Sー最後の警官ー奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE

「Sー最後の警官」初日に見てきました。
いつも利用しているシネコンに行ったんだけど、
「スワン」の時より多い目のお客さんが入っていました。
「S」ってどういう層のお客さんなんだろ・・・?
と思っていたんですが、結構バラエティに富んでいましたね。
私よりもずっと年上のおばさまから、小学生連れのお母さん、
十代後半くらいのお子さんを連れた夫婦、若い女の子、年配の夫婦などなど。
小学生の男の子達がそこそこいたのは嬉しかったな。
たぶん作り手は(内容的には)男の子にかっこいい!と思って見てもらいたいのだろうなって思うから。
番宣の仕方は役者目当ての人を巻き込もうとしている感じはしましたが。
見終わった後、後ろから
「面白かったねえ」
という声が聞こえてきて一安心。
よかった、面白かったんだ・・・C=(^◇^ ; ホッ!
というのは私自身はTVシリーズで感じていた違和感を完全にはぬぐい去れなかったから。
ここはいいなあ・・・と思える部分もたくさんあったんですよ。
やっぱり明らかにTVの時よりもスケールアップしているし。
でも、やっぱり・・・「(´へ`;ウームと思っちゃうところもいっぱいあって、
トータルすると、可もなく不可もなく、
TVシリーズの印象そのままになんか惜しい作品だなあって言う印象だったので。
見る人が見たらちゃんと面白いんだって思ってほっとしました。
以下、ネタバレで感想書きます。
まだ見ていない方は読まないでくださいね。








まずは映画になってよかったなあ・・・TVシリーズよりも良くなったなあと思ったところ。
やっぱりスケール感はすごかったですね。
凶悪犯だけじゃなくてテロリスト、しかも国際テロリストを相手にする以上、
これくらいのスケール感はあって欲しいところ。
これだけのスケールはTVシリーズの予算では作れないでしょうから
どうしても映画化する必要があったのかな。
大型のタンカーが海に浮かんでいるシーンは本当にスクリーン映えしますね。
その上を縦横無尽に飛び回るUH-60Jのかっこいいこと!
いや、別にミリオタでもなんでもないんで、ヘリコプターの名前詳しいわけじゃないんですけど
この機体はやっぱり特別。
確か「天空の蜂」にも出てきますよね。
「空飛ぶ広報室」で登場したヘリなもんで(しかもリカが機体名を連呼してた)頭に焼き付いてる!
機体に書かれた「航空自衛隊」という字を見る度に、
香椎隊長が「航空自衛隊」と言う度に、
(香椎隊長が単に「自衛隊」ではなく「航空自衛隊」と連呼し、
ご丁寧にメディックの説明までしてくれました)
広報室は大喜びしているんだろうなあ・・・と思っていました。
「空飛ぶ広報室」ファンとしては、もう一カ所、
ラストにイルマが蘇我に赤ちゃんを抱かせるシーンがあって
思わずニマニマしてしまいました。
全然、空井君とリカという感じはしないんですよ。
仮面から伝わって来る雰囲気は全く違う。
ただ、勝手に脳内で空井君とリカに変換してしまって妙に嬉しかったです。
それから速田さんにお子さんができたり、
梶尾くんが結婚したり・・・と、
TVシリーズで描かれた物語のその後がちゃんと描かれているのもよかった。戦闘シーンが多い中で、隊員達の日常風景は数少ないほっとできる場面でしたから。
そして、一番よかったなあと思ったのは、
「制圧ではなく確保」を信条にする一號とイルマに、
その信念を揺るがす展開が用意されていたこと。

