カーネーション 乙女の真心

そうかあ・・・この週は「乙女の真心」ってタイトルだったんだ・・・と改めて。
駒子とサエという二人の女性に洋服(ドレス)を作る週。
それぞれの抱える秘めた思いを洋服に込めて作り上げる話。
記憶の中では駒子とサエのエピソードは、
それぞれ1週間とってあると思っていたんですよね。
まさかこの二人のエピソードが1週にまとまっていたなんて!
しかもその隙間隙間で勘助の初恋話があったり、
ナツのお父ちゃんが亡くなったり・・・。
なんでこれだけのエピソードが週間分の時間枠の中に収まるんだろう・・・。
決して詰め込まれた感じはしない、駆け足であらすじ的になってしまうわけでもない。
記憶の中でそれぞれ1週間分あったって思ってたくらい密度が濃いのだから。
かといって安易に話が展開するわけでもないんですよ、これが。
駒子の洋服づくりもサエのドレスづくりも試行錯誤の時間がきっちりとあって、
だからこそ出来上がりに感動する。
駒子やサエが感動する・・・という流れはもちろんなんだけど、
テレビを見ている私たちもいちいちジン・・・ときてしまうくらい感動する。
安易に物語が進行していたら、この駒子やサエの感動を視聴者が共有するのは難しい。
物語の構造としては、この二つのエピソードが並んでいるのは意味深いんですよね。
駒子との仕事で、糸子は着る人に本当に似合う洋服をつくる、
というオーダーメイドにもっとも必要なことを実践で学ぶ。
そのためにお客さんとコミュニケーションを重ねて、
相手が何を望んでいるのかをしっかりつかんで、その思いを服にしていく。
根岸先生に教えてもらった洋裁の理念を身をもって知る。
けれどもまだ未熟な糸子はお客さんとの距離感を誤ってしまう。
お客さんと親しくなるあまり、友達になってしまった。
だからこそ「お代はいい」という言葉が言えた。
でも、お客さんとお友達は違う。
お客さんの要望を真摯に聞いて真意を慮るというのと、
お客さんと仲良くなってお友達になるというのは違うのだ。
思えば、お父ちゃんはそのこと何となく気づいていたんだな。
初めて駒子を見たときに、糸子の友達が遊びに来ていると勘違いしてたもんな。
すでにその段階から糸子はお客と職人の関係を踏み越えていて、
だからこそお客さんをお客さんと思えなかったんだろうな。
一方サエは最初の出会いが最悪で友達になんてなり得ないところからのスタート。
コミュニケーションのとりづらい(もしくは取りたくない)相手に商売することに気乗りしない糸子。
同僚(勝さん)に「これは大きな商機」と諭されてやっとやる気を出すものの、
サエのいい加減な態度に激昂、大喧嘩してしまう。
本放送を見ていたときは、もうそのまま糸子に感情移入して
サエに腹をたてて、糸子、よう言うた!!
と思っていたのですが、よくよく考えてみると、すごいですよね。
洋裁の職人として駆け出しの糸子が、
イブニングドレスがどんなものかも知らなかった糸子が、
うちが日本一のイブニングドレス作ってやるから
それ着て、そのドレスに似合う踊り子になり!
みたいなこと言えるとは!
