リーガル・ハイ

いやあ、面白かったですo(〃^▽^〃)o
力のある脚本・キャスト・演出が三拍子揃ったら(もちろんその他のスタッフさんも素晴らしい!)
こんなに面白いドラマができるんだという、見本のようなドラマ。
個人的には、10回の段階で、
あの子って・・・犬か・・・ハムスターちゃう?
って家族に言っていたのがドンピシャ当たったのが嬉しかった( ´艸`)
いやあ、さゆりちゃんの写真のかわいらしいこと!!(*^▽^*)
この間の玉山君のいいとも発言といい、
今、世の中でハムスターってきてる?
しかもゴールデンだし!!
うちもゴールデンハムスターです(^_^)v
でも実際に売り場に行ってみると、
結構ゴールデンハムスターって隅っこに追いやられているんですよね・・・。
ジャンガリアンとかドワーフとかのちっちゃい系のハムちゃん全盛期って感じ。
ハムスター用品もちっちゃい系のものの方が充実してて、
うっかり買って帰ったらちっちゃくて中に入れない・・・なんてことも(・・;)
でもやっぱり一般イメージからいけば、あの茶色と白が特徴的な模様がハムスターらしいですよね(*^o^*)
いやいや・・・ハムちゃん話をしている場合じゃなかった、ドラマの感想だ!

とにかく最後の最後までこのドラマらしくコメディとして描ききったところが見事。
最終回で黛先生が今までの登場人物に古美門先生の攻略方法を聞いて回ったのも楽しい仕掛けでした。
今までの話が蘇ってきて、単調な回想よりもよっぽど実のある振り返り方。
古美門先生の元を離れて成長した(らしい)黛先生が、
それでもまっすぐに正論をぶつのも気持ちいい。
負けたように見せながら、小気味よくひっくり返してくれる古美門先生も最後まで古美門先生らしかった。

それにしても古美門先生の台詞は毎回素晴らしかった・・・。
嫌みや皮肉の例え表現がバラエティにとんでいて、表現だけで笑える( ´艸`)
脚本家さんの本領発揮というところですね。
この作家さん、「鈴木先生」も書かれているんですよね。
あの時も鈴木先生の台詞、長いけど面白かったなあ・・・。
しかも単に面白いだけではない。
嫌み皮肉の隙間にちらりと物事の本質のようなものが隠されていたりする時があって、
それが笑いの中でキラリと光る。
一番印象に残っているのは、4話の日照権問題の時。
住民側に肩入れして彼らの正義を主張する黛先生を古美門先生は小さな工務店の前に連れて行きます。
そこで働いている中年女性の姿を見せて、
彼女は夫亡き後一人でこの工務店を守っているのに、
マンションが建たなければ、ゼネコンから下請けで仕事をもらっているこういう工務店が仕事を失う、と説きます。
立場が変われば、見えてくる正義も違う・・・。
黛先生はそのことに気がついて言葉を失います。
そこへ、その工務店のご主人が帰ってきて、
古美門の嘘がバレバレ。
しゃーしゃーと今までの話は嘘だと告げる古美門に黛先生も視聴者もまんまと煙に巻かれてしまうわけですが、
それでも古美門先生が言ったことがある意味真実を突いていることは心に残る。
弁護士という職業が抱える矛盾を作り手も古美門もしっかりと認識していることを示しながら、
真面目なことをコメディというオブラートにしっかりとくるんで、
あくまでもエンターテイメントとして見せてくれたところがこのドラマのすごいところだったなあと思います。
毎回毎回意表を突く展開を用意するだけでも大変なことだと思うのですが、
時々ぴりっと鋭い社会批判的な要素も入れて、
なおかつ面白い台詞に仕立て上げる・・・。
素晴らしい脚本があれば、素晴らしいドラマができるというわけですね。

