フランケンシュタインの恋 第6話

フランケンシュタインの恋はTwitterで公式に絵を募集してて、
フラ恋絵というタグをつけてつぶやけば、
毎週、放送前に怪物さんご本人がその週のフラ恋絵大賞を発表してくれる
という楽しい企画があるので、
フラ恋絵で検索かけてそうした絵を見るのとっても楽しいです。
絵が描ける人はいいなあと思います。
ここ好きだったな、と思えるシーンを
絵という表現で人に伝えられるのっていいな。
それに、絵を描く人は見ているところが違うな、と思う。
細かい手の動きだとか、表情とか。
一生懸命見ているつもりでも、目に入ってないんだなあ・・・。
そんな部分に気づかせてくれるんですよね。
そういえば、子供が小さいときも思ってたなあ。
日々のあれこれをイラストで残せたらなあって。
ぜんぜん絵心がないのでまったく描けないんですけどね。
だからこうやってたくさんの言葉を費やして、
感想を書くしか感動を形に残す方法はないんだよなあ・・・。

今週の終わり方は苦しかったです。
日曜の夜はちょっと眠りが浅くなって、夢の中で一晩中このドラマのこと考えちゃったくらい。
久々にエンディングの歌詞が深く心にグサグサ刺さりました。
最後に泣きそうな顔になって、津軽さんに
「ごめんなさい」
っていう表情が切なくて、切なくて・・・。
綾野くんが演じてきたたくさんの人物たちの中でも、
ドはまりしてしまう人物(キャラクター)が時々いるんですけど、
研さんもその内の一人になったなあ・・・っていう感じ。
もちろん今までだってかわいくて大好きだったんだけど、
ビジュアルとしてとか、設定としてとかじゃなくて
そんなことを遙かに越えて、心惹かれる。
この人に、心から幸せになってほしいと思う。
綾野くんは役にそういう力を与えることができる役者さんなんだよなあ・・・。

今回は見ている最中はちょっと歯がゆくて・・・。
やっぱり津軽さんの動きが少ない回は、
津軽さんの心がつかみきれなくて消化不良になってしまう。
津軽さんの思いが前に出ていないので、
ええーっ、なんでラジオに出ることを反対しないの?
研さんを守ってあげて!
とオンエア時にはそればっかり思って見ていました。
だって、あんなピュアな研さんをラジオなんていう公共の場に出してしまったら
研さんが傷つくに決まってる。
見せ物にされて、さらし者にされて・・・
そして研さんが本性を見せてしまうと狩られてしまうかもしれない。
なのにどうして黙って見ているの?!
でも、落ち着いて見直してみると、津軽さんには津軽さんなりの思いが
ちゃんとあることはわかる。
研さんは津軽さんを守るためにがんばっているんだから、
見守るしかないんだよね。
怪物と呼ばれた幼稚園児のお母さんのように、
こけるかもしれないということは分かっているけど、
それでも見ているしかないんだよね。
津軽さんは自分が言った言葉にも、縛られているところがあるのかもしれない。
前回、研さんが人間の社会で生きようとがんばっている理由を
「自分の世界が広がるのが楽しい」からだと稲庭先輩に答えた津軽さん。
この言葉を踏まえてなのかどうなのか、
稲庭先輩は、
「研さんを狭い所に閉じこめておく権利は俺たちにはないよ」
と言います。
天草は天草で、研さんがラジオで人気が出たのは
「研さんが自分で社会に関わりを持った証です」と言う。
こう言われてしまうと、心配だからと言う理由で引き留めることはできませんよね。
だって、研さんは自分を守るために強くなろうとして
自分の力で世界を広げ初めているのですから。
わかる、わかるんだけど、ヒロインとしては引っ込んじゃうんだよなあ・・・
素直に感情移入できないんだよなあ・・・。

そういえば、研さん、ラジオで嘘つきませんでしたねえ。
前回、あれだけ嘘にまつわる話で、
「嘘」は「思いやり」で、相手を戸惑わせないために「嘘」は必要
って学んだのに、あっさりと
「フランケンシュタイン 120歳です」
って言っちゃってるし。
稲庭工務店のみんなにも言っていないのに、
120年前に生き返ったことや、それからずっと森で生きてきたことなんかも話しちゃってるし。
そこはすかさず教授がフォロー。
「彼は頭がいい、ラジオの本質を見抜いている」
確かに、ここからは(ラジオでは)ラジオネームで行きましょうと天草さんに言われましたから
ラジオはフィクションの世界なんだ、と研さんは了解したのかもしれません。
自分でもずっとラジオを聴いていたわけですから
その辺は感覚で理解していたかも。
どうせ名前も架空のもので通じるのだから、
本当のことを話しても架空のこととして認識されるんだろう・・・と。
実際に稲庭工務店のみんなには、
ラジオ用に研さんが作った設定だと理解されていましたもんね。
もしくはもっとシンプルに、
名前が嘘なのだから、本当のことを話しても
深志研とは切り離せるだろう。
つまり自分を知る人で、本当の話を知って混乱する人はないだろう・・・
くらいの思いだったのかもしれない。
まあ、嘘つこうにも、
「自分は人間を殺すかもしれません」
というこれまでの投稿とつじつまを会わせられるほど高度な嘘を
研さんがつけるとも思わないですけどね(;^ω^)

