独裁者の部屋

ツッイッターで元NHK_PR1号こと麻生鴨さんをフォローしているんだけど、
あそうかもさんがこの番組面白いってつぶやいていたので見てみました。
外国の教育番組なんですよね。
若者を10人くらい集めて架空の独裁体制を経験させる。
勝者には賞金が与えられる。
でもこの番組のポイントは、
どうやったら勝てるのかということは明確にされていないということ。

第一話は参加する若者の自己紹介から始まる。
それぞれきちんと明確に自分の考えを語るその様子は、
やっぱりちょっと日本の若者にはない部分だなあと思う。
用意された独裁者の部屋は、思っていたよりもゆるい環境。
各人にはそれぞれの個室が与えられ、
食事を用意するための台所やみんなで食事をする部屋がある。
それから尋問室?みたいな部屋も。
でもとりあえずは自由な感じでいきなり収容所みたいな
厳しい管理下に置かれるという事はなさそう。
一通り部屋を見回った若者たちは食堂に集められる。
そして、全ての私物を取り上げられる。
代わりに支給されるものを選べと、様々なもののリストがわたされる。
中にはトイレットペーパーや寝具(シーツや毛布)歯ブラシといったものから
メガネや化粧品に至るまでさまざまなレベルのものが書かれていて
若者たちはその中から決められた数のものを選ばなければならない。
若者たちはまだ危機感が薄くって、
話し合いの結果、寝具やトイレットペーパーよりも
化粧品を選ぶべきだと主張する女性陣に負けてしまう。
結果、私物は全て取り上げられ、
あらかじめ設置してあったトイレットペーパーや寝具も回収される。
そこに来て一気に危機感が芽生え、
化粧を主張した女性陣と寝具がないと寝られないと言う男性陣との間で
一触即発のムード。
この、話し合いをしながらお互いを探っていく感じとか、
結果がもたらすものが明らかになってからの態度の変化とか
すごく面白かった。
価値観の違いがしょっぱなから出るんだ・・・って。
でも、化粧品が生活必需品(トイレットペーパー)に勝るとは・・・
って思ってしまう私は、女性失格なのでしょうか・・・(^_^;)
結局女性陣は最後までばっちりメークしていたもんなあ。
若者たちに与えられたルールは、
ブーっというブザーがなったら自室に帰って外に出てはいけない。
大量に積み上げられたクリップを、色ごとに分けて瓶につめるという労働を課せられる。
最初はこれくらいだったのだけれど、
毎日一人ずつといった感じで、脱落していく。
少しずつ締め付けがきつくなる。
制服が導入されたり、名前が剥奪されたり。
でも、制服って、たぶん日本人だったらこんなに強く反発でないよなあって思ったし、
名前の剥奪も部屋や自分のロッカーなんかに表示される符号が
名前から番号に変わっただけで、
各人が呼び合うことまで禁止されるわけじゃない。
最初に想像していたよりもゆるい独裁者だなあ・・・
って思っていたんだけど、
脱落していく人間はちゃんといて・・・。
特に初回から目立っていて、リーダーシップをとっていた男の子が
束縛されているだけで無意味な生活に耐えきれなくなって脱落したのは
ちょっとびっくりしてしまった。
と同時に、ここは独裁国家ですと言われて、
強制されていることは少ないとは言え、
自由は大きく制限されている中で生活するのは
思っていた以上にストレスがたまるんだろうな、とも思った。
そして、独裁者がなにを考えているのか分からない不気味さ。
結局脱落者はリーダーシップをとっていた少年の後は出なかったのだけれど
その後は内部で紛争が起きていく。
残ったメンバーの中に一人だけ明らかに毛色の変わった子が居て、
人生を軽く考えて、今が楽しければいい的な考えの子で、
みんなの前で過去に自分がやらかした
明らかに行きすぎのいじめのような行為を喜々として話すようなタイプの子。
その子にある女の子が作業中に議論をふっかける。
人種差別について。
議論をふっかけられた子は内心差別意識を持っているようで
そこを思いっきりついてくる。
議論をふっかけている子は白人じゃなくて
日常的に差別があって、必然的に意識が高くなっていて
彼女の周りもそういう環境なので、
白人で差別意識に無自覚な人が許せなかったらしい。
作業中の会話がどんどん深刻になってくる。
他のメンバーにも家族が差別でつらい目にあっている人も居て、
状況的には議論をふっかけられた子が追いつめられていく。
20代前半までの若い世代の子たちが
自分たちが置かれている社会の情勢について
みんなちゃんと自分の言葉で意見を言っているのがえらいなあと思ったし
何かというとまあまあまあまあ・・・とお茶を濁して
あんまり突っ込んだ話をしたがらない日本人とは大きく違うなあと思った。
と同時に、見ているとだんだんと弱いものいじめみたいに見えて来たんですよね。
確かに責め立てているほうの意見は正しい。
でも、他方の意見、しかも明らかに意識が低いので議論も成立しないような意見をあげつらって
ここが悪い、それは考えなしだと責め立てても意味はないように見えた。
人は閉鎖された空間だと、群れたがる。
そして明確な敵を作って、そこを攻撃する。
そんな動きをリアルに見せられた気がしたんですよね。
この仲間内のイザコザに独裁者が動く。
独裁者はメンバーに他のチームの存在をにおわせる。
他のチームの値とこのチームの値が示される。
自分たちの他にもチームがあるのか?
示された値(数字)はなに?
相手のチームに勝たないとこのゲームに勝ったことにならないのか?
他のチームの存在をにおわされることで、
作業効率が一気にあがった。
そして、内部の紛争が収まって団結し始めた。
結局、独裁者がしたことといえば、これくらいのこと。
後は・・・なにが基準か分からないご褒美を特定の人物に与えたり、
意識調査をして反抗的な答えをしたした人物のドアに印を付けたり。
最終回(実験最終日)このグループの勝利が告げられ、
(もともと個人競争だったはずなのに誰が勝者かは告げられないまま)
今まで閉られていた窓が開けられる。
1週間以上も太陽にあたっていなかった若者たちが
外の光と空気に大きく反応する。
最終段階のために移動しなければいけないと告げられて
若者たちは自ら、実験場と現実を隔てていたドアを出ていく。
そのドアは、今まで脱落者しか通らなかったドアなのに。
移動のバスの中、解放されてすがすがしい表情をした若者たちを映し出して
この番組は終わる。