もちろん、あの膨大な台詞量を見事な台詞回しでこなした堺さんの技量にも感服。
特に圧巻は9回の長台詞。
このシーンの台詞を文字興しされている方がいて、
その人のブログを拝見させていただいたのですが、
いやもう・・・ものすごい量です。
文字として読んで見て初めて気がついたんですが、
古美門先生の台詞だけは、これはもう台詞と言うよりも「文」ですね。
しゃべり言葉として書かれていない。
台詞って話し言葉にするために、できるだけそぎ落としてそぎ落として書くものだと思っていたのですが、
(ちゃんと他の登場人物に対してはそうなっているのですが)
古美門先生の分だけは書き言葉に近い。
言葉に言葉を足して言いつのっていく。
試しに音読してみたら口がもつれた・・・f^_^;
これを全部頭に入れて、あれだけのスピードでこなした堺さんの台詞回し、本当にすごい((゚m゚;)
しかも単に話すだけじゃなくて、きちんと意味が伝わる・・・。
意味が伝わるから、早い話し方でもちゃんとついていけるんですよね。
単に棒暗記ではき出しただけの台詞回しだったら、何言っているのか分からなかったと思います。

中盤辺りから古美門先生の元奥さんが出てきたり、
お父さんと対決して、意外な過去が明らかになったりと、
古美門先生自身の裏の顔が描かれていくようになります。
そうなってくると、古美門先生がふっと真顔になったりするシーンが一瞬あると、
古美門先生のあのものすごいテンションって実は「ふり」であって、
本質はもっと繊細で真面目な人何じゃないの?
っていう気になる。
これもまた堺さんが本質的に持っている要素が古美門にいい具合に作用している所。
堺さん自身の魅力が古美門という人物に深みを与えていますよね。
でも次の瞬間にはいつものはっちゃけた古美門に戻るんですけど。
この振り幅の大きさもドラマの魅力の1つでした。

ガッキーはもう、かわいかった・・・(*^▽^*)
いつまでもかわいいかわいいだけではいられなくなる年だとは思うんですけど、
でも、彼女のあの純真そうな笑顔は魅力的。
それがまた黛という人物にうまくはまっていました。
他のキャストの皆さんもみんな魅力的でした。
演出もテンポがいいし、映像的なはったりもうまく効いていた気がします。
途中に仕掛けられたいくつものパロディ、お遊びも、
ドラマ部分がしっかりしているから効果があるんですよね。
気がついて無くて後で聞いて
ああーっ!!Σ(゚д゚;)
って思った所も多かったのですが・・・(^_^;)

プロがプロの仕事をして、その力を合わせると、
こんなにちゃんとした面白いドラマができるんだぞ! 
というお手本のようなドラマでした。
こういうドラマの割合がもう少し増えると、
ドラマファンとしては本当に嬉しいのだけど・・・。
でもなかなか、脚本・演出・役者と三拍子揃うことが難しいんですよね・・・



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もう一度君に、プロポーズ

優しいドラマでした・・・(‐^▽^‐)
登場人物がみんな暖かくって、
主人公二人をそっと見守っていてくれて。
衝撃的な展開や、はらはらどきどきするようなエピソードはなかったけれど、
最終回もそうくるやろうなあ・・・というところに
全てのピースがぴっちり納まっていくような予定調和なラストだったけれど、
だからこそ、心の中に暖か~いものを残していってくれるドラマでした。
ちょっと見終わった後の感じが岡田恵和さんの作品に近いかな。
エンドロールで流れる脚本家さんのお名前を存じなかったので改めて調べたら、
なんと3人の作家さんが共同で書かれていたのですね。
3人ともお名前を知らなかったので、毎回名前が違っていてもそうは思わずに、
知らない人やなあ・・・と思って終わってました(;^_^A
淡いパステルカラーか色鉛筆で描いたような柔らかなトーンの物語だったのは、
書かれたのがお三方とも女性だったからなのかな。

