2013年の終わりに

いよいよ今年も終わってしまいますね・・・。
今年はなぜか例年以上に年末バタバタしてしまって、
大掃除が全然できていない・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
これは来年に持ち越しかな・・・。
今年は生活面ではちょっといろいろ考えることがあったりしたんだけれど
まあまあぼちぼちとした1年でした。
長男が今年受験と言うこともあったりして、
家族での行動がぐっと減って
自分一人で出歩くことが多かった1年でもありました。
一人で黒谷の金戒光明寺にも行ったなあ・・・。
金戒光明寺は門の修理が完成したそうなので
是非もう一度行ってみたいです。
何と言っても思い出に残っているのは
「シャニダールの花」の舞台挨拶に行けたこと。
生で綾野君を見られたのも嬉しかったし、
舞台挨拶に初めて参加したのでそれも嬉しかったし、
何と言ってもいろいろなお話を直接聞けたのが嬉しかったし・・・。
しばらく頭のネジが飛んでいました(;^_^A
考えてみれば、今年も綾野君に始まって
綾野君に暮れた1年でした。
去年の今頃、大河が始まる、「最高の離婚」が始まる・・・って
ワクワクしながら新年を待っていたっけ・・・(遠い目)
結果的に「八重の桜」は諸手を挙げて素晴らしかったあ・・・
という作品にはならなかったのですが、
思っていた以上の容保公を見られてファンとしては大満足。
あれほど他の役と掛け持ちしながら、
よくぞここまで役を作り上げたよなあ・・・、
とひたすら驚くほかありません。
ストイックで常に張り詰めたお殿様と同時進行で放送された
「最高の離婚」の諒さんもとても面白い役でした。
よりによって、「八重の桜」で京都守護職のお役目を受けることを
家臣達に涙ながらに伝えたその同じ週に
「次に浮気したらおちんちん切ってもいいから」
という台詞が放送されたという・・・(・・;)
そのあまりのギャップに改めて演技の幅の広さを実感しました。
どちらも無理に演じ分けている感じは全くしないんですよね。
上原諒は上原諒として「最高の離婚」の世界に生きている感じが自然にするし、
容保様は幕末に生きている人っていう感じがする。
それぞれの役がちゃんと生きている人間として感じられるようなリアリティを
演じることで役に対して与えられる人なんだろうな・・・。
そういう役者としてかけがえのない資質をもっと強力に感じたのが
「空飛ぶ広報室」の空井くんでした。
これも大河の撮影がかぶっていたとは思えないほど、
容保さまと全く違う人物で。
特に「空飛ぶ広報室」は鳥羽伏見の戦いから籠城戦くらいの撮影時期とかぶっていたんですよね。
・・・と書いていて、今、急に気が付いた。
たぶん「空飛ぶ広報室」で描かれた空井君と
「八重の桜」の籠城戦くらいの容保公ってほぼ同世代じゃないですか?ヽ(*'0'*)ツ
容保公を実年齢にしてせいぜい数歳上くらいの違いですよね・・・。
現代と幕末でこれほど印象が変わるんですねえ・・・(  ゚ ▽ ゚ ;)
というか容保公ってそれくらいの年齢でああいう経験をされているわけですよね。
綾野君が今31歳なので、
この年齢でこの役が巡ってきたのはなんだか運命的なものを感じます。
閑話休題
空井君に話を戻すと、
空井くんっていい奴だし、原作でもそう描かれているし
脚本的にもそう造形されているので、
たぶん誰がやってもそこそこ好感は持たれる人物だったと思うんです。
でも綾野君が演じることで
空井君の持っている真っ直ぐな情熱がより強調されて伝わったのではないかと思います。
そんでもって空井君の持つその「思い」はこの作品の核なんですよね。
空井君のような役がこんなにもはまるとは思っていなかったので
その驚きも含めて本当に楽しい3ヶ月間でした。
「最高の離婚」も「空飛ぶ広報室」も作品としても面白かったし、
この時期は大河でも容保さまがよく登場していたので、
とても充実した上半期がすごせました。
この頃は毎週感想書いていたもんなあ・・・φ(.. )
ドラマが面白いと寝る時間削ってでも感想書いてしまうんですよね(;^_^A
書かずにはいられないというか・・・。
今から思えばとても幸せな半年間でした(〃∇〃)
そんでもって、空飛ぶ広報室が終わった直後、
一時このブログのアクセス数が倍以上に跳ね上がったΣ(・ω・ノ)ノ!