勝敗も行く末も、賞金が誰に与えられたのかも、
そもそもこのゲームの勝利は何によって決められたのかもわからないまま。
あまりにこの分からない終わりにびっくりして
あわててネットで感想を探して読んでみたんだけど
だいたいみんな一様にびっくりしていました。
一番しっくりきた感想は、
彼らがあのドアを通った時点でみんな失格・・・というものでした。
みんなだれも疑いもせずにあのドアをくぐったんですよね。
その段階ですでに独裁者に洗脳されていたと言えるのかもしれない。
そして、考えてみれば、力で脅された訳ではないのに
みんな唯々諾々と命令に従っていたよな。
理不尽な私物取り上げも、意味のない労働も、
いるかどうかも分からない相手との競争にも・・・
そしてあれほど自分の意志では絶対にくぐらないと言っていたドアも
驚くほど簡単にくぐってしまった。
決して意識が低い人たちではないんです。
逆にとても意識の高い人たちの集まりだったのに、
これほど簡単に誰かの意志のいいなりに動いてしまう。
集団としても個人としても。
人は思いの外簡単に人の言いなりになってしまう。
そのことが一番怖かった。
個人的に、今抱えている問題に近いなあって思って、
(というか、この番組を見ながら、今の状態って「独裁」状態だなあって思った)
すごく身につまされる・・・というか
「独裁」という言葉、状態が決して遠い世界の事じゃないなあと感じた番組でした。

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怒り その2

前に書ききれなかった感想の続きです。

あ、いきなり何かの検索でここに辿り着いてしまった方へ。

完全にネタバレありありで書いていますので、ご注意下さいませ。

 

 

 

 