教授の言葉が要所要所で効いているんですよね。
ここでまず研さんの適応能力の高さを指摘して、
その後、複雑な感情を理解するようになるとどんな複雑な菌がまき散らされるかわからない、
と予言めいたことを言います。
つまりは経験を積むことは研さんを人間社会に馴染ませていくが、
同時にいざ非常事態が起こった時にはその危険性は高まる、
ということなのですね。
研さんが積極的に人間の社会に関わっていくことは諸刃の刃。
教授の言葉があることで、津軽さんや稲庭先輩だけでなく、
視聴者も今まで以上に研さんの感情が爆発する瞬間を
どきどきしながら見守ることになります。

今回、天草のコーナーで研さんに課せられたミッションは三つ。
コンビニで店員としてクレーマーに対応する。
離婚の話し合いをしている夫婦の会話に参加する。
幼稚園児がかけっこに挑戦するのを見守る。
ちょっと三つ目だけ性質が違う気がするんですよね。
前の二つは天草さんが意図的に研さんに負荷をかけようとして選んだんでしょうね。
天草さんは第2話で自分がヤクザの家に乗り込んだように
研さんにも捨て身のインタビューを要求するんですね。
つまりは天草さんにとっては、フランケンシュタインのシリーズでは
関心がリスナーに向かっているのではなく、
研さんに向かっているんですねえ。
それってすごく酷だと思うんだけど、
これはもう、天草という人がそういう人なんだと思う他はない。
歯に衣を着せぬストレートな問いかけは、
誰に対しても向けられる。
今回は稲庭先輩にも鋭かったですもんね。
「それはあなたが望んだことじゃないんですか?」
とズバリと痛いところをついてきました。
前回は津軽さんに
「(研さんを山から連れてきたことは)重荷ではないですか?」
「あなたはこれから研さんをどうしたいんですか?」
って、ずばずば聞いていました。
自分が謎だと思うことは尋ねずにはいられない。
そして、かなり本質的なことをつかむのが巧い、
つまりは鋭い人なんだと思います。
そういう人が「人間について知りたい」とどん欲に動いたら、
そしてその場が公共の電波を通して与えられたのなら、
こうなってしまうよなあ・・・。
そして、天草にとっては研さんはちょっと変わった人間で、
人間探求の格好の矛先なんだろうなあ・・・。
それってある意味とても残酷なことなんだけど。
ラジオのプロデューサーはね、きっと欲得だけでものを考えていて
研さんの人気が出ているから使えとしか考えていないと思う。
変わった人を連れてきて見せ物にする。
その残酷さも危うさも罪深さも理解しないまま。
でも、天草さんはそうじゃないと思うなあ・・・
というか、思いたい。
今回のラジオの一件は、やっぱり、研さんをさらし者にして喜ぶ
そんな悪趣味な企画にどうしても見えてしまうんですよね。
もちろん、ラジオに出ることを通して、研さんはきちんといろんなことを学んでいるんですけどね。

今回の最初のミッション、コンビニの店員。
これは、腹立ちますよね。
研さんじゃなくても、いや、違うな、
研さんじゃなかったら怒ってぶちぎれてるくらいのひどい客。
でも、研さん、素直にいなします。
客に首根っこ捕まれて、すわっ、研さん怒るんじゃないの?
っていう演出も憎い。
でも、研さんは怒りません。
研さんって決して怒りやすい、沸点の低い人じゃないんですよね。

