今度は「ハゲタカ」!

歯が痛くて明け方に目覚めた朝。
寝ぼけながらあわてて痛み止めの薬を飲んで、
薬が効くまで痛みから気をそらそうと、
その寝ぼけた頭のままスマホを開いて何気なくTwitterを見て
綾野君の次回作が「ハゲタカ」であることを知りました。
いやあ、あまりに意外で、びっくりして、
しばらく頭が混乱してしまった・・・。
「ハゲタカ」は大好きな作品で、特に映画版が好き。
玉山君が映画版に出演するときに、原作も読んだし、
NHK版のドラマも見ました。
大森南朋さんの出世作ですよね。
そして、この前後から作られたWOWWOWドラマとともに、
大人の男性向けの、社会派のドラマが作られ始めたきっかけとなる作品でもありました。
それまでドラマの主流は恋愛もので、主なターゲットは女性。
男性はドラマなんで見ないと思われていたんだけれど、
この「ハゲタカ」や「空飛ぶタイヤ」の成功で、
大人の男性に向けて硬派なドラマを作っても受け入れられるんじゃないかという流れができた。
それが決定的になったのは視聴率を伴った結果を出した「半沢直樹」かな。
おおまかな把握なので実態はもう少し違っているかもしれないけれど
そういう流れの中で出てきた作品でした。
NHK版の「ハゲタカ」は視聴率的にはあまり目立たなかったけど
一部に熱狂的なファンを作っていました。
きちんとしたスーツを着こなしてビジネスの場で戦うおじさんかっこいい
という流れが出来始めたのもこのドラマからだった気がします。
特に男性にとても受けていたなあ。
だから映画版で玉山君が出ることになって、ファンとしてちょっとびびりました。
テレビシリーズでできあがっている「ハゲタカ」の世界に玉山君がうまく馴染むんだろうか、
「ハゲタカ」を熱狂的に愛するファンに受け入れてもらえるんだろうか・・・。
私はそうは思っていなかったけれど、
「ハゲタカ」ファン層の人たちから見れば、玉山君は今時のイケメン俳優。
楽しみと言うより、不安が大きかった。
けれどもそれは杞憂で、結局私は映画館に3度も足を運び、
玉山君の出演作で一番好きな作品になりました。
このブログにも長大な感想が残っています。
今でも劉一華という名前を思い出すと切なくなる。
玉山君の整った容姿がもっとも的確に活かされた作品だったと思うし、
あの頃、若手俳優の群の中から抜け出そうと様々な作品に挑戦していた玉山君自身の状況と
役柄が持つ強烈な上昇志向が響きあって作品にいい影響を与えた奇跡的な作品だったと思います。
ありがたいことに熱狂的な「ハゲタカ」ファンの方々にも受け入れてもらえて、
作品そのものが異様な高揚感でもって迎え入れられました。
mixiで繰り広げられた熱いやりとりを楽しく読んでいたっけ。
ファンで映画館を借りきって、オフ会のような上映会が開かれてましたねえ。
今なら時々ペンライトOK、声出して応援してOK、歌ってOK
みたいな上映会ありますけど、当時はそんなの聞いたことなくて
(私が知らなかっただけなのかもしれませんが)
ファン同士が楽しく感想を言い合いながら、合いの手を入れながらの鑑賞会にびっくりしたものです。
私は参加できなかったんですけどね。
残念ながら熱狂は本当に一部だけで、興行成績的にはふるわなかったんですけど。
たまたまつい最近、ふとこの作品のことを思い出して、
そういえば「ハゲタカ」っていう作品あったなあ・・・
あれは、あの時代だからこそ受けたんだろうなあ・・・
と思ったところだったんですよね。
つまり、原作はバブル崩壊の後、
倒産することはないと思われていた銀行がつぶれ、証券会社がつぶれ、
まさに日本経済が瀕死の状態にあった時代の物語で、
原作もドラマも全て2000年代なんですよね。
映画が作られたのは2009年でだいぶん世の中が落ち着きつつあったんだけど、
脚本制作の最中にリーマンショックが起こり、
脚本の大幅な手直しが行われた。
経済社会が本当に不安定な中で、毎日毎日新聞には不景気な話が載っている中で
作られた話だったからこそ、熱狂的に受け入れられたんだろうな、と。
