八重の桜~鶴ガ城開城

もう次の回が放送されてしまいましたが、とりあえず・・・(;^_^A
いよいよここまで来てしまいました。
冒頭の軍議のなんと虚しいこと。
大蔵がいくら威勢よく「もう少し持ちこたえて冬がくれば・・・」と
希望的観測を言い立てたところで、
そこまで持ちこたえても戦に勝てる見込みがないことは
疲弊した平馬さんの力ない表情が物語っている。
平馬さんにしてみれば、必死でかけずり回って結んだ列藩同盟が
ずるずると瓦解してしまって、
最後の頼みであった米沢藩までもが降伏し、
このままでは米沢藩までもが会津の攻撃にまわる・・・という状況の中で
もはや希望の光など見いだせなかったのでしょう。
威勢のいい官兵衛さんは、今は城外で戦闘中。
降伏なんてできない。
でも、勝てる手立てはない。
にっちもさっちもいかなくなった完全に手詰まりの状況・・・!(´Д`;)
本筋には関係がないことなのですが、
この軍議の場面、私はなんとなく複雑な思いで見ていました。
というのも、4年前に玉山くんが出演した「天地人」でも
同じような場面があったから・・・。
玉山くんが演じた上杉景虎は御館に籠城して
1年近く義理の兄弟である上杉景勝と対峙していました。
あの時は「雪さえ解ければ・・・」と念仏のように唱えて、
ひたすら時が経つのを待っていたっけ・・・。
雪さえ解ければ実家である北条氏からの援軍が
山を越えて越後に来てくれる。
それまで持てば勝機はある・・・と、
凄まじい飢えの中じっと耐えていました。
結局景勝が雪解け前に総攻撃を開始して、
雪解けを待たずに景虎は自害に追い込まれました。
(「天地人」ではこの見せ場のシーンをグダグダにされたんだけど(  ̄っ ̄))
4年後、やっぱり同じような絶望的な籠城戦で、
今度は雪の到来を切望しているとは・・・(ノ_-。)
なんの因果なんだろう・・・。
いやいや、閑話休題。
軍議が終わって八重が大蔵を呼びに来ます。
前回の終わりで被弾した大蔵の妻、お登勢さんが亡くなったことを知らせに。
お登勢さんの死を悲しんでいる大蔵の前に、
弟の健次郎が戻って来ます。
「なんで帰って来た」
と弟を責める大蔵。
女でさえ命を落としているのに、なぜお前は生きて返って来た、切腹しろ!
とむちゃくちゃなことを言い出す大蔵。
一人でも兵を失いたくないから・・・と、彼岸獅子作戦を思いついた時の、
冷静で頭の切れる大蔵はどこに行ってしまったんだ・・・という風情。
大蔵の勢いに押されるかのようにふらふらと短刀を取り出す健次郎も
それを
「これ以上誰も死ぬことはねえ」
と必死で止める母も、もう尋常ではない。
負け戦の中で精神的にどんどん追い込まれていっている様が
痛いほど伝わってきました。
それを影から見ていた容保さま。
決意を込めて秋月に密命を出します。
容保さまが降伏を決意するというのは、
物語の大きな転換点。
京都守護職拝命から一貫して容保様が重んじ守り続けて来た、
会津としての義、武士としての義を最優先するあり方を捨てる訳ですから。
その転換点をどう描くのかな・・・と注目していたのですが、
この山川家の一幕を持ってきたのは上手いなあと思いました。
例えば、山本家も今回の大きな出来事があったわけです。
おとっつあまの死。
あの場面を容保様が見ていた・・・というのも一つの方法だったと思うのですが、
(下手な脚本だと主役中心にしたいからここにしかねない)
でも、それでは弱かったと思うんです。
あの、大蔵が妻を亡くして冷静さを失い、
理不尽な死を弟に突きつけている。
「武士として切腹しろ」
と迫っているけれど、
それはもはや容保様が守りたかった武士としての生き方じゃない。
