フランケンシュタインの恋 最終話 その1

なんか最終話の感想書くのさみしいな。
書いてしまうと本当に終わってしまう気がして。
いや、私が感想書こうが書くまいが、もう終わったんだけどさ。
最後のオーディオコメンタリー聞いて、
聞く前は打ち上げの時にみんなでワイワイ収録したかな?って思ってたので
スタッフさんだけということで、ちょっとしょんぼりしたんだけど、
(でもこれはこれで今までとは違う角度から話が聞けておもしろかった)
途中で綾野君が参加してくれて、なんか本当によかった。
だいたいこのコメンタリー自体、番宣の為なんだから
最終回が放送された後、最終回分の放送をする必要性はないはずなんだけど、
それでも最後まで・・・ときちんとやってくれるスタッフ優しいなって思ってて
そこに
「ちゃんと最後まで関わらせてっていったでしょ」
って打ち合わせを終えて参加してくれるその心意気が嬉しすぎて・・・涙。
最後の最後まで優しいドラマだったなあと思います。
お地蔵さんの横に立っていたあの大きな木は
半分本物、半分スタッフさんの手作りだったそうで4日かけて作ったんだとか。
幹は本物を植え込んで枝はスタッフさんの手づくり。
でもその木ももう今はない。
6月18日に撤去されたそうです。
研さんのあの凝りに凝ったおうちも、今はもう、ない。
天窓の所に鳥の巣が作ってあったっていうの、すてきですよね。
映るかどうかわからない、でも、研さんの日常を一生懸命考えて
物語を自分の中で膨らませて、作る。
そういうお仕事なんだなって思いました。
そして、それだけ手塩にかけて作ったセットも、小道具大道具も
撮影が済めば跡形もなく消えてしまう。
寂しいけれど、でも物は消えてしまっても、映像作品として残りますもんね。
もっと言えば、ドラマを見ていた私たちの記憶にはずっとずっと残る。
いつもはドラマを陰で支えている人たちの生の声を聞けておもしろかったです。

さてさて、最終回、本当に大団円で、
でもなにもかもがハッピーエンドではなくて
最後にちょっと余韻を残したところが秀逸でした。
ドラマの最終回って結構おもしろくないことが多いんですよね。
今まで広げた風呂敷を畳むのに終始することが多いから。
時には、あらかじめ予定された最後の感動シーンに持って行くために
今まで連続ドラマで積み上げてきたものを台無しにするようなドラマもあって
そういうときは、本当に興ざめしてしまう。
そういうドラマに遭遇すると
今まで3ヶ月にもわたって見続けてきた自分を本当に悔やみます。
そこまでではなくても、最終回を見たらつきものが落ちたように
そのドラマに対する関心や熱をすっとなくしてしまうようなものもある。
このパターンって結構多いかな。
逆にエンドがこちらの予想を超えていたりすると、
そのドラマはずっと心の中に刻みつけられていく。
このドラマに関しては、エンドが完全に予想を超えていました。
研さんが森に逃げるまでは、予想の範囲だったんです。
ここまでは今まで描いてきたあれこれを畳んでいっているなあという感じで。
でも、1年後、数十年後の展開が完全に予想を超えていて
そしてそれがとてもとてもこのドラマに似つかわしい物でした。

まずはある程度予想通りだった前半の展開。
社長の言葉は本当によかったなあ。
覚悟を決めた男はかっこいい。
仕事が来なくなって稲庭工務店が立ちゆかなくなったとしても
研さんとの人間関係を優先した社長。
確かに社長の選択としたらそれはだめなんだろうけど、
それでもその覚悟で従業員をいわれのない誹謗中傷から守るっていう心意気。
久々の「めんどくせえ」で稲庭先輩がちゃかしてしめちゃったのも含めて
すごくいいシーンだったなあ。
その後は保健所と警察が来たときに、本当に研さんを守ろうとしてくれましたよね。
保健所の職員に仁王立ちになって毅然と対応する社長のかっこよかったこと!