この辺の図太さが糸子らしいなあと思うし、
未熟ながらに職人としての矜持をしっかり持っていることをすがすがしくも思う。
何にしろ、糸子のこの情熱に動かされてこれ以降、サエは協力的な客になり、
素敵なドレスができあがりました。
今度はきっちり客と職人という関係を貫けたわけです。
ただこれからサエは友人としてつながっていくんですけどね。
サエがそこまでドレスをほしがった原因となった憧れの男性、
それがよりにもよって春太郎だった・・・という落ちでこの週はまとまります。
春太郎この辺り大活躍ですね。
気を抜いたら思いがけないところで登場する。
この春太郎との腐れ縁は終盤まで続いていい箸休めになってくれます。
感動のシーンの後に「はるたろーーーーっ!」と落とす緩急の付け方が本当に見事。
前週のエピソードが成功→失敗であったのに対して、
この週は失敗→成功になっているのもよく考えられているなあと思います。
サエとの出会いのきっかけとなった勘助の初恋。
これもまた後になって触れられます。
いつもは糸子が勘助の異変に気づくのに、
この時は安岡のおばちゃんが相談に来て初めて気づいたんだなあ・・・
ちょっと感慨深いです。

それからこの週は糸子が「時の流れ」に気づく回でもありました。
奈津のお父さんが倒れ、
風邪をひいて寝込むおばあちゃんに、時の流れを感じます。
絶対的な存在として自分を庇護してくれた大人たちが、
次第に年老いていくことをある時ふと感じる。
これはきっとタイミングが違うだけで、誰もが感じることではないでしょうか。
このふっと見逃しそうな思いをしっかり取り上げて、
糸子に淡々と語らせているシーンはすごく好きなシーンの一つです。
この感情と、お父ちゃんが酒浸りになっていることを忌々しく思っているのは
きっとつながっているんですよね。
商売人として傾いた家業を立て直すこともせず酒に逃げるお父ちゃん。
自分が商売人として未熟だということも父の失望の一端だとわかってはいても、
父の逃げが感情的に許せない。
神戸のおじいちゃんおばあちゃん、もしくは近所のおじさんおばさんに対しては
単純な感傷ですまされるものも
一家の大黒柱で自分の行動を命令し制限する父親に対しては
もう少し生々しい思いがどうしてもわき起こる。
この思いは次週につながっていくわけですね。

この週はお母ちゃんが活躍した週でもありました。
お母ちゃんがお金持ちのお嬢さんだったこと、しっかりと証明しましたね。
朝早くに、糸子が作ったイブニングドレスの試作品を来て、ダンスを踊る姿の優雅なこと!
聞いてみればイブニングドレスのこと知っているどころではなくて、
若い頃何着か自分用に作っていたと言うではありませんか。
わざわざ神戸のおばあちゃんとこまで行かなくても
こんな身近に知ってる人おったやん~。
とは言え、どうやって身体にぴったり合うように仕立てたん?
という問いには、忘れたわ・・・と全く頼りにならないんだけどね。
ま、それがお母ちゃんなんだなあ。
でも、考えてみれば、狭い家の台所で、割烹着着て、
眠そうに目をこすりながら家族の粗末な朝ご飯を用意しているお母ちゃんが
普通の口調で昔何度も舞踏会に行っていて
イブニングドレスも何着も作っていて、
当時そのドレスを作っていたのは外人さんやったなあ・・・
と語るって言うのは、すごいことだよなあ。
その口調には昔はよかったというニュアンスも、
今が不幸だと思わせるトーンも全くなくて、
かといって昔は昔、今は今という積極的な割り切りでもなくて、
ただただお母ちゃんはお母ちゃんの人生をこういうもんとして受け入れている感じが
この人のある種の懐の深さみたいなものを感じさせてくれる。
ぼーっとしているだけなのかもしれないけどね(^_^;)
でも、お母ちゃんの口調にはお父ちゃんと駆け落ちしたことを
微塵も後悔していないんだろうなあという感じがあるんですよね。
だからこそ糸子たち娘たちもくったくなく神戸のおじいちゃんおばあちゃんに甘えられるんだろうなあ。

というわけで、お相撲で2週間お預けになっていましたが
いよいよ再放送再会です。
そして、次はあの伝説のエピソードが出てくるんですよねえ。
というか、1週間分であそこまで話が進んじゃうのか・・・。
やっぱり密度が濃いよなあ、このドラマ・・・。

今度は「ハゲタカ」!

