周防さんと勘助

先週の感想を書こうと思っていたのに、
週末ばたばたしている内に書くタイミングを逃していたんだけど、
今週の展開(特に今日)が大きくて衝撃的なので
とりあえずこっちの感想から。

実は、昨日の最後から、今日の展開は早い時分(たぶん2週間くらい前)から知っていました。
北村が周防さんの奥さんの死をつげに来るっていうくだり・・・。
私は基本的にネタばれしても全然平気な方で、
最後のどんでん返しが作品のキモっていうもの以外は、
どちらかというと先に流れを知っている方が作品の構成を見やすかったり、
細かい伏線をきっちり拾いながら見られたりするので、
進んでネタバレを読みます。
でもこの「カーネーション」ほど、あらすじを作品が越えていくものはないと思います。
先に何が起こるか分かっているのに、
予想をしていた感動を遙かに凌駕する感動があったり、
思いがけないところに胸を打つ物語が潜んでいたり・・・。
あらすじを読んで今週はこんな感じの話・・・と予想した通りの形で週末を終えることはありません。
やっぱりドラマの質を決める要素は「筋」ではないのだなあ・・・。
あらすじはあくまでも物語が通る点を示しているだけで、
ドラマはそれをどうつなげるかっていう作業なんだ・・・と改めて確認する今日この頃。

で、2週間前、昨日、今日の流れを知ったとき、
これは、どうまとめるつもりなんだろうと思いました。
今更「周防さん」という大きな要素を出してくる。
しかも、死んだのは「周防さん」本人ではなく奥さんだという。
これが周防さん本人が死んだほうが物語はわかりやすかったのだけど、
よりによって「奥さん」
モデルである綾子さんとおっちゃんのようにとことん付き合って、
「あばたもえくぼ」がのあばたが、「あばた」にしか見えなくなって別れた・・・というなら、
過去の話で済むけれど、
糸子と周防さんは好き合った状態で「奥さんがいるから」「子供がいるから」という理由で別れているだけに、
その障害がなくなってしまえば焼けぼっくいに火がつく可能性があるわけで・・・。
でも、この段階の糸子でそんながっちりと恋愛話を描くとは思えず・・・。
糸子がそんな昔のこと関係ないわ! とばっさり切り捨てても、
今更周防さんに会いに行っても、
どっちにしても糸子らしくない気がして・・・。
どーすんの? これ?
って悶々とした日々を過ごしておりました。
だから、先々週(かな? たぶん)でサエが
「うちがほしいんはたった一つ、男や」
と言い切った時、
糸子の欲しいものに「周防さん」って浮かんでしまった・・・

さて、実際、ドキドキしながら該当のシーンを見ていくと、
やっぱり思いもかけないドラマがいっぱいあって。
昨日の北村、あんなに酔っぱらってやってくるとは思ってもいませんでした。
苦しそうな北村を見て、
改めてこのことを糸子に伝えることが北村にはとっても酷な状況なんだと言うことが分かりました。
別に伝える義理はないんです。
でも、言わずにおれなかったんです。
でも、そんでも、「死んだ・・・」とまでは言えても
誰が死んだかはどうしても言えなかったんです。
言った瞬間、自分が知らない糸子の表情を見ることになるかもしれないから。
その切ない男心が胸に染みました。
いい表情やったで! ほっしゃん。
きっと開店の日に糸子と周防さんが抱き合っているシーンを目撃してしまったっていう事実は
私が思っていた以上に北村の心を傷つけていたんだな。
その後ウソの噂を流して周防さんを追い詰めたっていう事に気がいっててあんまり気にしてなかったけど。