このまま戦い続けても、決して
頭で思い描いたような美しい武士としての生き方を全うすることにはならなくて、
単に大切な藩士やその家族達の命を無駄に失うばかり・・・
ということを殿が実感として悟る契機として
すごく説得力のある場面になっていたと思います。
TVのこちらから見ていても、こりゃだめだ・・・と思いましたもん・・・。
実際にはこのタイミングで起こったことはないそうですが、
大蔵が戦果をあげられずに城に戻った健次郎に対して
切腹を迫ったというエピソード自体は本当らしいですね・・・(゚_゚i)
「私は国とはそこに住む人のことだと思っています」と言ったのは尚之助さんでした。
殿もまたこのことを実感したからこそ、
「降伏」を決意できたんだろうなと思いました。
現代ならば当たり前のことのようなことだけど、
封建社会、武士社会に置いて、
これは決して当たり前のことではなかった。
特に容保公は封建社会の藩主として、
何よりも藩の存続やそこに住む人達のためではなく、
御家訓や義を優先して決断を繰り返してきた人ですから、
尚更大きな価値観の変換が必要だったと思います。
「何もかも、戦で燃やしてしまった。代々築きあげてきた会津の誇りをも穢した」
と悔やむ殿。
燃やしてしまったのは美しかった会津の城下町。
そこで何代にもわたって連綿と続いていた人々の暮らし。
会津の名誉を守るために今まで戦って来ていたのだけど、、
降伏することによってもはや賊軍と言われてしまった会津の汚名を雪ぐ術もなくなる。
それでも、人さえ残っていれば、
会津の魂を持った人達が生き残っていけば、
会津は滅びない。
町は焼け、城は崩壊しても、
会津は生き延びていくことが出来る。
そう信じることができたからこそ、
自分の命と引き替えに皆の命を救おうとした。
ここで会津の封建時代は終わりを告げるんですね。
藩主と藩士の関係が非常に理想的な形で成立していた会津藩。
その会津藩ですら、新しい時代の波に飲み込まれて、
こうして日本の封建時代は終わりを告げていくのだな・・・。
殿が降伏の決意を照姫に告げるシーンもよかった。
この大河が始まる前の番宣番組で、
容保公は照姫にだけにはつらいお心内を打ち明けていた、とか、
ストーリー本でも兄弟に対する愛情以上の想いを抱えていたのではないか
みたいな書き方がされていたので、
こういう部分があんまり前面に出るのは嫌だな・・・
と、ちろっと思っていたのですが、
最初の数回でちらっと眼差しを交わし合うシーンはあったものの、
その後物語が緊迫してくるとほとんどそういう場面は描かれず、
といか、照姫様のシーンがあんまりなくてちょっと拍子抜けだったんですけれども、
このシーンはその最初の設定を思い出しました。
そして、容保様の側に照姫様がいて下さって本当によかったと思いました。
容保様の辛い決意を受け止めて、そっとその心に寄り添う。
そして、この二人の心の交流、互いの信頼感を、
こういう核になる場面で、押さえた表現で描いた脚本の山本さん、
すごいと思いました。
年始にやったスペシャルドラマみたいにベタベタした関係に描かれたら
すごく興ざめだったと思う・・・。
照姫さまは出番は少なかったけれど、
登場すれば凛とした美しさと芯の強さそして品を感じさせてくれました。
今回も白旗に文字を書くシーンなども特に印象的でした。
あの気丈な双葉さんでもなかなか書けないでいる文字を、
迷いのない筆運びで堂々と書き上げた。
この姫様は殿から降伏の話を聞いた時から、
殿の痛みと覚悟を共に背負っておられるんだな・・・。
そして、そして、殿が家臣達に降伏を告げるシーン。
やっぱり今回の一番の山場はこのシーンですよね!