歯が痛くて明け方に目覚めた朝。
寝ぼけながらあわてて痛み止めの薬を飲んで、
薬が効くまで痛みから気をそらそうと、
その寝ぼけた頭のままスマホを開いて何気なくTwitterを見て
綾野君の次回作が「ハゲタカ」であることを知りました。
いやあ、あまりに意外で、びっくりして、
しばらく頭が混乱してしまった・・・。
「ハゲタカ」は大好きな作品で、特に映画版が好き。
玉山君が映画版に出演するときに、原作も読んだし、
NHK版のドラマも見ました。
大森南朋さんの出世作ですよね。
そして、この前後から作られたWOWWOWドラマとともに、
大人の男性向けの、社会派のドラマが作られ始めたきっかけとなる作品でもありました。
それまでドラマの主流は恋愛もので、主なターゲットは女性。
男性はドラマなんで見ないと思われていたんだけれど、
この「ハゲタカ」や「空飛ぶタイヤ」の成功で、
大人の男性に向けて硬派なドラマを作っても受け入れられるんじゃないかという流れができた。
それが決定的になったのは視聴率を伴った結果を出した「半沢直樹」かな。
おおまかな把握なので実態はもう少し違っているかもしれないけれど
そういう流れの中で出てきた作品でした。
NHK版の「ハゲタカ」は視聴率的にはあまり目立たなかったけど
一部に熱狂的なファンを作っていました。
きちんとしたスーツを着こなしてビジネスの場で戦うおじさんかっこいい
という流れが出来始めたのもこのドラマからだった気がします。
特に男性にとても受けていたなあ。
だから映画版で玉山君が出ることになって、ファンとしてちょっとびびりました。
テレビシリーズでできあがっている「ハゲタカ」の世界に玉山君がうまく馴染むんだろうか、
「ハゲタカ」を熱狂的に愛するファンに受け入れてもらえるんだろうか・・・。
私はそうは思っていなかったけれど、
「ハゲタカ」ファン層の人たちから見れば、玉山君は今時のイケメン俳優。
楽しみと言うより、不安が大きかった。
けれどもそれは杞憂で、結局私は映画館に3度も足を運び、
玉山君の出演作で一番好きな作品になりました。
このブログにも長大な感想が残っています。
今でも劉一華という名前を思い出すと切なくなる。
玉山君の整った容姿がもっとも的確に活かされた作品だったと思うし、
あの頃、若手俳優の群の中から抜け出そうと様々な作品に挑戦していた玉山君自身の状況と
役柄が持つ強烈な上昇志向が響きあって作品にいい影響を与えた奇跡的な作品だったと思います。
ありがたいことに熱狂的な「ハゲタカ」ファンの方々にも受け入れてもらえて、
作品そのものが異様な高揚感でもって迎え入れられました。
mixiで繰り広げられた熱いやりとりを楽しく読んでいたっけ。
ファンで映画館を借りきって、オフ会のような上映会が開かれてましたねえ。
今なら時々ペンライトOK、声出して応援してOK、歌ってOK
みたいな上映会ありますけど、当時はそんなの聞いたことなくて
(私が知らなかっただけなのかもしれませんが)
ファン同士が楽しく感想を言い合いながら、合いの手を入れながらの鑑賞会にびっくりしたものです。
私は参加できなかったんですけどね。
残念ながら熱狂は本当に一部だけで、興行成績的にはふるわなかったんですけど。
たまたまつい最近、ふとこの作品のことを思い出して、
そういえば「ハゲタカ」っていう作品あったなあ・・・
あれは、あの時代だからこそ受けたんだろうなあ・・・
と思ったところだったんですよね。
つまり、原作はバブル崩壊の後、
倒産することはないと思われていた銀行がつぶれ、証券会社がつぶれ、
まさに日本経済が瀕死の状態にあった時代の物語で、
原作もドラマも全て2000年代なんですよね。
映画が作られたのは2009年でだいぶん世の中が落ち着きつつあったんだけど、
脚本制作の最中にリーマンショックが起こり、
脚本の大幅な手直しが行われた。
経済社会が本当に不安定な中で、毎日毎日新聞には不景気な話が載っている中で
作られた話だったからこそ、熱狂的に受け入れられたんだろうな、と。
その後、硬派な大人の男性向けのドラマが作られるようになったけど、