そして、今日、周防さんの回想オンパレード。
組合長との会話が分断されてカットアウト。
暗闇に浮かび上がるモノクロのイメージ。
周防さんの笑顔や思い出のシーンが次々と浮かんで、
二人が抱き合うシーン、
アップになった周防さんの手とそこだけほんのりと色づけられた桜の花。
そして色彩がついた抱き合うシーンへと・・・。
「何回思い返したやろ・・・。一緒におった時間より思い出してる時間の方がずっと多なってしもた・・・」
このドラマでは触れられてないからといって忘れ去られたわけじゃない、
関心がないワケじゃないってわかってはいても、
やっぱり「なんや、やっぱりそうやったんや・・・」って思って、なんかぐっとくるシーンでした。
糸子はあれから何度もこんな夜を過ごしていたんやね・・・
着々と小原家に食い込んでくる北村とは逆に、
今まで話題にされることも少なかった「周防さん」の名前。
一度だけ組合長との会話で話題に上がったときも回想シーンは封印されていました。
ここに来て一気にあふれ出たんですね。
でも、だからといってこの話題で次に展開せずに、
次のシーンでは普通に聡子の接客を描くところがこのドラマのすごいところ。
でも、このシーンが続いた事にもちゃんと意味がある気がします。
周防さんのことも聡子の跡継ぎの事にしても、北村のことにしても、
きっちりと今週の最後、尾野糸子のラストできれいにまとまりそうな予感。
きっと最後に糸子は自分が欲しがっている「たった一つのもの」に気づくんだと思っているんですけど、
いろんなことが一つのことに収束していくんだろうな。
そして、それが晩年の糸子に受け継がれる・・・。
今週は今まで糸子が心に抱えてきたいろんなことが絡まり合いながら様々な形で登場するんでしょう。

後半は糸子の心に残っているこれも一つの大きな要素「勘助」
今回はたった15分なのに盛りだくさんの内容で、
ついていくのに心がいっぱいいっぱい
安岡のおばちゃんは余命半年。
糸子はせっせせっせと見舞いに通います。
私が今まで「カーネーション」というドラマを見てきて
一番心に残っているシーンは安岡のおばちゃんが勘助のことで糸子の家に怒鳴り込みにくるシーンでした。
「あんたは毒や、もう勘助に会わんといてくれ」
って言い切って糸子との関係を絶ったおばちゃん。
その後、奈津のことで関係は修復したものの、
私の心の中にはおばちゃんの言葉はずっと心に残っていました。
勘助のこともです。
いったい戦地で何があったのか、
あの心優しい勘助を壊してしまうようなできごととはいったい何やったのか、
放送当時はきっといつか勘助が回復してそっと糸子に語ってくれると思い込んでいました。
それが何も語らずそのままあっさり赤紙が来て戦地に行って戦死・・・という展開に、
本当にびっくりしたものです。
あれだけ心優しい男が心を壊して帰ってきたんだから、
おそらくなんらかの加害行為をしていたんだろうとは思っていました。
出征する前、糸子をまぶしそうに見て
「会いたいけどな…俺にはな…資格がないんや、もう。せやけどそれも…やっとしまいや」
っていう台詞もあったし。
でも、きっとどこかで、種明かし・・・みたいに、
何があったか分かるシーンがあるんだと思っていました。
それをあっさりスルーというか、
分からないことは分からないままにしておく・・・
っていうこのドラマの手法に、本気でびっくりしたものです。
でも、その後勝さんの浮気騒動があったりして
このドラマはあくまでも糸子が知り得る範囲内でしか物語が語られていかないということが分かってきました。
勝さんの時も、糸子の想像という形で浮気があったことを映像で見せてくれましたが、
あれはあくまでも糸子の想像という枠内で語られていたので、
真実はわからない。
きっと何らかの形で勝さんが実は浮気なんかしてない・・・っていうエピソードが入るのかと思ってた
(だって、朝ドラのヒロインの旦那様ですよ。浮気がばれて死に別れなんてひどすぎる!)
結局勝さんの真意は分からぬまま、
ただ、戦地に肌身離さず持って行った写真が浮気相手のものじゃなく、
自分と家族の写真だったっていうところで、手打ち・・・っていうか
「まあ、しゃーない、許しちゃろ」
ということでまとまったのでした。
勘助のことも、きっとこれと同じですね。
実際に勘助の身に何が起こったのか、それは誰にも分からない。
でも、安岡のおばちゃんは戦後25年経ってようやく勘助が加害者だったかもしれない・・・と思いいたる。
きっとそう考えた方が、
単純に軍でいじめられて心が壊れたと考えるよりも勘助の言動に納得のいくことが多かったんでしょう。
この年は私が生まれた年です。
三島由紀夫が自殺し、ビートルズが解散して、大阪万博が開催された年。
戦後25年たって、ようやく日本の加害者的な側面が世に出始めた時代だったのかもしれません。
そして、当事者として戦争を体験した人たちが、
ようやく自分の体験した戦争を客観的に見ることができはじめたのかもしれません。
脚本を担当されている渡辺あやさんは私と同世代で、
戦争を知らない世代の人です。
それどころかもう復興期の余韻すら知らない世代。
そういう世代の人が戦争礼賛ではなく、過剰な否定でもなく、
できるだけあの時代にあったことをありなままに描こうとしているところがいいですね。
逆に、戦争を知らない世代だからこそ、
客観的にあの時代が見られるのかもしれません。
なのに、今日の放送後掲示板等の感想に右だの左だの
ものものしい言葉で感情的な言葉が並んでいることに著しい違和感が・・・。
最近ちょっとこの手の話題に敏感に反応しすぎですね。
いろんなことに無関心でいることも怖いことですが、
敏感すぎるのも考えもの・・・だと思うのですが・・・。