やっぱり空井君人気はすごかったんですね・・・σ(^_^;)
ネットでも一気に「空井君からファンです」というファンの方が増えた気がする。
こんな風に好きになった作品で年輪のようにファンの輪が大きくなるのって
なんだか嬉しいな(^∇^)
ブログのアクセス数は、もともと去年からぐんと増えていたのですが、
その上で倍になったものでちょっとびびりました((゚m゚;)
(といっても人気ブログさんに比べたら微々たるもんですよ)
そのまましばらくしたら元通りに落ち着きましたが、
相変わらずこのブログのアクセス数は
綾野君の世間での関心度に比例してるんだなあと実感(;^_^A
ま、書いている内容がほとんど綾野君ですからね。
ついでにこの頃から意味不明の英語での迷惑コメントが急増。
認証でひっかかって表にはでないんだけど、
あんまり数が多くて気味悪くって・・・( ̄ー ̄;
でも、「八重の桜」や「空飛ぶ広報室」で検索して訪れて下さった方で
新たにコメント下さる方も増えたのでありがたいことも多かったです。
(コメント書きづらくってごめんなさい。
ここ(eoブログ)のコメント欄って書きにくいなあって自分でも思うんですけど、
なかなか改善されないですねえ・・・( ̄_ ̄ i)
認証システムも面倒臭いし・・・
自分のブログでコメント書いて認証システムで間違ってしまって拒否される空しさ・・・orz)
またまた閑話休題・・・
夏以降は映画の宣伝でバラエティ番組や情報番組で
いっぱい綾野君の姿を見ることが出来ました。
でもこの頃撮影していた作品の役が暗めのものだったので
なんとも微妙な空気感を漂わせていましたっけf^_^;
年末の「S」の番宣で出たバラエティを見たのですが
同じ用に黒い服を着ていても
夏ほどどよんとした感じは受けなかったので、
やっぱりその時にやっている役には大きく影響されるんだなあ・・・。
夏に相次いで公開された映画3本もなかなか見応えがありました。
それぞれが全く違うジャンル、作風ということもあって、とても楽しめました。
演じている役柄も全く違いましたしね。
一番公開規模が大きくて世間的な認知度も高かった「ガッチャマン」が
興行的にイマイチだったのは、
事務所的には痛かったでしょうが、
役としてのジョーはすごくおもしろい役だったし、ファンとしては満足満足(^-^)
とは言え興行的に厳しかったので、続編の可能性が薄れてしまって
その辺はとても残念。
おそらくこの続きが面白くなりそうな映画だったので。
今年公開や放送されたのは連続ドラマ4本、映画4本、スペシャルドラマ1本・・・かな?
ものすごい仕事量ですね(  ゚ ▽ ゚ ;)
映画もバラエティに富んでいて面白かったのですが、
今年は連続ドラマがどれもとても印象的でした。
ドラマ作品としては代表作になるような作品に複数巡り会えた年だったのではないでしょうか。
秋以降は表にでてくる機会がぐんと減って
ファンとしては寂しい状況でしたが、
それでも「S」の制作が異例の早さで発表されましたし、
他にも相次いで「ウシジマくん」「ルパン3世」の出演も発表されて、
綾野君ご本人は相変わらずお忙しいみたいですよね。
その成果が来年順次公開されたり放送されたりするので
今年の年末もわくわくした気分で過ごしています。
まずは「S」と「ウシジマくん」のドラマからスタートですね。
春には「白ゆき姫殺人事件」「そこのみにて光輝く」が公開。
「ルパン」は夏・・・かな?
期待度は・・・まあ、作品それぞれに違うのですがσ(^_^;)
相変わらずバラエティに富んだ面白い仕事選びをしているなあ・・・と思います。
というか、仕事の選び方もあまりジャンルを狭めていないのでしょうが、
これだけ幅が広い役柄をオファーされるのもすごいよな・・・。
大抵一つ当たると同じような役が続きがちじゃないですか。
でも、そうならないんですねえ・・・。
周防さんで注目度が上がった時期に来た作品の多くは
今年公開されたり放映された作品なんだと思うんですけど、
ほとんど周防さんを感じさせなかったですもんね。
来年はまた違った面を見せてもらえそうで楽しみで仕方ありませんo(〃^▽^〃)o


最後になりましたが、
今年もこのブログにおつきあいいただいてありがとうございました。
コメントもたくさんいただきました。
(拍手コメントで非公開でコメント下さったかたもちゃんと見ています。
該当の記事にお返事させていただいています)
こんな節操のない、個人の感想を綴ったたいして意味のないブログでも
読んで下さる方がいるんだなあ・・・と励みになります。
来年もできるだけこんな感じでゆるゆると続けて行くと思いますので、
気が向いたらまたのぞいてやってくださいm(_ _ )m



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安堂ロイド

ようやく年賀状を出し終わりました。
ただでさえ年末は繁忙期なので休みが少ないのに、
その少ない休みを使って
あーでもないこーでもない・・・と試行錯誤。
結果的にはたぶんどこにそんな時間かけたの?