今の時代に受けるのは「ハゲタカ」ではなく、
「下町ロケット」や「陸王」のような物語なんだろうな・・・
気がついたら世の中の空気感や状況って変わっていってるんだよな・・・
って思っていたところだったものですから、
まず、真っ先に、嬉しい! よりも、
なんで今更「ハゲタカ」?! って思ってしまった。
なにせ歯もすごく痛かったものですから、
気分が悲観的になっていたんでしょうね・・・。
でも、考えてみたら、「ハゲタカ」という作品(原作)を読んで面白いなあって思ったのは
経営者や資本を持っている人が、本来の企業活動を歪めてしまって
私利私欲に走ったり、経営を傾かせたりしているのを、
お金と知識、知恵を最大限に使って正す・・・というところにあったように思う。
原作読んだのもう10年近く前になるからうろ覚えだけど。
鷲津は非情で強引な買収を繰り返したり、お金の力で企業を奪い取ったりするけど、
誠意のある仕事に対しては尊重してた。
守るべきものは何かがはっきりしていたし、それを判断する基準も彼の中では明確にあった。
だからこそダークヒーローになりえているんだと思う。
オフィス街できりっと立つ綾野君版鷲津のビジュアルを見て、
原作の鷲津に感じていたものを思い出したんですよね。
私はどちらかというと映像から「ハゲタカ」に馴染んだので、
鷲津と聞いて思い浮かぶのは大森さんの演じた鷲津なんです。
ドラマや映画のNHK版鷲津は、原作を元にしているものの、
監督(演出)である大友さん、脚本家の林宏司さん、そして大森さんが作り上げた部分が大きくて、
原作よりもぐっと人間味のある鷲津になっている。
原作にない鷲津の過去が付け加えられたりして、
最初は純粋な銀行マンだった鷲津がある経験を経て非情なハゲタカに変わった。
その分、原作よりもちょっとウェットな感じになっているんだけど、
そこがすごく好きだったし、
あれほどまでに熱狂的な(男性の)ファンができたのはここの変更が大きかったように思う。
そういう鷲津を演じるにはたぶん今の綾野くんでは(見かけが)若すぎると思うんだけど
でも原作のような最初から超越した存在であるのなら、
あの鋭利なナイフのような、サラリーマン臭のしない雰囲気は面白い感じではまる気がする。
というよりも、綾野くんをキャスティングした時点で
NHK版とは違う鷲津像を作り上げるという意気込みは
明確に伝わってきますよね。
何よりあのビジュアルでそれが明確に伝わった。
NHK版から10年がたって、当時のファンも違う鷲津像を受け入れる余裕もあるんじゃないかな。
時代は変わって、もう当時のように外資が日本の企業を買いたたいていくようなことは少なくなったけど
それでもやっぱり今でもあるし(数年前のシャープとか)
何より検査数値の偽装や粉飾決済などが噴出している今、
権力闘争や企業ではなく自分自身の利益に汲々としている人たちを
鷲津のような人に成敗してもらいたいという思いもある。
今の時代が抱えているもやもやを巧く汲み上げることができたら、
鷲津というダークヒーローは今の時代にも十分受け入れられると思う。
私自身がNHK版の「ハゲタカ」が大好きで、
「ハゲタカ」のイメージがそこできれいに収まっていたので、
初めて聞いたときは、なんとまあ、高いハードルにチャレンジするんだな
と思ったのですが、
綾野君なら大森さんとはまた違った魅力的な鷲津を作り上げられるような気がしてきました。
久々の・・・というよりも、CM以外でTVでこんなシャープなイメージのビジュアル
初めてじゃないのかな。
いわゆる不良系統の役でもなく、尖った役。
特にドラマでは親しみやすい役が続いていたこともあって、
こういう役を生きる綾野君を見て世間の人はどう反応するのかなという興味もあります。
それにしても、今年の露出は「パンクな侍」に「ハゲタカ」かあ。
攻めていますねえ。

さっき、鷲津には若い・・・と書こうとして、ふと気になって
「ハゲタカ」放送時の大森さんの年齢を調べてみました・・・
あんまり、今の綾野君と変わらない?
いや、むしろちょっと若い?