ここ数回、ちょこっと不満も漏らしましたが、
このシーンを見て、ああ、このドラマの前半部分が見事にまとまったと思いました。
今まで八重が政治から遠ざけられた描写で徹底されていたことが、
ここで最大限に活かされた。
この場面だけ取り上げれば、今までの女性主役の大河で、
主役が出しゃばってもの申すシーンと同じ・・・に見えちゃうかもしれないけれど、
でもこの大河では今までの積み重ねがあるから、全然意味が違う。
あの場面で、あの台詞が言えるのは八重しかいないんです。
でも、八重が言った言葉は、あの場にいる誰もが思っている。
言いたくて、言いたくて、でも、言えなかった言葉。
男達はそれぞれがそれぞれに、今までの流れを背負っていますから。
京で、鳥羽・伏見の戦いで、籠城戦で、その他様々な局面で、
単純に自分たちが悪くないと言い切れない部分を経験してきている。
ここまで会津を追い込んでしまった要因として、
例えば政治的な判断ミス、戦略の不備そういったもろもろの負い目を
男達はそれぞれ多かれ少なかれ背負っているから、
八重のように純粋に会津を擁護する意見は言えない。
でも、八重は今まで政治からは遠い位置にいたから、
「会津は天子様の為、公方様の為に尽くしてきただけなのに、
なぜ逆賊呼ばわりされなければいけないのか」
とストーレートにものが言えるんです。
だって彼女(女やこども達)はそう聞かされてきたんですから。
そう信じてお城に入って男達と一緒に戦ってきたんですから。
なおかつ、八重は他の婦女子と違って、
単に戦の後方支援(食事の準備や救護など)に留まらず
お城に入ってからは男子として立派に戦っています。
彼女の戦功はあの場にいた多くの者が認めている。
そんな八重が言うからこそ、言葉に力を持つ。
そして、ここまで、会津に寄り添った視点で描きながらも、
会津側の戦略の拙さもしっかりと描き続けて来ていたこのドラマを見てきて、
なんとなくもやもやしていた気分も、八重の言葉ですっきりしました。
「会津は逆賊じゃねえ」
そうでした。
その一点の為に会津は戦って来たのでした。
なんか鳥羽伏見の戦いがすごく遠い昔に思えて、
誰よりも帝に忠誠を尽くしてきた会津がどうして逆賊扱い?
っていうことに対する怒り・・・っていう部分を忘れかかってました。
八重の言葉でしっかりともう一度その部分に立ち返ることが出来た。
そうして、八重の言葉は殿の大きな縛りになりますよね。
家臣を守る為に自分の命を差し出すということで
ようやく「降伏する」という大きな決断のよりどころとしている殿。
その部分は揺るぎない。
だから、殿は八重に「生きて下さい」と言われても、
家臣達に命に代えてもお守りしますと言われても、
涙を流すだけで答えることはできない。
けれども、八重の言葉があれば、
降伏して、自らの命を新政府軍に預けたのち、
新政府軍が容保公の命を奪わなかった時、
容保公は自ら命を絶つという選択を選べなくなります。
殿が生きて下さることが、会津が賊軍ではない証明になる、と言われたら、
どんなに辛くとも、会津の為にただ生き続けるしかないですよね。
結果的に、この後二十数年生き続けることになる容保さま。
きっといろいろな思いがあったでしょうに、
何も語らず、終生御宸翰を抱えて粛々と生を全うされました。
そういう生き方をした理由のようなものを、
会津の民の正当性を主張するためという点において、
ここで八重に語らせたんですね。
大蔵君が八重さんに言った台詞
「あなたは会津そのものだから」
これ、登場したときは「会津そのもの」ってなんじゃそりゃ?(=◇=;)
なんかピントのずれた告白だなあ・・・って思ったのですが、
その後ことあるごとに思い返す台詞になりました。
特に籠城戦が始まってからは。
八重の怒りは会津の怒り、
八重の悲しみは会津の悲しみ・・・
そんな風に感じる場面が多かった。
籠城戦も終盤になって、
表現を変えて、今度は尚之助の口からこの言葉が語られました。
「会津は・・・八重さんは強い」と。
尚之助さんは余所から来た人だったけれど、
本当に会津に魅せられた人だったんですね。
覚馬さんに惹かれたのも、
八重に惹かれたのも、
二人が知らず知らずのうちに内包している
会津人としての気質に惚れてしまったのかもしれません。
番宣で会津には「会津の三度泣き」という言葉があると聞きました。