その後、硬派な大人の男性向けのドラマが作られるようになったけど、
今の時代に受けるのは「ハゲタカ」ではなく、
「下町ロケット」や「陸王」のような物語なんだろうな・・・
気がついたら世の中の空気感や状況って変わっていってるんだよな・・・
って思っていたところだったものですから、
まず、真っ先に、嬉しい! よりも、
なんで今更「ハゲタカ」?! って思ってしまった。
なにせ歯もすごく痛かったものですから、
気分が悲観的になっていたんでしょうね・・・。
でも、考えてみたら、「ハゲタカ」という作品(原作)を読んで面白いなあって思ったのは
経営者や資本を持っている人が、本来の企業活動を歪めてしまって
私利私欲に走ったり、経営を傾かせたりしているのを、
お金と知識、知恵を最大限に使って正す・・・というところにあったように思う。
原作読んだのもう10年近く前になるからうろ覚えだけど。
鷲津は非情で強引な買収を繰り返したり、お金の力で企業を奪い取ったりするけど、
誠意のある仕事に対しては尊重してた。
守るべきものは何かがはっきりしていたし、それを判断する基準も彼の中では明確にあった。
だからこそダークヒーローになりえているんだと思う。
オフィス街できりっと立つ綾野君版鷲津のビジュアルを見て、
原作の鷲津に感じていたものを思い出したんですよね。
私はどちらかというと映像から「ハゲタカ」に馴染んだので、
鷲津と聞いて思い浮かぶのは大森さんの演じた鷲津なんです。
ドラマや映画のNHK版鷲津は、原作を元にしているものの、
監督(演出)である大友さん、脚本家の林宏司さん、そして大森さんが作り上げた部分が大きくて、
原作よりもぐっと人間味のある鷲津になっている。
原作にない鷲津の過去が付け加えられたりして、
最初は純粋な銀行マンだった鷲津がある経験を経て非情なハゲタカに変わった。
その分、原作よりもちょっとウェットな感じになっているんだけど、
そこがすごく好きだったし、
あれほどまでに熱狂的な(男性の)ファンができたのはここの変更が大きかったように思う。
そういう鷲津を演じるにはたぶん今の綾野くんでは(見かけが)若すぎると思うんだけど
でも原作のような最初から超越した存在であるのなら、
あの鋭利なナイフのような、サラリーマン臭のしない雰囲気は面白い感じではまる気がする。
というよりも、綾野くんをキャスティングした時点で
NHK版とは違う鷲津像を作り上げるという意気込みは
明確に伝わってきますよね。
何よりあのビジュアルでそれが明確に伝わった。
NHK版から10年がたって、当時のファンも違う鷲津像を受け入れる余裕もあるんじゃないかな。
時代は変わって、もう当時のように外資が日本の企業を買いたたいていくようなことは少なくなったけど
それでもやっぱり今でもあるし(数年前のシャープとか)
何より検査数値の偽装や粉飾決済などが噴出している今、
権力闘争や企業ではなく自分自身の利益に汲々としている人たちを
鷲津のような人に成敗してもらいたいという思いもある。
今の時代が抱えているもやもやを巧く汲み上げることができたら、
鷲津というダークヒーローは今の時代にも十分受け入れられると思う。
私自身がNHK版の「ハゲタカ」が大好きで、
「ハゲタカ」のイメージがそこできれいに収まっていたので、
初めて聞いたときは、なんとまあ、高いハードルにチャレンジするんだな
と思ったのですが、
綾野君なら大森さんとはまた違った魅力的な鷲津を作り上げられるような気がしてきました。
久々の・・・というよりも、CM以外でTVでこんなシャープなイメージのビジュアル
初めてじゃないのかな。
いわゆる不良系統の役でもなく、尖った役。
特にドラマでは親しみやすい役が続いていたこともあって、
こういう役を生きる綾野君を見て世間の人はどう反応するのかなという興味もあります。
それにしても、今年の露出は「パンクな侍」に「ハゲタカ」かあ。
攻めていますねえ。

さっき、鷲津には若い・・・と書こうとして、ふと気になって
「ハゲタカ」放送時の大森さんの年齢を調べてみました・・・
あんまり、今の綾野君と変わらない?