TVシリーズで何が一番腑に落ちなかったっかというと、
事件の内容や状況とお構いなしにSATとNPSの対立項目として
「確保か制圧か」というお題目が用意されていて、
それを大前提にしてNPSとSATがやり合っていた部分だったんです。
でも、SATだって全部が全部犯人を殺す!と思って作戦をしているわけではないですよね?
人質の安全が確保できて事件の解決ができるなら確保を選ぶこともあるはずです。
全てが状況次第のはずなのに、ハナから「確保か制圧か」でもめる。
もっとギリギリの状況になって、このままでは人質の命が保障できない、
もしくは、甚大な被害が予想される・・・という時にこそ出てくる問題のはずなのに・・・。
TVシリーズではそこの葛藤が薄くて、
SATが自分たちの力を誇示せんがために「制圧」を叫び、
無謀な状況の中、一號が敵に突っ込んでいって、結果オーライで事件が解決する・・・
という流れが
なんかものすごく現実離れしていていやだったんですよね。
でも今回はショッピングモールのやりとりで、一號に(もしくは観客に)、
正木を殺さないとタンカーは止まらない・・・という思いを見せつけた。
イルマの方は、自分が打った弾が犯人を貫通して狙っていない子供に当たったことで、
自分は犯人の急所を狙わずとも犯人を倒せるという自信を木っ端微塵に砕かれた。
この二人の葛藤がちゃんとあったことで、
TVシリーズの時に感じていた違和感は多少なりとも緩和されたのかなと思います。

とは言え、この部分は同時にやっぱりこの物語の歪さを浮かび上がらせた。
例えばイルマのほう。
イルマが撃った弾が犯人を貫通して子供に当たったわけだけど、
イルマに負い目を持たせるには
イルマが肩を狙ったが為に外れて子供に当たった、
もしくは何かに当たって弾道が変わった為に子供に当たった・・・
としなければならないんちゃうん?
もしくは、イルマの言うように、蘇我ならこめかみを狙ったから子供は助けられたとしたいなら、
犯人が逆上して銃をぶっ放しそれが子供に当たった・・・
というようにしなければいけないのとちゃうん?
だってあの状況ならこめかみを狙っても貫通したらやっぱり子供に当たっちゃうよ?
こめかみを狙ったら子供に当たらなかったっていう保障はどこにもない。
だからイルマの葛藤の基礎がものすごく弱いなあ・・・と感じてしまう。
ここはやっぱりはっきりと、犯人を射殺したら子供は助かったという描写にした方がよかったんちゃうん?
たぶん、子供が勇気を出して友達を助けようと飛び出した・・・という要素が欲しかったんだろうけど
その部分、後からフォローがあった訳でもないしさ。
これが、お父さんが船の上で「息子さんは友達を助けようとして撃たれたんです」という事実を聞くシーンがあれば、
ちゃんと意味があったと思うんだけど、別になかったですよねえ。
いいとこ突いているんだけど、微妙に核心をずらされている感じがすごく気持ち悪かった。
一號の方はというと、「誰も殺さない」という信念がどこまでのものなの?
という疑問が大きくなってしまった。
最終的にタンカーに突っ込む時に、あれだけ大きな作戦になって
三つの部隊が入り乱れている中で、絶対誰か死んでるよね? 犯人側。
だいたい「確保」にこだわっているのはNPSだけで、SATもSSTもそこにはこだわってませんもんね、
ということは、誰も殺さないっていうのは一號にだけ成立したらOKっていうこと?
最終的に正木を殺さずに確保できたからオールオッケーっていうことなんだろうけど、
あの最後の一號との一騎打ちの段階で正木を殺そうとする人はSATにもいないでしょ?
だってもう正木は確保できる段階まで来ているし、丸腰だし。
蘇我だって二人の殴り合いをそのままにしていましたよね。
なにか違う動きを見せれば撃つというように銃を構えてはいましたが。
これまた一番根幹の部分がなんか弱いなあ・・・と感じてしまった点。
かゆいところに手が届きそうで届かない感じは他にもいっぱいあって、
ゆずるが一號との関係を前に進めることを躊躇しているのって、
やっぱり危険な仕事をしているっていうことも大きいでしょ?
そんな危険な仕事はして欲しくない、
けれども命を張ってでも人を守りたいって言う一號の気持ちは尊重したい。
凶悪犯の命までも守ろうとする一號の気持ちは分からないけど、
その根底に自分が遭遇した事件の影があるから否定しきれない。
という葛藤があるから踏み出せないわけでしょ?
今回、イルマに撃たれた子供のお母さんと接する場面で、
子供のお母さんとそういう話をする場があったらよかったのに。
「海猿」みたいになっちゃうけどさ。
夫が命をかける仕事をしていることをどう受け止めているのですかって。
ただ、母親の関心がひたすら撃たれた子供にばかり向いていたのがもったいなかった。
もしかしたら夫の任務は詳しく知らされていなかったのかもしれないけど、
子供がお父さんの職業を大まかにでも知っていたことを思えば、
今起こっている大事件に夫が関わっている可能性を考えてもよかったと思うんですよね。
夫は先の見えないテロリストとの戦いの中にいて、
子供はバスジャックに巻き込まれて重傷・・・となったらものすごい葛藤のはず。
その葛藤をゆずるに見せたらゆずるの描写ももっと深くなったはず。
そしたら一號を励ますゆずるにも、結婚を言い出すゆずるにも
もっと説得力がでたんじゃないのかな。
子供が銃で撃たれた事件もイルマにだけではなくてゆずるにも関わることで
もっともっと重い意味をもったろうし・・・。
夫が危険な仕事をしている妻の葛藤がもっと強調して描かれていたら、
子供が自分から犯人の方に向かって行って撃たれたことに意味が出てくると思うんですけど。
母親側にも、父親側にも。