他所から来た人は会津人のがんこさ(だったっけか?)に泣き、
土地に馴染むと会津人の情の厚さに泣き、
そして会津を去るときに、去りがたさに泣く・・・と。
尚之助さんはまさにこの会津の三度泣きを地でいった人。
そう言えば斎藤さんもこのパターンの人ですね。
会津人の気質に惚れ込んでいった男達。
八重さんの才能を大切にし、
八重さんの思いを尊重する形で愛情を示してきた尚之助さんが、
最後の最後に八重さんの思いを裏切って
「ここに女がいるぞー」
と大声を出したのは、
彼女の生き方を尊重するという愛し方を捨ててでも、
やっぱり彼女には生きていて欲しいという
自分の思いを優先したのですね。
言ってしまった後の辛そうな尚之助さんの顔。
こうすることでどれだけ八重さんが傷つくのかわかっていて
それでも愛する人には生きていて欲しいと願った。
あの激しい戦闘の中を戦い生き抜いたからこそ。
そして、尚之助さんはちゃんとわかっていたんだと思います。
八重さんはこの先もきっと力強く生きていくと。
ここでいくらうちひしがれても、
必ず立ち上がって前を向いて歩き出す人であることを。
一人お城に取り残されて八重が見上げた空は変わりない空で。
戦に負けようが、人がたくさん亡くなろうが、
それでもやっぱり変わらない空で・・・。
まさに、国破れて山河あり・・・ですね。
これで会津編が終了しました。
けれども「八重の桜」が復興大河の題材として選ばれたのは、
この先の物語があるから。
どんなに打ちのめされても立ち上がっていく強さ。
それを描きたいが為の、丁寧な会津編の描写だったわけで、
これから八重の花がどう咲いていくのか、
いえ、八重だけじゃない、
あの戦を生き延びた会津の人達がどう生きていくのか、
楽しみに見ていきたいと思います。
とりあえず、もう、胃がキリキリするような思いで
ドラマを見ることは少なくなりそうですね(^▽^;)

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よしなしごと・・・

今日・・・というか、もう昨日だ。
「シャニダールの花」公開おめでとうございます。
1日で舞台挨拶の数が多かったので、
内心ちょっぴり心配しておりました。
今まで何回かドタキャンがあったものですから・・・。
1年と少し、綾野君の情報を追いかけてきて、
撮影が切り替わるタイミングで宣伝が多い時期に
体調を崩されていることが多い気がして、
(単に目立っちゃうだけかもしれないけど)
今、まさにそういう時期かなあ・・・って思っていたので、
密かに「シャニダールの花」の初日舞台挨拶が
結構間際になって回数と場所が増えたこともあって、
全部無事に済むことを祈っておりました。
ここでまた欠席してしまったら、
それこそ「働き過ぎ」って記事がいっぱい出てきそう・・・(゚_゚i)
いや・・・確かに働き過ぎなんですけど・・・。
でも、今はメインは映画1本だし、
大河の撮影もこの間久しぶりにあったみたいだけど、
絶対的に大河の負担は軽くなるはずなので、
ここ数年の働きっぷりからして、
決して今が特別オーバーワークっていうこともないんじゃないかと・・・。
情報追っかけていた時に一番、うわーっ大丈夫か?(°д°;)
って思ったのは、「裸にしたい男」の追っかけ入っている頃の、
兵庫(映画の撮影)→東京(サイペの製作発表)→福島(友人に会う)→東京
っていうスケジュールをこなしていた頃と、
サイペ終盤に大河の撮影が始まって、アンフェアの撮影もあって、
映画の宣伝もあって・・・っていう頃かな。
この間の「情熱大陸」見ていると、
今年の春の「最高の離婚」の終盤と「空飛ぶ広報室」が重なっている頃も
かなり大変そうでしたね・・・。
もちろんその隙間に雑誌の取材があって、
宣伝活動もあったり、
作品に入る前は衣装合わせやら台本の読み合わせやらの
私達の目に触れない作業も山盛りであるはず・・・。
3年本を読んだ時に、こういう忙しさは3年本スタート時から
(つまり今の事務所に移籍してから)
ずっとだったって知ってびっくりしました。
1ヶ月に5人の人間を演じたとか・・・Σ(・ω・;|||
その頃のインタビューでは、
そういうペースで仕事をしていくことに慣れていなくって、
不安や疲労を結構赤裸々に語っていてちょっとほっとした。
今は、忙しいけど公の場では、忙しいことの辛さをあまり言わないでしょ?