初回見た段階では、ちょっと形を変えたラブストーリーかなと思っていました。
記憶をなくした妻ともう一度一から、お互いがお互いに恋をする所から始めるんだろうな、と。
タイトルがずばり結論を言っているので、最終的には元のサヤにおさまるんだろう。
だからこおのドラマはその間のすったもんだを描くんだろうな。
実際、波留の側には職場仲間の桂ちゃんというかわいい女の子がいて、
どうも彼女は波留のことが気になっているみたいだし、
可南子の方は弟が波留との仲を邪魔しそうな雰囲気。
そのうち可南子の元彼まで出てきたので、
この辺の登場人物が物語を引っかき回して、
恋のさや当てやなんやらが話の中心になっていくのかなあ・・・って思っていたんです、が、
まっっったく違いました。
たぶん恋愛ものとして描こうと思ったら、
この辺の登場人物をもっと積極的に動かせば典型的な恋愛ものの形になったと思うんです。
でも、このドラマではあえて好き嫌いが中心になる男女の恋愛ものとして物語を描かなかった。

夫婦って家族の最小単位ですよね。
でも、子供がいない夫婦って形的には恋人と変わらないから、
だからこそ二人でいる意味っていうのが切実に迫ってくる。
子供がいたら、望むと望まないとに関わらずパパとママって役割を与えられて、
初めての本当の意味での共同作業である子育てに追われているうちに、
子供も含んで何となく家族という形ができあがってくるんですけど、
子供がいないとそのごちゃごちゃする期間がないまま、
恋人としての恋愛感情が穏やかになってほとんど意識できないような淡いものになっていく時間を、
ストレートに見つめ続けなくちゃならない。
きっと波留と可南子の夫婦はそういう夫婦だった。
波留は一緒にいるだけでときめいていた相手が、
空気のように側にいることが当たり前になっていくことを気にもとめていなかったんだと思う。
家族って、夫婦ってそういうもんだと思っていたんだろうし。
でも可南子は二人の関係がなんでもないもののようになっていくことが怖くて、
必死に何とかしようとしていた。
その最中での記憶喪失。

可南子の記憶がなくなって、波留は可南子の存在の大きさを改めて認識します。
目の前にそのままの姿でいるのに、自分たちが積み重ねてきた記憶を共有できないために、
夫婦に戻れない波留の切なさ。
この辺の波留の思いをもっと振り幅を大きく描いたなら
切なさが強調されてドラマとしてはもっと盛り上がったのかもしれませんが、
波留がそう大きく取り乱すことなく、
切なさを胸に抱え込んで、可南子に対してあくまでも穏やかに優しく見守ってあげる、
という態度をとり続けたところがすごく素敵でした。

可南子の方は、自分が旦那さんの記憶を失っていることはショックだろうけど、
どうしてそこまで波留を避けちゃうのかな・・・というのが最初の感想。
でも、考えてみれば、全く見知らぬ人物がいきなり自分の夫と言われても困りますよね。
しかも波留は本来なら可南子の好きなタイプではなさそうだし。
本好きで図書館に勤めていておとなしそうな文系人間の可南子に対して、
バイクに乗っていて、車やバイクなんかメカもの大好きの波留。
本来ならきっと相容れなかったはずの二人・・・。
その二人の馴れ初めから、好きになり始めるまでのエピソードが
可南子の日記を使って物語りに挟み込まれていきます。
日記っていうのはかなりベタな小道具なんだけど、
日記の文体がとても加南子らしくってこれはこれでいいかなあって(*^▽^*)
この日記、前半波留が読むことで波留は視聴者と一緒に自分たちの来し方を再確認して、
自分が加奈子の考えていることを何も分かっていなかったっていうことに気づくんですが、
視聴者である私たちはこの回想で、全く趣味も住む世界も違う二人がいかにして出会ってお互いを意識していったかを知ることができる。
でも、加南子は最後の最後まで自分の日記を読もうとしないので、この辺の記憶がないまま。
それでも記憶がないのはないなりに、波留のことはずっと気になっていて。