それからそれから(ってまだあるんかい!)テンポが悪い。
後半というか物語の大半が緊迫感のあるシーンが続いているわりにはだれている気がする。
時間が迫っているという描写の中で悠長に会話しているシーンが結構あって、
それがかなりテンポ感を削いでいる気がする。
こういう時間が限られた中での救出劇みたいな映画って邦画あんまり上手くなくですよね。
息つく暇もなく次々に試練が襲いかかるような展開のアクション映画は洋画のほうがずっと上手い。
とりあえず急がなければいけない場面でゆっくり会話のシーン作るのやめようよ。
イルマがタンカーの船内で倉田と話すシーン・・・とかさ。
こういう会話させたいというのは解るんだけど、それが全体の緊迫感をくずしてる。
ちょっとずついろんな残念が重なって、
全体とした感じた感想も、TVシリーズと同じ・・・という感じになってしまいました。
残念!


とはいえ役者さん達は魅力的でした。
特に、映画では正木を演じたオダギリジョーさんがよかったなあ・・・。
どこかエレガントで寂しげなテロリスト。
動きがね、とてもきれいだなあと思いながら見ていました。
一號たちの前に立ちふさがる大ボスにふさわしい存在感。
今回正木の過去と思いの一端が描かれましたが、
そんなものいらないというか、
正木の立ち居振る舞いから匂い立っていたものがすごかったので
意外とショボイなあ・・・と思えてしまった(^^;)
大森さん演じる香椎隊長も映画では大活躍。
これも嬉しかった。
ただねえ、綾野君ファンの立場で言えば、
この映画は一號とイルマの話なので、
蘇我の出番はほとんどなかったかなあ・・・と(^^;)
銃撃シーンは格好良かったです。
映像で見るとハデさがない分、大変さがあんまり伝わらないんだけど
大変だったんですよねえ・・・ヘリからの狙撃シーン。
お疲れ様でした。

さてさて、来週は髭の店長さんが見られます。
まだまだ3週連続出演映画公開は始まったばかり。
2週間後には、今度はテロリストになった綾野君が自衛隊のヘリを盗みます。
考えてみれば「S」も「天空の蜂」も、
日常に確実に潜んでいる危険を見て見ぬ振りをせずに、
自分には関係ないなんて思わずに、
ちゃんと目を向けて考えようって話なんですよね。
どちらのテロリストも嫌なことには目を背けがちな大衆に憤りを感じている。
アプローチの方法や描き方は全然違いますけどね。

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またまた共演?!

