決して人格攻撃や見下すようなニュアンスはなく・・・
なかなかこういう風に叱れる人っていないですよね。
叱っているうちに「だからお前はダメなんだ・・・」みたいな言い方になったり
自分はこうだったという自慢に置き換わっていったり、
ひどいときには、叱るふりして自分のポイントを上げようとしているだけ
という人もいますもんね。
「コウノドリ」の世界はお仕事ドラマとしてもまっとうな世界として描かれていて
見ていてとても心がまっすぐになります。
ああ、本来こういう職場でありたいな、こういう風にありたいなと思わせてくれる。
今回、自分の失敗に向き合わざるを得なかった白川先生。
救急車にご両親と赤ちゃんと同乗するシーンは見ていていたたまれなかった。
でも、白川先生は決して手を抜いたり、仕事を軽んじていた訳じゃなかったから、
自分の力を過信して判断を誤っちゃったけど、
夜を徹して赤ちゃんを見守り続け、その命を救おうとしていたから
最後お母さんも答えてくれたんですね。
お母さんは白川先生の努力を見ていたから。
お父さんの怒りはとけなかったけど、
でもその無念の思いがこれから白川先生のキャリアを作って行く糧になる。
悔しくて悔しくて、だからこそ前に進もうとする白川先生はとても素敵だなあ。
このエピソードは原作でも新しい方の話で、
あら、こんな最近の話も使うんだなあと思っていました。
原作と同じ題材を扱いながらもそのままドラマにしていくんじゃなくて
違うエピソードと組み合わせたりしながらアレンジしてあることが多いのに
比較的原作のエピソードそのままだなあと思っていたら、
このエピソードは2期のドラマの打ち合わせをしているときに
監修の先生といろいろ打ち合わせしている中でできていったエピソードで
それをマンガでも描いたということだったみたいですね。
ええーっ、そういうこともあるんだなあとびっくりしました。
原作の白川先生は全般的にもっと生意気で活発な感じなので
1期の時はこの人物はキャラのイメージをちょっと変えたんだなあと思っていたのですが
今ではすっかりなじみました。
原作の白川先生も、ドラマの白川先生もどっちも好き。
特に2期に入ってからの白川先生は
坂口健太郎君の持っている繊細な優しい雰囲気と、
自信をつけた人特有のちょっと押しの強い感じが絶妙に混じり合って
すごく立体的な人物になっていました。
自信満々だった白川先生が、患者さんの前で自分の過ちを認めるとき
本当に紙のように真っ白な顔色になっているんですよね。
もともと色の白い役者さんなんですが
白川先生の衝撃がその立ち姿だけでも伝わってきました。

立ち姿と言えば、サクラ先生も素敵。
白川先生と今橋先生のやりとりを後ろからそっと見守っている顔の心配そうなこと!
いつも猫背気味ではあるんだけど、いつもよりもよけいに肩をすぼめて
大丈夫かなあ、大丈夫かなあ・・・と見ている表情が大好きでした。
それから、サクラ先生に関しては、
風間さんにかけた言葉がとにかくよかった。
要は発想の転換なんですけど、
渦中にいる人にはなかなかそれができない。
自分が上手に赤ちゃんを産んであげられなかったから・・・
と自分を責めるよりも、
苦しい中でも必死で活きようとしている頑張り屋さんの赤ちゃんを見守ってあげる
と能動的な行動を促すほうが、ずっと心は救われる。
辛いお母さんの心に寄り添って、こんな言葉がかけてあげられるサクラ先生って
本当に素敵だよなあ。
医療には限界がある。
起こってしまった事態を魔法のように改善する方法はない。
それが現実。
だけど、気持ちを前向きに変えることでこれから起こる事態を
少しでもよい方向になるようにすることはできるんだろうと思うんですよね。
それを当たり前のようにやってのけるサクラ先生なんだなあ。

四宮先生のエピソードはまだこれからも続きそうですね。
ちょうど8話が放送される前に、久々に、ほんっとうに久々に
「12人の優しい日本人」を見返したばっかりだったので
塩見さんの様子にびっくりしてしまいました。
「12人の優しい日本人」って1990年代の作品だから
もう20年以上も前になるんですね。
そりゃ変わるはずだ・・・。
塩見さんはご病気もされていたんですよね。
だいぶんお元気になられたとは思うけれど
体重は落ちたままなんだろうなあ・・・という風貌ながら
地域医療の最後の砦として命を削って日々仕事をしている老医師の
強い意志と情熱を感じさせる素晴らしい存在感で・・・。
心なしか四宮を演じている星野さんと面立ちも似ている感じがして
まさにナイスキャスティングだなあ。
四宮の話はまだ続きそうで、もっと塩見さんを見ていられるのが嬉しいです。