天草さんはラジオ、とうとうクビになっちゃいましたね。
でも、十勝さんとリリエさんが天草さんを守ろうとしてくれました。
この二人の心境の変化も嬉しい。
自分は実は怪物を利用していたのだと告白する天草。
でも、最後まで怪物が好きだったって言ってくれた。
人の心には悪い部分もよい部分もあるということを
ずっと描き続けてきたこのドラマ。
そうだよね、だから人間っておもしろいんだよね。
逃亡したフランケンを応援して、天草ソングをかけてくれる十勝さんとリリエさん、すてき。
東京と山の中で天草さんと研さんの歌声が重なる。
天草さんはあの時東京の歩道橋の上で行方しれずの研さんのこと考えてたんだと思うし
研さんは山で天草さんとのあれこれを思い出して楽しそうだった。
きっと研さんの言う「心は繋がっている」っていうのはこういうことなんだね。
そして騒動以降ラジオ局側に立って、研さんを利用して局を守ろうとした牛久も
つまりは彼も天草さんのこと大好きだったんだ。
天草さんと一緒に怪物と呼ばれるようなすごい番組を作りたかったと告白しました。
こうして最終回まで見てみると、この牛久さんのぶれ方や行動も
実に人間くさかったなあ。
最終的に天草さんもラジオの世界に戻れましたしね。
やっぱりお悩み相談をしているようですけど、
でも、ちょっとその対応が変わったようです。
奇抜な意見を言いがちだったのが、
相談相手にきちんと向き合って答えられていた。
人が怖くて外に出られなくなったという人に向けて
外を森だと思ってみれば? とやっぱり独特の切り口ではありますが、
人も自分を怖がっているかもしれないと思って、
自分が声をかけて欲しい言葉をかければいい、
というのはやっぱり研さんとのあれこれが優しく影響しているのかなあ
なんてほんわかしてしまいます。

そして、そして、先輩の「みことーっ!」よかったですね。
美琴ちゃんんがかわいかっただけに、
その思いが報われてよかった。
本当にすべてが優しく収まるべき所に収まって・・・。
先輩もなんか嫉妬に駆られているときよりも自由になっている感じがして
みんなにとってよい収まり方でした。

研さんが森に帰るというのは想定内でした。
予告が予告だったし。
後は時間が飛んで、津軽さんが子供の手を引いて研さんに会いに来るかなあ
くらいのラストを予想していました。
研さんと津軽さんがハッピーエンドを迎えるという気は全然しなかった。
このドラマにハッピーエンドがあるとしたら、
研さんの死が幸せな形で描かれることだと勝手に思いこんでいたので。
でもその勝手な予測、完全に逆になりました。