久々に玉山君の話です。

発表されてからちょっと時間が経ったので今さら・・・という気もしますが、
スペシャルドラマに出るんですね!
最初ネット記事であがった時は
また天海さんがネタで玉山君のことを話したのかなあ・・・って思って
軽い気持ちで記事を開いたんですよね。
なにせ、この記事が出るちょっと前に天海さんが
「ミニオンズ」関係のインタビューで
玉山君の誕生日にびっくりを仕掛けているって話をされていて
またその話かなあと思ったら、
な、なんと、このドラマに出るって言うじゃありませんか!
・・・(^^;) 何回目だ? 共演・・・。
「薔薇の十字架」「離婚弁護士・Ⅱ」「離婚弁護士スペシャル」「BOSS・2」
「女信長」「わが家の歴史」「カエルの王女さま」「マッサン」・・・
同じ事務所じゃないのに、すごい共演率・・・(^^;)
今回は生きた状態で共演する場面がなかったらしく、
天海さんは自ら申し出て、死体役を吹き替えではなく自分でされたとか。
絶対、玉山君には内緒でやってて、脅かしたでしょ?
って思ってしまう (≧m≦)ぷっ!
「マッサン」の時も、女医役で出演すること
玉山君にだけは隠しておいてってプロデューサーにお願いして
撮影当日玉山君を脅かしていましたもんね。
「人って本当に驚くと後ずさりするんですねえ」
って面白そうに話していらした天海さんのいたずらっぽい表情が忘れられない。
あの玉山君を見たら、ついついドッキリを仕掛けてしまう天海さんの気持ちが
確かに解らないでもない・・・。
ま、今回は本当に玉山君を脅かしたのかどうかは定かではありませんが、
天海さんの愛情がすごく感じられたエピソードで、
読んでいて気持ちがほっこりしました。
玉山君と一緒の場面で演技するために死体役をやったこということだけでなく、
天海さんが玉山君を引っ張り出してくれたのかなあ・・・って思って。
玉山くんって本当にある時期から仕事を絞っていて、
というかたぶん選びに選んでしまっているんだろうと思うんですけど、
とにかく出演作品が減ってしまったんですよね。
特に今は「マッサン」の余韻があるから、仕事がないわけはなくて
やっぱり、今、自分が演じるべき役というのを慎重に選んでいるんじゃないかと思う。
「マッサン」が長丁場で本当にしんどかっただろうから
ちょっと休みたいっていう気持ちも強かったろうし・・・。
でもねえ、もうそろそろ稼働してくれてもいいんじゃないかなって思ってたんだ。
マッサンという役が大きかったからこそ、早く次の役をやらないと
どんどん次の役がしんどくなるんじゃないかなって。
でも、この半年、出てくる情報はCM系のものばっかり・・・
私が情報を拾い切れていないだけかもしれないんですけど。
そんな玉山君の重い腰を天海さんが動かしてくれたんじゃないのかなあ・・・。
なにはともあれ、役者としての玉山君の仕事が見られるのは嬉しい。


話は変わりますが、この間久しぶりに「帽子」の再放送がありました。
もうこのドラマから7年も経つんですねえ。
久々に見てもよいドラマは本当に古びない。
丁寧に作られた帽子と一緒ですね。
この頃の玉山君の美しいこと!
このすぐ後が「プリズナー」でそれから「天地人」の景虎があって
「ハゲタカ」の劉・・・という時期。
この頃はいっぱい仕事してたよなあ・・・ (´ー`)
玉山君のあまりの美青年ぶりに改めてびっくりしたんだけど、
今回はそれ以上に、緒形さんの演技が胸にしみました。
このドラマの数ヶ月あとに亡くなられたんですよね。
そのせいもあると思うんですけど、
老いた悲しみと誇りをもって生きることが重く印象に残りました。
この作品の2年後に同じ広島局で「火の魚」が作られて
私の中ではこの2作品は対となって深く印象に残っています。
「帽子」は池端俊作作&緒形拳コンビ
「火の魚」は渡辺あや&原田芳雄
力のある脚本とそれを実現するベテラン俳優そして若手の役者
(「帽子」は玉山鉄二、「火の魚」は尾野真千子)という組み合わせ。
この頃のNHK広島局のドラマはすごく力があったんですねえ。
「火の魚」はDVDになっているんですけど「帽子」はなっていないので
高画質で録画できてよかったです。