書きたくて書ききれなかった役者さんに対する感想です。

まず第一にやっぱりこの映画の顔になって下さった渡辺謙さん。

渡辺謙さんのお名前で、この映画に関心を持つ人って絶対多かったと思うんですよね。

30代以下の、実は若めのキャストが多いこの映画でびしっと締めて下さる存在でした。

宣伝も渡辺謙さんが出られるだけで存在感ありましたもんね。

とんねるずの食わず嫌いに出た時は率先して流れを作って下さっていたし。

ちなみにこの番組では綾野君がタカさんにいじられる役回りになっていて

なかなかおいしかった(^^)

役柄的にそれほど大きい役ではなかったと思うんです。

もちろん三つの話が平行して描かれる作品で、

誰か一人の役が突出して大きいことはない。

そんな中で、渡辺さんが演じた役の位置を考えたとき、やっぱりちょっと異質なんですよね。

東京、千葉、沖縄と3組のカップルを中心に物語は進むんだけど、

主要人物の中でそのカップルに入っていないのは

森山君演じる田中と、渡辺さん演じるお父ちゃんだけなんですよね。

田中は犯人で、そういう意味でも全く異質な存在。

けれども話の性質上、彼が前面に出る訳にはいかない・・・

とすると、残る異質な存在は謙さんだけな訳で。

沖縄編は物語の構図がちょっと違うので一緒には語れないんですけど、

(沖縄編は愛しているという気持ちと疑うという気持ちが表裏一体になっていない)

千葉も東京も、「愛している」という気持ちと、でも「信じ切れない」という思いの間で

大きく揺れ動く様が描かれます。

お父ちゃんもまた、信じたいと信じ切れないの間で揺れ動くのだけれど、

それは疑惑を持っている人間に対する直接的な愛や信頼ではなく、

娘に対する愛情や信頼。

ある意味、関係性の中ではワンクッション外にいる人間で、

だからこそこの映画の看板になるのにふさわしかったんだなあと思います。

もちろん大きなネームバリューという要因以外では、ということです。

やっぱりハリウッドでも活躍していいる渡辺謙という看板は大きいもの!

ただ、すごいなあと思ったのは、謙さんが謙さんじゃなかったこと。

渡辺謙っていう役者さんはスケールの大きな人物がとてもよく似合う役者さんで

今までもそういう役多く演じて来られていますよね。

ただ画面に映っているだけで、人間としての幅の広さとか正しさだとか

そういうものを力強く伝えることが出来る役者さんで、

また、私はそういう謙さんが大好きだったりするんですけど、

この映画では全く違いました。

最初はもちろん「わあ、謙さんだあ」って思って見ていたんだけど

途中、どの辺りだっけかな、

愛子を心配して佇む謙さんがとても懐かしい人に似ているなあって思ったんです。

誰だっけ? と思いを巡らしたら、父方の伯父でした。

伯父は漁師ではなく、山に住んでいるんだけど、

今ではもう限界集落になってしまっているような山奥で

農協の職員と農業をして生きて来た人で。

漁業と農業の違いはあれど、

生まれた土地で生涯土地に根ざした仕事をしながら生きて来た・・・という点では

きっと似ている部分があったと思うんです。

口数が少なくて、親戚の集まりがあるときでも、

必要なこと以外はほとんど話さなくて。

子供の頃はそれが苦手で怖いなあって思っていたんですけど、

今だったら不器用なだけだったんだなって分かる。

そのおじさんの立ち姿にそっくりだったんですよねえ。

もちろん伯父が謙さんに似ているわけはなくて、

そういう容姿的なものじゃなくて、

土地にしっかり根ざしている感じとか、

過ごしてきた年月の重さを感じさせるような空気感とか、

そういうものがとても似ていた。

そのことに気付いた時に、改めて謙さんすごいなあと思ったんですよね。

世界の渡辺謙はどこにもいなくて、

ただただ小さなコミュニティの中で生きてきた男としてスクリーンに映っていることが。

その後バラエティなんかで見ていても、

素の謙さんに田舎の不器用なおっさんの面影はどこにもなくて、

もちろん「硫黄島」とかで見せたようなカリスマ的な人間でもなく

結構さばけていて、思ったことずばずば言って、

ときどきとぼけたところもあったりするけど年相応のおじさんで、

役者さんって本当にすごいなあと思いました。

 