と言われそうな部分をひたすらネチネチやってるだけなんですけど・・・(;^_^A
その上、この時期仕事量が多くてこなすのに精一杯で、
仕事から帰って、ご飯作って、食べたら・・・ZZzz....ZZzz....
この前も「ナウシカ」見ていたはずなのに、
気が付いたら部屋に誰もいなくなっていた・・・∑(゚Д゚)
真夜中だったのでそのまま諦めて寝ました。
年賀状出来るまでは、ブログ書いちゃダメ・・・指令を自分に出していたので
ドラマの最終回の感想が全然書けていない・・・(><;)
今年中に書ききれるかしら・・・。
とりあえず、安堂ロイドの感想。



・・・( ̄ー ̄;
なんか、おしかったな・・・。
もっと面白くなってもよかったんじゃないかな・・・。
少なくとも終盤の七瀬の二重人格のくだりと
桐谷美玲ちゃんの正体が明らかになる辺りは結構わくわくしました。
でも決定的に主役カップルに感情移入出来なかったというか、
ちっとも萌えられなかったのが残念。
安堂ロイドに対しては感情がないアンドロイドなので
もともと感情移入の対照としては描かれていないんだけど、
それならば全力で麻陽に感情移入できるようにしなければいけないと思うのに、
最初数話の麻陽の感情の流れにものすごく違和感があって
それがそのまま尾をひいちゃった感じ。
実際問題として自分の命が危険にさらされている時に
身を挺して守ってくれる人が出てきて
その人が暴力で相手をやっつけたときに、
まずその暴力に対する嫌悪感が出てくるものなんだろうか・・・。
ましてや姿は愛する人にうり二つなのに。
何となく、最初は心を閉ざしていたが
ロイドの献身的な行動にいつしか心を開いていく・・・
という流れにするために、わざと作られた感情という感じがして
そこに感情移入ができなかったんですよね。
それから、ロイドが感情がないのか
それとも封じ込めているのか・・・というのが
最初の頃は判別がつかなかったんですけど、
話の流れとしてはサプリが感情のプログラムをインプットするまでは
感情がなかった・・・ということなんですよね。
でもキムタクの演技は何か押し殺しているような感じに見えたのが残念。
最初に空っぽ感なじがあって、
感情を持ってからのロイドともっと落差をつけられたらよかったかも・・・。
この話、アニメだったらもう少し違和感なく見られたような気がするんですよね。
桐谷美玲ちゃんが演じたアンドロイドなんかは
アニメのキャラだったらすごくはまりそう。
街の片隅にそっと佇む真っ白なセーラー服を着た美少女・・・って
絵になりますもんね。
桐谷美玲ちゃんは、そんな2次元的なキャラクターを
すごく上手く演じていたと思います。
美玲ちゃんって雰囲気にどこか無機質な感じがする部分があって、
それが今回のキャラにすごくはまっていました。
以前に演じた「荒川アンダーザブリッジ」のニノがはまっていたのも同じかなあ。
役柄も面白かったし、役者さんも好演していたのに、
ドラマとしては空々しさが残ったというのは、
やっぱりこの手のジャンルを実写化するには
もう少しなにか違った工夫がいるということなんだろうな・・・。
「SPEC」がかなりがっつりSFもの(超能力)の世界を描いているのに
ちゃんと世界観が受け入れられて、そこそこ評価を受けているんだから
不可能じゃないと思うんですよね。
「SPEC」で使ったコネタと強烈なキャラクター設定という手段は
そのままは使えないかもしれないけれど、
それに代わる最初に物語り世界にぐっと引き込む何かが必要だったように思います。
同じ局の制作なのになあ・・・。
大島優子ちゃんはすごい迫力で、
うわあこの子、こんなにお芝居できる子やったんや・・・と驚きました。
二重人格の演じ分けすごかったです。
いい感じに力を抜いた自然体の演技もできるし、
振り切った演技も出来るんですねえ・・・。
このドラマでは桐谷さんと大島さんのシーン(特に終盤)が
一番見応えがあった気がする。



今はただでさえドラマ枠が多いのに
放送されているドラマは刑事物や病院もの時々学校もの、と
ジャンルが限られていて似たようなドラマが乱立しがちなので、
こういうちょっと違ったジャンルのドラマにも果敢に挑戦して欲しいと思います。
これで懲りてしまわずに。
このドラマは世界観がまずかったというよりは
描き方がまずかったのだと思います。



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八重の桜~最終回

・・・終わりました・・・。
何とも複雑な気分・・・(・_・;)
半年前、こんな気分で最終回を見終えるとは思わなかった・・・orz
でも、この大河の企画を聞いた時(一年半くらい前)に、
この感想は予測できていたんですよね・・・( ̄ー ̄;
思い起こせば、最初、あんまり期待しなかったんですよ。
新島八重という素材にも敗者側から幕末を描くことについても
復興支援というキャッチフレーズにも。
(何よりもプロデューサーに!)