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スピードと摩擦

amazarashiのNewシングルが、今月の19日に発売されます。
今度はノイタミナ(フジテレビの深夜アニメ枠)で放送されている
「乱歩奇譚 Game of Laplace」というアニメのオープニングテーマ。
「東京グール」はそれでも時々はちゃんと本編も見ていたんだけど、
今回は、ちょっと苦手なタイプのアニメかな。
何で乱歩をこういうテイストのアニメにしようと思ったのかよくわからない・・・。
この作品で何がしたいのかも・・・。
とにかく小林少年がどう見ても女の子で(声優さんも女性)これは何を狙ってるんだ?
いわゆるショタコン受けを狙ったものでもなさそう。
だって少年好きの求める少年性は決して少女的なものではないと思うんですよね。
なまじ乱歩の作品を扱っているだけに、
アケチや小林の人物像の改変が気になって気になって・・・(´・ω・`)
というわけでOPと途中に挿入されるamazarashiのCMのしか見てないんですけど、
これがまた極端に分かんない曲で・・・。
私は音楽を聴く時にどうしても歌詞をおっかけちゃう方なので
一生懸命歌詞を聴き取ろうとするんだけど、ちっとも分からない。
曲調は単調だし、「乱歩奇譚」のOPがすごく曲をフィーチャーしてくれていて
部分的に歌詞を文字で見せてくれているんだけど、それでも訳分かんない。
ま、amazarashiの歌詞って言葉の選び方が独特だから、
音だけで聞いていても歌詞を拾いきれないって言うことはよくあるんです。
例えば「ムカデ」という曲の「ほら あと一歩だ夢がぶら下がる最果ての絞首台」という歌詞は
「絞首台」という部分をずっと「コウシュライ」と聞いていて
そういう言葉があるんだろうと思ってました。
amazarashiの歌詞の中には知らない言葉がたくさん出てくるので
(何度検索かけて意味を調べたことか!)
そういう類の私の知らない言葉の一つだと思っていました。
文字で「絞首台」と見た時の驚きと言ったら!
だから今回もきっと歌詞を見たらもう少し世界観が分かるだろうと思っていたら
分かんないですねえ(^^;)
ちっとも分からない。
amazarashiの歌詞は一度聞いただけですっと意味が頭に入ってくるタイプの曲と
すんなりとは意味が取れないタイプの曲があるんですけど、
「スピードと摩擦」はまさに後者の方。
意味がすっと取れるタイプの曲は「ピアノ泥棒」とか「夏を待っていました」とか
「無題」・「自虐家のアリー」といった物語性の強いものが多いですね。
自伝的要素の強い「ヒロ」なんかもそう。
このタイプの曲は聞いていてすっと映像とストーリーが浮かぶ感じがする。
部分的に分かり難い表現が入っていても、流れの中で類推は可能。
一方、フレーズ一つずつの印象がすごく強いけれど、
フレーズとフレーズの結びつき方がそれほど緊密じゃない曲も多い。
つまり筋道を立ててフレーズが並んでいるんじゃなくて
イメージの飛躍でフレーズとフレーズが結びついているような曲。
「ラブソング」や「カルマ」「ムカデ」最近で言うと「ヒガシズム」なんかも
こういうタイプの曲になるんじゃないかと思う。
例えば「夕日信仰ヒガシズム」なんかだと

あくまで未定の生存 「自分を大事に」とかって正論
言いたいだけだろ もううるせえよ 俗っぽさを崇めた世間の負債
人を嘲り 偽悪の無罪 潰した野花かつて飛ばした種子
地下鉄ひとすじ蜘蛛の糸 誰も群がらぬ蜘蛛の糸
                    「ヒガシズム」

という感じで、全体で何が言いたいかと考えるとちょっとつかみにくいけど
フレーズフレーズの印象が強烈。
でもたぶん一つ一つが連想のように繋がってる。
「偽悪の無罪」の「偽悪」が「潰した野花」にイメージで繋がって
「かつて飛ばした種子」が持つかずかな希望とも言うべき気分が
「蜘蛛の糸」に繋がって・・・というように。
「蜘蛛の糸」は言うまでもなくお釈迦様が垂らした天上界に繋がる蜘蛛の糸と
地下鉄の駅の実景と重ねられていて、
雑然とした地下鉄に一本天界から伸ばされた蜘蛛の糸が
まさにほんの一筋の希望のイメージ。
けれどもその希望は地下鉄の駅を行き交う大勢の人には気付かれない。
「潰した野花かつて飛ばした種子」と「地下鉄ひとすじ蜘蛛の糸」は
全く違う映像が浮かぶでしょ?
でも、この二つの世界は細いイメージの糸で繋がっている。
こういう形で展開させていくのって、秋田さんの歌詞には多いと思う。
そしてこのイメージの飛躍のさせ方が秋田さんの歌詞の一つの特徴になっている気がする。
私は大学で芭蕉をやっていたので、連句をちょっとかじったのですが、
連句(きっと連歌も)こういう繋げ方するんですよね。
前句のイメージを引き継ぎながら、必ず新しいイメージを展開させていくのが連句の醍醐味。
秋田さんの歌詞の展開のさせ方は、ちょっと連句的だなあと思うんですよねえ。