 

その娘役を演じた宮崎あおいさんはもう前の感想で書いちゃいましたけど、

原作で言葉で説明されている人物造形の大部分を

演技として表現していて、

しかもそれは今まで宮崎さんが演じてきたのとはまた違った人物像だったのに

原作を読んだ段階でこの役を宮崎さんがやることがイメージできなかったのに

見てしまった今は宮崎さん以外がこの役を演じることを考えられないくらい

無防備で純粋でキュートな愛子でした。

 

 

田代役の松山くんはちょっとこのメンツの中では損な役回りだったかなあと・・・(^_^;)

千葉編はどうしても親子の思いが主軸になりますから、

原作でも田代の比重は低めでしたもんね。

それでも登場シーンの、夜の道を雨合羽着て自転車乗っているだけで

あれだけ怪しい感を出せるっていうのはさすがだなあと思います。

もちろん、怪しい三人組それぞれの登場シーンはとても計算されていて

みんな怪しい雰囲気満載で登場するのですが、

ハッテン場で膝を抱えて座っている直人よりも、

無人島で一人で暮らしている田中よりも、

登場シーンとしては一番怖かったんですよね。

雨のシーンというのもあるんだろうけど。

それから、意味深なアップは一番多かった気がする。

 

 

沖縄編ではやっぱり新人の佐久本宝くんが圧巻でした。

登場シーンではどこでもいそうな、というか沖縄にいそうな素直な高校生だったのが、

泉を守れなかったという重い罪を抱え込んでしまってからは、

田中に悩みを打ち明けるシーンも、

最後の無人島のシーンも、もうすごいとしか言いようがなかった。

原作ではそうでもなかったのに、映画では彼のシーンで一番泣けた。

特に無人島のシーンはまるまる映画オリジナルで、

原作では無人島で田中の例の落書きを見つけた後、

実家の民宿の厨房に潜んでいて、帰って来た田中をいきなり刺してしまう。

(原作では田中は暴れて飛び出すことなく、民宿で働き続けている)

でも監督は犯人と辰哉を直接対峙させる場を作ったんですよね。

無人島に行った当初の辰哉は田中を刺す気持ちではなかった。

でも田中と話して、田中の本心に触れて怒りにかられて田中を刺してしまう。

原作では辰哉が田中を刺すに至る心の流れは省略され、読者の想像に委ねられている。

映画ではその心の動きをちゃんと演技で表現しないといけない。

佐久本くんはその大切な場面を説得力を持って演じきりました。

社会に対してのルサンチマンの塊のような田中(もとい山神)。

自分に水をくれたという親切を歪んで受け止め、

世間に対する「怒り」を罪のない人にぶつけて殺してしまった人間が、

真っ直ぐな少年の、愛情に裏打ちされた「怒り」でもって殺される。

この作品では様々な「怒り」の形が描かれ、

それぞれの登場人物が誰に対してどんな「怒り」を抱いていたのか考えさせられるのですが、

犯人である田中以外で「怒り」の感情を他者に向けて放ったのは辰哉ただ一人なんですよね。

そして、無人島での最後のやり取りによって、

観客もまた辰哉の心の流れに同調できるように作られている。

辰哉が悔し泣きをしながら山神が壁に刻みつけた落書きを消そうとする様子を見て、

彼の思いに涙せずにいられなかった人は多いと思います。

彼の怒りを我がことのように感じた人は多いと思います。

辰哉が田中を刺すに至る心の流れは、圧倒的に映画の方が強く伝わる。

それは、映像で少年が人を刺すシーンをみせる以上、絶対必要な描写だったと思うのです。

人を殺したという事実だけで、単純に辰哉と田中を同一視させないために。

辰哉の「怒り」と山神の「怒り」は違う。

形のないぼんやりとした、空気や雰囲気のような「怒り」で

罪もない人を殺してしまった山神は、

大切な人を侮辱され、踏みにじられ、自分が信じた思いすらも裏切られた

真っ直ぐな少年の真っ当な「怒り」によって成敗されなければならなかった。

原作者が、山神が犯行に及んだ心情を丁寧に解き明かすよりも

他者の「怒り」という感情に殺されてしまうと言うラストを選んだのは、

そういう空気のような「怒り」が蔓延している

現在の社会への警鐘だったような気がするのです。

そう考えると山神は時代の象徴なのかなあと思います。

 