でも始まってみると予想外によくて、
こ・・・これは、もしや久々に大河ドラマの王道とも言えるような作品が見られるのか?
と期待値が無駄に上がってしまったんですよね(;^_^A
なまじっか、途中まですごくよかったもので、
途中からの崩れ方に納得ができず・・・(→o←)ゞ
初回からなんじゃこりゃ感を漂わせていた大河よりも
かえって失望感が強くなってしまった・・・orz
崩れた・・・というのもちょっと違うかな。
前回と今回を見て、この大河の落としどころ自体は
きっと最初からぶれていないんだろうなあ・・・と思えたので。
山本さんは私が思っていた方向には最初から描くつもりはなかったんだなあ・・・と。
自分の思うようにならなかったからといって駄作呼ばわりするのは違うと分かっています。
でも、野球のフライでもそうでしょ?
ボールがバットに当たった瞬間の飛んで行くボールの角度、速さから、
どういう放物線を描いてボールが飛んでいくか予想するじゃないですか。
ドラマだってこういう流れだったら後半はこんな感じで描かれるはず・・・
って予想するのは当然だと思うんですよね・・・。
特に歴史物だと大きく史実を変えることは出来ないから
話の流れもある程度予測がつくので尚更です。
もちろん予想をいい方向に大きく裏切りながら進んで行く作品もあって、
(「カーネーション」なんかは常にいい方向に裏切ってくれました。
今やってる「ごちそうさん」も結構そういう感じ)
それはたいていいい作品だったりするんだけど、
「八重の桜」の場合、悪い方向へ悪い方向へとずれてしまった感じ(´・ω・`)
落としどころ「会津には別の道(戦わない道)もあった」から反戦へ・・・という流れは
心情的には嫌だけど(だって会津編全否定みたいなもんだし)、
まあそう描きたくなる気持ちもわかるかな・・・
くらいには納得しています。
ドラマを見ながら、歴史好きな方たちのブログやツイートで史実を補足させてもらっていると、
何度も思いましたもん。
なんでここでこの道を選んじゃったのか・・・
この会津戦を防ぐためになんか方法はなかったのか・・・。
山本むつみさんも膨大な資料にあたりながらそう思っちゃったんでしょう。
たぶん、現実の覚馬さんや容保公もずっとその煩悶を抱えて
明治の時代を生きられていたはず・・・と想像して、
それであの台詞だったんだとは思います。
そして覚馬の言葉を受けての最終回の八重さんの台詞だったんだと思います。
山本さん自身の思想として反戦があって、
とってつけたように最後に覚馬にそう言わせた・・・
というのではないとは思っています。
山本さんなりの会津戦の解釈。
ただねえ・・・ドラマというのはその心の動きの過程を描くものであって、
結論だけをポンと出されても、
なんだか読書感想文でまとまんなくなって、
最後に取ってつけたような紋切り型の美辞麗句を並べたような感じで
空々しく響いてしまう。
過程さえちゃんと描けていれば、
こういうまとめ的な言葉はいらない。
というか、この部分は視聴者に任せていい部分ですよね。
覚馬は「これでやっと会津に帰れる・・・」くらいの台詞に留めておいて
なぜ覚馬は会津に帰ろうとしなかったのか・・・
その心情を視聴者に考えさせたらいい。
容保さまは誰にも御宸翰を託さず、誰にも見せずに亡くなって、
なんでずっと黙っていたんだろうって想像させたらいい。
八重は・・・いきなり空に向けて鉄砲撃っちゃったらびっくりするけど、
それでもやっぱり耳障りのいい言葉を語りすぎな気がします。
なんか、描かなければいけない部分が省かれて、
描かなくていい部分が描かれて、
逆なんですよねえ┐( ̄ヘ ̄)┌
特に主人公の八重さんは。
京都編になってからは一貫して過程が省かれてしまって、
その場で怒ったり泣いたり、時には土下座したりするんだけど、
人間的な葛藤は一切描かれない。
昔シナリオの勉強をしたときに(ちょこっとですが)
シナリオとは葛藤を描くことと、かなり最初に教わったんですよね。
今回の大河を見ていて、あの時習ったことは本当だったんだと
しみじみ感じました・・・。
思えば前半には葛藤があったんですよ。
主に容保さまが担っておられたんですけども・・・σ(^_^;)
会津藩が歴史の流れの中で葛藤していく様がこれでもかと描かれていたのが、
籠城戦くらいからなくなっちゃった。
(戦うと決めた容保さまからも葛藤はなくなっちゃった。
最後の大きな葛藤は開城?