時にはこの忙しい状況を楽しんでさえいるように振る舞って。
次々に魅力的な作品のお話が舞い込んで、
憧れていた監督と一緒に充実した共同作業が出来たり、
今まではなかなか競演が叶わなかったような人と演技ができたり・・・
っていう今の状況、そりゃ楽しくないわけがない。
でもその一方で、3年本の、いろんなことに不安を感じている綾野君も
きっとまだいるんだろうな・・・って思う。
でもって、今のこの状況から、休んでしまうことによって
何かが失われるんじゃないかって思っている気がする。
いや、あくまでも勝手な妄想ですが・・・(;^_^A
今の綾野君ってぶんぶん勢いよく回っているコマみたいですよね。
次、次、次・・・と新しい役に染まって変わって、
でも、ものすごい勢いで回っているから倒れないし、ぶれない。
きっと、忙しいからこそ、
研ぎ澄まされて行っている演技の勘みたいなのがあるんじゃないかな。
ここ最近、殿にしろ、空井君にしろ、
ここは彼のアドリブでしたっていう裏話が表に出ることが続いていたんだけど、
そのどれもが驚くほど的を射ている・・・。
もともと脚本になかったっていうのが信じられないほど。
そういう役に対する感覚というか嗅覚みたいなものは
テンションを落とさずにどんどん現場を渡り歩いていることで
鋭くなっていっている気がする。
忙しさを決して言い訳にしないで、
一つ一つの役に大きな成果を残しているからこそ、
「次」が求められるんだし。
「先輩rock you」で上手い休み方を探している・・・って言っていたのも
そういうことかなあ・・・って思いながら聞いていました。
研ぎ澄まされている感覚を鈍らせずに休む方法を探しているのかなあって。
だから時々ツイートなんかで
殿や空井君から綾野君に注目し始めた人が
「事務所働かせすぎ」
みたいなコメントをしているのを見ると、なんとも言えない気持ちに・・・。
たぶん・・・綾野君は自分から今の状況を選んでいるんだろうなあと思うから。
事務所からやれっていわれて今の仕事の仕方していたら、
気持ちが持たないと思うもん。
今これほど一つ一つの作品にちゃんと向き合えているのは、
やらされているんじゃなくて、
自分がやりたいことをやっているから。
というか、たぶん、やらされていると感じた時点で、
潰れちゃう人だと思う。
いや・・・違うな、潰れる以前に、やらない人だろうな( ̄ー ̄;
事務所は結構自由にやらせてあげているんじゃないのかなって思ってます。
だって「シャニダールの花」やらせてるくらいだもん。
「シャニダールの花」って「夏の終わり」の撮影後、
「サイケデリックペイン」の舞台稽古が始まる前の
隙間をぬって撮影されていますもんね。
「サイケデリックペイン」はギターの練習もあったし、
歌もあるし、
何と言っても久々の舞台だし、
準備しなければならないことは山ほどあったはず。
ここの期間あけて準備させてあげたら、
すごく楽だったと思うんですよ。
それでも綾野君は準備よりも石井監督と仕事したかったんだろうなあ・・・と思う。
そして事務所はそんな綾野君の気持ちをくんで
スケジュール調整を一生懸命したんじゃないかって思ってます。
だって、事務所的にはそんなに美味しい話じゃないじゃないですか。
主演っていうのは大きいけれど、
決して公開規模の大きな作品ではないし、
石井監督の呟きでも、
ぎりぎりまで成立するかどうか危機一髪だったっておっしゃってたし。
「ガッチャマン」みたいな大がかりな作品も「シャニダールの花」みたいな作品も
同じように大切にしているところがすごくいいなと思っています。
ただ・・・それでもやっぱり疲労はものすごく蓄積されているはずで・・・。
どっかの時点で、「辛い」が「楽しい」を大きく超えてしまったら、
その時にはどうか事務所できちんと強制的に休ませてあげて欲しいな、
と切に、切に、願います。
きっと自分では自覚できないと思うから。
ってまあ、これは私の憶測に基づいた勝手な思いにすぎないのですけど。


で、その「シャニダールの花」・・・宣伝すごいですね(  ゚ ▽ ゚ ;)
「めざまし」やら「ZIP」やらで結構取り上げてもらってる。
そんなに全国区の番組で宣伝しても、
見られない地域多いんちゃうん?(  ゚ ▽ ゚ ;)
決してお金かけてプロモーションしている感じではなくて、
とにかくキャストや監督なんかが一生懸命露出することで宣伝している。
「空飛ぶ広報室」効果の恩恵を一番受けたのは
この「シャニダールの花」なのかもしれないな。
あのドラマでまた一気に注目度が高まりましたもんね。
話題の綾野剛に取材したいから
映画の宣伝に託けている感じがする。
本来だったらもっと石井岳龍監督の名前が前面に出る作品ですよね、これ。
関西に来た折りも案の定山ほど取材受けてくれていたらしく、
「ぼじポジたまご」っていうKBS京都(ローカルだ・・・ヽ(;´ω`)ノ)の
地元民でも滅多に見ない番組の取材まで受けてくれていて、
なんか本当にありがたかった・・・。
(もしかして「イヌゴエ」の関係もちょっとある?)