千葉すずちゃんはこの役をオーディションでゲットしたのですね。

若い女優さんには辛いシーンの撮影だったと思います。

沖縄の映画館では、入り口に「この映画にはレイプシーンがあります」と

断り書きがあった所もあったと聞きました。

沖縄でなくても、ああいうシーンがあるとは知らずに映画を見て

辛い思いをされる方も多いかもしれません。

それほど真に迫った目を背けたくなるようなシーンでした。

だからといって、ああいうシーンをマイルドに表現すべきだとは思いません。

例えば、いざそういう場面に遭遇しても死にものぐるいで逃げればいい、とか

ちょっとした事故だと思ってわすれればいい、みたいに思っている人にも

そういうもんじゃない、というキツさがちゃんと伝わったのではないでしょうか。

きちんと伝わるというか、想像する材料になっていくというのがフィクションの大きな力で、

私も今まで通り一遍に「気の毒だなあ」としか思っていなかったことに改めて気付きました。

どこかで慣れっこになっちゃってたんですよね。

そしてこういう事件はすぐに「米軍基地反対」という運動に結びついていくから

考えるのがめんどくさくなっちゃってた。

でも、映画を見てからは、もう少しは痛みを感じながら

ニュースを見ることができそうな気がします。

運動のあり方はどうなんだろうと思うことはあるけれど、

実際問題としての被害は被害としてもっと重く受け止めなくちゃなと思いました。

それくらい、辛いシーンでした。

 

 