それもドラマとしての描写ではあっという間に決めちゃってたし・・・(´・ω・`))
そこからはエピソードの羅列。
エピソードをいくら並べても、それはドラマではありません。
歴史を題材にして物語を書いたり、ドラマを作ったりする場合、
史実としてある出来事(点)を創作で繋いでいくことが必要なんだと思うんですよね。
記録に残ることがない人の思いを想像で膨らませて。
なんかその作業を放棄してしまった気がする。
本来は籠城戦で傷ついた八重の心情を丁寧に紡いでいかなければいけなかったのに
それができなかった。
主人公である八重がどんどん魅力がなくなって平板な人物になっていってしまった。
視聴率低下のためのてこ入れ説が流れていたので
そのせいもあるのかなあ・・・。
主役の八重をもっと前面に出して活躍させろ、とか、
会津編は辛気くさいと言われたから京都編は会津の頃にはあまり触れずに
イメージを一新させよ、
みたいな指示が出たんじゃないかなあ・・・って勝手に思ってるんですけど・・・。
宣伝も一気にそういう流れになりましたしね。
会津編の作りが好きだった私には残念な流れでした。
作り手側から全力で会津時代のことを否定されている気がして(´・ω・`)
視聴率が下がったからと言って、
それに便乗するようにこれ見よがしに出てくる批判意見を聞いていたら
作品が成立しなくなると思うんだけどなあ・・・。
そんでもって、そういうタイミングで出てくる意見って
あんまりちゃんとドラマ見てないなあ・・・って思えるもの多いし。
というか、もともとドラマなんか見ないタイプの人が
1回だけ見て反射的に思ったこと・・・程度の感想が多い気がするんですよね。
本当に気にしなくてはいけないのはそういう層の人達じゃなくて
ドラマを一生懸命見ている人の意見のような気がするんだけど・・・。
視聴者のニーズに応えるのって大事なことだと思うけれど、
ここだけは譲れない部分を持つとか、
自分たちがやろうとしている方向性を信じるって言うのは
作品を作る上でとても大切なことだと思う。
特に「八重の桜」は途中で長所部分を伸ばすんじゃなくて
短所部分を無理に矯正しようとして、
長所だったところまでそぎ落としてしまった感じ。
その辺は・・・まあ、プロデューサーが「天地人」のプロデューサーだって聞いた時から
やな予感はしていたんですよね┐( ̄ヘ ̄)┌
京都編に入ってから主人公に対する評価の言葉が
「天地人」の時に聞いたものと同じ感じになっていきましたもん。
プロデューサーってこんなに作品に影響するんだなあとしみじみ思いました。
思えばこのドラマが始まる前の玉山君に対するインタビューで何度も
「プロデューサーさんから、この大河はお祭りみたいにしたいんだと言われた」
という内容の話をしていました。
え? なんで「お祭り」?(  ゚ ▽ ゚ ;)
会津が負けて、でも不屈の精神で立ち上がっていく人たちの話なんだよね?(゚_゚i)
どこに「お祭り」の要素が入る余地があるんだ?
って不思議でしょうがなかったのですが、
京都編を見ている時に、なんとなく、
ああ、「お祭り」ってこういうことなのかなあ・・・って腑に落ちた。
ものすごい勢いでキャラクターが投入されて、
ほんの数回、ヘタしたら1回でもう触れられなくなって、
でも次々にまた新しいキャラクターが登場して・・・
って、なんか花火大会の最後みたいな感じがしました。
花火1コ1コの色とか形とか余韻とか関係なく
ただただ賑やかにドンドン打ち上がる花火。
でもこれって、ストーリーとかテーマとかそういうことには
あんまり関わっていかないですよね。
結局、最初から人気者たくさん出して、
賑やかで華やか(中身はなくてもよい)な大河作って
復興支援になればいい・・・程度の意識だったんじゃないのかなあ。
だからこそ、できるだけ嫌われないように
どんな方向からも批判されないように・・・って作って、
結果的に最初についていた歴史好き、大河好きの層にまで見放されてしまった感じ。
山本さんはそういうプロデューサーの意向を受け入れて
いろんな方面に気を配りながら脚本を書いたんだろうなあ・・・。
でもそういう風に八方美人的に物語や人物を造形したら
平板なものにならざるを得ない。
山本さんがおそらくもっとも危惧して、
注意しながら書いていただろうなあ・・・と思えるのは、
会津の武士道が第二次世界大戦の戦意高揚に使われたような、
軍国主義肯定の流れを作らない事だったんじゃないかという気がします。