そんな二人を支えるのがそれぞれの家族。
波留も可南子ももう十分大人なんだけど、
迷った時、立ち止まった時、ちゃんと支えてくれる家族が描かれているのは見ていてすごく安心する。
可南子のお母さんも、波留のお父さんもすごく素敵に描かれていて、
思わぬ困難に困惑して立ちすくんで居る二人を優しく見守ってくれて、
時には自分たちの経験を踏まえて意見を言ってくれたり・・・。
二人の職場もいい人ばっかりで、こちらもある意味疑似家族のよう。

二人の家族がそれぞれ片親を欠いているのも大きな意味を持っていますよね。
二人ともが結婚する前の若い時に片親を亡くしている・・・
その記憶や経験がお互いを結びつけるのに大きく作用していて。
特に可南子は父親が亡くなった時の記憶をしっかりと持っているから、
家族を失った時の大きな喪失感を知っている。
そしてその思いがより家族を意識するということにつながっている。
波留のほうも母親を亡くしているのだけれど、
彼はもっと大きな問題を抱えていて、
実は両親が血のつながった親ではなく、赤ん坊の時に引き取られてきたもらい子。
本人もそのことをすでに告げられている。
そんなこと気にしないとでも言うように普通の親子として父親と接しているけれど、
本当はちゃんと正面からこの問題と向かい合うことを避けていた。
でも可南子のことがあって改めて父親とちゃんと向き合って話す機会を持つことが多くなって、
父親の自分に対する大きな愛を改めて知ることになる。
自分が実の親に捨てられたという意識を持っていたせいで、
自分自身が子供を持つと言うことに積極的になれなかった波留。
そういう自分の態度が知らず知らずのうちに可南子を傷つけていたこと、
自分が心の奥底では実の母親に捨てられたにこだわっていたことに波留は気がつきます。
最終回で父親を病で喪った波留が、実の母親に会うシーンはすごくいいシーンでした。
全てを許して、親父のような父親になりたいって言った波留は、
可南子が記憶をなくしてしまっていろいろなことを経験して考えて、
一つ大人になった波留でした。
やっぱり、ドラマのなかで主人公が成長するのっていいですよね(=⌒▽⌒=)

可南子も自分の家族に支えられながら、
波留が少しずつ変わって行くのを見てきました。
それは産みの親に対する波留の隠された思いをなんとなく感じていて、
そのことに心を痛めていた過去の自分の気持ちを追体験するようなものだったんだと思います。
可南子は最終回でようやく自分の過去の日記を読めるようになりました。
日記を読むだけで記憶が戻ったりはしないけれど、
精神的に喪われた記憶を事実として受け入れられるようになったんでしょう。
目の前の波留を見ていて、その日記の中に存在する過去の自分の気持ちに共感することができたんじゃないかと思います。

このドラマは、結婚しながらも、どこか家族になりきれなかった二人が、
娘と息子に戻って家族の支えを受けて、
もう一度家族として、夫婦として二人の人生を一緒に歩んでいこうという覚悟を決めるまでの物語だと、私は思いました。
最終回では、物語の6年後が描かれて、
二人の間にはかわいらしい男の子がやんちゃに走り回っていました。
波留はきっと、自分がお父さんから受けた愛情をあの子に存分に注いでやることでしょう。
でも、もし、二人の間に子供が恵まれなかったとしても、
きっと二人は二人のままでもちゃんと家族になっていたような気がします。
きちんと相手に向かい合って、辛いときには支え合える、
かけがえのない存在である家族に・・・。