まず、研さんが、森に帰り、
そのことに気がついた津軽さんから身を隠すように
120年馴染んだ森から立ち去ったところから、1年後。
稲庭先輩がネットで研さんのきのこを見つけます。
そこに研さんがいる! と津軽さんがその山に探しに行きます。
結構さっさときのこが見つかっちゃうのはご愛敬。
最終回で、しかも「1年後」でそんな所に尺をかけていられません。
きのこを取ろうとして崖から転がり落ちる津軽さんを
研さんがさっと現れて助けます。
ここ、津軽さんの転がり方が1話のサキさんと一緒だなあとは思っていたのですが、
コメンタリーを聞いて、
120年前には転がり落ちたサキさんを殺してしまった研さんが
今度は津軽さんを救ったことに気づきました。
サキさんにしたこと自体は取り返しがつかないけれど、
今度はちゃんと助けられてよかったね、研さん。
研さんはちょっと困ったような
(津軽さんから隠れていたのに見つかっちゃったからね)
照れくさいような、でもやっぱり津軽さんのことが愛おしくて仕方ないような
そんな目で津軽さんを見つめます。
前半、というか研さんが記憶をなくすまでは
研さんからの一方的な愛の告白が多かったんだけど、
ラスト3話くらいは津軽さんが今までため込んできた思いを吐き出すかのように
研さんに「好き」という思いを繰り返し伝えますね。
研さんはそれを優しく受け止める側に・・・。
もう躊躇なく津軽さんを抱きしめられる姿を見ているとキュンとします。
でも、この物語が本当に優しいのはこの後。
山には鶴丸教授や稲庭先輩も来ていて、研さんをキャンピングカーに連れて行きます。
放送時、「彼氏とキャンプ中」に使っていいよと
公式Twitterさんがつぶやいていた屋外用のテーブルとイス。
写真の中で怪物さんと稲庭先輩が仲良くお茶してました。
てっきり、山での撮影にはこんな道具も持ち込んで撮影しているんだ!
って感心していたのですが、
このシーンでいる道具だったんですね。
キャンピングカーの中で、研さんはこの3人が1年間考えてきたプランを聞かされます。
このキャンピングカーを使って、研究室の支援を受けながら、
研さんは研さんの研究をする。
そしてそれを難病治療に役立てる、というもの。
9話放送くらいから、1話からもう一度見直すということをやっていて
驚いたことがいくつかあるんですけど、
その内の一つが、研さんの最初の望みは「新しい自分を見つけること」だったということでした。
その後の恋バナやごたごたですっかり忘れてましたが・・・。
つまりはこのお話はある種研さん、つまりは怪物の自分探しの物語でもあったわけです。
自分が何者であるかという問いは、8話で記憶を取り戻すことで解決しました。
そして研さんが出した結論が、自分は人間の社会で生きていくことはできない、でした。
大切な人たちに迷惑をかけたり、傷つけたりしてしまうから
だから研さんは森に帰って行った。
そんな研さんに新しい生き方、人間と関わる方法を
三人が見つけてくれたのです。
生前の呼六さんの思いと、怪物となった研さんの思いをくみ取って
研さんならではの、研さんにしかできない生き方を。
鶴丸教授は優しいから、
「これは我々の為でもあるんだ」
と言ってくれます。
確かに、研さんが生み出す菌の可能性を、
研究者ならば見過ごせないという気持ちは本当なのだと思います。
研究者として成功する可能性もあるわけですから、
ある種研究者のエゴから出た提案でもある。
でも、そのエゴの部分をきちんと研さんに説明するのも
やっぱり鶴丸教授の優しさだと思うんですよね。
鶴丸教授はずっと研さんの「心」を肯定していて、
それはもう1話の段階から、「彼の心は人間そのものだ」と言っていたし、
8話では「深志博士が信じた君の心を信じる」とまで言ってくれた。
なんでこの人はそんなことまでわかるんだろう・・・
なんでそんなに断言できるんだろうと思っていたのですが、
きっと鶴丸教授は深志博士のことを知った時から
研さんを、望まずして人体実験をされたかわいそうな被験者として
見ていたんだろうなあ・・・と思います。
研さんをこういう視点で見ている人物は、鶴丸教授の他にはいない。
すると見えてくる事実も、きっと他の人とは違うんだろうと思うんです。
他の人の関心が、研さんがほんものの怪物かどうか
どのくらい危険なのかに関心があるのに対して、
きっと教授は深志博士に共鳴する形で物事をとらえていたんだろうなあ。
同じ研究者として、未知の菌を手に入れたら
それを人体実験してみたいという気持ちはわかるんだろうと思う。
実験しなければ、理論が正しいかどうか証明できませんもんね。
でも、そこは科学者とマッドサイエンティストとの違い。
実際に人体実験に踏み切るのには大きなハードルがある。
生きている人間に投与するのではなく
死人に投与するという意味でやりやすかったのかもしれませんが
それでも、生き返らせてみて、彼が人を殺す恐ろしい怪物だと知って
自分がしたことの恐ろしさを感じたのかもしれません。
結局、博士は、呼六以外にこの驚異の施術を行うことはありませんでした。
呼六が生き返ったことを単純によしとしていたら、
不死身の命をどこまでも追求するのなら、
愛するサキさんを蘇らせることもできたでしょうし、
呼六に教え込んで、自分の肉体を再生してもらうこともできたかもしれません。
でも彼はそうしなかった。
一方で、生まれてしまった怪物に対しても、
危険を理由に彼を抹殺するようなことはしませんでした。
ただ、人間に近づくな、森で植物のように生きろと教えただけ。
その辺りから推測して、鶴丸教授は研さんの心を信じるようになったのだろううと思います。
そして実際に子供のように純真な研さんに接してみてそれは確信になった。
だから鶴丸教授は研さんを
望まずして人体実験の被験者にされて、永遠の命を与えられ、
そのことに悩み苦しんでいる気の毒な若者として扱った。
科学者として彼を救済することは必然だと思えたんでしょう。
放送当時は、違和感の方が大きかった研究室パート。
物語のバックボーンの説明にに必要なのかな・・・
程度の認識で見ていましたが
見直してみると、突飛に思えていた鶴丸教授の言葉が、
きちんといろんな所にはまっていく。
何より、研さんの居場所として最終的に大きく機能させるために
あの研究室は描かれていたんだなと思うと胸が熱くなる。
研さんの「研」は研究の「研」ですもんね。
呼六さんが難病をなくしたくて菌を研究した深志博士に弟子入りしたこと
研さんが「人の役に立ちたい」と願ったこと、
そしてそれは津軽さんと願いと一つになって、
一緒に生きていくことができる手段でもあって
なんて、なんて優しい結末だろうと思いました。
ここにたどり着くために、今までのあれこれはあったのだと、思いました。
話を聞いて子供のように涙を流す、研さん。
よかったね、自分らしく生きる場所が見つかって。
後日談として、大きなよい木を見つけて、津軽さんを呼ぶ研さんの姿。
心なしか、今までの研さんよりずっとしっかりして大人っぽい声。
二人手を合わせて、研さんが木に菌を注入します。
優しい菌がふんわりと木から空に舞って、
その下を幸せそうに手をつないで歩いていく二人・・・
なんて完璧な大団円なんだああああああ。
と感動にうち震えてのエンディング。
ああ、このエンディングも最後なんだと思いながらも、
実はほんのちょっと心に何かひっかかっていました。
津軽さんに触れられるようになった、
津軽さんと幸せに暮らせるようになった、
人とつながりながら暮らせる新しい生き方が見つかった
すばらしい終わり方なんだけど、
思いもしなかった優しい終わり方なんだけど、
なんかきれい過ぎないかい?
いや、いいんだけどさ、研さんが幸せならば。
でも、ほら、もともと私が空想していたハッピーエンドの形が
研さんが死ぬことだったものですから、
不老不死の扱いにちょっと引っかかっていました。