会津の名誉回復のための動きは、
後に国民の戦意高揚のために利用されていきます。
白虎隊の悲しい運命も、頼母一族の覚悟の自決も、
国民は国の(天皇の)ために死ぬ事が善だとする理屈にすり替えられてします。
山本さんはきっとこのドラマを書くにあたって、
会津の人達の当時の生き様をそんな風に解釈されて
右翼的な思想を持った人々に利用されるのも
左翼的な思想を持った人々に的外れな批判を受けるのも
絶対に避けたかったのではないかと・・・。
だから慶喜、容保の大阪城脱出の辺りから
急に物語の運びに鋭さがなくなった気がする。
大阪城を出るまでは、容保公の判断基準は上(幕府、朝廷、慶喜)の命令を遵守することで
ほとんどぶれなく貫けるんです。
でも、それ以降は、なぜ会津があそこまで徹底抗戦をしたかという理由に関しては
解釈に幅が出てくる。
そして考えられる解釈から政治的、思想的な要素の強いものを外し、
会津にとってよいイメージのない要素を省いたら、
ああいうことになったのかなあ・・・と・・・( ̄ー ̄;
一応、「会津は恭順しているのに相手が攻めて来た」という流れでは書いていましたが
いかにも中途半端な感じがしました。
このセンで行くと決めたらそれで突き進めば良かったのに、
いろんなことに配慮しているとそれだけでは突っ切れなくなって
あっちこっちに言い訳しながら描いた感じ。
それまでは客観的視点を保っていたように思えていた物語の視点が
単なるどっちつかずの視点になってしまった。
会津の側から見た歴史を描いているはずなのに、
それがきちんと徹底できなかった。
「風立ちぬ」なんかも零戦の設計者という、
ヘタしたら軍国主義への傾倒と取られかねない主人公を扱っています。
でも、宮崎さんは夢にかける熱意という一点でこの題材を肯定的に描ききった。
かなりの覚悟を持って。
「八重の桜」に一番足りなかったのは、そういう覚悟だったような気がします。
プロデューサーさんは最後の辺りで
「有名でない人物を描くという難しさはあった」
なんて言っていましたけどね┐( ̄ヘ ̄)┌
別に歴史もののフィクションに有名な人の話だけを期待している訳ではないし。
名の知れた人のドラマしか見たくないわけでもない。
よく「八重」の批判で
八重自身、籠城戦で戦った以外に功績がないから・・・
っていうのを目にしましたが、それも関係ないですよね。
そんなこと言ったら「カーネーション」も同じ。
八重の物語の中の立ち位置って
すごく「カーネーション」の糸子に似ている気がするんですよね。
モデルとなった綾子さんも、ご本人の功績で考えると実はそんなになくて
娘さんたちの知名度で有名・・・という人で。
でも「カーネーション」はかなり娘たちも動きも追いながら
それでも糸子の一代記としてドラマを描ききった。
題材の選定ミスでドラマが面白くなかった・・・っていうのは言い訳だと思う。
「八重の桜」の制作陣には
尾野さんを途中で交代させてでも糸子の物語を貫徹しようとした
「カーネーション」制作陣の覚悟がなかっただけなんだろうと・・・。
今、制作陣と書きましたが、
現場はよかったんじゃないかって思っています。
いいものを作りたいという思いは伝わってきました。
いわゆる現場のスタッフさん、役者さんたちの熱気。
去年考証がずさんだったっていう指摘があったからか、
特に前半はものすごく丁寧に作ってありましたよね。
武家の中での階級意識とか、所作とか。
特に所作は、初回の「御家訓」に皆が(容保さままでも)かしこまって聞いている様や
出陣の儀式など、ものすごく丁寧にやっていましたね。
特に前半ではこうした映像としての描写が
ドラマの中できちんと意味をもっていました。
なんといっても映像きれいでしたねえ・・・。
私は去年の「清盛」の画面もそんなに嫌いではなかったのですが、
八重の深みのある画面は大好きでした。
とても高価なカメラで撮影されていたらしく、
だから2台しかなかったそうで、
その為に結構特殊な撮影方法がなされていたみたい。
役者さんは結構大変だったのではないかと思うのですが、
でもそんなことを感じさせないくらいみなさん熱演でした。
そしてこれは現場・・・というのとはちょっと違うかもしれないのですが、
CG処理がすごく上手かったですね。
会津藩が上洛する時の三条大橋の行列はびっくりしました。
ああいう映像が見られるとは思わなかったので・・・。
本当は駐車場だったそうですね・・・すごすぎる・・・(  ゚ ▽ ゚ ;)