そして、何と言っても沖縄編では森山未來くん。

私は原作を読んでから映画を見たので、原作の流れにのった役として田中を見ていたんだけど

原作を知らなかったら全然違う解釈もあったんだ・・・と

前回の「怒り」のコメントを読ませていただいて改めて思いました。

田中が実は人間味のある人だととると、作品の見え方が全く変わってくるんですね。

私は原作寄りに田中はモンスターとして見ていたので、

そういう形で感想も突っ走りますが、

この人が犯人と思って見ていたので、森山君の演技が怖かったあ。

出会いのシーンから怖かった。

田中が建物のベランダ?っぽいところに立っていて、

地面に泉が立っていて、田中を見上げる形なんですよね。

光の加減もあって最初表情が見えないんだけど、だんだん見えてくる。

でも、泉に「一人?」って聞いた時の顔があまりに無表情で、

あの時泉が「一人」って答えてたら絶対殺されてるな・・・って思わせる雰囲気を持ってた。

何よりも怖いなあって思ったのは

辰哉が自室で泉のことを田中に話すシーン。

この段階ではあくまでも友達の話として話しているんだけど、

それを受ける森山君の演技がすごかった。

もうどう見てもいい人なんです。

辰哉の話にじっと耳を傾け、安易な慰めの言葉や上辺の同情じゃなく、

心から辰哉の思いに寄り添った言葉をかける。

そこにうそは感じられなくて・・・だからこそ、怖いと思ったんですよね。

この場、この一瞬では、この男は本気でそう思っているんだろう。

自分に求められる態度を的確にすばやくキャッチして、

そこに自分を合わせることができる。

その気持ちになりきることができる。

でも、きっと、自分の部屋に帰って一人になったときに、

自分の態度ごと辰哉の思いを笑い飛ばすのだろう。

そんな気がしたんです、

原作に描かれた、人によって全く印象が変わってしまうモンスターとしての山神。

その姿をリアルに見るとこうなるんだと思わせてくれました。

それがもっと分かりやすく出たのは、お客さんの荷物を外に放り投げるシーン。

生来のムラ気が出て乱暴な仕事をしている時に辰哉にばれてしまう。

田中はとっさにそのムラ気を、辰哉から聞いた話のせいにする。

辰哉の気持ちは、田中の不振な行動を詮索する余裕がなくなって

一気に泉の問題へとなだれ込んでいく。

そのことを計算しての田中の言葉。

本当はその場にいたのだと、辰哉が話した少女の話は泉ちゃんのことだと知っていたと、

それはそれは切実に真に迫って辰哉に訴える。

巧みに嘘を交えつつ、自分を美化し、その上で仕事上の失態をごまかす。

辰哉は泉のことで頭がいっぱいだからそんなことまでは思いがいたらない。

けれども、観客にはちゃんと小さな違和感として残るような場面になっている。

そして、無人島でその違和感が確信に変わる。

民宿を飛び出して、そこの息子である辰哉に自分を偽らなくてよくなった田中は

素の自分の姿をさらけ出す。

たぶん、深い考えはなかったんだろうと思う。

ただただ、もう芝居するのも疲れたし、こいつらにつきあってんのも飽きた

くらいのことだったんだろうと思う。

自分の言動が辰哉の怒りに火をつけ、自分の身が危うくなるとは

全く想像だにしていなかったんじゃないかな。

というよりも、自分は一段上にいて、

世間の中で一生懸命生きている人を見下して生きてきたから

その、一段下にいる人間に自分が殺されるなんて思いもしなかったのではないかな。

人を殺しても保ってきたその歪んだ自意識が

辰哉に刺されることで、自分も同じ地上に生きる一人の人間だと認識させられた。

一段高い所から地上に引きづり降ろされた。

それが田中にとっての死だったのではないかなと思いました。

映画で付け加えられた無人島での直接対決が、

この映画の核になっていると感じたし、確実に映像としての強度をあげていた。

このシーンを作り上げた森山君と佐久本くんに拍手!!

 

 

さてさて、東京編です。

原作では東京編が一番好きでした。

映画ではやっぱり沖縄編がとても強度を持っていたので沖縄編の印象が強かったのですが

それでも、原作を読んだ時に感じた東京編の優しさや切なさは

映像になってもちゃんと生きていて、

イメージしていたそのままに映像として東京編を見ることが出来たことがとても嬉しかった。

綾野君が宣伝時に盛んに言っていた

「優馬と直人は正面から向き合わない」というのは、あくまでも優馬視点なんですよね。

きっと直人は優馬が真っ直ぐに向き合えば、そのまま逃げずに向き合ったと思う。

でも、自分の横に立とうとする優馬を受け入れ、

そっとそのまま横に居続けるのが、直人の優しさであり、愛し方なんですよね。

優馬が直人と正面から相対しなかったは、

自分がゲイであると言うことを正面からは受け止めていなかったから。

軽やかにゲイ友達と遊んで、必死で隠そうとしている訳では無いけれども

本当の意味で向き合っている訳でもない。

そういう中途半端な人との向き合い方で生きてきた象徴。

その弱さが、最後まで直人を信じ切れなかった要因でもある。

直人はちゃんとそんな優馬の弱さもわかっていたんだと思う。

分かった上で、それでもそっと横に立ち続けた。

弱さも含めて愛していたんだろうなあ。

この作品で登場人物のそれぞれが誰に(もしくはどこに)「怒り」を感じているか

ということを考えるとき、

優馬はすぐにわかるんです。

愛する人を信じ切れなかった自分自身の弱さ、

優馬はそこにやりきれない怒りを感じている。

でも、直人は?

終始穏やかで、優馬にも何も言うことなく死んでいった彼は

いったい何に怒っていたんだろう・・・と考えると、

きっとそれを描いているのは直人登場の場面なのじゃないかな・・・と思います。

彼はなんでハッテン場にやってきたのか。

もしかしたら街で行く宛もなくふらふらしているところを

引っかけられて連れて来られたのかもしれないし、

居場所が無くて、居場所を捜している内にここに辿り着いたのかもしれない。

なんにしろ、登場の段階で直人はすでに退職している状態です。

身よりもなく、身を寄せられる頼る人もいない。

後に優馬に友達の所を泊まり歩いていたみたいなことを言っているので

その言葉を信じるならしばらくはそうやって過ごしていたのかもしれない。

でもきっとそんな生活も続かなくて。

そんなこんなよりも何よりも、彼を自堕落にさせていたのは病気の存在。

いつ止まってしまうかもしれない心臓。

そんな心臓を抱えて、どう生きていけばいい?