いや、むしろちょっと若い?
その事実にちょっとびっくり・・・。
綾野君、若く見えますもんね。
でもその年齢不詳感を巧く利用できる役なんじゃないかな、鷲津役って。
そういう人物造形がなされているといいなあ。
なんにしろ、楽しみですっ。

カーネーション 私を見て

この辺りは毎週分が伝説的というか、ものすごく印象に残っているエピソードが
次から次に出てくる感じ。
糸子に「百貨店に洋服の制服を提案する」というひらめきをくれたのは、
お父ちゃんが買ったラジオでした。
この週は糸子が大きな商売をものにして大成功を納める話なんだけど、
その糸子の行動の裏にお父ちゃんの影が常にある週でもある。
デザイン画を完成させた糸子に、
「実物作って行け、そのほうがおもろい」
サンプルを完成させた糸子に、
「そのまま着て行け、その方が話が早い」
後の糸子の判断基準の一つになっていく「おもろいほうがええ」っていうのは
ここから来ているんだよなあ。
そして、こうしたお父ちゃんを見ていると、
この人はなんだかんだ言っても商売が大好きなんだなあと思う。
商才はないし、集金もちゃんとできないくらいヘタレなんだけど
商売のおもしろさはちゃんと知っている。
そのお父ちゃんがワクワクした百貨店との商い。
でも、もしお父ちゃんがこのアイディア思いついたとしても、
きっと自分で売り込みに行くなんてできなかっただろうし、
ましてや、何度断られても通い続けるとか、
相手を納得させるまでデザインを練るとか、
そういうことはできなかったんだろうなあと思う。
だからこそ、それをやってのけて前へ前へと進もうとする娘を
己のことのように喜んで、背中も押すし、手伝いもする。
だけど、糸子がミシンを求めて神戸に行った途端へんねしょ起こしてしまうのがお父ちゃん。
今、「へんねしょ」と書いて変換しなかったのでググってみたら、
「へんねしょ(へんねし)起こす」って京都の方言なんですね。
当たり前の言葉だと思っていたからびっくりした。
子供たちに
「へんねしょ起こす」って言わへん?」
と聞いたら「知らん」だと!!