その事実にちょっとびっくり・・・。
綾野君、若く見えますもんね。
でもその年齢不詳感を巧く利用できる役なんじゃないかな、鷲津役って。
そういう人物造形がなされているといいなあ。
なんにしろ、楽しみですっ。

カーネーション 私を見て

この辺りは毎週分が伝説的というか、ものすごく印象に残っているエピソードが
次から次に出てくる感じ。
糸子に「百貨店に洋服の制服を提案する」というひらめきをくれたのは、
お父ちゃんが買ったラジオでした。
この週は糸子が大きな商売をものにして大成功を納める話なんだけど、
その糸子の行動の裏にお父ちゃんの影が常にある週でもある。
デザイン画を完成させた糸子に、
「実物作って行け、そのほうがおもろい」
サンプルを完成させた糸子に、
「そのまま着て行け、その方が話が早い」
後の糸子の判断基準の一つになっていく「おもろいほうがええ」っていうのは
ここから来ているんだよなあ。
そして、こうしたお父ちゃんを見ていると、
この人はなんだかんだ言っても商売が大好きなんだなあと思う。
商才はないし、集金もちゃんとできないくらいヘタレなんだけど
商売のおもしろさはちゃんと知っている。
そのお父ちゃんがワクワクした百貨店との商い。
でも、もしお父ちゃんがこのアイディア思いついたとしても、
きっと自分で売り込みに行くなんてできなかっただろうし、
ましてや、何度断られても通い続けるとか、
相手を納得させるまでデザインを練るとか、
そういうことはできなかったんだろうなあと思う。
だからこそ、それをやってのけて前へ前へと進もうとする娘を
己のことのように喜んで、背中も押すし、手伝いもする。
だけど、糸子がミシンを求めて神戸に行った途端へんねしょ起こしてしまうのがお父ちゃん。
今、「へんねしょ」と書いて変換しなかったのでググってみたら、
「へんねしょ(へんねし)起こす」って京都の方言なんですね。
当たり前の言葉だと思っていたからびっくりした。
子供たちに
「へんねしょ起こす」って言わへん?」
と聞いたら「知らん」だと!!
方言って失われつつあるんだなあ・・・。
というか、自分自身が方言とも思わずに馴染んでいた言葉を
私は子供の世代に伝えていなかったんだな。
私世代でもだいぶん方言色は薄れてて、
祖母世代の言葉とは違うなあと感じていたんだけど、
自分の子供世代はもっと薄れちゃっているんだなあ。
ちなみに祖母は若い頃大阪の船場に奉公に出ていたので、
しゃべるテンポとか語彙がカーネーションのおばあちゃんにとても似ていました。
たぶんおばあちゃんの言葉に大阪の言葉が混じっていたんだと思う。
だからドラマの中でおばあちゃんが話す言葉がすごく懐かしいのです。
閑話休題
あれだけ応援していたのに、
神戸に対する意地だけで全てを台無しにするくらいかんしゃくを起こしてしまうのは
お父ちゃんの器がいかにもちっちゃいなあと思うのだけれど、
あれだけコテンパンに商売人としての才能を否定されたんだから
しょうがないと言えばしょうがない。
だからこそ、糸子と一緒に今度こそ一旗あげたろ・・・と思っている時に
神戸の世話になるのは本当にいやだったんだろうと思う。
このせっかくの大仕事を、糸子と自分とでつり上げた大仕事を
神戸に持って行かれるような気になったのではないかな。
それでも納期を守るのは商売人の大原則。
自分のつまんない意地と商売人の矜持の板挟みになったお父ちゃんは、
大博打に出ました。
店の反物全部と引き替えにミシンを買ってきてしまったのです。
この後先考えないところが商売には向いてないと思うんだけれど、
それでもお父ちゃんはこのミシンで糸子を神戸から取り返した。
さあ、いよいよ糸子のミシンの登場です。
これから最後まで糸子とともにドラマに登場するミシン。
糸子の人生の象徴とも言うべきミシンが第5週にして初めて登場です。
糸子はこのミシンをフル稼働。
家族全員で一丸となって大仕事に取りかかります。
年末年始というのは今以上に大切な行事だったろうに、
お雑煮もおせちもすっとばしての連日の徹夜仕事。
安岡のおばちゃんと堪助がおせちを持ってきてくれて、
いつのまにか勘助も手伝いの中に入っているのが楽しい。
家族一丸となって作り上げた制服を納品するとき、
勘助も一緒に行ってくれる。
おっ、さすが男の子。
いざっちゅう時には頼りになるんや!