「ラブソング」なんかだとこれがもっと短い単語で畳みかけられる

資本主義 ノンフィクション フィクション 個室ビデオ 虚無 人生回顧
愛こそ全て
シグナルとシグナレス 始発電車 自殺 唄うたいと商業主義
愛こそ全て 信じ給え
                        「ラブソング」

歌に「資本主義」や「虚無」なんて言葉が出てくるのがすごいし、
宮沢賢治の「シグナルとシグナレス」まで出てくるし、
なんでこれが「愛こそ全て」に繋がるんだ?
とは思うのですが、単語の持つ一つ一つのイメージがやっぱり緩く繋がったり
全く次元の違う言葉が並べられてイメージが反発し合ったり・・・。
単語だけで膨らむイメージって大きいですよね。
この言葉の羅列がちゃんとメロディにのっかるのですからすごい。
もし興味がある方は一度聞いて見てください。
こちら(→「ラブソング」)からMVに飛べます。
この歌詞の解釈はこれ! と言うのは難しいですが、
聞いた人それぞれが持っている言葉のイメージで
歌詞の世界を膨らませられる余地を大きく持った曲なんだと思います。
とは言え、この「ラブソング」や「ヒガシズム」を聞いていても
この曲わかんねえ・・・とまでは思わないんですよね。
緩くしかわかんないなあとは思っても。

でも「スピードと摩擦」はわからないんですよねえ。
たぶんフレーズそのものが分からないという部分が多いからなんだと思うんですけど・・・。
この曲も印象的なフレーズが緩く繋がりながら全体として大きな意味を形作っている曲なのですが、
いかんせんそのフレーズの中身がわからない。


獣と人の分岐点 命にたかる銀蠅
精子は聖地の巡礼 死ぬには早い降雪
               「スピードと摩擦」

の部分とか

国道沿いのラブホテル トワイライト純血で
言葉足らずの夜明け 吃音的な世の果て
それを飲み込んでは咽せる 結露に滴るカーテン 
命が今焼け落ちて 車道に冬の銀河系
              「スピードと摩擦」

もしくは

苛立ちは尚叫んで ひび割れた今日の風景
地表にうがつささくれ 二月は無垢な難破船

              「スピードと摩擦」  
  


「獣と人の分岐点」「命にたかる銀蠅」まではなんとかイメージできるとして
「精子は聖地の巡礼」がピンと来ない。
この曲は他の曲に比べて、ちょっと艶っぽい言葉の意味をかぶせてあるのかな・・・という気はするのだけれど
(「精子」とか「ラブホテル」とか「純血」とか)
「死ぬには早い降雪」の意味も全く分からない。
早く雪が降ったらなんで「死ぬには早い」んだ?
それとも「降雪」に何か他の意味がかけてあるのかな。
「巧拙」「巷説」「交接」・・・「コウセツ」って音の熟語っていっぱいあるんですよねえ。
裏に艶っぽい意味を持つと考えると「交接」が一番しっくり来るのかな。
「降雪」で検索をかけていたら「とうらぶ」のキャラクターがひっかかったんだけど、
秋田さん、いくらゲーマーだっていっても、この手のゲームは違うよねえ・・・(^^;)
「国道沿いの・・・」以下の歌詞も、秋田さんの中では明確に一つのシーンが思い描かれている気がする。
けれどもそれがつかみきれない。
最後の「二月は無垢な難破船」に至っては、何がなんだか┐(-。ー;)┌
「無垢な難破船」って何?
しかもなんで「二月」が「難破船?」
キーとなる部分で意味が分からないので、全体としてもつかみにくいのだと思う。
かといってこの曲が嫌いなのかというとそんなことはなくて
分かんないから引き込まれるというか、
聞く度に何を表現しているんだろうと考えさせられて面白い曲だと思う。
例えば

夏の庭に犬の骨 死屍累々の日付
それを踏んづけて明日へ 気管支炎の音符で
血を吐くまでは歌え 放射線状 北の山背
そこに咲いた花にさえ 冒涜は許されて
                 「スピードと摩擦」