二度目のミッションは離婚の話し合いをしている場に同席させること。
人間のイヤな面が前面に出るシチュエーションで、
しかも研さんが持っている恋愛観とは全く違った話を聞かせる。
非常に研さんの心に負荷がかかる場面。
妻と愛人をあっちはあっちこっちはこっちで
ちゃんとどちらも大切にしてきたという旦那。
この旦那の理屈を
「わかる?」
と聞かれて「ちょっと何言ってんのかわかりません」という言い方が
また出た! という感じでかわいい。
前もこういう台詞あったよなあと思いながらも
2話だっけ? はじめの頃だよなあとしか思い出せず・・・。
録画をたどる時間もないまま週末になってコメンタリィを聞いてわかりました。
初回だったんですね。
しかもできるだけ初回の言い方にかぶせたそうで。
脚本家さんが意図してこの台詞をしくんだかどうかはわかりませんが
(多少は意識していたんだろうなという気はする)
でも、綾野君がああいう演技をしなければ、するっと流れてしまったようなさりげない仕掛け。
そういう脚本の中で埋もれがちな仕掛けや台詞を
宝物を探すみたいに掘り出して、
丁寧で的確なお芝居として表に出してくれる。
これは脚本家さんにとって、とっても嬉しいことだろうなあと思いながら
コメンタリィを聞いていました。
この2回目のミッションで核になったのは
「虚しい」というキーワードを研さんが覚えたこと。
天草さんの解説がいいんだ、これが!
「信じているものに裏切られるのが、悲しい。
最初から信じる価値がないのが、虚しい」
この後、津軽さんにもこの言葉について聞いていました。
そして、ラスト、研さんが感情を抑えきれなくなるトリガーとして
この言葉が使われます。

この2回のミッションを経て、研さんは少し自信をつけた様子。
そうだよね、すごい修羅場を2回経験して、
怒らずに乗り越えたもんね。
住んでいる町まで帰って来て、迎えに来た津軽さんを見た時の顔、
ちょっと得意げな気がする。
津軽さんを送っていくシーンっていままであったかなあ。
一方、研さんを積極的にラジオに出すことの真意を天草さんに見抜かれた稲庭先輩。
たぶんここまで自分ではしっかりと意識していなかったんじゃないかな。
自分がどこかで研さんが傷ついたり、さらし者になることを望んでいるだなんて。
同じことを室園さんからも見透かされます。
ラジオに研さんを出すのは津軽さんと研さんを引き離すためかって。
恋する乙女は感覚がするどい!
いや、もともと室園さんは結構人をちゃんと見ていますもんね。
二人に指摘されて、さすがに愕然とする先輩。
天草さんに研さんをまだラジオに出すつもりなのかと確認の電話をします。
確かに稲庭先輩のダークな面が前面に出たこの回。
でも、そんなにダークな感じはしなかったんですよね。
人間だったらあり得るちょっと残酷な方に気持ちがぶれる感じ?
稲庭先輩は頭がいいから、自分のそういうダークな感情を
上手に「研さんが望んでいることだから」という理屈に置き換えた。
でも人から指摘されて自分が自分で隠してしまった嫉妬の感情に気づいたら
ちゃんと軌道修正しようとするのも人間くさい。
研さんと津軽さんが人並みはずれて純粋で真っ直ぐなので
これくらいのぶれがすごくダークに見えてしまうけど
たぶん他のドラマの世界に連れてったら、
稲庭先輩はとんでもなくいい人の部類に入る人だと思う。

で、三つ目のミッション。
稲庭先輩から軽いストップが入ったからなのか、
次に天草さんが選んだミッションは幼稚園でのかけっこ。
怪物と呼ばれる義足の少年を見守るミッション。
今までのミッションと比べて一気にわかりやすい感動系のミッションにいってしまいましたね。
だから余計に十勝さんが激しく反応したんだと思うんですけど・・・。
だって、これ、ラジオの企画っぽくないですよね、明らかに。
どっちかというとテレビっぽい。
それも視聴率アップを狙ったようなタイプのテレビのバラエティっぽい。
逆に言えば、依頼の手紙の内容自体は、すごく真っ当なんですよね。
怪物だと名乗る研さんに宛てた依頼としては、
離婚の話し合いの関に同席してって依頼するよりもあり得そうな気がする。
天草さんはこの依頼を選ぶことで、何を狙ったのかなあ。
悪く取れば、大人のように理屈で理解できない子供たちの相手をさせることで
研さんに違った角度からの負荷をかけてその反応をみようとした。
いい方にとれば、稲庭先輩が心配する気持ちを受けて、
研さんにとって負荷がかかりにくい依頼を選んだ・・・
うーん、どっちだろ。
でも研さんは目の前の状況から自分なりの「学び」を見つける天才。
最初のミッションではクレーマーの気持ちを知ったことに感謝してましたし、
二つ目のミッションでは、どっちが悪いという泥沼の言い合いには関わらず、
どちらも悲しいという本質を見抜いた。
(研さんがこう言い出したとき、天草さん「ほう」という顔で研さん見てましたね)
ある意味、物事や人間の本質を見抜く力がとてもある。
天草さんのそれが、人を質問で突き刺す鋭い剣のようなものだとすれば
研さんのそれはもっと優しい、そっとすくい上げるような網。
三度目のミッションで研さんは、人の力を知ったのだと思います。
怖くても一歩踏み出す力、転んでも起きあがる力、走りきる力。
そして、それを見守る人が持つ力。
怪物が人間に
「強い人間が怪物になるんです。怪物になってください」
と語りかけるシュールさ。
この時一瞬研究室のカットが入って、教授も一言
「複雑だ」って言っていましたね。
人間になりたい怪物と、
怪物になろうとがんばる人間と。
「怪物、がんばれー!」
と叫んだ研さんは、少年の中に自分を見たんでしょうね。
転んでも立ち上がってがんばる姿。
それは、人間を知ろうとラジオでがんばっている研さんの姿でもあって。
そして、少年はゴールして、ずっと見守っていた母親に抱きしめられる。
それはきっと研さんが夢見るゴール。
研さんはこのミッションを通して、自分の今やっていることは間違いじゃない
という思いを強く持ったのだと思います。
そして目の前で成功体験を見て、いつか自分も・・・と思ったでしょう。
いつか人間を知って、もっともっと強くなることができたら
津軽さんと包容できる日がくるかもしれない。
津軽さんを、あの少年のお母さんのように喜ばせることができるかもしれない。
人間は強くなれば怪物になれる。
じゃあ怪物も強くなれれば人間になれるんじゃないのかな。
そんな幸せな研さんの思いを全否定する食事会。
こんな優しいシーンの後でこんなシーンもってくるなんて、鬼!