自分への関心の高さを積極的に利用して
映画を知ってもらおうとしている意気込みはものすごく感じます。
撮影だけでも忙しいはずなのに、これだけの取材・・・。
すごいなあ、えらいなあ。
でもね・・・その取材やTV出演がことごとく
「そこのみにて光輝く」の達夫バージョンで・・・(;´▽`A``
ぱっと見、すごくどよんとした雰囲気( ̄_ ̄ i)
前髪も長くて目が見えないし。
時々前髪の隙間から目がきらきらしてるんだけど。
それからヒゲでしょ?
あんまり愛想笑いもしないし。
空井君と見事に180度違う。
え? もしかして不機嫌?(・_・;)
と思うとそうでもなくて、
話していることはいつもと変わらず、
質問にも真摯に答えようとしているし、
取材いやだなあ・・・っていうよりは
ちゃんと前向きな姿勢で取材を受けている・・・
んだけど、雰囲気がどよんなので、
どうしてもそれが見ている側にストレートには伝わらないヽ(;´ω`)ノ
役によってこれだけ印象が違うんだ・・・
とファンの私はびっくりして、
さすが役者さんだなあ・・・と好意的な方向に受け取るんですが、
ファンじゃ無い人にはどう映っているだろう・・・と
ちょっと心配にはなりますσ(^_^;)
あのやさぐれた雰囲気で、
一生懸命答える映画の内容は不思議でとらえどころがなくて
これ、ちゃんと伝わるかなあ・・・(゚_゚i)
公開時期がもう1ヶ月早くて
空井君のイメージで宣伝したら
もっと好感度が高かったかも・・・(^o^;)
「空飛ぶ広報室」関連で出た番宣のバラエティでは
もっとさわやかだったしテンション高めでしたよね。
でも、さわやかに「シャニダールの花」の説明されてもなんか違うと思うし・・・
ま、これでいいのかσ(^_^;)
やさぐれた雰囲気で熱心に映画を語るという
なんともとらえどころのない綾野君の映像、いっぱい捕獲できました。
初日の舞台挨拶に行かれた方の感想を読んでいると、
初日はまた違った綾野くんだったようで・・・。
「白雪姫」バージョンですか?
ちゃらい雰囲気の綾野君・・・( ´艸`)
ガッチャマンの完成披露の時の雰囲気なのかな。
そういえば先輩rock youはちょっと雰囲気が違いましたね。
あれは早めに収録してたんだろうか・・・。
とまあ、よしなしごとをつれづれに書いてみました。


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八重の桜~自慢の娘

ようやく殿が主役と対面できましたo(〃^▽^〃)o
厳密に言えば初回でチビ八重ちゃんに会っているんだけど、
綾瀬さんには初めて。
・・・というより、女性と話したの何話ぶりなんだ? 殿・・・(^o^;)
主役が女性のドラマで、
これだけ男性ばっかりの撮影・・・っていうの珍しいですよね(;^_^A
それだけ八重がここまで政治部分にむやみに出しゃばらなかったっていうこと。
この辺は本当にしっかり作って来ましたよね、このドラマ。
だからこそ、ここに来て十数年ぶりに殿と再会できるこの場面が
なんとも感慨深い・・・。
だけど、ドラマとして盛り上げるためにこのシーンを作ったんじゃなくて、
これもちゃんと史実だそうなので、
史実を上手く活かしているなあ・・・と思います。
八重の説明を熱心に聞いた後、
すっと八重の前まで来られて、
本当に久々の、押しつぶした声じゃない、穏やかな声で
「覚馬の妹か?」
のお言葉。
視聴者は覚馬が京都で生きていることを知っているけど、
殿にとっては覚馬は死んでいる・・・という認識なのかもしれません。
京で薩摩に捕らえられたのですから。
あの頃殿を取り囲んでいた家臣達も、
今ではもう半数くらいになってしまいましたね・・・(ノ_・。)
今はもういない(殿にとっては)覚馬の代わりに、
覚馬の面影を宿した娘が、
砲弾の説明をしている・・・それだけで、