と思ったのもつかのま、百貨店の前で怖じ気付いてしまう。
勘助はやっぱりへたれの勘助で、
この辺りになってくるとそのヘタレ具合も愛おしい。
初めてこのドラマを見ていた頃は、こんなに出てくる幼なじみなんだもん。
最終的には勘助とくっついたりするのかな・・・なんて思っていたっけ。
勘助の物語は思いがけない方向に向かって行くんだけれど、
それはまだこの先の話。
この週はお父ちゃんの存在がとても大きかった週なんだけど、
お母ちゃんも要所要所でとても好きなシーンがありました。
糸子が神戸にミシンを借りに行くと言ってお父ちゃんに殴られた後、
おばあちゃんはとても男前に
「糸子、神戸に行き。後はなんとかしちゃるさかい」
と背中を押してくれるのですが、
糸子が家を出た後、お父ちゃんはお母ちゃんを殴るのではないかと糸子が心配すると、
お母ちゃん、しばらく目が泳いで逡巡するんですよね・・・。
お母ちゃーん、ここはおばあちゃんみたく「どんとまかしとき」って言ってあげようよ。
このちょっと目を泳がせてフリーズする様子が人間くさくて大好きでした。
でも、そんなお母ちゃんも心を決めて糸子を送り出してくれます。
糸子が神戸へ行った後、案の定お父ちゃんは怒りまくりお母ちゃんに手をあげようとします。
でもそんなお母ちゃんを妹たちが必死で守る。
お母ちゃんは妹たちが殴られないようにぎゅっと抱きしめる。
家庭内暴力はダメ。
でも、お父ちゃんの暴力を嫌悪するものとだけ描かずに、
うまく愛情でくるんで描くこのさじ加減は渡辺あやさんのバランス感覚なんだと思う。
つまりは登場人物がそれぞれこの時代に生きた人間として
きちんと描けているということなんだろうなあ。
時代背景が違うのに、現代の価値観を当てはめて断罪してしまうのは
受け手側の問題もあるけど、
ドラマの中の登場人物が現代人の感覚を持つ人間として描かれていることも多いから。
そうなると上っ面だけで当時の風習をなぞられても違和感を感じるんですよね。
でも「カーネーション」ではそんなことはないから、
こういうシーンも一つの家族の情景としてすんなりと受け入れられるんだと思う。
今回は妹の静子も活躍しました。
家族みんなで百貨店の制服を作ったのが楽しくて、
就職せずに糸子を手伝いたいと言い出す静子。
糸子はそんな静子を叱りつけます。
まだまだ仕事の受注が安定しない小原呉服(洋装)店。
家計が苦しい小原家にとって、静子が就職し外で稼いでくるお給料は
大切な収入源なのです。
これだけ閑古鳥が鳴いてそうな小原呉服店。
いくら親や糸子が妹たちに心配をかけまいと何も話さなかったとは言え、
家計が苦しいとは思わなかったか? という気もしますが、
結構これ、あるある案件なんだとも思うのです。
うちの子供たちを見ていても思うのですが、
長子って結構親を見ていて、親の懐具合を気にしてる気がする。
自分が欲しいものも、親がしんどそうだなあって見るとがまんしてみたり。
でも、下の子はそんなこと気にしませんもんね。
欲しいものは欲しいと主張するし、
親の懐具合を考えるという思考回路がそもそも存在していないように見える。
これってうちだけかなあって思ったんだけど、
結構よその子の様子を聞いてもそんな感じのこと多い。
考えてみれば私自身も長子で、子供の頃から家の経済事情はそれなりに気にしていたし。
小原家でも長子の糸子以外はあんまり家の(店の)手伝いもしてなさそうだし、
お金の心配もしていなさそう。
とは言え、おっとりした静子もやっぱり糸子の妹なんだよなあと思わせたのが、
糸子にとりあえず仕事をとってきたこと。
大人しそうに見えて結構行動力あるんですねえ。
でも、静子のとってきた仕事はパッチ100枚を翌日までに作ること。
いくらミシンがあるとはいえ、あんまりな納期です。
この無茶な受注にお父ちゃんは怒ります。
仕事は確かに欲しいけど、納期を守るのは職人として一番大切なこと。
甘い見極めで仕事を引き受けるのはプロのすることじゃありません。
糸子は糸子なりにちゃんとできるという勝算があって引き受けたんだけど、
それは家族が手伝ってくれるというのも計算に入っていた。
なのにお父ちゃんは怒りのあまり家族の手伝いを禁じてしまいます。
この一夜のお父ちゃんとおばあちゃんと糸子の攻防が面白い。
糸子を手伝ってやろうと虎視眈々とお父ちゃんが寝るのを待っているおばあちゃん。
そうはさせまいと寝ないで糸子(と他の家族)を見張っているお父ちゃん。
おばあちゃんは早々に寝てしまって、
お父ちゃんは糸子との一騎打ちに・・・と思いきや、
気が付けば肝心の糸子も寝てる。
必死で起こそうとするお父ちゃんのかわいいこと!