方言って失われつつあるんだなあ・・・。
というか、自分自身が方言とも思わずに馴染んでいた言葉を
私は子供の世代に伝えていなかったんだな。
私世代でもだいぶん方言色は薄れてて、
祖母世代の言葉とは違うなあと感じていたんだけど、
自分の子供世代はもっと薄れちゃっているんだなあ。
ちなみに祖母は若い頃大阪の船場に奉公に出ていたので、
しゃべるテンポとか語彙がカーネーションのおばあちゃんにとても似ていました。
たぶんおばあちゃんの言葉に大阪の言葉が混じっていたんだと思う。
だからドラマの中でおばあちゃんが話す言葉がすごく懐かしいのです。
閑話休題
あれだけ応援していたのに、
神戸に対する意地だけで全てを台無しにするくらいかんしゃくを起こしてしまうのは
お父ちゃんの器がいかにもちっちゃいなあと思うのだけれど、
あれだけコテンパンに商売人としての才能を否定されたんだから
しょうがないと言えばしょうがない。
だからこそ、糸子と一緒に今度こそ一旗あげたろ・・・と思っている時に
神戸の世話になるのは本当にいやだったんだろうと思う。
このせっかくの大仕事を、糸子と自分とでつり上げた大仕事を
神戸に持って行かれるような気になったのではないかな。
それでも納期を守るのは商売人の大原則。
自分のつまんない意地と商売人の矜持の板挟みになったお父ちゃんは、
大博打に出ました。
店の反物全部と引き替えにミシンを買ってきてしまったのです。
この後先考えないところが商売には向いてないと思うんだけれど、
それでもお父ちゃんはこのミシンで糸子を神戸から取り返した。
さあ、いよいよ糸子のミシンの登場です。
これから最後まで糸子とともにドラマに登場するミシン。
糸子の人生の象徴とも言うべきミシンが第5週にして初めて登場です。
糸子はこのミシンをフル稼働。
家族全員で一丸となって大仕事に取りかかります。
年末年始というのは今以上に大切な行事だったろうに、
お雑煮もおせちもすっとばしての連日の徹夜仕事。
安岡のおばちゃんと堪助がおせちを持ってきてくれて、
いつのまにか勘助も手伝いの中に入っているのが楽しい。
家族一丸となって作り上げた制服を納品するとき、
勘助も一緒に行ってくれる。
おっ、さすが男の子。
いざっちゅう時には頼りになるんや!
と思ったのもつかのま、百貨店の前で怖じ気付いてしまう。
勘助はやっぱりへたれの勘助で、
この辺りになってくるとそのヘタレ具合も愛おしい。
初めてこのドラマを見ていた頃は、こんなに出てくる幼なじみなんだもん。
最終的には勘助とくっついたりするのかな・・・なんて思っていたっけ。
勘助の物語は思いがけない方向に向かって行くんだけれど、
それはまだこの先の話。
この週はお父ちゃんの存在がとても大きかった週なんだけど、
お母ちゃんも要所要所でとても好きなシーンがありました。
糸子が神戸にミシンを借りに行くと言ってお父ちゃんに殴られた後、
おばあちゃんはとても男前に
「糸子、神戸に行き。後はなんとかしちゃるさかい」
と背中を押してくれるのですが、
糸子が家を出た後、お父ちゃんはお母ちゃんを殴るのではないかと糸子が心配すると、
お母ちゃん、しばらく目が泳いで逡巡するんですよね・・・。
お母ちゃーん、ここはおばあちゃんみたく「どんとまかしとき」って言ってあげようよ。
このちょっと目を泳がせてフリーズする様子が人間くさくて大好きでした。
でも、そんなお母ちゃんも心を決めて糸子を送り出してくれます。
糸子が神戸へ行った後、案の定お父ちゃんは怒りまくりお母ちゃんに手をあげようとします。
でもそんなお母ちゃんを妹たちが必死で守る。
お母ちゃんは妹たちが殴られないようにぎゅっと抱きしめる。
家庭内暴力はダメ。
でも、お父ちゃんの暴力を嫌悪するものとだけ描かずに、