代替わり

カーネーション、三女の聡子がいよいよ参戦してきました。
いつもニコニコしてご機嫌さんな聡子。
まさかそんな寂しさ抱えていたとは・・・って、
視聴者はみんな気ぃ付いてたけどなっ!
ちっとは気にかけてあげてよ・・・糸子・・・orz
とはいうものの、先週末の
「もう、さみしい・・・」から月曜にかけての展開、
ちょっこっと胸に刺さるものが・・・。
そうなんです。
うちも下のチビは上ほど手がかからず。
ほっといても、何やらせてもとりあえず真ん中にいるようなフツーの子で。
特に幼稚園までは言葉が遅くてほとんどしゃべらず、
いつもニコニコ・・・。
夕飯の支度とかで手が離せないときは、
ちょこんと座らせて、目の前にお気に入りのぬいぐるみを積み上げておけば
一人で楽しく遊んでいるような子でした。
お兄ちゃんは四六時中見とかな何をしでかすか分からないところがあったし、
常にうるさく
「あれしたい」「これしたい」「何して」「これして」
と騒いでいる子だったので、
とにかく下は手がかからない・・・という印象しかない。
というか、お兄ちゃんの用事で振り回していました。
その後、小学校に入って、一気に言葉が増えてからは、
予想外に負けん気が強かったり(ゲームに負けたら泣いて怒るとか)
おしゃべりだったり・・・(最近はちょっとくらい口を閉じてくれ・・・と思います)
と、それまでになかった(おそらく彼本来の)性格が表面化してきて、
「やりやすいおとなしい子」という認識は崩れつつあるのですが
それでも最初にインプットされた印象はずっと引きずっちゃうものです。
なにかっちゃあ集団からポロッと飛び出してしまっていた上と違って、
ほっといても集団の真ん中にいる感じ。
成績も見事にど真ん中だし。
だからなんとなく印象が薄いっていうか・・・。
記憶に残りにくいっていうか・・・。
(ほんま、こめんよ、ビッキー)
糸子が聡子を手のかからん子と認識していて、
そのニコニコの奥に意外な素顔が潜んでいることを知ってびっくり・・・
っていう気持ちは、なんとなく分からなくもない。
しかも、その気持ちに気づかなかったことが申し訳なくって、
妙に優しくなって、洋裁学校にすんなり行かせてやったり、
朝、機嫌良く送り出してやったり・・・っていうくだりは
なにやら思い当たりすぎて冷や汗
その後、聡子が「学校辞めたい」って言い出して、
糸子の罪滅ぼし的ないいお母ちゃん振りっこは、あっという間に終わってしまうのですが・・・。
でもよくよく考えて見たら、糸子もちゃんと机に座って受ける女学校が嫌で嫌で仕方なかったんだし、
糸子が実際に学んだのはパッチ屋や根岸先生で実地訓練みたいなもん。
やっぱり聡子も糸子の血、ひいてるやん
それを頭ごなしに叱る様はお父ちゃんとそっくりやし!
そう言えば、お父ちゃんが糸子に店を任せることを考え始めたのは、
パッチ屋の主人と話して、パッチ屋の主人が糸子の才能を認めていると知ったからでした。
糸子も「だたのアホ」と思っていた聡子に、
自分が思いも寄らない力がある・・・と気づくのは
聡子の中学の恩師に話を聞いてから。
糸子と善作、どっちもすぐに頭ごなしに怒るけど、
第三者の意見はきちんと聞いて取り入れる・・・というところも一緒ですね。
今日(2月21日)放送分のお父ちゃんの回想シーンもわんさか出てきたので、
このまま週末までは糸子と善作さんを重ねて、
今週の「店をゆずる」というテーマにつなげていくんでしょうね。
いくら時代のモードについて行けないからといって、
岸和田の店は、まだまだ繁盛しているみたいだし、
なんといっても天下無敵の自営業。
定年なんてないんだからやりたければいつまででもやったらいいんです。
実際そんな店も多かったろうし。
それでも糸子が代替わりを強く意識するのは、
自分が善作さんに店を譲られたから。
善作さん、結構お年を召してから店を譲った気がしていたのですが、
そんなに若い内に20才そこそこの娘に看板を譲ってたんですね。
だから糸子も潔い引き際を・・・と考えているのでしょう。
少しずつ少しずつ、「その時」が迫っていることを感じている糸子の横顔が切ない。
これは、あれですね。
もうすぐ、尾野糸子が退場して夏木糸子に変わる・・・と分かっている私たち視聴者には
現実とドラマの世界が重なって見えて、
なおさらそう感じてしまうのでしょうね。
きっと、この部分を撮影されていた頃には尾野さんも交代のことを聞かされているはずですから、
尾野さん自身にもそういう感傷的な思いがあったことだろうとおもいます。
というか、このシーンを見ていてふと思ったんですけど、
NHKが夏木さんに交代することをなかなか明らかにしなかったのって、
こういうところに理由があったりして・・・。
一般に発表した次期も遅かったけれど、
10月頃に夏木さんにOKをもらって12月頃に尾野さんに伝えたっていうのがちょっとふに落ちなかったんですよね。
さすがに90いくつまで演じるとは思ってなかったでしょうが、
いつまで演じるかっていうのは演じるうえで覚悟っていると思うんです。
それを主演女優にずっと明かさないっていうのは、NHKひどいなあって思ってました。
でももしかしたら、今放送されているこの時期の脚本ができあがるのを待って、
尾野さんに伝えたかったんじゃないかなあ・・・っていう気がしてきました。
代替わりを考える糸子とヒロイン交代を迎える尾野さんの心情をうまくシンクロさせるように。
人間の一生を春夏秋冬に例えると、
尾野さんは糸子の春と夏と秋を演じてこられたことになります。
はじけるような青春期の春、
自分の道を歩み始めた人生の夏期、
夏の終わりに当たる頃、忘れられない恋をして・・・
子供たちの成長を見守る秋、
けれどのそろそろ寂しげな風も吹いてきて。
今はまさに晩秋というところでしょうか?
脚本はもしかしたら秋でその役割を終える尾野さんのために、
一つの小さな結末をつけようとしているのかも・・・。
来週のあらすじとか読むとそんな気がしてきます。

