anthology 1386 cinema show

行ってみました・・・恥ずかしながら・・・(*v.v)。
amazarashiのミュージッククリップ集「anthology1386」発売記念で、
全国9カ所で同時に1回だけ映画館で上映する・・・っていうイベントでした。
ライブハウスは敷居が高いけど、
映画館なら・・・と、ちょっと勇気を振り絞ってみました。
息子が「行く」って言い出したのも大きい。
春から高一の息子と、アラフォーって言えるのもそろそろ終わりだよね・・・っていう私(;´▽`A``
たぶん・・・最高齢と最年少だったんちゃう・・・?
こういう若さ溢れる集団に入ったの久しぶりだ・・・σ(^_^;)
大学時代の学校の雰囲気を思い出しました。
けれども若い人ばっかりだからといって騒がしかったり浮ついた感じはあんまりしなくって、
そのへんが、ああamazarashiの歌に惹かれて集まった人達なんだなあって感じがしました。
若い人達ばっかりの中で、自分の存在は可能な限り消したいなあ・・・とは思ったけれど、
疎外感みたいなものはなかったです。
もっと、なに? このおばさん(-。-;)
って感じになったらどうしよう・・・って心配していたので、よかったよかった・・・(;^_^A


上映されたのはまず今回発売されるミュージッククリップ。
年代順に並べられた映像。
今までパソコンの小さな画面でしか見たことなかったので、
映画館の大画面で、大音響で見られてよかったです。
大画面になっても見劣りしないんですよねえ。
特に一連のアニメーションは連続して見ることでようやくちょっと分かった気がする。
分かるというのはおこがましい表現だけど。
この一連のアニメーションのMVは評価は高いし見ていて惹きつけられるんだけど
曲の世界観とは全く違う世界観で作られているので、
意味がわかんないというのが正直な感想でした。
わかんないけど、ああ、これがamazarashiの世界観なのね、
というところで納得して、曲調に合わせて動くアニメーションを
動きと世界観だけで楽しんでいた感じ。
私が初めてamazarashiのMVを見たのが「アノミー」だったんですよね。
比較的「アノミー」は歌の世界と映像の世界観が近い気がするんだけど、
「夏を待ってました」とか「古いSF映画」のように、
歌の世界がしっかりと物語を持っているような曲に
(この辺の曲は歌詞を読むだけで一つの物語のようになってます)
少年と少女がいて巨大なてるてる坊主に襲われて・・・
っていう曲と全く違う世界観をぶつけられると
頭の中で二つの世界観が混乱してしまって・・・。
映画館の大画面で見ていてもやっぱり混乱するので、
歌詞を流し気味で聞いて映像を見ていたんだけど、
「ジュブナイル」を見ていてストンと腑に落ちました。
一連のアニメーション系のMVの中でも「ジュブナイル」は一番分かりやすいですよね。
巨大なてるてる坊主(タコのような化け物に変身したり、機関銃がいくつも出てきたりする)は
肥大化した自意識なのかなあ・・・って。
一連のアニメーションで描かれ続けて来た
荒廃した世界(これは現実の暗示かな)の片隅で、
執拗に攻撃される少年少女は、
結局は自分の殻に閉じこもって、
それでも過剰な自意識によって責められて虐げられている自分自身だとしたら
これってamazarashiが繰り返し歌って来た歌の世界観そのもの。
その先が必ずしも悲劇的なものではなく、
ほのかな明るさを感じさせて終わるところも。
まさに虚無主義に抗え・・・ですね。
「ジュブナイル」は今までに無く説明的なPVだと思ったのですが、
そのわかりやすさをもっと推し進めたのが「あんたへ」のPVで、
「あんたへ」に至っては完全に曲の世界を絵解きしていますよね。
抽象的な歌詞を、具体的な青年の物語にして見せて、
その青年に対して歌詞が語りかけるような形になっている。
「ジュブナイル」からのこの分かりやすい流れ・・・っていうのは、
今までの「わかる人にだけわかればいい」というところから
少しスタンスが変わったのかなあ。