うまく愛情でくるんで描くこのさじ加減は渡辺あやさんのバランス感覚なんだと思う。
つまりは登場人物がそれぞれこの時代に生きた人間として
きちんと描けているということなんだろうなあ。
時代背景が違うのに、現代の価値観を当てはめて断罪してしまうのは
受け手側の問題もあるけど、
ドラマの中の登場人物が現代人の感覚を持つ人間として描かれていることも多いから。
そうなると上っ面だけで当時の風習をなぞられても違和感を感じるんですよね。
でも「カーネーション」ではそんなことはないから、
こういうシーンも一つの家族の情景としてすんなりと受け入れられるんだと思う。
今回は妹の静子も活躍しました。
家族みんなで百貨店の制服を作ったのが楽しくて、
就職せずに糸子を手伝いたいと言い出す静子。
糸子はそんな静子を叱りつけます。
まだまだ仕事の受注が安定しない小原呉服(洋装)店。
家計が苦しい小原家にとって、静子が就職し外で稼いでくるお給料は
大切な収入源なのです。
これだけ閑古鳥が鳴いてそうな小原呉服店。
いくら親や糸子が妹たちに心配をかけまいと何も話さなかったとは言え、
家計が苦しいとは思わなかったか? という気もしますが、
結構これ、あるある案件なんだとも思うのです。
うちの子供たちを見ていても思うのですが、
長子って結構親を見ていて、親の懐具合を気にしてる気がする。
自分が欲しいものも、親がしんどそうだなあって見るとがまんしてみたり。
でも、下の子はそんなこと気にしませんもんね。
欲しいものは欲しいと主張するし、
親の懐具合を考えるという思考回路がそもそも存在していないように見える。
これってうちだけかなあって思ったんだけど、
結構よその子の様子を聞いてもそんな感じのこと多い。
考えてみれば私自身も長子で、子供の頃から家の経済事情はそれなりに気にしていたし。
小原家でも長子の糸子以外はあんまり家の(店の)手伝いもしてなさそうだし、
お金の心配もしていなさそう。
とは言え、おっとりした静子もやっぱり糸子の妹なんだよなあと思わせたのが、
糸子にとりあえず仕事をとってきたこと。
大人しそうに見えて結構行動力あるんですねえ。
でも、静子のとってきた仕事はパッチ100枚を翌日までに作ること。
いくらミシンがあるとはいえ、あんまりな納期です。
この無茶な受注にお父ちゃんは怒ります。
仕事は確かに欲しいけど、納期を守るのは職人として一番大切なこと。
甘い見極めで仕事を引き受けるのはプロのすることじゃありません。
糸子は糸子なりにちゃんとできるという勝算があって引き受けたんだけど、
それは家族が手伝ってくれるというのも計算に入っていた。
なのにお父ちゃんは怒りのあまり家族の手伝いを禁じてしまいます。
この一夜のお父ちゃんとおばあちゃんと糸子の攻防が面白い。
糸子を手伝ってやろうと虎視眈々とお父ちゃんが寝るのを待っているおばあちゃん。
そうはさせまいと寝ないで糸子(と他の家族)を見張っているお父ちゃん。
おばあちゃんは早々に寝てしまって、
お父ちゃんは糸子との一騎打ちに・・・と思いきや、
気が付けば肝心の糸子も寝てる。
必死で起こそうとするお父ちゃんのかわいいこと!
このやりとりが糸子の軽妙な語りで描かれる。
こういうユーモア(笑わせようようという積極的なものではないんだけどじんわりとおもしろい)が随所に見られるのが
「カーネーション」なんだよなあ。
結局、お父ちゃんが糸子を起こし続けたこともあって無事に間に合いそうだったんだけれど、
「目打ちの小原」の悪い癖がここに!
(パッチ屋のところで出てきた糸子のおっちょこちょいがこんなとこに活かされてる!)
手は早いけどミスも多い癖は健在で、
パッチのすそが狭すぎることが判明。
(お父ちゃん、よくぞ気づいてくれた!!)