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カエルの王女さま

とりあえず全11回ちゃんと放送されてよかったね・・・。
でも、個人的には何だかなあ・・・。
これだけ見てるのが辛かった玉山君参加ドラマは初めてだったかも・・・。
途中、何回も寝たし・・・[E:sleepy]
ビデオを見直しててもやっぱり寝る・・・という( ̄□ ̄;)!!
ドラマ自体がつまらなくて見るのが辛い・・・というのはこれまでいくつもあったんだけど、
それでも玉山君の演技を追っかけるのは楽しかったし、
酷いドラマはそれなりに怒りながら見ていたので、
とりあえず寝ることはなかったからなあ・・・。
批判のブログを書こうと思ったらとりあえず全部ちゃんと見なければなるまい!
って逆に気負ってた部分もあるし。
今回のドラマは批判の長文ブログを書くほどの気力もありません・・・(*_*)
まあ、こういうドラマもありかなあ・・・と。
ドラマ部分はひどかったけれど、
歌はやっぱり魅力あると思ったし、
歌の力ってすごいなあ・・・って改めて実感したし。
ダメダメなドラマ部分も歌に救われてかろうじてドラマたり得ていたと思うし。
選曲もなかなかツボをついていたし。
天海さんはやっぱり歌わせてもすごいし。
あのダメダメな脚本でも力演されていて、
ちゃんとキャラを作り上げてぶれなかったっていうのは素晴らしい。
片瀬さんのはじけっぷりも楽しかったなあ。
片瀬さんがあんなに歌って踊れる人だったとは!
もちろん福原さんの歌も素晴らしかった・・・。
女性陣はみんな歌は上手いしちゃんと踊れるし。
とにかくこのドラマで見所は歌部分だけだったと思うので、
その部分を支えた役者さんはよかったなあ・・・と思うんだけど、
玉山君はなんでこのドラマにキャスティングされたんでしょうね?(-"-;A
音痴だとは思わないけど、
めっちゃ上手い・・・っていうわけでもないと思うので、
あのメンバーに入っているのがいたたまれない・・・(゚_゚i)
だってみんなめっちゃうまいんだもん!
しかも「いいとも」で本人が言っていたように、
踊りも苦手だよね・・・動きにリズム感がない(→o←)ゞ
せめて芝居部分で本領が発揮できたら納得もできたんだけど、
とにかくドラマ部分がダメダメな脚本で、
型どおりの展開、型どおりの人物造形。
せっかくエピソードの中心になる回が2回はあったのに、
ストーリーがダメ過ぎて見所もナシ。
何より、あれだけ気の入っていない玉山君の演技を初めて見た気がする。
その場その場の台詞では怒ったり苦しんだりしているんだけど、
それがちゃんと積み重なって一人の人物像になっていかない。
そのうちに何を言ってても何をしていても玉山鉄二にしか見えなくなっちゃった。
あれ? 私の熱が冷めちゃって見方が変わっちゃったのかな?
と思って、久しぶりに「帽子」を鑑賞。
うん、やっぱりこれは吾郎(玉山君の役名)にちゃんと見える。
ということは関心の薄れがそのまま低評価(あくまでも私の)につながって居るわけではなさそう・・・。
どうしちゃったんだ? 玉山君・・・(((゜д゜;)))
どんな時でも一生懸命役に向き合って来た人だったのに・・・。
その一生懸命さが報われなかったりあだになったり、
時には残念ながら力不足だったりで結果が伴わないこともあったけど、
それでも全力で役に向きあっている感じはいつもちゃんと伝わって来たのに・・・。
少なくともこの一希と言う役はギターが弾けるように見えなきゃだめでしょ?
「NANA」の時はそれでもなんとなく楽器弾けそうな雰囲気を醸し出していた気がするのに、
「カエル・・・」ではどう見ても弾けそうに見えない( ̄_ ̄ i)
おそらくこの一希という役、役作りでわかりやすく努力できる箇所っていったらこのギター部分だと思うのに、
なぜここで頑張らない?
最後まで見終わって物語を俯瞰してみると、