一番好きなのは「性善説」のMVです。
このMVにおける歌詞の持つ物語性と、映像で語られた物語の距離感が一番好き。
「性善説」は「あんたへ」ほど映像が歌詞の絵解きにはなっていないのです。
子供の頃母から教え込まれていた価値観が現実社会では詭弁でしかなく、
しかもそれは母親自身の言動を通して理解したのだと歌う歌詞に対して、
赤ちゃんの頃に誘拐され実の子と偽って育てられていた子供とニセの母親の顛末を描いた映像は、
全然違う物語なんだけど、
信じていたものが根幹から覆されるという点ではきっちり重なっている。
そこに漂うやりきれない切なさも・・・。
けれどもMVはどちらかというと母親視点の物語になっているんですよね。
私が悪いのは分かっている、
けれども子供を愛した思いは本物で、子供と過ごした時間も本物。
自分はそういうやり方でしか母親になれなくて・・・
だったらどうすればよかったの?
っていう母親の思いも伝わってきて、
子供側からの視点で書かれた歌詞の世界観に違った視点を与えてる。
こういう歌詞と映像の関係性がすごく面白いし、
何と言ってもキンと張り詰めた異国の冬景色と親子の姿が美しくて、
短い映画を見ているような気持ちになるMVです。
映画館の大画面で見てもやっぱり素敵でラストシーンではちょっと泣きそうになりました。


MVが終わると、特典映像分のライブ映像が流れました。
途端に映画館がライブ会場の空気に。
力強い秋田さんの歌声を聞きながら、
やっぱりこの歌声を生で体験したいなあ・・・という思いがむくむく・・・。
とくに「冷凍睡眠」はバンドの演奏がCDで聞くよりもずっと力強い感じがして、
秋田さんのリーディングもそれにのってどんどん勢いづいて、
曲なのか詩なのかだんだん分からなくなってくる・・・。
きっとそういう区別って必要ないんだろうなって思わせる。
本来「詩」と「歌」ってそんなに明確に区別されたものじゃないんだろうな。
和歌だって一定の節をもって詠まれるし。
それから中島美嘉さんに提供された「僕が死のうと思ったのは」
中島さんのバージョンは聞いたことがあったのだけれど、
秋田さん自身の声によるこの曲を聴くのは初めて。
中島さんが歌ったよりもずっと骨太な感じで歌われた曲は
意識が「死ぬ」ことから「生きる」方に変わって行く変化を
より強く感じさせるものになっていました。
これ、次のアルバムの中に入れて欲しいなあ・・・。



そしてそして、今回の上映会特典として
秋田さんの弾き語りによる曲4曲。
「ドブネズミ」はタイトルに「ドブネズミ」とついているのに
歌詞の中身に「ドブネズミ」という言葉は出てこないなあ・・・とは思っていたのですが、
曲の途中でブルーハーツのワンフレーズが組み込まれて
ああ、なるほど・・・と。
この曲が下敷きとしてあったのですね。
「ドブネズミ」も「奇跡」も「風に流離い」も
ギター1本の弾き語りで聞くのは初めて。
シンプルで力強いギターと歌声が、
曲をよりパーソナルなものにしている気がしました。
暗闇の中浮かび上がるギターを弾く手元と秋田さんのシルエットを見ていると
秋田さんに目の前で自分一人の為に歌ってもらっているような錯覚にとらわれました。
大勢の人と一緒に聞いているのに不思議な気分。
秋田さんが路上で歌っていた時ってこんな感じだったのかなあ・・・
ってふと思ったり・・・。
そして最後に未公開の曲まで・・・。
本当に贅沢な上映会でした。
家で一人で聞いているのとはまた違ったamazarashi体験が出来て
とても刺激的な時間が過ごせました。
ううっ、やっぱり一度ライブに行ってみたいかも・・・(*´Д`)=з


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僕のいた時間

このドラマとにかく最初の数回がものすごく好きでした。
就職活動に振り回される大学生の姿を等身大に描いていて。
次々と就職先を決めていく同級生に引け目を感じたり、
面接官からキツイ質問をされてへこんだり。
何度も何度も落とされるうちに自分のからっぽさに気付いたり・・・。
そんな中で否応なしに自分自身と向き合わざるを得なくなって行く。
親友が就職を決めたときに一緒に喜びながら
どこかうらやましさが隠せない感じや、
友人や弟の言葉に一瞬傷ついた顔を見せ、
でもあっという間に明るい笑顔になって自分の本心を隠す感じが
本当に丁寧に演じられていてさすが三浦春馬と思いました。
脚本も大学生の日常をうまく拾いあげて描かれていたし。
拓人が面接試験で今まで自分が仮面を被って生きてきたことを告白するシーンは本当に圧巻で・・・。
等身大の青春ものとしてとても楽しんで見ていました。
いっそそのまま大学卒から社会人1年生くらいまでの
日常を切り取ったドラマとして作ってくれても面白かったように思います。
もちろんこの当たり前の日常と、
その中で前向きに自分と向き合ってようやく正社員になれた・・・
という明るい流れの中での発病であったからこそ、
その後の展開にしっかりとした足場ができたと言えるのですが・・・。