結局、家族全員たたき起こされて総動員で手直しをすることに。
お父ちゃんと糸子の攻防は、ここで完全に糸子の敗北となりました。
それでもなんとかかんとか納期には間に合って無事納品。
ここに至って、糸子が仕事を受ける際に金額も確認していなかったことがわかって・・・。
糸子の銭勘定の弱さはこの先もずっとずっと続いていきます。
それは子供にも受け継がれて・・・ってこれもまだまだ先の話。

百貨店の支配人役の國村準さんも素敵だったなあ。
仕事の厳しさやけじめはしっかりあるんだけど、
どこか隙があって愛情が感じられる。
何より百貨店の支配人というのにふさわしい上品さ。
(顔は怖いんだけどね)
初対面の時はとりつく島もない感じだったのに
糸子がデザイン画を持ち込むと、誠実な対応をしてくれる。
糸子がサンプルを作ってそれを着て現れたら、
いいものはいいときちんと認めてくれる。
百貨店の支配人にとったら、無名の素人同然の、なんの後ろ盾もない若い女の職人に、
百貨店の顔とも言える制服を任せるなんて大きな大きな賭です。
しかも、納期まで日がない。
それでも糸子に任せてくれた。
それだけ器のでかい人なんだなあ。
糸子とのやりとりもどこかコミカルで愛嬌があって・・・
本当に大好きで印象的なキャラクターでした。
前週の根岸先生といい、今週の支配人といい、
1週だけで消えてしまうには惜しい登場人物が
潔くそこで消えていってしまうのが「カーネーション」という作品。
ただし、再び糸子の人生の中に登場することはないけれども、
ずっと糸子の心に、そして視聴者の心にその存在が言葉が残り続ける。
後に登場する周防さんもこの系統の登場人物に属するんだろうなあ。
一方、ちょっとした関わりから始まって、
その後ずっと長い期間にわたって糸子の人生に関わり続ける人もいる。
次週から登場するサエはさながら典型的なこのタイプの登場人物。
でも考えてみれば、人の人生もきっとそんなもの。
関わりの深さや長さは、運命次第。
人生に大きな示唆を与えてくれた人物とずっと関わっていくとは限らないし、
ずっと関わっていきたいと思っているわけではないのに
腐れ縁のように関係が続く人もいる。
ドラマだと印象深い(つまりはきちんと描かれた人物)は往々にして物語に深く関わって行くものだけど
このドラマではそうではないんですよね。
つまりは物語を動かす為に人物が配置されているのではなく、
出てきた人物がより合わさって物語が紡がれていく感覚。
だからこそ、たった1週間しか登場しない人物も、
端役としてではなく、一人の人間として物語の中でしっかりと息づいている。
この辺りの展開は特に毎週のように新しい登場人物が出てきて
その人たちがそれぞれ魅力的なんですよね。
さて、次週はいよいよサエ、そして勝さんの登場です。
糸子を新たな段階に導いていく二人ですね。

この週に登場した「神戸箱」
神戸のおばあちゃんが送ってくれた、素敵だけれど使いようのないものを集めた
キラキラした宝物箱。
ここで出ていたんだなあ・・・。
この後、再び、いや三度、物語に登場します。
こういう小物が長いスパンを経て繰り返し物語に登場することの意味。
きっとこういう小物は伏線というような作意的なものなく、
表現を積み重ねていくということなのだろうなあと思います。
長い長い年月の流れを表現するための大切な記憶の象徴。
「カーネーション」の中にしっかりと流れる時間の重さを感じることができるのは
こういう小物がうまく使われているからなんだろうなあ。


カーネーション 誇り

いよいよ根岸先生の登場。
本放送時、この週と次週の展開が大好きでした。
糸子が洋服を作れるようになる課程がわくわくするエピソードで描かれているんですよね。
根岸先生、大好きでした。
根岸先生が岸和田の町にきた瞬間、ぱあっと空気感を変えてしまうような華やかさがあって、
ああ、この当時、大きな街ではないところで洋服を着て歩くと言うことは
こういうことなんだなって実感できました。
華やかで知的で品があって、けれども好奇心旺盛で誰かや何かを見下したりするところが全くない。