尾野さんのヒロイン交代については、
その発表方法がイレギュラーだったこともあって、
いろいろなところで話題を巻き起こしていました。
未だにヒロイン交代反対とネットで言っている人も多いのですが、
私は交代が妥当だと思います。
確かに糸子は尾野真千子以外考えられないくらい尾野さんにはまっていますし、
小原糸子という人物を作り上げたのは作家とスタッフと尾野さんだと言っていいと思いますが、
「カーネーション」というドラマの完成度が高いからこそ、
晩年の糸子を尾野さんが演じるのは無理があると思います。
作り手側が晩年期の糸子をどう描こうとしているのかは、
プロデューサーさんがあちこちで公言しておられます。
老いとどう向き合って生きるかを中心に描かれるらしいです。
老年期を迎えた人間の内実を描くには、
尾野さんはやっぱり若くて美しくて輝きすぎている・・・。
そんな人が老いの悲しみを語ってもやっぱり説得力がないと思うんです。
「ゲゲゲの女房」は大人になってからは主役交代なしで最後まで行きましたが、
あの作品もそこが不満でした。
布美枝役の松下さんというよりも、
茂役の向井君に違和感が・・・。
家族のシーンは夫婦そろって若いのだから気にならなかったのですが、
向井君が戦友と話すシーンが成り立っていない。
どう見ても老人に戦争中の話を聞く若者。
でも村井茂という人物にとって戦争というのは大きな意味を持っていたはずだし、
あの戦友と話すシーンは大事なシーンだったはずなのに、
そこにウソを感じたのはやっぱり辛かった。
「カーネーション」では同じ轍を踏んで欲しくないと思います。
尾野さんはすごくうまく年齢を演じられていると思います。
立ち姿、動き、発声の仕方・・・
演技としてできうる限りのことをされていると思います。
実年齢はほぼ同世代なのに、
子供たちのお母ちゃんに見えることだけでもすごいことです。
でも、襟ぐりのあいた服を着た時に見える首筋の美しさ、
肌の張りなんかはどうしても若さを隠しきれません。
「カーネーション」という作品が小原糸子という女性の一生を描くからこそ、
この時期の主役交代は至極妥当だと感じます。