脚本の橋部敦子さんで闘病もの・・・と聞けば
どうしても思い出すのが「僕の生きる道」です。
同じような病気ものでどう違った切り口を見せてくれるのか、
逆に共通している部分があるとすればどんな部分なんだろう・・・と
常に「僕の生きる道」を思い出しながら見ていた気がしています。
当たり前なんですが、「僕の生きる道」と「僕のいた時間」では
主人公が患う病気が違います。
末期がん(しかも若い時期に発見が遅れてしまった末期がん)は死の宣告です。
自分の命の残り時間(それもかなり短い)を宣告された主人公が、
いかに残された時間を自分らしく生きるかを丁寧に描いた物語でした。
一方ALSは末期癌ほどはっきりした死の宣告ではありません。
ドラマの中でも何度もお医者さんが主人公に言ったように、
病気とどう向き合ってうまく付き合いながら「生きる」かという姿勢が求められる。
前者が短距離走なら後者は長距離走みたいなものですよね。
当然、物語の組み立て方も変わる。
ある意味「僕の生きる道」は絶望から立ち上がり生を完全燃焼するまでの道筋がとても分かりやすいけれど、
生きるための可能性が一つ一つ奪われていくように進行するALSと共に生きる青年を
一つのドラマとして描くのはとても難しかったのではないかと思います。
「僕の生きる道」のような美しい終わりを用意するのは難しい。
また感動の頂点を作るのも、とても難しい。
それを、橋部さんは本当に丁寧に丁寧に物語を紡がれていきました。
次々に機能が奪われていく中で、そのたびに、
新しい目標を探して、新しい「できること」をさがして、
やっと前に進む希望が見えたと思ったら、
またその機能も失われて・・・の繰り返し。
なんと残酷な病気なのだろうと思いました。
特に主人公の拓人のように若い人にとっては。
繰り返される希望と絶望の中で、
「生きる」とはどういうことなのか、
「自分が自分として生きる」とはどういうことなのか、を
主人公とともにじっくりと考えさせてくれるドラマになりました。
そしてそんな拓人を通して周りの人達も
自分がどう拓人と関わっていくのかを改めて問い直されていきます。
惰性のようにつながっていた関係が次々と洗い直されていく。
真っ直ぐに病気と向かい合う拓人に触発されて
周りの人々も少しずつ変わって行く。
人との関わり方や自分の生き方を見つめ直していく。
そうして拓人によって何かを変えられた人々が
再び拓人を支えて行く・・・という優しい関係性は
「僕の生きる道」と一緒ですね。
正直言うと拓人は偉すぎてちょっときれいにまとまりすぎたかな・・・という気はします。
もっと人間くさく絶望したり、自暴自棄になる時間が多くてもよかったかな。
最終回前に、ついに人工呼吸器をつけることを決断しなければいけない時が来て
ふらふらと一人で町に出て行ってしまう・・・という場面があったし、
細やかな三浦君の演技と、丁寧な脚本で
きれいきれいな美談にはならなかったと思うのですが
もう少し拓人を情けない男にしてもよかったかな・・・という気はします。
それでもこのドラマを、あくまでも「どう生きるか」を模索する一青年のドラマとして
真摯に描ききった誠意はきちんと伝わりました。
ちなみにこのドラマの多部ちゃんはめちゃくちゃ可愛かったです。