一希という人物は、開始当初思っていたよりも要素要所でキーになっている役で、
まず、過去のトラウマを克服してもう一度音楽への情熱を取り戻す・・・というエピソードがあって、
後にこの経験を踏まえて澪にお説教までしちゃう。
でも脚本的に
え? そんなんで音楽から逃げてたの?
そんなことで簡単に気が変わるの?
程度の展開しか用意されなかったせいでいろんなところがもやもや・・・。
だいたい何で過去の音楽経験がビジュアル系ロックバンドなの?
そういう音楽してた人が音楽をもう一回やろうと思った時にコーラスグループに参加しようと思うかなあ・・・。
ってとこからして引っかかるのに、
澪が一希を引き入れようとする理由が、
パンチが効いた男声が欲しい・・・ってのも、
玉山君の歌声に説得力がない。
こういう細かい積み重ねが物語を薄っぺらいものにしていく。
この辺がもやもやしたまま、
一希が偉そうに澪に説教しても・・・ねえ┐( ̄ヘ ̄)┌
説得力ゼロなのに脚本的にはいかにもすごいトラウマを克服したがごとく書かれていくから、
もう、見ていていたたまれない。
その上後半では大事なコンクール参加曲を作曲しろって言われているし。
そんな・・・むちゃな・・・(・・;)
ロックやってた人がすぐにコーラス曲って書けるものなのかなあ。
澪は一希が「書けるだけの音楽の力を持っている」って信じ切ってるしさ。
でも、玉山君の様子を見る限り・・・説得力無いよねえ・・・。
澪が一希に期待すればするほど澪が安っぽく見えてしまう。
確かに脚本も酷いけど(この記事内で何回この言葉書いた事やら・・・┐( ̄ヘ ̄)┌)
物語のリアリティを失わせてる一因は確かに玉山君にもある気がして・・・。
慣れたスタッフ、慣れた天海さんのもとで、気が緩みましたか?
それとも肩の力を抜こうとして抜き方を間違えましたか?
何も分からず素人丸出しの行動でチームを引っかき回す若手(離婚弁護士)から
問題行動はあるもののそれなりの能力はあるので一目を置く部下(BOSS)になって
今回天海さんに直接説教したり、突っ込んだりする役になったから、
そういう意味では出世したなあとは思うのですが、
そこでも天海さんとのシーンがどこか腰が引けている感じがして・・・。
そういうところでも一希というよりは玉山鉄二という中の人の存在を強く感じてしまいました。
もう本当に見ていていたたまれなくなる時が多くて・・・
「クレオパトラ」じゃなくてこっちが打ち切りにならないかなあって思ったことも(><;)

「カエルの王女さま」はドラマとしては面白くなかったと思うんです。
でも出演者の熱演(主に歌)は感じたし、
劇中に歌が取り込まれるとこんな風に力を持つんだ・・・という発見もあるドラマでした。
ストーリー的にあれだけ作り物のリアリティを追求しないタイプのドラマにするなら、
一昔前の共同テレビがよくやっていたような、
もっともっとケレン味のある演出だったらはまったかもとは思います。
そして歌パートのカメラワークをもう少しステージの熱気が伝わるような形にできなかったものかとも思います。
脚本的にはとにかくドラマ部分が弱すぎたなあ・・・。
とにかく玉山君がこのドラマの魅力の部分にあまり絡めなかったこと、
そのほかの部分でも見所を作れなかったのが残念で・・・。
これはドラマが始まるまでは予想もしていない結果でした。
そしてこれだけもやもやしたまま終わった玉山君のドラマって初めて。
うーん、どうした・・・玉山君(-。-;)
これは私の個人的な意見だからかなり偏っているとは思うけれど、
それでも過去テレビドラマに参加したらそれなりに世間の耳目が集まっていた気がするのに、
今回はほとんど埋没していたような気がします。
今回がたまたまだったって思いたい。
思いたいんです(ノω・、)



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