代替わりを真剣に考え始めた糸子と、
女優尾野真千子が重なって、
尾野糸子の残り10回がより深いものになってくるんじゃないのかな。
個人的にはとにかく来週! 
来週の展開が楽しみで仕方ないです。

拍手コメント

わっわっわっ!
初めてこのブログに拍手コメントがきたっ![E:sweat01]

このブログ、長年eoでやっているのですが、
拍手なんかの便利機能がとんとなく・・・。
ある時FC2でかりてきて拍手機能が使えるということに気がついて、
早速とりつけたものの・・・
FC2とeoの間に互換性がなかったようで付け方がよくわからないまま、
とりあえずサイドバーのところに設置してみたものの、
これじゃあなんの記事に対して押してもらえたのかよくわからず・・・
で、長年ほっぽいていました。
でも、たま~~~にこの機能に気づいて押してくださったかたもいたので、
ちょっぴり心の励みにしておりました。
その拍手機能に、初めてコメントがっ!!!
ありがとうございます。
すっごく励みになります。
少なくとも、こんな文字ばっかりの、
ひたすら長文の記事を読んでくださっている人がいるとわかるだけで嬉しいです。
ただ、コメントがくるという想定を全くしていなかったので、
FC2の管理ページを覗くことがなく、
(この間見ようと思ったらパスワードが分からなくなってました・・・)
メールにお知らせがくるのですが、
メールチェックもとんとしていなくて・・・。
すみません、お返事が大幅に遅れてしまいました。

というわけで、2月8日にコメントをくださった方へのお返事です。

コメント、ありがとうございました。
周防さん、確かに行動だけを追って行ったら
優しいだけの、受け身なだけの、単なるヒモ男に見えてしまうんですよね。
でも、周防を単なるヒモ男ととってしまうと、
その男に惹かれてしまう糸子もまたしょーもない女になってしまう。
でも、糸子はそんなしょーもない女じゃないと思います。
また、「カーネーション」という素晴らしい作品の中に、
物語の都合だけで作られた、象徴として存在するだけのペラペラな人物はいないと思います。
周防さんがしょーもない男だったら、
きっと糸子は恋の終わりに後悔するでしょう。
少なくとも時間が経って恋の熱が冷めたら、
周りを巻き込んで突っ走った恋を苦い物として思い出すと思います。
でも、糸子のたった1回の恋は、
それからの糸子の人生の糧となるような恋であって欲しかったのです。
そのためには周防さんがしょーもない男であって欲しくなかった。
だから、行間に埋もれてしまった周防さんの物語をさぐりたいと思って一生懸命考えた解釈でした。
少しでも共感していただけたら、すごく嬉しいです。


って、もう一回、このブログに見に来てくれやはるかなあ・・・。


あちこちふらふらしているうちに見つけた情報。
ネタばれになるので書けませんが、
TV LIFE?にさ来週、尾野糸子時代最後の回のあらすじがあるそうです。
(他の雑誌にはないそうなのに、TV LIFEにだけあったそうです。未確認ですが・・・)
もしこのあらすじが本当なら、
思っていた以上にこの恋は糸子の心に大きく残っていたみたい。
私はもう周防さんが物語に登場することはないだろうと思っていました。
本人はもちろん、回想という形でも、ないんじゃないかと・・・。
でも、希望としては、夏木さんに交代した後でいいから、
本当に晩年の晩年で、どんどん知り合いが亡くなっていく中で、
どこかから周防さんが亡くなったことを耳に挟んで、
一粒涙を流して欲しいなあ・・・と思っていたのですが・・・。
もしかしたら、尾野糸子時代に何か展開があるかもしれませんね。
さて、その時糸子はどう行動するのか、何を思うのか、
楽しみに待ちたいと思います。
そこの描き方次第で、私の糸子像が大きく変わりそうな予感・・・。