根岸先生はあこがれと言うに足る素敵な女性です。
主人公が技術を修得する課程というのは描くのが難しいのかな。
朝ドラの主人公はたいてい夢を持っていて、その夢を実現していく課程が描かれることが多いのですが
(最近では「ひよっこ」のようにあえて夢を持たせない作品もあります)
その夢を叶える第一歩、技術の習得というのは案外ドラマのエピソードになりにくい。
例えば今放送中の「半分、青い」では律に「マンガ買いてみれば」と言われ、
いきなり書いたマンガが一応一通りのマンガの文法を押さえた一定のクオリティも持つものだったりします。
つまり主人公の才能という設定で、一番最初の技術の習得部分をすっとばしているんですよね。
もちろんこれから漫画家修行が始まって、スクリーントーンの張り方やらを一から学ぶのかもしれませんが
それは糸子が生地屋や紳士服屋で修行する段階にあたる気がします。
「マッサン」はウィスキーの製造技術を学ぶ課程は終わったところから物語が始まっています。
もちろん回想シーンで出てきたりはしますが、物語のエピソードとして大きく取り上げられるわけではない。
「わろてんか」や「あさが来た」は商売人としての側面が強かったので
技術を習得・・・という場面はあんまりなかったかな。
「あさがきた」の方は特に天性の商売人としての才能があったから
最初からガンガン意見を言って一人前あつかいだったし。
カーネーションは主役が職人ということもあって、
この修業時代がしっかりと時間をとってあって、
しかも最初の技術習得課程を特にしっかり描いてある。
これによって視聴者も主人公と一緒に、今主人公が憧れている職業の意味や社会的価値を理解していく。
これって大事なんだと思うんです。
毎日洋服を平服として着ていて、
安価な金額で様々なデザインの服を手軽に買うことができる時代に生きている私たちが、
昭和初期における洋服の価値、それを着る意味を主人公と一緒に確認していく。
その課程があるからこそ、これから長い人生を洋服にかけていく主人公の生き方を
きちんと物語の文脈の中で意味づけていくことができるんだと思う。
その意味付けの仕方もとても素敵。
根岸先生が糸子に教えた洋服を作り女性を美しく見せるという仕事に対する誇り。
こういうところに、このドラマの品格というか姿勢がしっかりと表れているように思えます。
そして何より新しいことを知る、修得していく課程のわくわく感。
このわくわく感を主人公と一緒に経験できるのが本当に楽しいんですよね。
この週の明るい印象はこのわくわく感が大きく響いているんだな。
そして、初めて洋服を着る糸子。
一気に娘さんらしくなって愛らしい。
周囲の注目を集めて街を歩くという経験を積ませてもらったのに、
若い女の子ならその高揚感の虜になりそうなものなのに、
「洋服を着る」という方向に情熱はぶれず、
一途に「作る方」に向かう姿が糸子だなあと思う。
この週はお父ちゃんも大活躍。
糸子の為に根岸先生に頭を下げて、洋裁を学ぶ場を設けてやったことが
お父ちゃんが糸子にくれた人生最大のプレゼントだったんだろうな。
そこに踏み出すためには他人(大将)の評価がいったのだけど。
自分で糸子の価値に気づけないのはお父ちゃんらしい。
でも、気づいたら猪突猛進で突き進んでしまうのもまた、とてもお父ちゃんらしい。
ついでに、根岸先生が去った寂しさに、思わずラジオを衝動買いしてしまうお父ちゃんも好き。
案外お父ちゃんの算段では、糸子に洋裁を習わせたらすぐに仕事があると思ったかな?
残念ながらそんなうまくはいかなかったんだけど。
でもこの種まきがなかったら、後の展開はなかったんですもんね。
それからそれから、この週のおばあちゃんも大好きでした。
西洋かぶれの根岸先生に猛反発して、一人すねる様子がかわいいったらないんです。
せっかく先生の為に用意した布団に寝てしまったり、
ちいさなかわいい反発を繰り返します。
でも、根岸先生がお母ちゃんが一生懸命作った西洋風の料理より
おばあちゃんの鰯を気に入ってから手のひらを返したようになるのも
本当にかわいらしい。
あんなおばあちゃんになりたいな。