このやりとりが糸子の軽妙な語りで描かれる。
こういうユーモア(笑わせようようという積極的なものではないんだけどじんわりとおもしろい)が随所に見られるのが
「カーネーション」なんだよなあ。
結局、お父ちゃんが糸子を起こし続けたこともあって無事に間に合いそうだったんだけれど、
「目打ちの小原」の悪い癖がここに!
(パッチ屋のところで出てきた糸子のおっちょこちょいがこんなとこに活かされてる!)
手は早いけどミスも多い癖は健在で、
パッチのすそが狭すぎることが判明。
(お父ちゃん、よくぞ気づいてくれた!!)
結局、家族全員たたき起こされて総動員で手直しをすることに。
お父ちゃんと糸子の攻防は、ここで完全に糸子の敗北となりました。
それでもなんとかかんとか納期には間に合って無事納品。
ここに至って、糸子が仕事を受ける際に金額も確認していなかったことがわかって・・・。
糸子の銭勘定の弱さはこの先もずっとずっと続いていきます。
それは子供にも受け継がれて・・・ってこれもまだまだ先の話。

百貨店の支配人役の國村準さんも素敵だったなあ。
仕事の厳しさやけじめはしっかりあるんだけど、
どこか隙があって愛情が感じられる。
何より百貨店の支配人というのにふさわしい上品さ。
(顔は怖いんだけどね)
初対面の時はとりつく島もない感じだったのに
糸子がデザイン画を持ち込むと、誠実な対応をしてくれる。
糸子がサンプルを作ってそれを着て現れたら、
いいものはいいときちんと認めてくれる。
百貨店の支配人にとったら、無名の素人同然の、なんの後ろ盾もない若い女の職人に、
百貨店の顔とも言える制服を任せるなんて大きな大きな賭です。
しかも、納期まで日がない。
それでも糸子に任せてくれた。
それだけ器のでかい人なんだなあ。
糸子とのやりとりもどこかコミカルで愛嬌があって・・・
本当に大好きで印象的なキャラクターでした。
前週の根岸先生といい、今週の支配人といい、
1週だけで消えてしまうには惜しい登場人物が
潔くそこで消えていってしまうのが「カーネーション」という作品。
ただし、再び糸子の人生の中に登場することはないけれども、
ずっと糸子の心に、そして視聴者の心にその存在が言葉が残り続ける。
後に登場する周防さんもこの系統の登場人物に属するんだろうなあ。
一方、ちょっとした関わりから始まって、
その後ずっと長い期間にわたって糸子の人生に関わり続ける人もいる。
次週から登場するサエはさながら典型的なこのタイプの登場人物。
でも考えてみれば、人の人生もきっとそんなもの。
関わりの深さや長さは、運命次第。
人生に大きな示唆を与えてくれた人物とずっと関わっていくとは限らないし、
ずっと関わっていきたいと思っているわけではないのに
腐れ縁のように関係が続く人もいる。
ドラマだと印象深い(つまりはきちんと描かれた人物)は往々にして物語に深く関わって行くものだけど
このドラマではそうではないんですよね。
つまりは物語を動かす為に人物が配置されているのではなく、
出てきた人物がより合わさって物語が紡がれていく感覚。
だからこそ、たった1週間しか登場しない人物も、
端役としてではなく、一人の人間として物語の中でしっかりと息づいている。
この辺りの展開は特に毎週のように新しい登場人物が出てきて
その人たちがそれぞれ魅力的なんですよね。
さて、次週はいよいよサエ、そして勝さんの登場です。
糸子を新たな段階に導いていく二人ですね。

この週に登場した「神戸箱」
神戸のおばあちゃんが送ってくれた、素敵だけれど使いようのないものを集めた
キラキラした宝物箱。
ここで出ていたんだなあ・・・。
この後、再び、いや三度、物語に登場します。
こういう小物が長いスパンを経て繰り返し物語に登場することの意味。
きっとこういう小物は伏線というような作意的なものなく、
表現を積み重ねていくということなのだろうなあと思います。
長い長い年月の流れを表現するための大切な記憶の象徴。
「カーネーション」の中にしっかりと流れる時間の重さを感じることができるのは
こういう小物がうまく使われているからなんだろうなあ。