とか思っていたら、エンディングの後に数十年後の映像が!!
賛否はあったみたいですが、私、あの飛行機よかったと思います。
数十年後の世界にドンと視覚的に連れて行ってくれた。
ある意味本当に一目見てわかる未来になったので。
そこで描かれたのは、稲庭先輩と美琴の孫が研さんを尋ねてくるエピソード。
それで明らかになったのは、
稲庭先輩と美琴が結婚していたこと、
その孫がちゃんと稲庭先輩の仕事を継いでいること。
(稲庭工務店はきっと美琴ちゃんが引き継いだんだろうなあ)
そして、1年前に津軽さんが亡くなっていること。
稲庭先輩がおじいちゃんになっているわけですから
きっと鶴丸教授もとっくの昔に亡くなっているのでしょう。
でも、研さんは研さんの姿のまま・・・。
津軽さんは研さんを残して逝ってしまいました。
直に他の研さんの知り合いも、研さんを残してみんな逝ってしまうでしょう。
研さんだけが終わらない人生を生き続ける。
研さんは今も菌を生み出して研究する生活を続けているようです。
たった一人、あの森の家で。
ラストは木に菌を植え付けた後、森の中に消えていく研さんの後ろ姿。
研さんが立ち去った後、木ににょきっと赤いきのこが二つ。
研さんの恋の象徴である、赤いきのこ。
研さん、津軽さんのこと思い出したかなあ。
津軽さんの気配をどこかに感じたかなあ。
この余韻がズシンと心に響いて、それが時間が経つほどに大きくなっていきました。
このドラマは、研さんにこの上もない幸せな一つの結末を与えたけど、
不老不死という重い宿命からは研さんを解放しなかったのだなあ。
それはある意味、フランケンシュタインという題材を扱う上で
一番大切な要素から逃げなかったということでもある。
たぶん、この要素をおざなりに扱われたら、
この物語はもっと陳腐なものに成り下がったのだろうと思う。
逃げなかったからこそ、怪物の存在がくっきりと刻まれた。
そんな秀逸なラストでした。

思っていたよりも長くなってこの週末に書ききれなかったので
ここで一旦切ります。
感想はもう少し続きます。

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