殿にとっては十分感慨深いことだったんだろうな。
その上八重から告げられた昔のいきさつ。
殿は覚えていたのかな。
八重に言われるまでは覚えていなかったかもしれないけれど、
八重に話を聞いたら思い出したかもしれませんね。
頼母も絡んでいる話だし。
ああ、そんなこともあったな・・・と。
けれども自分が何気なく言った一言が、
幼い娘の心にいつまでも残っていたのは思いがけないことだったのかもしれません。
でも、頼母の名前が出た途端、
平馬さんが話を打ち切っちゃった・・・。
平馬さん、そんなに頼母さんのこと嫌わなくても・・・ヽ(;´ω`)ノ
八重の真っ直ぐな忠誠心を知って、
久々に殿、目がうっすらと赤くなっていましたね。


そういえば、今回は殿の家臣に対する思いがいっぱい描かれた回だったなあ・・・。
八重との対面と対をなしていたシーンが官兵衛とのシーン。
このシーンもいいシーンで・・・。
ただ・・・官兵衛のやらかしちゃう件は事前に知っていたので、
なんかこの感動シーンにおしりがむずむず・・・。
そんな私の様子を見て、長男が
「この人死んじゃうの?( ̄□ ̄;)」
って心配していましたが、
いやいやそんな話じゃない・・・( ̄ー ̄;
本当に事実は小説よりも奇なりですよね・・・σ(^_^;)
これドラマとして作った部分だったらあまりにもウソくさかったでしょうに、
事実だから何も言えない・・・。
史実としてこの話を知った時は、
負けるときってこういうもんなんだよなあ、
何やっても上手く行かないって言うか、
物事が悪い方へ悪い方へと転がっていくんだなあ・・・
ってしみじみ思ったものですが、
なんかドラマで映像として見たらギャグにしか見えなかった・・・(゚_゚i)
獅童さんの慌てっぷりがマンガのようで・・・。
とはいえ、殿に対面したときの獅童さんはすごくよかった・・・。
以前江戸で人を斬ってしまった自分を許してくださった殿。
その殿のご恩に報いんがために頑張っているつもりなのに力及ばず・・・
と、悔やむ時の表情が本当に人間くさくて。
鬼の官兵衛の時の仁王像のような表情も決まっていますが、
こういう顔を見ると本当に官兵衛という人物に奥行きが感じられる。
いけいけどんどんのバリバリ武闘派なのに、
藩士たちから好かれているのもよくわかる。
で、ここでもまた、過去の自分の言動に深く感謝して
命をかけて忠義を尽くしてくれる家臣の生の言葉に触れて、
殿の優しい表情(^~^)
なんか・・・殿、よかったね。
ここんとこ、ずっと胃が痛くなるようなことばっかりだったから、
こういう家臣との心温まる交流って、ほっとする。
ここでもやっぱり殿は自分から官兵衛の側に行って。
八重の時も思ったけど、
容保さまが近づいてくる・・・って思うとドキドキする・・・(///∇//)
やっぱりお殿様なんだなあ・・・。
特別な人・・・って感じがビシビシ伝わる。
そしてこの二つのシーンを見ていると、
孝明帝と容保様の最後の対面シーンを思い出します。
あの時、孝明帝は
「われらは重い荷を背負うたもの同士」
みたいなことをおっしゃられました。
もちろん容保様も会津という藩を背負って京に向かわれましたが、
京都守護職って言わば中間管理職みたいなもの。
上に帝やら幕府やら慶喜公がいて、
その人々にお仕えする立場でした。
容保さまが本当の意味でトップに立つものの孤独や重責を痛感したのは
会津戦争以降なのではないかと思います。
ここまではいろんな物事を本当の意味で決めるのは
容保さまではありませんでした。
帝や慶喜公の意志が最優先。
それに対して会津はどう動くかという判断はしておられましたが。
でも、今は、容保さまの判断が全て。
今の会津の苦境も、籠城戦の苦しさも、
どんどん失われていく家臣達の命も、
全て容保様一人にその全責任がおっ被さっているんだよなあ・・・。
そんなことをしみじみ感じた今回の二つの対面場面。