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明日ママがいない

一応全部見ました。
途中ちょっと寝てしまった回もありましたが、
おおむね筋は分かる程度は見たと思います。
結局最後までCMが入ることはありませんでしたが、
別段問題なく終わったなあ・・・という感じ。
特に最後2回はお涙ちょうだい展開で
子供達が号泣するシーンの連続。
子役さんたちみんな熱演でしたから
なんかもうそれだけで(ネットでは)いいドラマだって意見がどっと増えて、
誰だこのドラマ叩いてたのは・・・的な流れになっていた感じでしたが
(私のTLだけだったのだろうか・・・)
それはそれでなんだかなあ・・・と思いながら見ていました。
子供達がおんおん泣いていたら思わず感情移入しちゃうけど
それだけでいいドラマっていうことにはならないと思うんだけどなあ・・・(´・ω・`)
途中からドラマ自身をそっちのけでドラマ(やTV局)を攻撃したり、
逆に過剰に擁護する意見がでてきたりで、
このドラマの内容をj純粋に評価するのは難しい状態でした。
一時期はCMがなくなったり、過剰な反対意見で注目が集まって
視聴率も上がったりしましたが、
そうやって注目した層はみんな飽きてしまったのか
最終的には視聴率も落ち着いちゃって・・・。
(それでも最終回の視聴率は「S」の最終回より上でしたが・・・)
結局このドラマってなんだったんだろうな・・・っていうのが正直な感想。
何の騒動も起こらなかったら、
たぶんこれくらいのドラマってどのクールも普通に作られていると思う。
ただ、騒動が起こってから微妙に軌道修正したんだろうなあ。
落としどころである、ドンキは実の親を捨て、ポストは魔王の子供になる・・・
っていう線は当初から予定されていたものかもしれないけれど、
そこに至る道筋はずっとソフト路線に変更されたような・・・。
初回に感じた強烈な野島色が薄れて、
中盤からは設定がちょっと浮世離れしてはいるものの普通のヒューマンドラマになった。
初回の登場人物たちを突き放すような視点が、途中から優しい眼差しに変わった気がする。
たぶんこの中盤からの作風が、
この作品の脚本家である松田沙也さんの本来の作風なのかなあ・・・
と思いながら見ていました。
それにしてもお金持ちの子供の誕生日会の場面とか
「ジョリピ~」ってこだわるボンビの描写とか
見ていて、さむ~と思う場面がたくさん・・・( ̄_ ̄ i)
これ、土曜9時の枠で、あくまでも架空の世界の設定でやれば
もっと見やすかったような気がする。
水曜10時の枠で、あくまでも深刻な話としてドラマを作ったから
違和感が強かったんじゃないかな。
たぶん制作の意図としては全盛期の野島ドラマのように、
社会的な問題をセンセーショナルに取り扱って・・・っていうつもりだったのでしょうが、
もうあの頃のような手法は通用しないのだと思う。
いや・・・思いたい。
あの頃だって取り上げ方に対して賛否両論がありました。
視聴率が高かったから、結果オーライみたいになってしまっているけど、
内容がセンセーショナルだったから話題になっただけで、
フィクションの作品として取り上げた社会問題に真正面からどれだけ真剣に取り組んで、
問題意識を掘り下げているか・・・っていったら甚だ怪しかった。
あれから10年以上経って、ドラマ界も変わりました。
センセーショナルな表現を含みながらも、
難しい社会問題を取り扱いながらも、
その作品なりの深い社会観、人間観を感じさせてくれて
その問題について視聴者に考える機会を与えるような良質なドラマも作られてきました。
そういう流れを考えずに、
過去に成功した手法をそのまま待ち込んで
話題になったもの勝ち的な発想で企画されたドラマのような気がして仕方ないのです。
初回から後半のような感じでドラマが作られていたら
きっと今回ドラマに異を唱えたどの団体も
あんなに声高にドラマ中止を訴えるようなことにはならなかったんじゃないかな。
やっぱり今から思い返しても初回の表現の心を逆なでする感じは嫌だもの。
内容的にはどこかで見たエピソードを寄せ集めた感じだったかなあ。
最後の方まで謎めかして引っ張った魔王の過去も
意外ではあったけれども、それがドラマに大きな深みを与える感じはしなかったし。
でも役者さんたちの熱演は文句なしに認めます。
特に子供達は大熱演。
ボンビの設定や大げさでワンパターンな行動は途中まで鼻について苦手だったんだけど
男の子の格好をするために髪を切った姿のかわいらしいこと!
この辺から一気にボンビって子が好きになりました。
ドンキの親に捨てられたがゆえに、
無意識で他の誰かを貶めてしまう・・・あたりの鈴木梨央ちゃんの演技は
本当にうまいなあ・・・って思って見ていました。
芦田愛菜ちゃんの演技は言うに及ばず・・・。
(というか脚本が彼女の演技に頼っているところもかなりあると思う)
最後の辺りでみんなの問題が集約してくる部分(号泣合戦でしたね)は
結構見応えがありました。
あと、ロッカー役の三浦くんもよかったな。
彼のエピソードはもうちょっと上手に掘り下げてあげたかった気がする。
後半、少しずつ笑顔も見られるようになって、
長い前髪の隙間からきれいな口元が見えて
その口がそっと優しく微笑む顔がとても可愛かったです。
ドラマ自体はよいところもあり不足しているところもある
毎クール制作されているたくさんのドラマとそう変わりないドラマだったと思うのです。
ただ不用意に観客を煽ってしまったがために
思いがけないほど強い反発を招いてしまった。
そこで巻き起こった紛争にネットでわっと火がついて
ドラマから離れていろいろな騒動が起こったんだけど、
ドラマ自体が上手く角が立たない方向に軌道修正したせいで、
憤った人達が振り上げた拳をおろすタイミングを見失ってしまった・・・
そんな感じのドラマだったのではないかと思います。
制作した側(企画・脚本・演出)は騒動を招いた張本人でもあるので
この騒動は自業自得の面もあるとは思いますが
参加されたキャストのみなさんは必要以上の圧力を受けて
非常に大変だったと思います。
そんな中での最後までの熱演、お疲れ様でした。


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