橋の感じと遠景の山の感じがすごくリアルでした。
もちろん籠城戦の時の、鶴ガ城を上から映したCGもすごかった。
窓の景色なんかも合成していたようで、
いい感じで自然な広がりが出ていました。
これからの歴史物ではCG処理が多用されていくかもしれませんね。

たぶんこのドラマ、みんな向いている方向が
微妙に違ったんじゃないかって思います。
プロデューサーと脚本家、現場のスタッフと役者、そして編集。
いいドラマって関わっている人達がきっちり同じ方向を向いている印象なんだけど
「八重」はちょっとずれていたかなあ・・・。
プロデューサーと脚本家は根本的にずれていた気がするし、
脚本と現場も途中からずれ始めた感じがする。
編集もなんでここ切ったんだろう・・・って思うところ多かったなあ・・・。
脚本家さんはいくつか、そこ切るか・・・((゚m゚;)って思ったところあったんじゃないかな。
あんまり全体を貫くようなものがなかった脚本でしたが、
会津藩の藩主と藩士の信頼関係だけはずっと描かれていたんですけど、
結構その部分切られていましたよね・・・(´・ω・`)
切るべきツボがなんかずれた編集だった気がします。
脚本家の意図が上手く編集にまで伝わっていない・・・。
そういうところを調整して、スタッフや役者の向いている方向を統一するのは
プロデューサーの役割なんじゃないかって気がするんだけど・・・。
プロデューサーが全く違う方向を向いていたとしたら・・・むりだよなあ・・・。
まあ本当のところはわからないんだけれど・・・。





長々とまとまりなく感想を書いてきましたが、
「天地人」の時ほどこれは酷い作品だ・・・とは思ってないです。
「天地人」の最後はボロクソな感想を書きましたが、
そこまではひどくない。
特に前半はかなり完成度が高かったし、
見たいと思っていたようなドラマが見られたと満足です。
容保さまはもちろん、浩も終わってみるとやっぱり前半中心の人物だったので、
好きな役者さんが活躍している部分についてはかなり納得しています。
もともと役者さん目当てに見始めた大河でしたから十分と言えば十分。
でも最後のまとめ的に無理に出番があったせいもあって、
やっぱり最後まできちんとドラマを描ききって欲しかった・・・。
「天地人」の時は、歴史が嫌いな脚本家に大河の脚本を書かせるな!
という怒りしかありませんでしたが、
「八重の桜」は残念・・・と言うしかない。
山本さんが歴史が好きというのは伝わって来ます。
トラック一杯分の資料を読んだっていうのもおそらく誇張ではないでしょう。
だからこそ改めて無力感がわいてくるんですよね・・・。
歴史が好きな人が書いたからって必ずしも成功する訳じゃないんだ・・・。
朝ドラはあんなに上手に描かれていたから
決して力が無い作家さんというわけではないんだと思います。
じゃあ面白い大河ドラマを書く為にはあとどんな要素が必要なんだろう・・・。
この作品についてまとめの感想を書こうとすると
いろんな思いが混じってうまくまとまらないのです。
一言でよかったとも悪かったとも言えない。
だからこの記事、なかなか書けなくて、
チビチビ書いては消してを繰り返し、
もうそろそろ一週間・・・(゚_゚i)
ただ、このドラマをきっかけにして
会津藩のことをいろいろ知ることができたのはすごくよかった。
幕末にこういう藩が存在していたこと、
地元京都と意外なほど縁が深かったことを、知ることができました。
今住んでいる地域が思った以上にこの時代に絡んでいることも。
私のように会津に興味を持った人は多かったはずで、
それだけでもこの「八重の桜」が作られた意義はあったのかもしれません。
最終回とその前の回が、
取りようによっては会津の全面否定ともとれるような内容だったので、
会津で最終回のパブリックビューイングがあるって聞いた時に、
大丈夫かな・・・ちゃんと盛り上がるかな・・・と心配したのですが、
とりあえずタイムラインでちらほら見たパブリックビューイングの感想では
大丈夫だったようですね・・・。
福島では平均視聴率も高かったそうですし、
鶴ガ城の観光客も増えたようですから
ある種の目的は達成したのかもしれないですね。
私もいつか行ってみたい、鶴ガ城・・・。







さてさて最後に、山川浩こと玉山君の感想。
実は最終回に向けての5分ほどの宣伝映像に映っていた浩の表情がすごくよくて
この場面を見てから浩の感想を書こう!