頼母は・・・最後までも一つつかみきれませんでした(;^_^A
とりあえず、今回ではっきりと殿に
「生きよ」
と言わせていたので、
頼母と対立したから追い出した・・・ではなく、
殿が頼母を逃がした・・・路線は確定ですね。
匂わすだけにするのかなあ・・・って思っていたので、
これだけはっきりと殿に言わせたのは意外でした。
やっぱり頼母の追放劇は、修理の時と真逆をいっているんだよなあ・・・。
前回、頼母と対面している殿には情が感じられる・・・
って書いたけど、あれはちょっと表現が間違ってました。
軍議で頼母の意見をばっさりと切り捨てた時とは
明らかに目が違う・・・ということが書きたくて
ついああいう表現にしてしまったけれど、
ちゃんと見返してみると情すら感じられない目をしている。
感情を押さえ込んだ目。
修理の時、切腹を申しつける一方で、
目で、必死に「生きてくれ」と言っていたのと対照的。
頼母は殿の真意は理解しないまま旅立ちました。
それでも八重が思わず殿への懐疑の言葉を口にしたときには
窘めていましたから、
決して感情的なもつれではなかったように描かれていました。
ただ、お互いに譲れぬ道があったのだと。
頼母は殿から遠ざけられると分かっていても、
それでも恭順の道を言い続けずにはいられなかった。
それが頼母が信じる会津を守る道だったから。
でも、殿には殿の道があって、
頼母が自らの道を譲れなかったように
殿もまた譲ることの出来ない道を歩いていると言うことも理解しての
あの八重への言葉だったのかな。
頼母が八重に言う言葉は、
前回からちょっとつかみにくいんだけど・・・σ(^_^;)
ストーリーブックの前編では頼母の説明のところで
「不戦恭順論だった頼母は、藩主と藩士の一同玉砕を主張」
と書いてあるので、
当初は史実通りにブチ切れ頼母にするつもりがあったのかな。
三谷脚本の「新選組!」みたいに、
描く場面を大きく制限して
(「新鮮組!」は全て1日の出来事を1話にしていた)
八重の登場とか考えずに
ほぼ1話分まるまる軍議での会話劇に費やして、
そこで巻き起こる人間のどろどろした部分をきちんと描けたら、
それは面白いドラマになるだろうなあ・・・と思いますが、
1つのエピソード中心に描くのではなく、
群像劇としてエピソードを積み重ねる形式のこのドラマでは
そんなことできっこないし・・・。
中途半端に描いてしまうと、
頼母は単なる性格破綻者になっちゃうし、
殿は自分の命が惜しいから恭順しない・・・
という方向にとられかねない。
それならばシンプルに頼母は恭順を貫いて、
他の藩士から反発をくらって城を出された・・・
としたほうが、全てにおいて綺麗に収まる・・・ということになったのかな。
頼母はずっと殿の命も差し出して恭順とは言わなかったですもんね。
ものすごく殿と頼母に配慮した結果の展開だったんだな。
どっちにしても、頼母の扱いは難しいですよねヽ(;´Д`)ノ


今回大蔵は・・・ちょこちょこ出ていましたよね。
夫婦の会話もちょこっとありました。
八重が殿に呼ばれて行った時は、
大蔵と官兵衛が殿の両脇にどん! と座っていて、
殿の後ろには平馬さんが立ってて、
あまりの迫力にちょっとびびりました(;^_^A
殿のお側にいる人のメンツが大きく変わりましたねえ・・・。
さて、次回はいよいよ開城回。
予告で流れている殿の台詞が
どんな流れでどういう風にドラマに収まって行くか楽しみです。
殿が開城を決意されるまでの流れが
納得いく形で描かれるといいんだけど。
ついでに、できれば少しでも視聴率取って欲しいんだけど、
次回は7時10分スタート・・・。
これが吉と出るか凶と出るか・・・。
選挙番組見る為に早めにNHKにチャンネルあわす人
増えませんかね?


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