の部分の表現は面白いなあと思います。
「夏の庭」ってたぶん植物が生い茂って生命力が溢れているものだと思うんですけど、
この庭は手入れされていなくって草が生い茂っているのかな。
草がボウボウと生い茂るその生命の勢いを感じさせる言葉に
「犬の骨」という殺伐とした取り合わせ。
「犬の骨」という言葉からのイメージのつながりで「死屍累々」という表現が来て
でも「死屍累々」と積み重なっているのは「犬の骨」から
「日」(つまり「時」)にイメージが転換される。
(ほら、こういうイメージの転換の仕方が連句的)
無駄に積み重なっていく年月(この発想は「季節は次々死んでいく」と一緒ですね)を
踏みつけて明日へ・・・と視点が前向きに転換されて、
気管支炎の音符で・・・というのは、
最近「秋田日記」に公開されていた記事で、
秋田さんが咳が止まらなくなったということが書かれていたなあということが思い出されて
「血を吐くまでは歌え」っていうのは不如帰?
で、ここからがやっぱりわかんない。
放射線状っていうのは歌が空気に振動して伝わる様?
と、同時に放射線状に連なる北の山々から山背が吹き下ろされるイメージ・・・かなあ。
ここで分からないのは「そこに咲いた花にさえ、冒涜は許されて」
「さえ」っていうのは下位のものを例示してより高位のものを類推させる助詞だから
じゃあ「何が何を冒涜する」ことが許されるはずと言いたいのだろう・・・ニンゲン?
山背は冷害の原因になる季節風だから、山背が吹き下ろしてくる時は作物が実らず殺伐とした世界になるはず。
そこに「花が咲く」ことが「冒涜」だと歌っているんですよね?
amazarashiの歌の中で歌われる花のイメージは

ふざけた歴史のどん詰まりで 僕等未だにもがいている
結局何も解らずに 許すとか 許されないとか
死刑になった犯罪者も 聖者の振りした悪人も
罪深い君も僕も いつか土に還った時
その上に花が咲くなら それだけで報われる世界
                 「つじつま合わせに生まれた僕等」

拝啓 忌まわしき過去に告ぐ 絶縁の詩
最低な日々の 最悪な夢の 残骸を捨てては行けず ここで息絶えようと
後世 花は咲き君に伝う 変遷の詩
苦悩にまみれて嘆き悲しみ それでも途絶えぬ歌に陽は射さずとも
                 「季節は次々死んでいく」

という感じで、人の営みが終わってその後に咲くもの。
いくら惨めに朽ち果てても、その後に花が咲くなら報われる・・・
というニュアンスで歌われる事が多い。
花は生命の営みそのもの。
枯れても季節が巡れば繰り返し復活するもの。
とすれば、この曲ではその繰り返される営みそのものを「冒涜」と歌っているんだろうか・・・。
・・・と、どんどん迷宮にはまっていくのですが、
解らないからこそ面白い。
おそらく意図的に発想が飛躍する部分を大きくして
説明をわざと省いて作られた挑戦的な歌詞なんだと思う。
このamazarashiの中でも最も難解な部類に入る曲を
敢えてシングルとして発表しようとしたことが面白いと思うんです。
メロディもどちらかというと単調で、決して一般受けする曲じゃない。
「季節は次々死んでいく」はシングルらしい曲だと思ったんです。
メロディもキャッチーな部分があって、
歌詞もamazarashiらしさもあり、かといって難解すぎず、
ファン以外の人に大きく門戸を開けながら
でもamazarashiらしさも失わず・・・といういいバランスで作られた曲で
2曲目のシングルもそういう路線で来るかと思ったら
この「スピードと摩擦」!
だいたい、タイトルからして訳分かんないですよね。
秋田さんの説明では、
命のあまりの早さ(スピード)にたいして戸惑う気持ちが摩擦・・・らしいです。
何度も聞いているとどんどん深みにはまってきて
単調なメロディも心地よくなって来るんだけど
これ、受け付けない人は全然受け付けないだろうなあと思う。
そういう曲をシングルにしたというのが今のamazarashiの姿勢なんだろうなあ。
ついでにMVもこれまた決して一般受けするタイプじゃないんですよね(^^;)
4000文字以上の文字をくりぬいたトイレで、
女子高生がコンテンポラリィダンスを踊っているんですけど、
なんか・・・コンセプトを考えすぎて深みにはまってしまった感じがする。
このMVはこちらから見られます。→「スピードと摩擦
これ、売れるかなあ・・・売れるといいなあ・・・。
でも、売れなくても、何かに抗うようにこういう曲をリリースしようとしているamazarashiを面白いと思うのです。

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