ただでさえ、施設で育ったというハンデがある。

他の人のように家族の温もりも知らないまま育った。

それでも頑張って自分の力で生きていこうとしていたのに、

どうしてその自分に病気が襲いかかるのだ?

運命の理不尽さ、そして、それに付随する世間の冷たさ

きっとそんな自分の力ではどうすることもできないもの全てに対して

「怒り」を覚えていたんだろうと思う。

膝を抱えて顔を伏せて身を縮めて、

周りの一切から自分を遮断するように部屋の隅にひっそりといた直人。

優馬に見つけられたとき、必死に抵抗したのは

そんな自分に襲いかかってきた全ての不幸、理不尽に対して抗う思いを

優馬に向けたのでしょう。

けれどもあっけなく組み付され、思い通りにされてしまった。

抗っても、抵抗しても、無駄なのだ。

一切は自分の意志とは無関係に自分を蹂躙していく。

そんな無力感、虚無感を抱えたとき、優馬が声をかけてきた。

そういう流れだったのだろうと思う。

直人の「怒り」は優馬と暮らす中で解消していったのではないかな。

エリートサラリーマンとして生活する直人。

ゲイであることに卑屈になるわけでもなく、自由に人生を生きている。

その優馬と並んでいると、自分の不幸な境遇も一瞬忘れられたのでしょう。

でも何より大切だったのは、死を目前にした優馬の母と一緒に時間を過ごせたこと。

母親の温もりを知らない直人にとってお母さんという存在は特別だっただろうし、

その母親の口から愛おしそうに優馬の昔話を聞くことはとても幸せなことだったに違いない。

それに、一人ではなく、二人で死に向かい会うことで、

死を恐れる気持ちから、死を受け入れる気持ちへと穏やかに移行していけたのだろうと思う。

原作では直人が優馬に言った「大切なものが多すぎる」という言葉。

映画ではお母さんが優馬に伝えていました。

そして、それを横で聞いている直人。

多くを望んで手に入れられないと嘆くよりも、

たった一つの大切なものに気付く方が幸せなのだと分かった時、

直人の「怒り」はきれいに昇華されたのではないかなと思います。

だから直人はとても幸せな人だったんじゃないかな。

最後の日々を幸せな気持ちで過ごすことができて。

あんな風に死んでしまうことは不本意だったんだろうけど、

本当はもっともっと優馬と一緒に暮らしたかったんだろうけど、

それでも、人を愛して、人から愛されていることを感じながら死んでいけた直人は

この作品の登場人物の中でも一二を争うくらい幸せな人だったのだと思う。

一方、切ないのは優馬の方で、

愛する人を無条件に信じることが出来なかった為に大きな代償を払うことになってしまった。

優馬が信じようが信じまいが、直人の命を救うことは出来なかったんだけど、

優馬が自己保身に走って、警察からの電話で「しらない」と言ったが為に、

直人の死と直接向き合うことができなかった。

もっと言えば、直人がおそらくもっとも側に居て欲しかったであろう時に

自分は側に居てやることができなかった。

優馬が直人に連絡をとることができなくて、

直人が犯人かもしれないという思いに苛まれて過ごした時間

それは真実が分かった時にとても重い十字架になった。

原作の東京編は優馬の視点で描かれて行きますから、

原作を読んでいるときにはずっと優馬の視点で直人を愛し、疑い、

そして優馬と一緒にものすごい喪失感を味わったんですよね。

取り返しのつかない喪失感。

映画の視点は優馬に寄り添いながらも、もう少し俯瞰的な視点になりますから

やっぱりそこまで没頭して喪失感を味わうことはなくて・・・。

東京編が原作よりも映像の方が印象が弱いのは、

やっぱりそういう映像的な特性にあるのだと思います。

視点が俯瞰的なものになっている分、

原作で味わった喪失感は役者さんが演じて「見せる」しかなくて・・・。

喫茶店で直人の死を聞くシーン、そしてその後に街に出るシーンの妻夫木さんの演技

すごかった・・・。