と思ったのですが、
実際に見てみるとそうでもなく・・・(゚_゚i)
これだったら前回の殿とのシーンの方がよかったかも・・・σ(^_^;)
とはいえ、弟健次郎に後を託すよいシーンではありました。
考えてみれば浩って、「八重の桜」の中では珍しいくらい
成長して変化した人物なんですよね。
子役時代は当然のこととして、
純情で八重さんになかなかはっきりものが言えない青年時代から、
留学を経て一気にオラオラな大蔵に。
オラオラの勢いで会津戦を乗り切ると、
いろんな責任がその肩に乗っかっていって、
斗南では落ち着いた大人の雰囲気が出てきます。
京都編では一貫して旧会津藩士の中心となる人物としてどっしりとした男に・・・。
山川浩は実在の人物自身がそういう人だったところもあるかもしれませんが、
玉山君も敢えて大きく変化をつけて演じていたように思います。
返す返すも、この人物をなぜもっと活かせなかったのか・・・と悔やまれます。
八重さんの一代記として描くにしても
会津の物語として描くにしても
山川浩は面白く絡ませられたはずなのに・・・。
結局、八重の物語としても会津の物語としても中途半端で
その迷いがそのまま浩に影響してしまったかな。
浩はこの作品の中ではひどくぞんざいな扱いを受けたような気がしてちょっと残念。
個人的にはもっと殿と絡ませて欲しかった。
彼岸獅子で入城した時ぐらい、ちゃんと殿に褒めてもらいたかった・・・(ノω・、)
史実では殿が殊の外お喜びになったって残っているんですよね?
史実として残っている輝かしいエピソードは大半が削られ、
いろいろ残念な創作ばかりだった浩ですが、
それでも会津編、京都編通して出演した数少ない人物の一人。
特に京都編では一気に姿を消してしまった会津人の代表として描かれました。
八重さんがさっさと手放してしまった会津の苦悩を一人背負い続けた。
八重さんがさっさと忘れてしまった(ように煮える)会津戦の記憶を持ち続けた。
だからこそ、西郷が最後に思いを伝える相手として、
殿が御宸翰を託す相手として
ドラマの中で選ばれたんでしょう。
京都編ではいい台詞もいっぱいありましたしね。
ああ、今いい表情しているなあっていう場面もいっぱいあった。
留学から帰ってきたときはいきなりオラオラ系になっていたので
これは・・・これでいいのか?( ̄□ ̄;)
と不安になったのですが、
そこまで一気に変えないと籠城戦で先頭に立って戦う大蔵に
つなげられなかったんですね。
玉山君は前回の「天地人」では本当に残念な扱いで、
見ていて悔しい思いばかりが残ったんですよね。
ビジュアル的にドンピシャにはまっていただけに
あの描かれ方は残念で残念で・・・。
今回は報われて欲しいなあ・・・と願っていたんですけど、
どうなんでしょう・・・ちゃんと報われたかな。
描かれ方としてはやっぱり残念だなあって思う部分も多かったんだけど
登場期間が長かった分いろいろ役者さんのほうが工夫できる時間があってよかったなあ。
景虎は3ヶ月間でしたから。
大蔵(浩)は毎回登場ではなかったけれど、
ほぼ1年出続けられたことが大きかったですよね。
特にオラオラ全開になって以降、
何となく駄目オーラ出しながらも頑張っているところを
好意的な目で見てもらえることが多くなった・・・というか、
キャラクターを温かい目で見てもらえるような空気が生まれたなあ・・・という気がします。
史実に比べてドラマでの扱いがかわいそうだった分、
視聴者に応援するような目で見てもらえたかなあ・・・。
玉山君の一つの資質だと思うんだけど、
端正な顔立ちしているのにどこか親しみやすい部分を持っていて、
かっこいい役をやっていても憎めない駄目さ加減が滲み出てしまう。
今回もそういう玉山君自身が持っている特徴が
良い感じで役に活かされたと思います。
返す返すも大蔵(浩)と殿の会話が少なかったのが残念。
「殿、殿~」って言いながら殿の家にしょっちゅう行っている浩見たかったなあ。
殿に褒められて照れまくっている大蔵とか。






なんとなくまとまらない感想なのですが、
それがそのまま私の「八重の桜」に対する思いです。
悪いところ、失敗している点もいくらでも指摘できるんだけど、
でも、この作品にわくわくした部分もちゃんとあって、
すごいなあ・・・と感心させられた表現もたくさんあって、
簡単に「失敗作だ」「つまらない」と切り捨ててしまいたくない。
全体的に批判的な感じで最後の感想をまとめてしまったのは
そう書かざるを得ないような失望感があったからなんだけど、
八重の感想がこれで終わってしまうのは自分で残念・・・。
余裕があればよい部分に注目した感想を書きたいな。
特に容保さまについてはもっと書きたかった気がする。
この松平容保という人の生き様を知るきっかけとなっただけでも
私にとって「八重の桜」は大きな意味があった気がします。
とりあえず、1年間ありがとうございました。



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