十勝さんって本当に人間くさいですよね。
最初、天草を攻撃し始めた時も、アシスタントの気持ちを汲んで始めた感じだったし、
天草やフランケンシュタインが人気が出てきたと知るとあわて出したり。
コメンタリィでも言っていましたが、
この時十勝さんが言ったことは、私も正論だと思います。
ラジオは日常の中にあるべきで、そこから外れるべきではない。
でも、それがちゃんと響かないのは、
十勝さんが怒っている理由がそこじゃないからですよね。
十勝さんは天草さんとフランケンシュタインが嘘をついていると思っている。
フランシュタインに対する態度はある意味一貫していますよね。
初めて会ったときはちゃんとしていたんですよ。
フランケンシュタインの相談に対してひどいコメントをしたことを謝ったし。
人としてちゃんと対応しようとしてた。
でも、フランケンシュタインが過去の話を始めたとたんに、
ちゃんとした対応をやめた。
こいつら嘘つきやというレッテルを貼ってしまった。
そこからは心をシャットダウン。
彼らが何をしても、何を言っても、聞かない。
自分が知っている世界からはみ出すようなことを
一切受け入れないタイプの人として描かれていて、
見ていて本当にいらいらする。
でも、演じている山内さんが巧いこともあって、
こういう人、結構いるよなあと強く思う。
自分の知っている世界、自分が持っている価値観しか認めない人。
稲庭先輩とは違って、わかりやすく嫉妬を前面に出す十勝さん。
荒ぶる心のままにいいたいことを言って、人を攻撃します。
そしてその矛先は津軽さんにまで・・・。
「虚しい」というキーワードをここで効果的に使ってきました。
「最初から信じるに値しない」とこのドラマでは定義されている言葉。
せっかく成功体験を目の当たりにしてこの方法で間違いはなかったと思っていた矢先、
自分にも津軽さんと生きられる道はきっとあると確信できた矢先、
この言葉が十勝さんの口から非難を込めて発せられることで、
それをすべて虚しいと、信じるに価値がないと言われてしまった。
しかも、「お前等みんな」とまで。
つまりは「虚しい」は津軽さんにも向かっているということ。
ある意味生きることそのものに「虚しさ」を抱えている津軽さん。
でも津軽さんは強い心でその「虚しさ」を感じないようにつとめている。
その津軽さんをも全否定されたとき、
研さんの心は暴走してしまいます。
その手からは今まで見たこともないような黒い胞子。
あんなにがまんしようと思ったのに、
我慢できるようになると思っていたのに、
「ごめんなさい」
と泣きそうになりながら言う研さんが切ない。
冒頭にも書きましたが、この表情で一気に研さんに今まで以上に心をつかまれました。
ここでエンディング突入。
本当に「棒人間」の歌詞が染みました。

ネットでプロデューサーさんのインタビューを読んで
ちょっとだけ謎が解けました。
やっぱり綾野君と同世代の斉藤工さんを博士役にキャスティングしたのには
意味があったんですね。
ここからはもっと過去に何があったのかが描かれるそうです。
インタビューから見えてきた展開はとってもドラマチック!
6話のラストではひたすら悲しかったんだけど、
これからの展開は楽しみー。
稲庭先輩の立ち位置ももっと重要になってきそうだし、
ロマンチックに展開していきそうな感じ?
とにかくラジオネタは見ていてはらはらするし、つらいことが多いので
早く次に展開してほしいです。






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