しっかりと優馬の思いを画面に焼き付けていました。

そして、優馬に真実を伝えた高畑充希ちゃんもすばらしかったなあ。

ほんの短い登場シーンなのに、その目で、間で、

直人ととの関係性を、直人への愛情を、とても説得力がある形で伝えてくれました。

東京編の最後で、直人の死を悲しむ優馬のアップ。

試写でその顔を見て、「初めて優馬の顔を正面から見た気がした」と語った綾野君の言葉、

とても好きでした。

優馬の思いを、直人に伝えられなかった思いを、

天国にいる直人が受け止めたような気がして。

ゲイの話ではあるけれども、

人を愛するという意味ではとても普遍的な愛を描いていた東京編。

直人を綾野君が演じてくれてよかった。

綾野君って、なんか不幸が似合うんですよね。

施設で育って、それでもめげずにしっかりと生きようとしていた矢先に

治る見込みのない病であることが分かる・・・という直人の生い立ちは

なんだかとっても綾野君のイメージにしっくりくる。

けれども、不幸は不幸で終わるのではなくて、

不幸も乗り越えていくような深い愛を持った直人という人物を

儚くも凛と演じてくれました。

綾野版直人に会えてよかった。

 

 

 

とまあ、こんな感じで長い長い感想終わり!

ここまで読んでくださってありがとうございました。



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遺産相続弁護士 柿崎真一

なんか職業+名前のドラマ続き・・・。

しかも、関西ではこの二つのドラマ同じ木曜に放送されていたんですよね。

(関東や他の地域はわかんない)

つまり木曜は「はじめまして・・・」「吉良奈津子」とこのドラマ、

ついでに言うと金曜は「ヤッさん」「神の舌を・・・」「グ・ラ・メ!」と見ていたので

週末には見なければいけないドラマがわんさかという状態でした。

このクールはたくさんドラマを見ていたなあ・・・。

 

さて、このドラマ、弁護士ものだけど、

ドラマのテイスト的には深夜帯でよくあるスタイリッシュな探偵もの(エログロありの)を

少しPOPにした感じのドラマでした。

このドラマでの森川葵ちゃんがものすごくキュートでした。

着ている服もカラフルでポップで、

お金にがめつい弁護士というなんとも変わった役だったんだけど

それを振り切って演じていて、とにかく見ていて楽しかった。

ポジション的にはかわいい妹分的な峰フジ子?

ぷっくりとしたほっぺと唇がなんともかわいい。

森川さんは「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」「プリンセスメゾン」

そしてA-studioの司会の姿くらいしかみたことないのですが、

その中でもこの役をやっている森川さんが一番キュートだと思います!

話自体は遺産に絡む事件に隠された謎を解いていく一話完結もの。

遺産に絡む話ばっかりだし、

なんといっても登場人物がひたすら金金いっているので

世知辛い話なのかなあ・・・と思いきや、

結構人情話に落とし込まれていて面白かったです。

各話結構捻ってあって、どの話も遺産の影に隠されている死者の思いを

意外な形で、でもちゃんと納得のいく形で見せてくれる。

結局お金目当てで一生懸命調べたのにお金が一銭も入ってこないっていう

お決まりのラストで登場人物達がわちゃわちゃするのもお約束で楽しい。

最終話では娘役に鈴木梨央ちゃんが登場。

この子は本当に演技が上手い。

いわゆる子役っぽいくせがあんまりなくて自然な演技が出来るから

将来は神木君や大後さんみたいに子役から大人の俳優にスムーズに移れるのではないかな。

このクールでは1話完結ものに面白いドラマが多かったんだけど、

その中でもこのドラマはかなり面白い方でした。

あんまり話題にはならなかったけどね・・・ orz



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